319 人を導くのは難しい
引率。
その言葉だけ聞けば学校の教師とかが思い浮かぶだろう。
あるいは海外とかに行った際のガイドや通訳だろうか?
変わった引率だとアマゾンや南極といった過酷な地への引率もあるが。
引率役の共通点としては不慣れな人物を牽引しその場の環境を理解させるといった行動が求められる。
だが、これから行く場所の引率など前代未聞だろう。
少なくともダンジョンに引率するなんて職業は聞いたことはないと思う。
「さてと、ここから先がダンジョンだ。各員準備はいいか?」
そんな場への引率だ。
雰囲気は自然と引き締まる。
第二期生の新人研修の総まとめは最初の和やかなムードとはうって変わってピリピリとした空気が流れている。
俺の時は疑似空間でダンジョンの敵と戦うことで終わらせたが、昨年と今じゃ状況も環境もだいぶ違う。
実地での戦闘。
これが今回行うことだ。
訓練と実戦、言葉だけでここまで雰囲気が変わることもなかなかないだろう。
始まる前まではにこやかに笑いあっていたメンバーであったが、一組また一組とダンジョンに入っていくのを見送っていくたびにその表情から笑みが消えていった。
安全は確保されていても、一歩踏み込めばそこは戦場。
そして、ゲートを潜った先は未知の世界。
誰だって緊張くらいはするかと思う。
不安の声をあげないだけ大したものだと俺は思う。
ついに俺たちの番が来て、あえて笑顔で問いかけるも、返ってくるのは。
「Yes! 大丈夫ネ!」
「問題ないです」
俺が先頭で後方を担当しているアメリアと勝のダンジョンに通いなれた二人の返事しか聞こえない。
勝気なバートや朱亞も少し緊張し頷くだけで留めている。
まぁ、最初だしこんなものかと納得しかけたが。
「はい、問題ありません」
「大丈夫です!」
ここで例外がいた。
威風堂々と立つイシャン。
彼には緊張がないのか程よく脱力し、万全という言葉の手本かというくらいに自然体でそこに立っていた。
そのことにおおと感心し、ついでとなりを見れば。
眼を銭にした女性がいた。
なんと言うか、緊張を上回る欲というのがあったのかという実物だ。
目を血走らせ狩りを楽しむ狂人がいるように、目を銭にしてダンジョンに挑む人がいる。
ある意味純粋な願望だとイシャンとは別の意味で感心させられた。
稼ぐぜェと何か変な呼吸をし始めた片桐を諫めて、ゲートの開け方も説明しながら中に入る。
「さて、ようこそダンジョンへ」
いつもの魔力体への変化を感じゲートを潜り抜けた先に広がる世界。
それを見せるように振り返れば、あのイシャンや片桐でもさすがに驚きの感情を隠せないでいた。
それもそうか、いくらでかいビルとはいえこんな大自然が目の前に広がれば驚きもする。
映像でもなんでもない現実。
広大な峡谷が目前に広がればどんな鈍感なやつでも感情の一つや二つこぼれる。
そして、その感情が幸いしてか皆の表情から緊張の色が消える。
ガヤガヤとすごいや綺麗といった感嘆符。
右見て左見て下見て上を見てと忙しなく動かす首。
興奮という感情が全員に広がったあたりで、俺の耳に最近では聞き慣れた鳴き声が聞こえる。
「ああ、諸君、驚いているところ悪いのだがお客さんだ」
声は張り上げずとも声を通すことはできる。
ベニーもバートも朱亜も榛名もイシャンも片桐も、他のダンジョンテスターも全員ここがダンジョンだということを忘れかけている。
その意識を引き戻すためにダンジョンに入ってからの注意点を教えよう。
「早々にお出迎えをしないと」
峡谷の岩壁を蹴る音と共に、甲高い鳴き声が周囲一帯に響き、何事かと周囲を見回すダンジョンテスターが大半。
敵だと反応できたのはごく一部。
その反応できた面々もこれには間に合わない。
「こうなるぞ?」
斬と、振り向かずとびかかってきたヴェロキラプトルのような二足歩行の小型の竜を空中で切り払う。
胴と頭が泣き別れし、ヒッと悲鳴が漏れるもすぐに魔素に還る光景を見てそれがモンスターだということを新人たちは知る。
「興奮に水を差すようで悪いが、ここはすでにダンジョンだ。安全地帯は自分で確保する以外にない。ここは敵地で、俺たちはそこに侵入している。今回の引率はその心構えをつけるものだと思っている。サポートはするが、全員真面目に受けるように」
脅しのような忠告ではあったが、それが現実だとわかってから彼らの表情は一変する。
研修での教えを少しでも出そうと各自のパーティーで役割を発動し、迅速と言えず拙いが、拙いなりになんとかしようとしていた。
「おし、各員準備ができたようだが、次回からはダンジョンに入る前か直後にできるようにしておけ」
その努力は微笑ましく、感心するに値するがそれだけでは足りない。
なので修正できるところはすぐに修正する。
少しでも俺たちの経験を伝えるように先ほど抜き去った鉱樹を片手にアメリアと勝に目配せすれば彼らはすでに戦闘態勢になっていた。
「今日は入り口周囲を回るだけの予定だが、油断はするな。経験上ここのダンジョンは他のダンジョンと比べても血の気が多い」
最初の一体は先走りすぎた愚かな竜だ。
俺の言葉の意味を測りかねている新人たちは互いに顔を見合わせているが、なんのことか理解するまでに至っていない。
一部、イシャンと実戦経験のある榛名は俺やアメリア、そして勝の姿勢を見てすぐさま反応した。
「入り口付近でも、このように」
ドドドドドと地鳴りのような音が聞こえ、ようやくその段階で新人たちも何が起きているか理解した。
「盛大な歓待を受けることになる」
ある者は顔を青くし、ある者は口元を押さえ後ずさり、ある者は無理やり活を入れ剣を持ち、ある者は冷や汗を流す。
「さて、新人諸君。頑張って生き残ってくれ。ここでは死にはしないが死ぬほど痛い目には遭うので覚悟するように」
獅子は谷底に我が子を突き落とし這いあがってきた子だけ育てると聞くが、これもその一環なのだろうか?
ゆっくりと土煙を巻き上げながら群れで襲い掛かる竜たちに向けて歩き始めた。
その光景を見て無理だとか馬鹿なのかと声を上げるのがきっと正常なのだろう。
ああ、新人たちの言葉はいたってまともでいたって普通だ。
「ああ、それと餞別がてら君たちにこの言葉を送ろう」
しかし、俺はあえて言おう。
「早めに常識に区別をつけることをお勧めする」
常識にとらわれて無理だと思うようじゃ。
「でなければ、ここでは強くはなれないよ」
こんな竜の群れをまとめて切り捨てるようなことはできない。
たった一振り。
たとえ下級であっても竜は竜。
その生命力はなみの生物では比べ物にはならないほど高い。
そんな相手を一体ではなく複数、それを一刀で薙ぎ払う。
元々魔紋で強化され鍛えていた体ではあったが、竜の血でさらに強化された。
まるで豆腐を切るように、ほとんど手ごたえを感じずわずか一刀で決着がつく。
「さて諸君、常識にとらわれずがんばってみようか?」
こんなものかと切り払った竜たちを脇目に、鉱樹を肩に担ぎ振り返ってみれば笑顔で拍手するアメリアとは対照的に口元を引きつらせ頷く新人たちが印象的だった。
キオ教官に倣って背中で語ってみたがどうやらダメだったらしい。
失敗したと、鉱樹を握っていない左手で鼻先を掻いてどうするかと思案すること数秒。
今度は上空から竜の雄叫びが聞こえる。
上空を見れば旋回する機影ならぬ竜影が見える。
あのサイズならワイバーンか。
「とりあえず、あれから逝っておくか?」
そしてこのまま何もしないのは引率としてどうかと思ったので、そっと上を指さして挑むかと聞いてみるが。
「無理です!」
元気よく右手を挙手し否定する片桐に賛同する新人たち。
「あれ、売れば五十万くらいにはなる素材が出るぞ?」
「………欲しいけど無理です!!」
そして欲まみれであった片桐であったが、さすがに無謀に挑むほど分別というモノを捨ててはいなかった。
そのことに感心しさてどうするかと悩む。
引率と引き受けてみたもののここ竜王のダンジョンは基本的に巨大な個か群れて狩猟かの二択に分かれる。
ああやって個で飛ぶワイバーンがある意味で最小の存在なのだが、これ以下となると群れを間引く必要がある。
それだと俺ありきの攻略になってしまう。
ダンジョンをこれから攻略するのならそれはさすがにまずい。
「ま、なんとかなるか」
どうしたものかと悩む時間も時には必要だが、そこで足を止めていても始まらない。
「よし、とりあえずイシャン」
「はい」
なら出たとこ勝負と行こうか。
「やれそうか?」
「戦えるかという意味ですか?」
「ああ、見た感じ一番冷静で視界の広いのはお前だ。とりあえず戦うってことに慣れておいたほうがいいんだろうが、だれもが最初には戸惑うしな。お前が新人たちの手本になってくれないかね?」
「………」
訓練ではうまくいったとしても本番ではうまくいくとは限らない。
本当なら軽くこなせることでも失敗を匂わされたら途端に人間の体というのはスペックダウンしてしまう。
だからこそ、誰かができたのならという成功例が必要だ。
それを俺はイシャンに託したい。
そう期待されたイシャンは俺をじっと見た後、振り返りベニーたち新人を見る。
彼ら全員わずか数分で起きた戦いの空気に飲まれ、全員顔に緊張が走っている。
やれと言えばやるだろうが、やれるかどうかわからない不安の色。
それを見てとったのか、イシャンは一回目をつぶり深呼吸をした。
「やります」
「おし」
そして瞳を開けた先にあった色合いは覚悟。
その感情に俺は安堵し、そして軽く彼の背を叩く。
「なに、安心しろ君ならできる。力抜いていけ」
「! はい」
覚悟を持っても緊張はする。
叩いた背中に力がこもっているのはわかった。
「ここら辺の敵なら蹴散らしてやる。強敵が来たって、俺が壁になってやる。だからお前は背中を気にせず安心して前を見て戦え」
その力が少しでも抜けるようにニッと笑ってやれば彼はホッと安堵するように笑う。
それでいいと頷いて、まだ緊張の解けない彼らに見てろと言う。
「お前らはそのまま周囲を警戒しながら進め、ゆっくりでいい。敵に不意を打たれないようにしろ!」
その言葉にまばらに返事が返ってきていよいよ、ダンジョンの奥へと進む。
何人かゲートが遠くなるたびに振り向き、方向を確認している。
その姿や装備からしてマッピングをやっているのがわかる。
一期生と違い、きちんとバランスよく職業がいていいなと思いつつ。
『月下の止まり木』と比べればだいぶ遅いペースで道を進む。
「次郎さん、止まって」
「方向は?」
進むこと十分ほどか、アメリアが停止を要請する。
さっきまで明るかった彼女の声が真剣なものへと変質すると途端に周囲に緊張が走る。
彼女の耳を知る俺からすれば慣れたものだと方向を聞く。
「三時の方向に群れ、十一時の方向に大きい足音があるヨ。どっちにする?」
まだゲートまでの距離は近い。
なら、そこまで強い個体ではないだろう。
万が一があってもカバーは効く。
「イシャン、どっちがいい?」
「僕が決めるんですか?」
なので俺は彼に選択権を委ねる。
「本番では自分がダンジョンに入ったときの進路を決めるんだ。ここで一つ判断力を養っておこうか」
情報はアメリアの聴覚による情報しかない。
大きい個体か細かい群れか。
その二択しかない情報でイシャンはどういう判断を下すのか。
「………群れでいきます」
「わかった。アメリア、ほかにいないか警戒しながら進めるか?」
「OK! No Problem! 任せて!」
楽しみにしていたが、思いのほか悩む時間は短かった。
彼の中でダンジョンの中で長時間悩むのは危険だと判断したのか、それともまた別の理由があるのか。
ただ言えるのは彼の声に迷いはなかった。
そして彼の決断とアメリアの案内のもと着いた先にいたのは。
「おい、なんだよあれ」
「知らないわよ」
「ドラゴンだよ、ドラゴン」
「いっぱいいますね」
最初に崖の上から不意を打ってきた竜の群れが生息していた。
ここら一帯は彼らの縄張りなのか、巣らしいものがいくつも見える。
問題なのはその数。
最初の一頭は斥候だったのか、十や二十では済まないその群れの数。
俺なら問題はないだろうが、新人にはまず荷が重い。
「一頭でかいのが群れの長か、ありゃぁブラッドぽいな」
「まだこっちは気づかれてないヨ?」
百にも上るその群れの数に、アメリアは無理だと表情で語っている。
勝を護衛に残し、イシャンと共に斥候に来た結果がこれだ。
素直に撤退すべきだという彼らの言葉を受け、俺はそっと今回の判断を下したイシャンを見る。
「………」
あまりの光景に目を見開かせ、自分の判断が間違ったのだと思っている表情に俺は頭を掻く。
「イシャン、あまり気負うなよ。確かに相手の戦力が多い場に出くわしてしまったのは判断ミスかもしれないが、あのわずかな情報の中で選んだ結果だ。こういったケースは多い」
「はい」
素直に返事をしているが、一度目で失敗というのはなかなかショックだろう。
仕方ないと割り切れればいいが、割り切るのにも経験がいる。
どうするかと悩む時間も惜しい。
こっそりと覗き込んでいたらいずれかバレてしまう。
「撤退するぞ。殿は俺が」
いつもとは違い身軽じゃないんだというのを承知でこの場から離れようとしたが。
「爆発音!? っち、見つかったか」
「まずいヨ! さっきの爆発音で下の群れにも気づかれたヨ!」
新人たちを待機させている方向からのまさかの爆発音。
そして、その爆発音がまばらに聞こえる段階で戦闘が開始したのは明白だ。
舌打ち一つ俺たちは即座にその場を離れ、合流すべく駆け出すのであった。
今日の一言
いつもと違うことをするときは、勝手が違うことを留意すること。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




