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318 予定通りに終わり問題はないはずだ………が

「新人研修ご苦労、本日は研修の締めとして貴様らにはダンジョンに挑んでもらう。模擬戦として先日訓練室で戦ったソウルは当然ながらダンジョン内ではブラッドもいる。気を引き締めて取り掛かれ」


 今日は新人研修の最終日。

 普段着ではなく、仕事着である鎧を身に纏い。

 壇上で本日の内容を説明するエヴィアの後姿を見ながら、今日のやることを脳内で確認しようと。


「ねぇ、ちょっと」


 したのだが、確認は後回しになるようだ。

 クイクイと服の裾を引っ張られる感触と小声と共に呼ばれ、視線だけ後ろに向ければ、魔女スタイルの北宮が立っていた。


「この間のメールの内容なんだけど」

 

 そして、このタイミングで話しかけられる内容に心当たりは一つしかない。


「このタイミングで聞く内容か?」


 案の定七瀬の件であった。

 しかし、今は仕事中可能なら後回しにしておきたい。


「わかってるわよ。でも、さっきからチラチラと視線が鬱陶しいのよ。あなたが問題を振ってきたんじゃない。責任の一端はあるんじゃないかしら?」


 が、そう言われてしまえば仕事を振った身としては弱い。

 私語厳禁というわけではないが、新人は真面目に聞き、エヴィアが話している。

 そんな中、あからさまな態度を見せるわけにもいかない。

 しかし、話を聞きながら会話をすることぐらいはできる能力は俺も北宮も備わっている。

 なので、仕草だけで北宮に話の続きを促し話を聞く。

 魔紋で強化された体はこういった時は便利だ。

 集中すれば、小声での会話を可能にする。

 そして、北宮の言う視線というのはおそらく七瀬のことだろう。

 今日は研修の締めということで所属しているダンジョンテスターが集結している。

 当然『翼』の片翼である七瀬もこの場にいて、先日相談された成果が出たのか北宮に視線を送っている。


「連絡、取ってなかったのか?」


 その様子に何か問題があるのかと確認を取ってみた。

 そしたら思ったよりも順調に話は進んでいる様子。


「取ったわよ、それに相談にも乗ったわ。まぁ、少し距離はとったけど。ただ、よっぽど溜め込んでいたみたいね。次から次へと来るわ来るわの愚痴の嵐よ」


 しかし、順調にいきすぎて北宮相談所はパンク寸前とのことらしい。

 先日は大人しい様子を見せていたが、女同士だと遠慮が無くなるのか?

 勘弁してほしいと肩をすくめる仕草をする気配を背後から感じる。


「面倒って言ったら失礼になるかもしれないけど、これ以上どうしろって状態。正直、お手上げよ。それで最後に返信を遅らせたらこんな感じになっちゃった」

「状況は?」

「きっぱり言えばいいって言ったわよ。ハーレムなんてやめて私だけ見てって、それでだめなら諦めて別れろって」

「言うね」

「言わないと駄目な場合でしょ、次郎さんみたいに女性同士が納得してるならともかく、納得してないのにそんなことしたら傷つくのは当人たちなんだから」


 はぁと溜息を吐き愚痴をこぼしつつもなんだかんだ世話を焼く北宮は面倒見がいい。

 容赦のない言葉ではあるも、その中には優しさがある。

 義理と言えばいいのだろうか。

 当時は浮気相手であったものの、その前は友人関係だった。

 そして熱は冷え固まった感情は非常にサバサバしており、義理でも的確に最善を示す行動を取れている程度には冷静に俯瞰できている。


「その反応は?」

「女の感情ってのは複雑なの。無理ならすっぱり諦められると思う?」

「………してほしいという願望を言うのは?」

「ナンセンスね」

「だろうな、つまりそれが答えなわけか」

「そうね、彼女の理想は元の関係に収まること、ようは透の目を覚まさせて他の女を排除するってところかしら」

「内容としては普通だが、排除ってのは言葉としては物騒だな」

「女の方が男よりも物騒になる時があるのよ? それくらい過激じゃないとだめってことかしら、次郎さんが教えてくれたことをあいつがやっているのなら時間の猶予もなさそうだし」


 視線を逸らさず、かと言って流し聞くわけでもなく。

 エヴィアの話を聞きつつ俺たちの会話は進む。

 昔ならこんなことできなかったのにと懐かしむ余裕すら思考にあり、しかし表情には出さず淡々と進める。


「そうかい、七瀬の件に関してはわかった。必要だったらもう一度話を聞く。話は変わって悪いが、南はなんだって?」

「保留っていきたいところだけど、状況次第では動くって言ってたわ」

「どう動くかは?」

「聞いてないわ。後で伝えるんじゃないかしら?」

「事後承諾にならないのだけ祈っておくか」


 やれやれと、厄介ごとを複数抱え込むとやってられないと思う。

 ため息をこらえ、ちらりと視線を新人から同期共に向ければどいつもこいつも一癖ありそうな表情をしている。


「………念のため言っておくが、用心しておけよ?」

「わかってるわよ」


 何にとは言わない。

 言わずとも北宮なら察してくれる。

 そして、視線は再び前を向き。


「厄介ごとってのは、どこにでも転がっているんだな」

「この会社に入ってからそれを痛感するわね」


 今の俺の視線の先はきっと北宮と重なっているだろう。

 ローブ姿で立つ一人の女性。

 川崎翠。

 社内でいろいろと行動を起こしている姿は、よく言えばアクティブ、行動力があると言えるが、俺からすれば野心家としか言いようがない。

 それもどっちに転ぶかわからないヤジロベエのような危うさを持ったと付け加えよう。


「はぁ、俺はのんびりと仕事がしたいんだがなぁ」

「のんびりと仕事してたらエヴィアさんに怒られるわよ」

「違いない」


 そんな爆弾になりかねない奴と一緒に仕事をせねばいけないのかと若干弱気になった言葉を吐き出せば北宮に指摘されつい苦笑が漏れる。

 今まで戦ってきた相手と違って直接的な害がまだないことが良いのか悪いのかわからない。

 川崎の行動が今後どのように影響するか神のみぞ知るってやつか。

 わからないことを今考えても仕方ないと割り切り、そろそろ時間だと表情を引き締める。


「それでは事前に伝えていた人員に分かれ行動を開始しろ!」


 のんびりと話している間にエヴィアの説明が終わる。

 あとは俺たちの仕事だ。

 ダンジョンテスターの人員は合計で百を超えたが、その八割以上は新人だ。

 経験者は一割を超えて二割に届かない程度。

 よってこの後は引率者つきでのダンジョンアタックになるのだが、一人で八人ほど面倒を見ないといけない。

 当然、そんなことをできる奴とできない奴がいる。

 なのでパーティーを分割してまとまった人数を引率するというケースで行うことになる。

 俺たち『月下の止まり木』は俺、アメリア、勝の組と海堂、北宮、南の組。

 火澄と七瀬の『翼』で一組、魔法使いパーティーの『黄金の丘』で一組、神崎たちの『step beat』は二人と三人で分かれて二組つくる。

 合計六組で引率になると一組十六人前後を面倒を見ないといけない。

 そして同じダンジョンを使うのは効率が悪いということで各班べつのダンジョンに入ることになる。


「アメリア、勝、行くぞ」

「OK!」

「はい」


 北宮と海堂、そして南が移動していくのを見送り、俺も二人を連れてAと書かれた旗のつくポールのある場所に向かう。


「次郎さん、私たちの向かう場所って竜王のダンジョンだよネ?」

「ああ、俺の戦闘能力を加味した結果らしいな」

「大丈夫ですか? あそこは色々と危険な場所ですが」

「安全でないのはどこのダンジョンでも一緒だからな。仕方ないと割り切れ。だが警戒しておくに越したことはない。気を引き締めてな」

「Yes!」

「はい」


 Cの旗のついたポールの集団の脇を通る際にちらりとその集団の中央を見れば火澄と七瀬、そして川崎の姿が見える。

 あらかじめ仕組んだのかどうかまではわからないが、やはりかと思う節はある。

 たしか、火澄たちの向かうエリアは樹王のダンジョンだったか。


「何もなければいいがな」

「ん? 次郎さん何かあるノ?」

「いや、何もなければいいなって願ったところだよ」

「??」


 どうも疑り深くなってしまっている。

 あまり良くない傾向だなと思いつつ、視線を元に戻し担当するエリアに向かう。


「ヘイ!師匠! あなたが僕たちの担当かい!?」

「おう、ベニー相も変わらず元気だな!」

「ハハハハ! 今日は僕のコテツが火を噴く日なのさ!! 楽しみにしてくれたまえ!」

「おう兄弟」

「あら、あなたなの」

「お疲れ様です次郎さん」


 そしてそこには顔なじみのメンバーがいた。

 陽気に笑うイタリア系のイケメンのベニー、ガタイのいい黒人バート、中学生かと見間違うような小柄な女性の朱亞、そして義妹の榛名。

 多国籍パーティーが俺に気づいて近寄ってくる。


「oh! 君たちがマスターのパーティーメンバーかい!?」

「Yes! 私、アメリア、アメリア・宮川! よろしく!」

「こちらこそ! 僕はベニート・カリーニだ! ベニーでいいよ! 立派な侍になることが目標さ! それでこっちのナイスガイが――」


 そしてやはりイタリア系か。

 ベニーはコミュニケーションがうまい。

 陽気に挨拶をしてアメリアと打ち解けたかと思ったら、そのままバートのほうに自己紹介を繋げて見せた。


「バート・オルグレンだ。兄弟の仲間なら、あんたらも強いんだろ。今回は頼むぜ。そっちの小さいボーイもな」

「はい、所沢勝です」

「マサルだな、俺のことはバートでいいぜ」


 次に自己紹介したバートはその黒い肌とは対照的な白い歯をキラリと光らせるようにニイッと笑いサムズアップする。

 普段は身長を気にする勝も体格二メートル近い彼の巨体を前にして気にする素振りは見せない。


「次は私ね。私は朱亞、見ての通りの格闘家よ。同じ女性としてあなたから学ばさせてもらうわ」

「Yes! よろしくねシュアちゃん!」

「ちゃんって、私のほうが年上なんだけど」

「へ?」

「え?」


 そのままの流れで自己紹介は進む。

 そこで少しアメリアがやらかしてしまった。

 見るからに小柄で、一見すると中学生のように見えてしまうほど幼い容姿の朱亞であるが、れっきとした成人女性。

 だが、それを知らないアメリアは見た目だけで判断してしまい、それは勝も一緒のようでつい素っ頓狂な疑問符を飛ばしてしまった。


「ご、ごめんなさい」

「ええ、いいわよ。身長・・のことなんて気にしてないわ。ええ、まったく小さいからってよく未成年だと間違われるけど、ええ、まったく気にしてないわよ」


 その反応に慣れてはいるのだろうか。

 年下相手だからだろうか。

 懸命に気にしていないアピールを繰り返す朱亜であるがその笑顔の頬はぴくぴくと痙攣しているのが見える。

 年下の子供に大人げないような反応を見せまいと努力しているようだが、その努力は実を結んでいないとは思いもしていないようだ。

 素直に謝るアメリアを気にしていないと許す朱亞とのやり取りの後に来るのは。


「次は私ですね。田中榛名と申します。このパーティーでは回復役を担当させていただいてます」

「そして、このパーティーで一番怒らせてはいけないのが彼女よ。気をつけないとバートみたいにふっ飛ばされるんだから」

「そ、そんなことないですよ! 朱亞! 変なこと言わないで」

「あれは痛かったぜ」

「でもあれってバートがハルナにセクハラしたのが問題だったよね。バート、女の子には優しくだよ」


 義妹の榛名だ。

 過去の経験を活かしヒーラーとして役に立っているようだ。

 そして、パーティーに馴染んでいるか心配であったが、朱亞にからかわれ、慌てている様子を見る限り問題はなさそうだ。

 ほっと安心しつつ、その流れで他のダンジョンテスターの自己紹介になる。

 一人一人名前と顔を一致させ、残り二人となったとき彼は現れた。


「さて、君は」

「イシャンと申します。武器は見てのとおり片手剣と盾、そして弓も使えます。よろしくお願いしますタナカさん」

「よろしく、オールラウンダーか。大変だろうが頑張ってくれ」

「はい」


 その力強い瞳に、少し反応してしまったが、その素振りを見せず彼の名前を聞く。

 まっすぐとした瞳に似合う整った顔立ち。

 前の時は横顔しか見ていなかったが、正面から見るとその整った容姿はなおわかる。

 褐色肌に似合った凛々しい顔立ちと立ち居振る舞いは、普通なら武器を持った際にもつ初々しさとでも言えばいいのだろうか。

 服に着せられているという違和感を本来であれば醸し出すのだが、彼にはそれがない。

 武器や防具、それを身に纏っているのが当たり前だと思わせる。


「そして最後にだが」


 そんな頭一つ飛び出ているような彼の印象を残すように最後の一人に移ると。


「はい! 片桐さやかといいます! 年齢は十九歳、正社員として入社しました! ポジションは前衛! 格闘家です! 今回この班を希望したのは竜王のダンジョンが一番儲かると聞いたからです!!」

「お、おうそうか。元気がいいな?」


 危うくイシャンの印象をふっ飛ばされそうになるほど元気はつらつな女性がいた。


「はい! 元気だけはタダで出せるんで!!」


 ショートヘアのスポーツ少女? と言えばいいのだろうか。

 茶髪に黒目、十九歳とのことで、まだまだ女子高生の感覚が抜けきってないあどけなさのある顔を前面に押し出している。


「そうか、それはいいんだが。片桐」

「はい!」

「武器はどうした? 前衛なら武器の支給はあるはずなのだが」

「一番お金のかからない職業は格闘家だと聞いたので、私も格闘家を目指しています!! なので武器はこの拳です!」


 しかし、その印象を吹き飛ばす少女が現れた。

 長袖長ズボン、そして革のグローブ。

 肌の露出を無くし、必要最低限の軽装、身軽さを追求したような恰好のおかっぱ頭の少女は元気の良さを前面に押し出し俺に挨拶してきた。

 片桐さやか。

 彼女のことはこのあいさつで思い出した。

 たしか、新人研修の講義中にロイスさんを困らせた質問を出した少女。

 どれだけ金に困っているのだ? と思うくらいその行動は節約一本に絞られている。

 思わずそんな装備で大丈夫かと問いただしたくなったが、朱亜という実例もある。

 それ込みで引率すればいいかと思いその発言は思いとどまった。


「そうか、その、険しい道のりだろうが頑張れよ?」

「はい! 可能でしたら暇な時間にでもご指導とご鞭撻よろしくお願いします!」


 そして俺の中での彼女の第一印象はまず間違いなくこの一言に集約できる。

 逞しい子だなと。



 今日の一言

 予定通り、その言葉を実現させるのが一番だ。


毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

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 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


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そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] この子ジャイアントと仲良くなれそう
[一言] 久々に榛名ちゃん登場ですね。 他にもイワクがありそうなのがいて、次回からの展開が楽しみです。
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