317 そしてきっかけは思いがけないタイミングで来る
「あの、なんでここなんでしょうか?」
「まぁ、急な話で良い場所がなかったってのもあるが、逆に人がこない場所としてはかなり最適だと思うんだがな。監視の目もない、人も来ない。内緒話するにあたって社内ではここ以上の場所はないと俺は思っている」
「でもわざわざここでなんて」
「変なことはしねぇよ、妻がいるのは知ってるだろ? それにここ以上の場所はないだろ?」
「それは、そうですけど」
顔色の悪い七瀬に話があると言われて顔を見合わせた俺と海堂。
表情も真剣というよりは深刻そうな顔であったため後にしてくれと言えず、かと言って道端で会話できるような内容でも状況でもなかった。
ならどうするか?
結論。
「なに安心しろ、露払いは海堂がしてくれる。だから敵に襲われる心配もなければこの階層なら海堂が負けることはほぼない」
「は、はぁ」
行先を変更してダンジョンに連れてきて話を聞くことにした。
本当だったらもう少し違った場所があるのだろうが、すぐに押さえられるような会議室もなく。
かと言って俺の部屋や海堂の部屋、あるいはパーティールームに連れていくわけにもいかず。
ある意味で苦肉の策として機王のダンジョンに彼女を連れてきた。
階層は三十二層。
BGMとして海堂の奇声と何かを蹴り砕いたりする打撃音に何かを切り裂く斬撃音が聞こえるのは彼がゴーレムと戦っているからだ。
ホアチャー!! とどこのカンフー映画かと思うような海堂の声を聞きつつのんびりと煙草を取り出し火をつけようとしている俺に対して七瀬はおどおどと周囲を見渡している。
何せここは訓練室とかで体験できるような疑似空間ではなく、普段の職場である本物のダンジョンだ。
モンスターは当然徘徊し、トラップもある、警戒する気持ちもわかる。
一応ダンジョンに入る格好をしてもらっているから自衛はできるだろと思ってはいる。
万が一何かあっても俺が対処できる。
「それで? 話ってのは?」
安心してほしいと口では言っても心情的なものは別なのだろう。
警戒心は抜けない。
ただあいにくと、それはこちらも同じだ。
七瀬とは北宮の知り合いという程度でそこまでの仲ではない。
話に乗る理由も情報を得たいという利己的な考えからくる。
そちらの話に乗るのはいいがこちらも警戒はしないといけないというわけだ。
なので互いに警戒できる場所としてこの場を選んだ。
ダンジョン内ならだれとだれがどんな会話をしているかなんてわかるはずもない。
例え一緒にダンジョン内に入ったところを見られたとしてもたまたまだと言い張れるしいざとなれば仕事だと言葉で押し切れる。
なので周囲の戦闘など気にも留めず本題を切り出す。
「えっと………」
「わざわざ俺を待ち伏せしてまで話さないといけない内容なんだろ?」
「………はい」
ここまでお膳立てしてそれでもためらうのは何か理由があるのか、しかしこちらもいつまでも彼女に付き合っているわけにもいかない。
仕事の時間もあるし、彼女と長時間話すのも何かと問題が出てくる。
なので話しを進めるきっかけを与えるために待っていたことを指摘するとすっと彼女は顔をあげ話始めた。
「じつは、透君のことで相談があるんです」
「火澄の?」
そして七瀬が俺に相談するとしたら当然火澄のことだろうとは思っていた。
白々しく聞き返してみるも内心ではやはりかと思ってしまう。
別の予想としては、仕事に生き詰まったからアドバイスが欲しいといった内容だ。
できればそっちのほうにしてほしかったが、あいにくとうまくはいかないようだ。
「本当だったら香恋ちゃんに相談したほうがいいと思ったんですけど、その前のことがあってからまだ仲直りできていなくて」
「そうかい」
北宮の名前が出てきた段階で色恋の話かと少し気分が下降する。
「最近透君の様子がおかしくて」
「おかしいって、どんな風に?」
歳が離れた女性から恋愛相談みたいなものを受けるのには些かというか俺が対応できる分野が違いすぎる。
なんで俺なんだと疑問を挟みつつ相槌を打つ。
うまく話が聞ければいいなとすこし不安に思いつつ話を聞くと。
「前まで少し元気がなかったんですけど、最近になって元気になったんです」
「良いことじゃないか」
「それが、その、元気になっているのはいいんですけど、変な方向に元気になっているというか。今までの透君とは違うというか、そう、妙に正義感が強くなっているんです」
「正義感?前から彼は真面目な性格だったような気がしたんだが」
そして、話が進むにつれ雲行きが怪しくなってくる。
「はい、確かに真面目な彼だったんですが、自分の考えを押し付けるような人じゃなかったんです。これが正しいから君もすべきだって感じで自分の意見を押しだしていくんです」
「それは、確かに妙だな」
俺の記憶の中にある火澄は確かにまっすぐな男だが、傲慢ではなかったはずだ。
「何かあったのかもな」
「何かとは」
「そこまではわからないが、なにか考えを変えるようなきっかけがあればわかるんだが」
そんな彼が変わったとなればそれ相応のきっかけがあるはず。
何か心当たりはないかと聞けば七瀬はそう言えばと思い当たることがあるのだが、少し頬を染めて言いださない。
「あの………」
「ああ」
チラチラとさっきから視線を逸らしたら俺のほうを見て、そしてまた視線を逸らしまた見る。
その繰り返すこと数分、なかなか話が進まないことに精神的に疲れてきた。
恋愛相談なのかどうかわからないが、慣れないことをしているのは確かなので正直海堂が暴れまわっているのが羨ましくて仕方ない。
イライラする気持ちはなくはないが、何か事情があるのだと思えばその苛立ちもまだ我慢はできる。
しかし、可能であるのなら早く話を進めてほしい。
「その………」
「はい」
けれども七瀬は一向に話を切り出す気配がなく。
むしろ段々と声も小さくなり、強化されていなければ聞き逃すのではと思うくらいの声量になってしまっている。
最早、時間稼ぎが目的なのでは?と思い始めてしまうのも仕方ないだろう。
そしていったい何が目的なんだとゲシュタルト崩壊が起きそうになってくる頃合いになって。
「田中さん」
「はいはい、田中さんですよっと」
相槌もおざなりになり始めたころに。
「男の人ってハーレムが好きなんですか?」
「はいはい、ハーレムね………ハーレム?」
「はい、ハーレムです」
そしていよいよ切り出された質問が男はハーレムが好きなのかという質問。
適当に答えて早く切り上げようと思っていた俺は、すでにこの後開き直って実戦訓練ということでダンジョンアタックでもしようかと思っていたせいで反応が遅れた。
そして話を切り出せた七瀬はと言えばようやく切り出せたことに開き直り、ぐっと俺をみつめる。
「………ああ、ハーレムね」
「はい」
ハーレムのことを聞くのなら確かに俺が適任だ。
リアルでハーレム形成している身近な男性というのならなおのことだ。
これが火澄が変わった原因の心当たりだというのなら答えねばならないのだろうが、正直言いづらく。
そして今度は俺のほうが言いよどむ番になる。
何が悲しくて年ごろの女性にハーレムが好きかどうか答えないといけないのか。
「………人それぞれなんじゃないか? あれだ、一途なやつもいればってやつ」
そして俺はどの面でこんな返事を返しているのだろうか。
無難な答えしか返せないのを棚に上げ、心境だけで言えばかなり複雑だと言える。
俺個人としてハーレムが好きかと言われれば嫌いではないとしか言えない。
しかし現実は複数の女性を囲っている現実がある。
魔王軍のほうからすれば問題ないだろうが、日本側からすれば異常の一言だろう、なのにもかかわらず七瀬はその質問を飛ばしてきた。
それが一体全体どういった意味なのか、考えるまでもない。
火澄の周囲に七瀬以外の女性が出てきたということだろう。
北宮と七瀬で問題を起こしたというのに何やってんだあいつはと思う所はあるがぐっとこらえる。
「そう、ですか」
そして俺の答えは七瀬にとっては望んでいた答えではなったのだろう。
素直に好きだと言えばよかったのかはたまた嫌いだと言えば良かったのだろうかはわからない。
「火澄の奴、ああ、その、なんだ?」
落ち込むように俺の答えを受け入れた彼女の様子から火澄の傍にいるのだろうなと確信する。
そして七瀬は何に悩んでいるのかも大体予想ができた。
ハーレムに入るようにいや、この場合は入れてほしいと頼まれているというところか?
七瀬は見た感じで押しに弱いところがある。
心の中では断りたいが、好きな火澄が言うのならと我慢しようとしてるができなくてというジレンマに陥っているのだろう。
どう投げかければいいかわからず、頭を掻き必死に言葉を選ぶも結果的に疑問形に落ち着いてしまう。
何があったかを理解したはいいが、何をしたらいいかまでは理解できない。
労うことも呆れることもどの行動も間違いのような気がして言葉が紡げない。
「すみません、わざわざお時間いただいたのにこんなことしか言えなくて」
「いや、そこはいいんだけどな。大丈夫、ではないよな?」
「………」
対処法がなかなか思いつかないのが男女関係の難しいところ。
そして引っ掻き回している存在がいるというのも察せられるので余計にややこしくなっている。
そんな状況の火中にいる七瀬に対して大丈夫かなんて聞けるわけもなく、悩んでいるのだから俺に話を聞きに来たということだ。
海堂の戦闘音が気にならなくなるほどこの場だけは妙に静かに感じる。
「大丈夫ではありません」
「そうか………その、なんだ。北宮にコンタクト取ったほうがいいか?」
今にも崩れ落ちそうな砂の城。
それが今の七瀬の状態だろう。
話を聞くにも手探り。
普通ここまでやる必要はないだろうが、弱った相手が目の前にいてほったらかしにするのも後味が悪くなる。
結果的に相手に選択肢を委ねる形で話を進めるしかない。
「でも、香恋ちゃんになんて言えば」
「あいつもあの時のことはある程度は割り切ってる。気にはしているかもしれないが門前払いまではしないだろ」
本当なら頼りたい相手が別にいるのに俺のところに来たのはその後ろめたさもあったからか。
男の俺よりも、北宮のほうが適任なのは事実。
予想を口にするも外れてもいないだろうと半分願望を交えながら提案すればほっとどこか安堵するように七瀬は表情を初めて緩める。
「それでは、その、お願いしてもいいですか?」
「はいよ」
火の点いていない煙草を片手で揺らしつつ、答える。
これで七瀬の用件が終わりかと思えればいいんだが、あいにくと七瀬には悪いがどちらかと言えば俺にとってはこれからのほうが本命なんだ。
正直、七瀬があのタイミングで話しかけてくれたのは俺からすればいいタイミングだ。
俺の方の予定も片付けさせてもらう。
「それで、七瀬悪いんだが俺の方からも一つ聞きたいことがあるんだがいいか?」
「はい、なんでしょうか?」
「火澄の傍にいる女って、川崎翠ってやつか?」
「!?」
胸騒ぎがするってことは放置してはいけない勘ってことだ。
何かをしでかす。
そんな予感がずっとしている。
「OK、その顔だけで答えみたいなもんだ。ありがとよ」
「え、えっと。どういたしまして?」
「ちなみにだが、その川崎が火澄にちょっかいかけている以外になんかしてるって聞かないか?」
「何かですか? 具体的に何を?」
「ああ、いや、なんでもいいって言うと幅が広いか………そうだな」
それを探り出すために例えばと具体例を頭の中で模索する。
俺の知る川崎翠の性格から予想できる行動。
そして、ハンズとメモリアから聞いた情報。
その二つの観点と七瀬からの相談。
この三つを繋げ何をしようとしているかを考える。
「他のテスターと接触していないか? もっと言えば火澄だけが」
「えっと、確か最近交流が増えてきたと思います」
「当たり、か」
やはり二方面で動いていたか。
魔王軍側を川崎が対応し、ダンジョンテスター側を火澄が対応していた。
だが、おそらく中核は川崎だ。
何が目的か、それは間違いなく地位の確立。
「いや、それも過程か?」
「田中さん?」
と思ったがその考えに違和感を抱く。
この考え自体に間違いはないと踏んでいる。
あるのは物足りなさ。
この結論には欠けているものがあると思う。
七瀬が俺のこぼした言葉に反応するも、俺はなんでもないと手を振り答え、川崎の目的がなんなのかを考えるのを一旦保留する。
「………あの透君はなにか変なことに巻き込まれているのですか?」
「変なことに巻き込まれているかどうかまでは正直わからないが、面倒ごとには関わっているとは思っているよ」
しかし、なんでもないと言っても気になる話は気になる。
それが自分の知っている人物、まして恋人の話ならなおのことだ。
なので俺も考えを隠さず素直に七瀬に答える。
「面倒なことってなんですか?」
七瀬は不安が再発し、安堵の色が消えた表情で俺に問いかける。
しかしあいにくとその答えを俺は持っていない。
「さてな、その様子だと七瀬にも隠すような内容だ。勝手に突っ走ってる男は黙っているほうがいいと独善的な思考になる。最後は大丈夫だと妄信してな。そういったパターンが多いんだよ。アイツは違うかもしれないが、もしそうならあいにくとそんな奴の考えを見通すことができる能力は俺にはないんでね。俺の中の考えも憶測の領域は出ない」
確信はある。
だけど証拠はない。
それで十分だと俺は思う。
これでこっちの行動方針が決めることができる。
「君にできるのは北宮と話し合って、猪のように突っ走っている男の頬を叩いて止めることくらいじゃないのか?」
そして、七瀬に対して俺ができることはここまで。
あとは北宮に丸投げだ。
情報をくれたお礼として最後に男からの視点でのアドバイスを送る。
「せんぱーい! ここら辺の敵全部掃討したっすけど、まだ時間かかるっすか!?」
タバコは吸えなかったが、それでも情報は十分に集まった。
「終わったぞ、帰りは俺が蹴散らすから休んでいいぞ」
「うおっしゃぁ! 楽できるってのはいいっすねぇ」
そして終わっていいかとアイコンタクトで七瀬に聞けば彼女は頷き返してくれた。
なのでタイミングよく戻ってきた海堂に帰ると告げる。
「あの! 今日は本当にありがとうございました」
「礼を言われるようなことはできてないがね」
「それでも、話を聞いてくれただけでもだいぶ楽になりました」
「続きは北宮にしてくれ」
「はい」
そして幾分かすっきりした表情となった七瀬に俺は頷き、ダンジョンの出口を目指す。
「さて、何から取り掛かるかね」
「先輩何か言ったっすか?」
「独り言だよ」
七瀬と海堂を引き連れて、今後の展開をどうするか考えるのであった。
今日の一言
面倒ごとはいつものこと、問題はその面倒ごとの労力をどこまで減らせるかである。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




