315 着眼点が違う人は少なからずいる
もう少しでゴールデンウィークということもあり、社内の空気も少し浮き立っている。
正確に言えば俺たちダンジョンテスターたちが浮き立っていると言えばいいだろうか?
世間一般では大型連休。
新人たちも入社し、過酷な研修を受けて一休みを入れたい辺りでのまとまった休みだ。
ちらりと耳を傾ければ旅行に行きたいという言葉や、のんびりと過ごしたいと言ったり、はたまた実家に帰省するなど話だけ聞けばどこでも聞けるような内容を耳にする。
平均年齢も若い。
遊びたい盛りの年代なのだ。
研修のおかげでまとまったお金も入るだろう。
となればそれを使って何かするという話は自然と浮かんでくるものだ。
「そういえばハンズよ」
「んあ?なんだ?」
「お前らってゴールデンウィークってどうするんだ?」
そんな和気あいあいな話を聞けば異世界組もどうなのか気になるに決まっている。
そしてその機会はちょうどよく訪れる。
会社が行なった鉱樹の検査を終えて、手元に戻ってきてからどこから話を聞きつけたのか進化した鉱樹を見せろと俺たちのパーティールームに押しかけてきた巨人のハンズ。
人間に合わせた部屋は巨人のハンズには狭く、なんとかその巨体をねじり混み入ってきた彼は眼を血走らせ、今にも人を殺しそうな雰囲気を出しながら見せろと頼んできた。
いや、頼んでいるような口調ではあったが、半分以上脅しだったが。
そんな彼を落ち着かせるためにこうやって彼の店兼工房に足を運んだ。
幸いにして今日はダンジョン攻略の予定はなく報告書でも仕上げ、時間が余ったら南のクランの企画書でも練ってみるかと考えていたので問題ないと言えば問題ない。
「ごーるでんうぃーくだぁ?」
「そこの発音もう少しネイティブにならんものか」
「うっせえよ、それで? そのごーるでんうぃーくがどうしたんだよ」
しかし、いくら気心知れた仲だといって大事な相棒を簡単に預けるわけにもいかずこうやって来たはいいが、店の奥の工房はあいにくと原則物に触れてはいけないと足を踏み込んだ際に注意された。
おまけに鉱樹を見せろと言ってきたハンズは絶賛俺の相棒のチェックに忙しい。
その背中を用意された椅子に座りつつ眺めていれば手持ち無沙汰にもなる。
せめて雑談くらいは付き合えと話を振ってみた。
「日本ではもう少しで大型の連休だって言ってんだよ。俺たちはそこまで何かするってわけじゃないが、他のテスターたちは色々何かするって言ってたしな。自然とこの商店街も暇になるんだろ? 異世界人であるハンズたちはどうするかって気になってな」
刀身に始まり、柄、コアと丁寧にその巨体に見合う巨大な手を繊細に動かしながら鉱樹を見る目は真剣だ。
そんなところに水を差すのもどうかと思ったが、ハンズは気分を害した様子もなく、さりとて視線をこちらに向けることもなく口を開く。
「さぁてな、いつもと変わらねぇよ。鉄打って、剣こさえて、店に出す。むしろ俺たちからすればお前たちはそんなに休んで大丈夫かって心配になるくれぇよ」
「一応、日本人は働きすぎだって言われてるんだがな」
「そうなのか? 俺はお前ら日本人がどれくらい働いているか知らねえからよ。ドンくらい休めばいいか知らねぇんだよ。冒険者の奴らは長期的に冒険に出る代わりに帰ってきたらそれに見合った時間を休むが、少なくとも平民で聞く限りで長く休むなんて病気で寝込むか年末年始くらいだろうよ」
客商売ならなおさらだとこちらの習慣に対して疑問を挟みながらハンズは俺の質問に答えてくれた。
なるほどと俺は頷く。
確かに俺たち日本人からすれば、こういった祝日を使った連休というのはごく当たり前の存在だ。
なので、なぜゴールデンウィークがあるのかと疑問を挟むことなどあまりない。
むしろあってくれてうれしいという感覚が影響して、そのような疑問が生まれないのかもしれない。
しかしハンズの言い分も、この会社に入社してから得た知識や経験によって理解できる。
第一として日本と向こうの世界では労働環境が違う。
週休制を使っている日本と、基本的に定まった休みがない異世界。
第二に文化的意識の違い。
さらに第三に。
「そういうもんか。俺はてっきりジャイアントは武器を造らないと死んでしまうとかそんな考えかと思った」
「あながち間違ってねぇな。俺たちジャイアントは年から年中武器や防具をあるいは農具といったものを作ることで生計を立ててるが、手先が器用だからとかそういった理由でこれをやってるわけじゃねぇんだよ」
「と言うと?」
「武器を作るのが俺にとって生き甲斐なんだよ」
その種族特有のこだわり。
こだわりというのは個人ごとに差があるのだが、異世界の場合種族ごとに特徴的かつ共通のこだわりがある。
ジャイアントにとっては武器といった物作りがそうであるように。
「言い方は悪くなるが、毎日趣味をしているようなものか?」
「間違ってはいねぇし。俺もそうだと思う時はあるな」
「正直に言えば?」
「武器造るより面白ぇことがねぇな!」
「それであんな変人武器造られた日にはたまったもんじゃねぇよ」
「うるせぇ! あれがロマンなんだよ!!」
「ロマンの代償がでかすぎるんだよ」
魔王軍に所属する種族たちは仕事が日常でかつ生き甲斐で楽しいというケースが多いのだ。
なので特段休む必要もなく、おそらくゴールデンウィークだろうとこの店は営業しているだろう。
年末年始の休みとて、ただ単にお祭りという特別行事を楽しみたいというだけのこと。
ただそれだけの差でしかない。
ロマンだと叫ぶ目の前の男は何を当たり前のことをと言いつつ俺の疑問に付き合ってくれている。
「年中無休で武器のことばっかで、お前らジャイアントの恋愛事情がどうなってるか気になるところだな。種族繁栄的な意味で」
そんな話を聞くとふとそんな趣味人みたいな種族がうまく繁栄できるかと疑問が浮かぶ。
趣味にかまけて家庭をないがしろにするのは人間でもよく聞く話。
ならそっち方面に全力投球なジャイアントたちはそこらへんどうやっているのか直球で聞いてみた。
「あ?」
「だから、お前らジャイアントたちは家族のこととかどう思ってるかって聞いてんだよ」
「別に普通だよ普通。ダークエルフみたいに変な恋愛観はねえし、鬼みたいに強い血を求めるってこともねぇ」
「ほうほう」
さすがにそうか。
いかに職人気質みたいなジャイアントでも欲求くらいはあるか。
腹が減れば飯を食い、眠くなれば眠る。
「ただまぁ、どうも頑固な部分てのが俺らにはあってよ。求婚するときは全力で殴り合うんだわ」
「頑固って物理的な話かよ。怖えなジャイアント」
しかし、さすが異世界。恋愛事情も一筋縄ではいかない。
鬼が強い奴を求めるとは知っていたが、ジャイアントはそこらへん似てるのか?
しかしハンズは強い奴は求めていないって言ってたけど。
「なんで求婚するのに殴り合うんだよ。もっと平和的にできるだろうが」
「馬鹿野郎、相手がどれくらい好きか表すのに手っ取り早いだろ」
「威力イコール愛の強さかよ。馬鹿かバカだろ、ばかなんだよな!? 頑固って言葉を調べなおせ!!」
「何言ってんだよ、相手にどれくらい殴られても平気って意味だぜ。なんで好きになった奴殴らねぇといけねぇんだよ」
「いやだって、殴り合いって」
「相手の全力を受け止め、その拳の威力をこらえ相手には優しく殴り返す。ジャイアントの中じゃ紳士の常識だぜ」
「常識ないな的に呆れられても同意できるか。頑固って文字通り頑固かよ。耐久値イコール愛の大きさかよ!」
「おかげでジャイアントはどの種族よりも一番懐が深い種族で有名だ」
「だろうな! 物理的にそんなことしてれば大抵のことは許せるわ」
ジャイアント怖いなぁと、実はジャイアントはマゾの集団なのではと。受けの美学なるプロレス見せたらハマるのでは?
と思考を脇に逸らしつつ、そこで再びふと思う。
「聞いたことはなかったが、お前奥さんとかいるのか?」
「いるわボケ。子供も三人いるぞ」
「ほぉ、そうなのか。でもいいのか? こんな異世界まで来て、奥さんとか止めなかったのか?」
求婚の仕方はともかくジャイアントとて普通に家庭を持つのだと理解する。
もうすぐ父親になる身としては出張って範疇からは超えるかもしれないが、いずれそうなる日も来るかもしれないと参考になるかもしれない情報収集に勤しむ。
「あ?おめぇまさか気づいていないのかよ」
「気づいていない?」
「ああ、お前が防具買った店、あそこ俺の娘の店だぞ」
「なに?」
「そこの店員に息子二人もいたはずだぜ」
「ちなみに奥さんは?」
「今はいねぇが、普段は一緒に武器造ってるぜ」
「家族総出で来てるのかよ」
「まぁな。故郷に残して一人で行くのもいいが、家族ってのはやっぱり一緒にいるのが一番だからよ」
その情報収集の流れで、ふとハンズの口元が優しく緩んでいるのがわかる。
なんだかんだで厳つい容姿だが家族のことは大事にしているのは手に取るようにわかった。
鉱樹を見る目も先ほどの真剣な眼とは違い、柔らかくなっているようにも見える。
「っと、こんなもんか。悪いな大事な剣を見せてもらってよ」
「気にするな、いつも世話になってるしな」
観察をし終えたハンズは最後に丁寧に鉱樹を磨き俺に返してくる。
それを受け取り、ついでにメンテナンスもしてくれたのだろう、俺も普段からしているので手慣れてはいると思ったがプロの技にはまだ敵わない。
綺麗になった鉱樹を背中のホルダーに納め今日のスケジュールを進めようと座っていた椅子から立つ。
「そういえば次郎知ってるか?」
「主語がなくて何を知ってるかわかるはずないだろ。何がだ?」
「いやな、俺もうわさでしか聞いてねぇが最近色々なやつに声をかけてる女がいるって聞いてよ」
「女って、まさか逆ナンの話か?」
「そんな色気のある話じゃねぇよ」
整備道具を片づけつつ、こちらも雑談なのかハンズが気になる情報を提供してくれた。
「俺も知り合いの同業者から聞いた話なんだがよ。どうも力を貸してほしいとかなんとか言っててな。ダンジョンテスターだからそいつも下手に拒否できないから話を聞いてな。その女が言うにはダンジョンを効率的に攻略するために互助会っての? 作ろうとしているために声をかけてるって」
ハンズの話を聞き、ピクリと眉が動く。
互助会、そしてハンズの同業者ってことは武器屋かあるいは防具を取り扱う店ってことだ。
そこに力を借りようと動き回っている。
その動きの行き先が南の考えている動きと妙にかぶる。
そこでふと先日追い返した女の顔が思い浮かぶ。
「その女の名前とか知ってるか?」
「あ?知らねぇな。俺も変わった人間がいるなって冗談みたいに聞かされただけだからよ。エヴィア様も関わっていないってことだし、知り合いの奴も許可があれば協力するって言って断ってたぜ」
憶測ではあるが妙に確信めいたものがある。
同じことを考え思いつくことは稀にだがある。
しかし、それを行動に移せるような行動力がある人間は限られてくる。
この会社に入社してダンジョンテスターに成った人間でそれができるのは俺が思いつく限りで一人しかない。
そして、その価値に気づいていることに俺は少し嫌な予感がする。
「そうか、詳しく話を聞きたいんだがその話はどこに行けば聞ける?」
「三軒隣の武器屋だが、なんだ? 何か問題でもあるのか?」
いやな予感ほどよく当たる、その直感に従い今日のスケジュールを変更。
情報収集に移る。
俺の雰囲気が一変したことにハンズは何かあるのかと作業の手を止め顔をこちらに向けてくる。
「問題にはならないと思いたいってところだな。今のところは」
杞憂なら万々歳。
しかし、俺の想像している人物が想像しているような行動を取っているのだとしたらかなりグレーゾーンを突いて動いているということになる。
強くなることを主眼にしている時期に、根回しなんて行動を取る人間がいるとはな。
俺の言い回しになんだそりゃと呆れるハンズに俺は苦笑を一つこぼし。
「俺の杞憂で済めばいいってだけの話さ」
「そういうもんか、ま、ここら辺の奴らに話を聞きたいって言うなら俺の名前をだせばいいさ」
「なんだ、今日は妙にサービス良いな」
「せっかくの金づる、逃がしてなるものかってな」
「相変わらず正直なやつだ」
「それが俺たちジャイアントってな」
馴染みの店を後にするのであった。
今日の一言
気になることは後回しにせず、調べられるのならその場で調べよう。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




