314 そして嵐は作り出される
Another side
次郎たちが通常業務をしていれば、他のテスターたちもその業務に従事している。
新入社員たちはまだ研修中で、実戦投入はまだであるが昨年から活動しているテスターたちは違う。
人数は減っていても曲りなりに一年間ダンジョンテストを続けてきた実績を持つ彼ら。
次郎たちのパーティーを含め現在稼働しているのは四つ。
次郎たちの【月下の止まり木】
火澄透と七瀬美樹の二人コンビのパーティー【翼】
神崎という女性弓師がリーダーを務める女性パーティー【step beat】
男の魔法使い四人組のパーティー【黄金の丘】
この四つのパーティーに横の繋がりというのはほぼない。
一時、次郎が火澄と七瀬を指導しようとした時期があったが、その期間は短い。
そのほかに度々交流はあるもののそれは極めてドライな関係、プライベート的な繋がりはなく、次郎のパーティー含め仕事の関係上の繋がりのみだ。
それは利益的な理由でもある。
情報は社内サイトに掲載されたもので十分。
情報収集が簡単になった世の中で必要でないのなら手間をかけてまで交流を持とうとする輩はいない。
あるいはライバル的意識の理由でもある。
むしろこちらの理由のほうが多い。
プライドというのは時に人を奮い立たせ、その心の支えになる時もある。
だが、その反面、プライドが邪魔をして頭を下げるといった、相手よりも自分が下であるという事実を認められないことにつながるケースも多い。
「二人とも僕の呼びかけに応えてくれてありがとう」
その話が今回の出来事に繋がったのかまではわからない。
しかし、そういった要素が皆無とは否定する要素もない。
現状[月下の止まり木]一強状態を良しとしないのは社内の一部の魔族だけではない。
火澄透や他のパーティーもその勢力に入る。
妨害工作をしてリスクを冒してでも蹴落としたいとまでは思ってはいないが、常に先頭を走る彼らを良くは思っていないのは否定できない三人がこの場に集う。
そして、表面的な言葉はともかく、得てして心情的理由というのは払拭しがたい要素である。
「それで話って何? わざわざこんな場所まで借りて」
「そうだぜ。こっちは少しでもいい新人選ぼうとしているって時なのによ」
とある小会議室。
ここは社内でも目立たない箇所にあり、そしてなおかつ魔法及び機械的に機密が保たれた空間。
申請がいるので、なにか秘密の話をしているという事実は会社に伝わるが、逆に言えばそれ以上のことは秘匿される一室。
そこに男二人と女一人が集まっていた。
朗らかに笑いながら話し合いに応じてくれたことを喜ぶ火澄。
訝しげに額にしわを寄せながら話を早く進めてくれという紅一点の神崎。
そしてそれに同意するかのように椅子の背もたれに寄り掛かり不機嫌さを隠さない男、酉松。
「今後の僕たちのダンジョンテスターとしての活動に関してかな」
「はぁ、そんなものあなたたちのパーティー内で話しなさいよ。重要な話があるって聞いたから来たのに」
遠回しにぼかすように言う火澄の発言をバッサリと切り捨てる神崎。
しかし、北宮という気の強い女性と幼馴染であった彼にその強気な口調を気にした様子もなくそうだねと軽く同意してから話を進める。
「本来であればこんな話を共有する必要はないんだけど、この一年で僕たちはだいぶ差を広げられてしまった。その差を埋める必要がある」
朗らかな表情から一転真剣な表情になって告げる火澄。
そして差という言葉にピクリと反応する二人。
「………あいつらか」
そして数秒の沈黙を破ったのは黄金の丘の酉松。
不機嫌そうだった表情をより一層不機嫌にし、そして次郎たちのことを重たく吐き出すように告げる。
最初は年の離れたソロプレイヤー。
彼以外は若さもあり、才能も有り、どこか浮いた存在。
一人だけの中途採用ということもあり見下していた存在が気づけば見上げる存在に。
その事実を認めてはいるも、不満はあると言いたげに、ギシっと背もたれに力強く寄り掛かり軋ませる。
「彼らの躍進は異常だ。第三者の梃入れでもない限りあそこまで早く成長することはあり得ない。それは僕ら自身が身をもって証明している」
そして、その苛立ちの原因を火澄はその場に投げ込む。
彼ら自身、彼らなりに努力し結果を出してきたと思っている。
事実、火澄たちのパーティーは開始序盤はトップを独走していたとも言える。
しかし、とある日を境に今はダンジョン攻略も足止めをくらい、日々のステータス上昇を待ちコツコツと攻略する日々が続いている。
そして、火澄はまだマシの部類。
神崎のパーティーも一歩ずつ着実に進んでいるものの火澄には一歩劣り、酉松に至っては攻略が完全に止まっている。
なので火澄たちから見て、おかしい速度でダンジョンを攻略しダンジョンの難易度を上げる次郎たちの存在は異常の一言に尽きる。
そんな三人から見た異常者・次郎とこの場にいるメンバーとの差はなんなのか。
自分たちにはできず、次郎たちにはできるのはなぜか。
素直に聞くこともできず、遠回しに担当者に問いかけるも濁した解答しか得られず。
会社からすれば魔王軍に所属する存在ですら一部を除き率先して受けたいと思わない内容を伝えるのも憚られるので濁した解答にしただけ。
会社側からすれば決して悪意のある回答ではない。
しかし、火澄にとってはそうは受け取られず、なんらかの理由、それこそ緘口令といった口止めがなされていると受け取ってしまった。
「そうなれば話は簡単だ。この会社は不平等を敷いていると思わないかな?彼らばかり特別な研修や指導を与えられ、そして僕たちにない人脈を築いている」
その流れで火澄は、第三者の梃入れ、否、依怙贔屓が実施されていると確信してしまった。
不平等と聞けば大半の人間は不快を示す。
事実、神崎も酉松もともに表情にこそ出さないが、同意するように雰囲気が若干悪くなる。
そして表情に出さないものの火澄自身も許しがたいと言わんばかりに瞳にギラつきが見える。
「そうは思わないかい?」
同意を求めているが、彼の口調は断定するがごとく。
実際にこの場にいる二人に同意を求めず確定事項かのように伝える。
「「………」」
その言葉に口にはしないが、同意する部分がある二人は沈黙を選ぶ。
肯定すれば気分は晴れるかもしれないが、社の方針に歯向かうような言動に繋がる。
火澄の言い分は彼ら二人の心情を的確についたもの。
「………何が言いてぇんだ?」
しばし沈黙が続くがその沈黙も長くは続かなかった。
酉松がしびれを切らし、火澄に話を切り出した。
それを待っていたはずの火澄はちらりと神崎を見る。
「………」
本当であれば神崎のほうも乗ってきてくれるほうが都合がいいのだろうか、彼は数秒神崎を見るも彼女は沈黙を選んだ。
それに対し仕方ないと一回目を瞑った火澄は、目を開けた後に語り出す。
「彼らの地位は本来であれば僕たちも恩恵を受けられれば到達できた場所だ。社内では〝ちょっと〟活躍している彼らを重要視しすぎているように思うんだ」
ちょっとと強調する彼の言葉。
そして次郎たちの功績は本来であれば自分たちのものだと言っている火澄。
「現状を打破するいい方法があるんだ。それを君たちに手伝ってほしいんだ」
そしてその場所にふさわしいのは誰かと遠回しで伝えるようににこりと友好的な笑みを浮かべる火澄。
その笑みは容姿も整っている彼がすれば万人に、特に異性からすれば温和で優し気のある魅力的な笑みに映っただろう。
そして火澄の語る方法に最初は訝し気に聞いていた酉松は段々と笑みを深め。
神崎は一貫して表情を変えなかった。
「おもしれぇな。その話ノッた」
語り終えるころには最初の不機嫌がどこに消えたのか酉松は楽し気にそして友好的に火澄の話に乗ることを決めた。
「今話せるのはここまでだけど、神崎さん。君はどうする?」
「………あなたの話が本当なら確かに魅力的な話だわ」
「それなら「けれど私一人で判断はできない。パーティーのメンバーと話し合ってから返事をするわ」………わかった。だけど時間は指定させてもらうよ。準備は早いほうがいい。三日だ。それ以上は待たないよ」
「わかったわ」
対して神崎は半信半疑といったところだ。
火澄の語った内容が事実ならそれ相応の見返りはある。
話していた内容にも違和感はないし矛盾点もない。
しかし、どこか喉に小骨が刺さったかのように引っ掛かりを覚える彼女は即答を避けた。
その彼女の対応を仕方ないと割り切る火澄、そしてなんで即答しないのか理解できないと言わんばかりに鼻で笑う酉松。
そして話が終わればこれ以上の長話は無用。
神崎は早々に席を立ち部屋を出る。
酉松はもう少し詳しく話を聞きたそうにしていたが。
「ごめん、これから会う人がいるんだ」
「んだよ、俺ら以外にも声かけてるのかよ」
「まぁそんなところだよ」
そう言って酉松をあしらう火澄は会議室を後にした。
そして向かう途中、袖裏に隠したものを取り出しスイッチを切る。
火澄の手にあるのはボイスレコーダー。
先ほどの会議室の内容は全てこの中に納まっている。
「こんにちは、調子はどう?」
「翠さん」
そして道中の自販機の陰に寄り掛かるように立っていた女性を見て火澄は笑みを浮かべる。
「二人の内片方には協力を取り付けられましたよ。これ、頼まれていた奴です」
「ありがとう。そっか、片方だけか。ダメだったのは女の子のほう?」
「ええそうですけど。問題ありました?」
「いや、大丈夫よ。きっと彼女もこの話にはのってくるわ」
火澄と待ち合わせをしていたのは翠だ。
ひらひらとまるでデートの待ち合わせかのように手を振る彼女はゆっくりと火澄に歩み寄り前に立つ。
その距離は他者が見ればまるで恋人かのような距離。
その距離で話す彼らを見る目はない。
ここはいわば穴場のような場所。
あの会議室は機密性はあるが注目性がある。
対してここは機密性に穴はあるも、注目性は段違いで低い。
周囲に気を払い、こういった密会の場にはちょうどいいのだ。
そして二人が話すのはついさっきまで火澄が話していた内容の結果。
「不安そうね」
「わかります?」
「ええ、あなた思ったよりも顔に出るのよ。自分は大丈夫だと思っているようだけど」
その過程で彼女から指示された内容を達成できなかった彼はわずかに瞳が揺れ、それをクスリと笑い指摘する彼女。
優しい手つきでツンと眉間を指さし、大丈夫と目を見て語る彼女に不安を感じていた彼は強張っていた肩の力が抜ける。
「大丈夫。あなたには私がついているわ。あなたはまっすぐに進んでいればいい。他のことは全部私がやってあげる。そうすれば問題ないわ」
彼女と彼がいつ出会ったのか。
それを知る者は少ない。
ただ彼が彼女に寄せるものは信頼か友愛か、もしくはそれとは別の男としての感情か。
ただ一つ言えるのは彼は彼女の言葉を疑っていないということ。
そして、彼が思っているよりも結果の出ない現状を〝打破してくれた〟彼女の言葉を彼は素直に受け入れているということだ。
「あの時みたいにあなたの背中は私が押してあげる。そうすれば『北宮ちゃん』も戻ってきてくれるわ」
「そう、ですよね」
「ええ、あなたは確かに間違ったわ。でも、その間違いは正せないというわけではないわ」
すっと彼女の手は優しく彼の頬に添えられ、その手を彼は優しく包む。
「だってあなたは間違ったと反省できたんだもの。きっと彼女も許してくれるわ」
その手は優しく甘く、まるで蜜のようにとろりと彼に染み込む。
「だけど、素直じゃない彼女に本音を言わせるのは難しいわ。だからね、きっかけがいるの」
その甘く囁く言葉は耳心地よく彼の耳に入り込み。
そしてゆっくりと、彼の認識を〝ズラす〟
「そのきっかけももう少しで始まるわ。それに、ここは日本だけど日本じゃない。そのきっかけもきっとうまくいくわ」
優しく添えられた手はするりと彼の手を解き、彼女の両手は彼の首に回り優しく抱きしめる。
甘い香りのする女性の首元に彼は顔を埋め、安心する彼女のぬくもりに身を任す。
大丈夫と安心させてくれる彼女の言葉。
母のように姉のようにそして〝コイビト〟のように触れ合う彼女の空気に彼は浸る。
それがどのような結果になるかなどわからない。
だけどきっと未来はおとぎ話の絵本のように決まっている。
【わるいまほうつかいはたおされてゆうしゃはしあわせになる。めでたしめでたし】
それを疑うことを彼は、忘れてしまった。
今日の一言
すべて順調、そんなことは続かない。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




