313 嵐が過ぎ去るのを待つべきか、それとも
銀色の風となった海堂の戦いは正しく安定していると言える。
「なかなかだな」
回り込んでいるフォレストウルフが来るまでまだ時間がある。
時間にして数分くらい。
ならばとその間、新しく海堂が身に着けた力を見させてもらおうと思って眺めている。
その動きはテレビの向こうから来た特撮ヒーローのようにフォレストウルフを蹂躙する海堂だった。
「余裕でござるねぇ」
「実際余裕だからな」
「油断は、していないでござるね」
「当然」
後方配置ということで、南の側に立つ俺は鉱樹も抜かず、その場に立ちじっくりと海堂の動きを観察する。
普段の兵士みたいな鎧からかけ離れ、全身タイツのような素材に金属鎧をつけた某バイクを乗り回すヒーローのような恰好をしている海堂。
かといって戦闘スタイルが変わっているわけではない。
テレビとかで見るヒーローなら格闘戦だったり、銃を使ったりと、海堂のように剣を使うやつもいたな。
二刀流の海堂は攻防一体の立ち居振る舞いによって堅実にフォレストウルフたちを屠っていく。
右手で剣を振るい。
左手で牙を防ぎ。
距離を取られれば魔法によってその足を奪う。
「ポジションとしては強化装置みたいな感じか、あの変身装置は」
その動きは今まで見た海堂の中で一番の動きだと言える。
力も増し、速さも増し、魔法の威力も増しているように見える。
「もともとヒーローものって変身したら強くなるって代物でござるよ。筋力が増強してるのかその変身した姿がロボットみたいに強力なのかまでは知らないでござるが」
数にしてニ十二匹。
クマほどの体躯を誇る狼の群れ相手に一歩も引くことなく戦う海堂。
それも一人でだ。
北宮と南はいつでもサポートできるように魔法を待機させ、討ち漏らした敵を迎撃できるようにアメリアと勝も構えている。
『そろそろ決めるっすよ!必殺!』
気配的に回り込んでくる狼の群れもそろそろ到着するころ。
このペースでは相手の思惑通りに挟撃される。
されても平気ではあるがそうはさせないと海堂は決めにかかるようだ。
「おお! キックでござるか!? キックでござるよね!? キックしかないでござる!!」
「なんだよそのキック押しの三段活用は、落ち着け南」
某ヒーローをリスペクトしているのなら確かに南の言う通りキックになるのだろう。
立体的に動こうと思えば動ける樹海の中で俺からすれば隙だらけと言わんばかりに海堂は飛び上がった。
その後何をするのかと予想すれば跳び蹴りの要領で落ちてくるのだろう。
『ブースト! キィィィィック!!』
ただし背中から訳の分からないものを噴射しながらではあったが。
遠目から見てもなかなかの速度で狼たちに突っ込んでいく海堂。
そんな後先考えず、落下速度プラス噴射速度プラス魔力障壁イコール結末は。
「ゲホゲホゲホ」
土が舞い。
「もう、なんなのよ」
石が飛び。
「ぺっぺ、土が口の中に入ったでござる」
辺りかまわず被害を増やす。
「もう! 髪の毛の中に土が入っちゃったヨ!!」
敵味方問わずの、まさに被害拡大技だ。
「まぁ、こうなるわな」
ある意味でフレンドリーファイアともいえる惨状に俺は苦笑するほかない。
「なんでリーダーは平気なんでござるか!?」
「避けた」
「あ、はい」
ちゃっかり一人だけ被害を免れていることに南からジト目で睨まれるも無視。
砂まみれになっているこの惨状だ。
成人男性の体重平均は約六十キロ。
それプラス装備とかの重量が加算された質量が、目測で音速を超えた速度で落下してきたらどうなるか。
結論、それなりの質量の物体がかなりの速度で地面にぶつかれば地面が爆発しその地面はその威力に比例して損壊する。
どっかのヒーローものみたいに綺麗に敵だけに技が当たるわけもなく。
当然の帰結とも言える。
むしろ海堂的には敵全体を巻き込むつもりで中心部に突っ込んだ雰囲気がある。
あの魔力障壁もただの障壁ではなく、爆発するようなものを構成したらしく、二重構造で自身は内部の結界で守り弾けた結界で周囲の敵を薙ぎ払う技だと推測できる。
まぁおかげで、飛んできた爆風で勝はむせ。
砂が目に入ったのか目をこする北宮。
口の中に入った砂を吐き出す南に。
顔を庇うも髪に砂がかかりそれをかき出しているアメリア。
俺はなんとなくこの結末がわかったのでそれを全部回避した。
『勝利っす!』
そして決めポーズを取る海堂は爆心地と言えそうな地面を抉った場所に立つ。
派手な演出にはそれ相応の代価がいるのだなとヒーローものの裏事情を知った気がする。
戦隊ものだと巨大怪人が町並みを壊していたが、その修理はいったいどうしているんだとツッコミを入れてしまうような心情だ。
「とりあえず、運用を考えるところからだな」
「そうね、それであれどうするの? さっきの海堂さんの攻撃で怯えちゃってるけど」
「余計な戦闘をしなくて結果オーライでござるが、それだと面白くないでござるからさっきの失態の罰として海堂先輩、もう一回ゴーでどうでござる?」
「賛成」
「いいんじゃない?」
「GoAhead!!」
『ええ!? なんでっすか!?』
「満場一致だ。もう一戦いってこい」
海堂の強さは理解したがその使い方、特に連携に関して運用が難しいというのがわかる。
若干力に振り回されている。
そう感じた。
制御しようとする努力が垣間見えるので問題はないだろう。
なれば今はその力の制御の機会を与えるとしよう。
『なんか変な狼いるんっすけど!? 体大きいし、色も違うっすけど!?』
「ああ、ブラッドだな。安心しろ、油断しなければまず負けない」
「ヒーローのお約束の一度負けてから挽回するってシーンはいらないでござるよ~この後も攻略が控えているんでござるから」
「急いでよね」
「頑張ってください。回復は任せてください」
「FIGHT!」
『イジメっすか!? イジメっすよね!? イジメ良くないっす!!』
回りこんできた狼の群れに、その群れのリーダー的な存在のフォレストウルフの姿が見える。
他の個体よりも二回りはでかい。
色もグレーではなく若干黒っぽい。
群れの数もさっきのより多い。
総評して。
「大丈夫だ。問題ない」
『それ問題ある時の台詞っすよね!? 一番いい装備で頼むっすよ!!』
「今お前が着ている装備が一番いい装備だろうが」
『あ、そう言えばそうっすね』
海堂一人で問題ない。
トレントとかの潜伏するタイプの罠を警戒していれば海堂が負けることはない。
そう言ってやるが、海堂本人は不満があると言わんばかりに叫んでくる。
しかしギャアギャアとわめきつつも、とうっと跳び上がり狼たちに襲い掛かる辺り海堂らしい。
「戦力温存でござるよぉ、たぶんこの先罠だらけでござろうし」
「やっぱり、この狼は足止め?」
「そうでござろうなぁ、無視すると群れを増やして襲ってくるから相手にしないわけにはいかないでござるし、かといって足を止めれば」
二度目の戦闘を脇目に、南はこの戦闘の意味を悟る。
それは南だけではなくパーティー全員の見解。
機動力のあるフォレストウルフをぶつけてきたということはこの先にはトレントたちが潜伏しているとみてまず間違いない。
トレント。
木に偽装し、敵を待ち受けるトラップモンスター。
木を隠すなら森の中だという運用方法を地で行く奴らだ。
そのステルス能力は魔法で見抜くのも困難だ。
一度適した場所で隠れれば、探すのは困難。
通った道でも帰りに襲われるという面倒なモンスターだ。
対処方法としては動いたときに仕留めるか、周囲一帯を更地にして地形ごと消し飛ばすくらいしか方法が浮かばない。
「トレントたちが大量に展開されるでござるよ。こういった場所で植物系の敵は面倒でござるよ」
「俺たちが余計に面倒にしているがな」
「本当にそれね」
幸いにしてトレントたちの移動能力は低い。
基本的に待ちの姿勢のおかげで、一度躱せば同じ個体が追ってくることはまずない。
追ってきても伸ばせる枝や根の範囲から抜け出せば、あとは亀よりも鈍足だ。
しかし、その欠点を放置する俺たちではない。
「あ、発射音」
その欠点を克服した結果を認識したアメリアはポツリとその言葉をこぼし。
南は黙って結界をはる。
『あいたぁ!?』
そして海堂の頭に当たる物体。
のけぞるように吹っ飛ぶ海堂を見ながら、今度は南の結界が豪雨かと言わんばかりに撃たれる。
それも上からではなく横から。
「種を射出するって考えた時はどうかと思ったけど、結構やっかいよねこれ」
「自身の体から生み出す代物だからな。魔力も込めやすいうえに品種改良で硬い種も作れて撃ちだしやすい形状にもできる。まさか現代兵器に近い代物第一号が機王のダンジョンではなく樹王のダンジョンとは、だれが予想した」
攻撃範囲が少ないのなら、攻撃範囲を広げてやればいい。
その発想で生み出された固定砲台型のトレント。
弾数にこそ制限はあるも、攻撃範囲は従来の十倍以上。
攻撃力も上位種になれば南の結界を削り切れるほどの存在になっている。
未だマシンガンのように撃ち出すことはできていないが、数を揃えれば弾幕くらいは張れる。
南の言っていた展開とはこのことだ。
「さすがに海堂一人でこれは厳しいか」
「拙者的に海堂先輩の変身ベルトの防御力を見れて満足でござるが」
「あの攻撃、魔力を込めた厚さ十ミリの鉄板くらいなら抜けるのよ? ヘッドショット受けて痛いで済むってどれだけ硬いのよ」
「僕、回復に行きましょうか?」
「ああ頼む、南とアメリアも海堂のほうに回ってくれ。俺と北宮であのトレントたち黙らせてくるわ」
「気を付けるでござるよ。三段撃ちどころかそれ以上が出てくるかもしれないでござるから」
「あいよ」
「わかってるわよ」
フォレストウルフが足を止めている間にトレントたちが包囲を完成させ一斉射撃で仕留める。
序盤の初心者にとっては悪夢のような構成。
一定以上の防御力や回避能力といった術を持たねばあっという間にハチの巣。
森に入れるものかという樹王のダンジョンの最初の防衛戦だ。
いつどこで森の中から狙撃が飛んでくるか、そう考えるだけで常人なら足はすくむ。
それも魔力を込められた種の弾丸。
肉体も貫通できる。
「さてと、北宮。どうする?」
「どうするって?」
そんな相手に戦いに行くというのに俺と北宮はのんびりと歩きながら南たちを見送る。
「いやな、手伝いいるか?」
格下相手に油断はしないが余裕は崩さない。
海堂だけでは厳しいと評したが、無理でも無茶でもない。
ニヤリと笑いつつ鉱樹に手をかけることもなく飛んできた種を鷲掴みにしてころりと地面に落とす。
かく言う北宮も。
「私だけに働かせるつもり?」
ひょいと顔を傾けヘッドショットを狙った弾丸を避ける。
「練習の成果を試したいかと思ってな」
「それならもう少し歯ごたえのある相手がいいわね」
「ここでは不満か?」
「不満ね。だって」
そして宙に浮かせた魔球に魔力を回した北宮は百の氷の槍を顕現させ。
「射程が私よりも短くて」
飛んできた種めがけ槍を射出。
「威力が低いんじゃ、歯ごたえがないわよ」
その軌道はまるで種の弾丸と氷の槍が一直線でぶつかるように調整され。
四方に散らばるように射出された氷の槍はそのまままっすぐ飛び種の弾丸を貫き、速度を緩めぬまま種を撃ち出したトレントを貫く。
「走るのが面倒だからって、私に仕事押し付けないで」
「おおコワ、うかつにサボれないな」
「当たり前よ」
そしてフィンガースナップ一回。
その音、それも届いていないような音の振動で砕け散るように氷の槍に貫かれ凍結したトレントたちは消え去る。
「次は次郎さんがやってよ」
「面倒だなぁ、更地にするか」
「スエラさんが怒るわよ」
「それは勘弁だ」
竜王のダンジョンのように最初から強者が出てくるのならいざ知らずこの程度なら余裕で対応できる。
この部分も改善対象だなと頭の中のメモを走らせ。
「さて、蹂躙するとするか」
「勇者ってこんな気持ちなのかしら」
「なったことがないからわからん」
少し離れた場所でフォレストウルフを蹂躙している海堂たちを脇目に俺と北宮はハントを楽しむとしよう。
今日の一言
困難に立ち向かうか、困難が過ぎ去るのを待つかその選択は自由である。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




