312 嵐の前の静けさというが、昨今は嵐がいつ来るかはわかってしまう
「拙者、完全、復活!! いやぁ!! 睡眠って大事でござるよ!! 後悔はしていないでござるが!!」
「しろよ、そして反省もな」
「次回に期待ということでお願いするでござる!」
「お騒がせしました」
「おう、次は気をつけろよ」
「はい」
昼時。
珍しく、北宮とアメリアがキッチンに立っているときにその匂いに誘われてか仮眠室からバンと漫画に出てきそうな扉の開け方で姿を現し仁王立ちした南。
その後ろでは礼儀正しく頭を下げる勝がいる。
その二人に注意し、正反対の対応に苦笑を一つこぼし、顔色を窺う。
二人の顔色は今朝と比べれば雲泥の差と言ってもいいほど良くなっている。
寝不足のきつさは前の会社でよくわかるから、良かったなと言い席を促す。
丁度盛り付け段階に入っているからまさにベストタイミングというやつだ。
「勝君ほどじゃないけど、簡単にできるパスタにしてみたわ。味見はしたから問題はないはずよ」
「とってもおいしいヨ!」
黒のエプロンを外し料理を持ってくる北宮と、青いエプロンを外しているアメリアが料理の出来栄えを報告してきた。
コトンとテーブルに置かれた皿から漂う湯気がなんともおいしそうだ。
匂いからして醤油バター系か?
あさりとパセリそして玉ねぎとどこかで見たことのあるようなパスタがテーブルに並ぶ。
「一応、あんたたちの分も用意してたけど食べるって、聞くまでもないか」
「ありがたくいただくでござるよ!!」
「すみません、いただきます」
寝起きだから軽めにしようかと聞く北宮に対して問題ないと胸を張る南。
勝も問題ないと言えば、北宮は了解と言い追加で二人分持ってくる。
そして、全員席に着き昼食が始まる。
「それで南」
「んあ? ゴクン、なんでござるかリーダー」
食事をとりながら雑談をするのもいつものこと。
仕事のことやBGM代わりにつけているテレビから流れる内容に反応したりと各々会話をしながら、パスタを頬張る南に声をかける。
「見せてもらったが、あの話本気か?」
「その様子だと三つ目も読んでくれたようでござるね。そしてリーダーへの答えはYesでござる。本気も本気、マジと書いて本気と読むぐらいガチでござるよ。伊達や酔狂で三日も徹夜はさすがにしないでござるよ。拙者、本気でござる」
パスタを飲み込んだあと少し真剣な眼になり本気と繰り返し頷く彼女に、そうかと俺も頷き今現状の俺の心情を語る。
本来であれば嘘を言っているように聞こえるような言葉ではあるが、表情と雰囲気そして勘になるが彼女は真剣だというのがわかる。
「あの話は有りか無しかと判断すれば、有りだと俺は思う。が、話を進めるのは難しいというのが正直なところだ」
俺が話しているのは三つ目の話。
南が作ろうとしているクランの話だ。
着想自体かなり良いと思うし、内容も現実的だ。
実現すれば多大な効果を及ぼすことも確か。
しかし、それを踏まえたとしても机上の空論の域を出るとは俺は思わなかった。
「だと思うでござるよ~」
そのことを素直に話し、てっきりなんでという反論を南が言ってくるかと思っていたが、予想に反して彼女は素直に俺の予想を受け入れ、パスタを食べ始める。
「だと思うって、予想してたのか?」
「さすがの拙者もそこまで夢見がちではないでござるよ。これ通すのにどれだけの人脈や費用、根回しがいると思うんでござるか。長期的な計画、それこそ地盤固めから始めないといけないでござるよ」
残念ながらそのどれもが足りていないと自覚のある南は、今は絵空事だと自分の提案を切って捨てた。
それだと、なぜ本気だと言ったのだろう。
パスタを食べながら普段通りの表情。
大げさにリアクションを取ったりする彼女であるが、ある種普段の彼女の顔こそがポーカーフェイスになっている。
のらりくらりと真意を悟らせず、波風を立てない。
「当面の目標ってやつでござるよ。いきなりできたらそれは確かに最良でござるが、拙者にはまだ運営は難しいでござるよ。けれど、年内にはプロジェクトを立ち上げられるようにできれば上出来でござるねぇ」
何をもってして、南がここまでやる気を出したか皆目見当がつかない。
年内にプロジェクトを立ち上げる。
それすなわち、年内には現実的な見通しを立てるということだ。
「まぁ、そのためにもダンジョンテストの方も一定以上の成果が必要で、かつそろそろ本腰いれて社内交流に努めないといけないでござるよ」
そして、そのスケジュールが彼女の中で組み立てられていると悟った。
「どこまで見えている?」
「目先なら、エヴィアさんとメモリアさんのコネを使うための段取りってところでござるよ。立ってるものは親でも使えって言うでござるよ」
そのことを素直に問えば、一番身近であるコネである俺を彼女は見てきた。
エヴィアのコネ、魔王軍内のコネと貴族のコネといったところか。
メモリアの方は商会関係か。
「まぁ、二人ともリーダーの仲間だからって色眼鏡で見ることがないからしっかりと価値を示さないといけないという過程が必要なんでござるけど」
「だろうな、あの二人を説得するのはなかなか骨が折れるぞ」
「働かず、楽に生きるそれが拙者の目標だったはずなのに、どこで間違ったでござろうなぁ」
「ここに入社した時だろうさ」
「残念、それなら仕方ないでござるよ」
残念と言いつつ、残念そうにしない彼女は一回瞬きをすると瞳の色から真剣さが消え。
「む、このパスタなかなか旨いでござるな。北宮のくせに」
「くせにってなによ。料理の作れないあんたにそこまで言われる筋合いはないわよ」
「ふ~ん、拙者、できないんじゃなくてやらないだけでござるよ」
「それ、できない人の台詞でしょ」
「できるでござるよ………カップ麺くらいなら」
「あんたそれ、本気で料理って思ってるの?」
空気が緩み、通常運行に戻っていった。
北宮の料理を素直に旨いというもののその後の蛇足にカチンときた北宮とのやり取り。
最近勝との関係で仲は良くなってはいるが、このやり取りは決してなくならないだろうと思う。
俺も一旦仕事の話は脇に置き北宮の料理に舌鼓を打つ。
「うん、旨い」
ほんのりと感じる醤油とバターの塩梅が良いと思いつつ昼は過ぎ。
のんびりと過ごし時間は終了だ。
食後の運動というわけではないが仕事に取りかかる。
「たまには軒先を変えるのも悪くはないか」
装備を整え、準備は万端。
いつものゲートを潜り、ダンジョンへと入った。
「あまり来ない場所だけどね」
「うわ~、相変わらずすっごく魔力が濃いヨ」
「ダークと頭に付くでござるが、エルフの森でござるしね。魔力があるってイメージでござるよ」
「というより、毎回思うっすけど道、ないっすよねここ」
「通れはするけどな」
午後からは通常業務であるダンジョンテストだ。
今回来たのは樹王のダンジョンだ。
スエラと同じダークエルフであり魔王軍内でのダークエルフの頂点である樹王が纏めているダンジョンである。
この場所の特徴はこの方角を見失わせるほどの樹海だ。
だが薄暗いというわけではなく、ほんのりと差し込む光のおかげで視界は確保できる。
天まで届けと言わんばかりに伸びる大樹の数々、等間隔というわけではないがある一定の幅を空けて樹が育っているために進むこと自体はたやすい。
その光景は神秘的と言っても過言ではない。
日本どころか、地球全体を探してもここまで綺麗な景色はないのではなかろうか。
しかし、その風光明媚な光景に反してダンジョンらしく人が侵入するために足場がいいかと言えばそうではない。
けもの道のようなものはあれど、木の根が土より姿を現し平らな地面など作り出さない。
そして、青々と生い茂った草たちが足元を隠す。
踏み潰したり、極力見える場所を歩いているもいざというとき足を取られないように注意を払いつつ俺たちは進む。
「ここにいるのはトレント系と獣系だったか?」
「精霊種とはまだ接敵してないでござるよ。あとはダークエルフとも、現状攻略している範囲だとリーダーの言っている二種だけでござるな。まぁ、拙者たちが報告してるからかなりの確率で変わっていると思うでござるが」
「毎度思うが、自分で首を絞めている感覚に仕方ないと思い始めているのは良い傾向だろうか?」
「知らないわよ、けど、少なくとも私も同じこと思ってるわよ」
「慣れっすね」
「慣れって恐ろしいですね」
「注意して進まないとダメ! ダネ!」
俺たちが普段回っているのは機王のダンジョンがメインだ。
次点で鬼王と不死王。
最近だと竜王のほうにも行ったが、あんなことがあったから少しばかりお休みだ。
稼ぎがと一部文句を言いたげであったが、八桁稼いだのだから文句を言うなと言ったら大人しくなった。
残るは閉鎖した蟲王のダンジョンを除き、巨人王と樹王の二つ。
この二つは意図的に避けていたわけではなかったが、何かと縁のあるダンジョンを優先していたため挑んだ回数は他のダンジョンと比べてもだいぶ少ない。
他のダンジョンテスターたちの情報も多少は入手しているが、何事も実地で確認すべし。
「ならいつも通りのフォーメーションで行くか」
「今回はレベリングも兼ねるでござるから、リーダーは後方警戒でござるよ。リーダーを先頭にしたらモンスターが狩りつくされるでござるよ。ということで海堂先輩、盾になるでござるよ」
「へいへい」
「盾って、間違ってはいないっすけど言い方をもう少し優しくしてほしいっす」
「拙者の優しさは海堂先輩なら二千円になるでござるよ」
「金取るんっすか!? それも高いか安いか微妙っすね!?」
「そうでござるか? そういった系統のお店に行く海堂先輩なら安いんじゃないでござるか?」
「そういうお店と比べないでほしいっすよ!?」
雑談交じりで程よく緊張感を保ちつつ、しっとりとした大地を踏みしめ森に入る。
このダンジョンは他のダンジョンと比べマッピングが非常にしづらい。
樹海ということで同じ光景と薄暗いので特徴という物がほぼない。
一つの岩を目印にできなくはないだろうけど、それも似たようなものばかりで一度目を放したらよほど印象的な岩でもない限り見つけるのは難しい。
方位磁石など対策済みで、持ってきてもぐるぐると回るだけ。
「むぅ、少しずれるでござるなぁ。リーダー、出口の方角はどっちでござるか?」
「あっちだな」
「なるほど、となると」
なので南の魔法と龍の血によって鋭敏化した方向感覚でダブルチェックし着実に進む。
「遠吠えだ」
「アミーちゃん」
「OK、距離はそこまで離れていないヨ。二時の方向に群れの足音、十一時の方向にもいるネ」
そして遠吠えが聞こえると勝と海堂そして俺が周囲を警戒。
南と北宮はアメリアのサポートに入る。
両耳に手を添え音を拾う仕草を見せるアメリアはすっと目を閉じ、音源を拾う。
「二時の方向の群れはまっすぐこっちに向かってくるヨ。十一時の方向はグルって回ってきそう」
「回り込んで時間差で挟撃でござるか、鉄板でござるな。まぁ、拙者たちには通用しないでござる。海堂先輩、実用試験するでござる?」
「お、いいんっすか?」
「序盤で慣らしておいたほうがいいでござるよ」
「なら、お言葉に甘えさせてもらうっす」
森に入って三十分ほど。
最初の迎撃に出てきたのはフォレストウルフ。
森狼と呼ばれる灰色の狼だ。
特徴は群れで行動し、その群れが多くなれば百を超えることもある。
強さとしてはゴブリン以上オーク以下といったところか。
大型犬と馬の中間くらいの大きさだが、今の俺たちにとっては見慣れた雑魚なのだが。
「!? おかしな音が混ざってるヨ! 気を付けて」
油断はしない。
「了解っす! 不肖、海堂忠、決めさせてもらうっすよ!」
「それがフラグになり、海堂先輩は――」
「止めるっすよそれ!? 割とここだとシャレにならないっすよ!!」
「あんたたち真面目にやんなさい」
「「はーい」」
………油断はしない、はずだ。
アメリアの警告にかっこよくポーズを決めているつもりの海堂に南が茶々をいれ空気が弛緩する。
それに呆れて注意する北宮。
ここまでがある意味一連の流れだ。
「あと十秒くらいで接敵でござる。そろそろ迎撃準備するでござるよ~」
「いくっすよ!! 実戦初『変・身』」
程よく緊張がほぐれ、精神的に万全となった各々は気合を入れる。
その後は気を引き締めた南が海堂へ指示を出す。
その指示に従い、ポーズを決めた海堂の体が発光。
そして森の中では目立つ銀色のフォルムのヒーロースタイルに変身する。
「ふぉー、なかなか決まってるでござるな! 後で貸してほしいでござる!」
『どこかの変身セットみたいな感覚で借りようとしないでほしいっすね!?』
それに反応するのはやはりといった感覚で南だった。
両手の拳を握りしめ、興奮したように目を輝かせる。
そういえば変身自体は初めて見るんだったなと思いつつ、変身ヒーローがツッコミを入れるなんてあまりないのではと変な部分で感想を抱きつつ。
マスク越しで若干くぐもった声になる海堂のお手並み拝見といこう。
『さぁ行くっすよぉ!!』
森の中から現れた大きな狼の群れに挑む海堂を見送ったのであった。
今日の一言
地に足つけ、目標を明確にすることは大事だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




