311 会議に対して無駄だという印象もあるが、効果的な場合も当然ある
とりあえず、勝と南を仮眠室にぶち込んだ俺たち。
本当なら午前中から行く予定を午後に移す。
特段そのことに対して慌てることはない。
回数こそ差はあれど俺含め皆予定が変わり、そのたびにやっている。
普段のパターンなら一人でできたりあまり影響のない報告書作成やトレーニングをやるのだが、今回は違う。
「ふむ、南からの提案書を読んでみたが、すごいな……三日でこれを仕上げたのか」
俺たちは資料を片手に机でミーティングをしていた。
「うちらのパーティーだけじゃなくて、ダンジョンテスター全体の底上げのプロジェクトっすか」
「あの子、仕事はできるのに普段本気出さないから、本当にやる気出すととんでもないこと考えるわね」
「おお~、これができれば攻略もはかどるネ!」
各自南が仮眠室に入る前に。
『せめて、これだけでもこれだけでも、読んでほしいでござるぅ』
と、フシオ教官のダンジョンに採用されそうな形相と震える手で差し出されたUSBメモリ。
その中にあった資料を印刷し目を通してみたがなるほどこう来たかと感心させられる。
びっしりと説明書きとグラフを駆使し彼女の経験の全てがここに凝縮されたと言っても過言ではないプレゼン資料に俺たちは感嘆するほかない。
題して。
レベル上げ効率化攻略本作成プロジェクト。
レベル上げと表しているが、要はダンジョンテスターのステータスの上昇幅及び上昇スピード、または減衰といったステータスを上げるためにはどういったことが重要なのか研究しないかという南の提案だ。
今までは漠然的に体を鍛え、魔力を上げ、敵を倒せばステータスが上がるという印象しかなかった部分に着目し、どうやっても無駄が出ていた部分を改善しようと南は立ち上がったようだ。
題名からしてゲーマー脳のような内容ではあるが、作り上げられた資料は、思った以上に内容が煮詰められている。
俺たちの攻略記録と自身のステータス上昇内容、そして勝のステータスと比較した際の成長具合といった添付資料とかなり細かく網羅されてそこに南が体感した所見や解説が添付されており説得力がある。
ペラペラと紙がめくられる音だけが一時でも部屋を占領していたのが何よりの証拠。
そして。
「闘技場システムか、思いつきそうで思いつかなかったな」
「そうね、もともとダンジョン内では多対戦が多いし、個人対個人の戦いなんて滅多に起きないわ。作るだけ無駄って発想の人が多いかもしれないわね」
「でも、こうやれば数字だけじゃなくて自分の実力がわかるっていうのはかなり助かるっすよ。目安ってのは大事っすからねぇ。実際俺たちもどこまでの実力があるのか戦ってみないとわからないパターンあるっすから」
「Yes! その日の体のConditionを確認するのにもいいかもしれないネ!」
資料の最後のほうにまとめられていた闘技場システム。
内容としてはダンジョンテスターとダンジョン内のソウルと一対一で戦闘ができるという既存の訓練室でもできるものではあるのだが、それを広大な土地でやるのではなく気軽に個人でもできるようにするゲームセンターの筐体ゲームのような手ごろなマイナーダウン版を作ろうとしていた。
北宮の言う通り、本来ダンジョン内では一対一などという状況はよほどのことがない限りあり得ない。
ほぼないと言っても過言ではない。
そうなればこんなシステムなど実戦的ではなく、あまり価値がないように見える。
しかし、南はそう思わなかったようだ。
南は極論ダンジョン内の戦闘は一対一の戦闘が複数集まった状態だという視点をもってしてこのシステムの有用性を説いてきた。
代わる代わる敵と相対するが、シンプルに対戦時間が短いだけで広範囲魔法や範囲攻撃でもない限り対応するのは一体のみ。
発想の転換と言えばいいだろうか、確かに言われればと思う。
「南の考察通り、俺たちのパーティーでもフルメンバーで動けるケースはそれほど多くない。各自の予定もあれば一人、二人欠けている状態でもダンジョンに潜ることもあるしな。慣らし程度なら個人で動くこともある」
内心では仕方ないと諦めていた部分を、南の提案がズバリ言い当て、あってほしいという願望を生み出す。
「でもそれってある程度実力があったり自信があったりする人だけっすよね。俺も一人で動くことがある日があるっすけど、あんまり気乗りがしない時って絶対にあるっす」
「そうね、私のような後衛だと一人で挑むのも無謀だし、だからといってあの大きな訓練施設を一人で使うのもなんか気が引けるわ」
「そうだネ、私前に一人で挑んだことあったけどその時はマイクがいたから一人って感覚はなかったから最近そのことに気づいたネ」
チームでの連携はもちろん重要であるが、個々の能力がないがしろになっていいわけではないという。
連携をとるにも実力がいるのだ。
テーブルに集まり、資料をテーブルに置き飲み物には手は付けず必要であるかどうかを俺たちは議論する。
「こういう施設があればいいなって感じの施設だよね、これ」
「気軽にできる個人用の訓練施設ってところっすか。秘密の特訓とかできそうっすね」
「あのモンスターが苦手だからって改善するための練習にもなるわね。個々の対応能力も上がると思うわ」
「実地でぶっつけ本番するよりは、多少慣らして戦うことに対しての忌避感の緩和につながるか」
「それもあるっすけど、南ちゃんの本当の目的はデータ収集のほうみたいっすけどね」
「………闘技場は一対一の空間、何を倒せばどういう経験値をどれくらい得られるかのデータ収集か」
ソウルには個体差はあるが、そこまで幅があるわけではない。
概ね同じ能力で均等化されている。
だからこそ、乱戦になりどれくらいのダメージをどれくらいの敵に与えたか、あるいはどれくらいのダメージを受けたか。
それによってどれだけ経験値を得て、ステータスが向上されるかそれを南は知りたがっている。
そしてステータスがどれくらいならどこら辺が適正戦闘エリアかを弾きだそうとしている。
戦闘の効率化イコール仕事の効率化である。
レベリングの最適解が、この会社でのダンジョンテスターの最高仕事効率というのが笑えてくる。
随時ダンジョンが更新されていても、これが実現されればいずれはダンジョンテスターの効率のほうが上回れるかもしれない。
そんな可能性を秘めた提案書であった。
「とまぁ、良い面を考えてきたが悪い面はなんだと思う?」
そしてここまで南が想定する良い面を挙げてきた。
概ね戦闘効率の向上、ステータスの上昇の効率化、そして戦闘経験の充足と言ったことだろうか。
そしてその反面は。
「………そうね、先のことを心配しても仕方ないかもしれないけど、能力格差ができるかもしれないわね。今も若干そんな気風があるもの。これができたらどこのレベルのモンスターまでを倒せたかがステータスの一種になるわ」
「できない奴は見下されって奴っすね。普通にダンジョンで戦えば連携でどうにかできるモンスターでもソロってなると途端に勝手が違くなるから連携への影響も出てきそうっすね。そこら辺の気遣いも必要っす」
「一人では戦えないポジションの人も大変そうだネ。攻撃職ならまだいいかもしれないケド、南ちゃんみたいな補助職だとどうしても攻撃力は下がっちゃうヨネ」
意識格差の増長、元来の連携への不和、職による能力上昇効率の悪さが浮き彫りになる。
そうなれば規則ではなく暗黙の了解での差別が始まる恐れもある。
不安要素とは挙げればきりがないが、無視するわけにもいかない。
その辺はおいおい改善できるかもしれないが、初動でこういったデメリットが想定されている。
十分に旨味はあるも、その旨味の中に苦味も混じっている。
それを受け入れられるかどうか、はたまた想定外ではどんなものが出てくるか考え始めたらきりもなくなり、腰も重くなる。
必要だというのは理解する。
けれどこれを実現させるためには、もっと実績が必要だと俺は思った。
「面白い発想ではあり効果も見込めそうだが、エヴィアさんに話を上げるかどうかとなれば少し迷うな」
「俺は良いと思うっすけどね」
「気楽に発言できるような内容だとは思えないわ。施設を作るのは会社のほうなのよ」
「でも、これのおかげで会社に貢献できるかもしれないヨ?」
そして意見は綺麗に真っ二つに分かれる。
様子見の俺と北宮。
試験的にでも実装したほうがいいのではと思う海堂とアメリア。
どちらにも理があるがゆえに判断が難しいところ。
「………とりあえず、この話の議論はここまでだな。ここから先は意見ではなく意志のぶつかり合いになりそうだ。提案者の南を加えてから話したほうがいいだろうな」
「それもそうっすね、当事者無しって一番話が進まないパターンすよ」
「はぁ、そうね。少し熱くなってたわね。アミー、冷たい飲み物飲もうと思うけどいるかしら?」
「Yes! 作り置きのアイスティーがあったと思うヨ!」
「ならそれにしましょ」
そしてここで結論の出る話でもない。
南が徹夜でダウンしている現状、これ以上の議論はあまり良くはないだろうとした判断は間違いではないようだ。
終了を告げると各自肩の力を抜き、休憩に入る。
俺も俺で一服と胸ポケットから煙草を一本取り出し、指先に火を灯し点ける。
「先輩随分と魔法に慣れてきたっすねぇ」
「まぁな、何度も使えば慣れはする。まだ龍の血のおかげで加減が難しい。全く、大魔法使うよりも初級魔法を使うほうが難しいってアメリアのことを笑えねぇよ」
何気なしにやったこの仕草であるが、龍の血を得た直後いつもの感覚で火を灯そうとしたらあわや顔面大火傷ということになりかけた。
ふと指先に集まった魔力の質に違和感を覚え咄嗟に顔を後ろに下げたから無傷で済んだ。
ただし口にくわえていた煙草は無事ではなく、半分近く消し炭になってしまった。
魔力運用は重要だと痛感させられる。
「あ~おれも最初変身した時力加減間違えて壁にぶつかったっすよ。あれは痛かったっすねぇ」
「何やってんだよ」
いきなり自身の力加減が変わってしまえば確かに困惑するのも事実。
互いの失敗談を笑いつつ。
俺はパソコンを開く。
「報告書でも作るんっすか?」
台所で北宮とアメリアが談笑する声が聞きつつ、起動したパソコンの中の一つのファイルを開く。
「いや、もう一つの奴をちょっとな」
海堂に見られても問題はないので気にせずカチカチとマウスを操作し、先ほどの提案書とは違った内容を見る。
南から渡された資料は先ほどの闘技場案と攻略本作成案の二つ以外にもう一つあった。
「さっきの案は俺たちへの風当たりを緩和させるための提案って言ったところか、南の本命はこっちでな」
「? どういうことっすか?」
「これだよ」
「なになに、クラン作成案っすか? パーティーと何か違うんっすか?」
「だいぶ違うな、パーティーを個人活動とすれば、クランは組織活動だ。南の奴、さっきの提案書が可愛く見えるぞ全く。こっちのほうがかなりヤバい。あいつ、魔王軍を通して魔界の企業や豪族と専属契約を結ぼうとしているぞ」
クラン、ゲーマーの中では聞きなれた単語である。
要は目的を達成するために集まった集団という意味だ。
俺たちからすれば誰もが攻略できないダンジョンを造り上げることを命題としている。
それに対応するためには色々と必要なものが多すぎると南は判断し、ダンジョンテスターをいや俺たちをバックアップする体制を構築することにした。
武器に消耗品はもちろん、魔法知識、人脈、まだ知らぬ情報を得るための後援組織。
ダンジョンテスターではなく俺たちのパーティーを援護してくれるための組織を作り出そうとしている。
当然勝手に組織するのは魔王軍的にはNG行為。
ダンジョンテスターのバックアップを主導しているのは魔王軍だ。不満があるから自力で組織しますなど許されるわけがない。
しかし、その後援組織が魔王軍の監視下および管理下にあるのなら話は別だ。
魔王軍とてなんでもかんでもすべてをサポートしてくれるわけでもできるわけでもない。
可能と不可能があり、その不可能の部分、かゆいところに手を届かせたい。
そんな思惑を感じさせる企画書。
「うへぇ、南ちゃんそんなこと考えてたんっすか。もはや社員じゃなくて経営者の視点っすね」
「ああ、あいつが入社したての頃、ゲーム内での副ギルドマスターの経験を活かせって言ったことがあったが、こんな風に活かしてくるとはな。正直、あいつの視野は広いとしか言えん」
俺が龍の血で個々の能力を上げたのに対して南は組織力を以ってして能力を上げようとしている。
その着眼点の違いに舌を巻く。
「こりゃ、いよいよ面白くなってきたぞ」
しかしその南の思惑に恐怖感はなくむしろ楽しみだと俺は思う。
ニヤリと笑い、すっと煙草を揺らし南の起床を待つのであった。
今日の一言
発想力の違いを感じるのはその人の発言を聞いた時だ。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




