310 成長の方法は人それぞれ
新章突入です。
もうすぐゴールデンウィーク、そんなイベントが近づいてくれば旅行の話題とか、休みの日には何をするとか話題には事欠かない。
うち?
うちはまぁ、そういった休日関係なく自主的にまとまった休日が取りやすい会社だからな。
あえて人の流れが激しい時期に旅行とかに行こうとは思わない。
妊婦であるスエラにも無理させないようにと判断し。
ゴールデンウィークが終わってからのんびりしようとスエラたちとは話がまとまっている。
なのでゴールデンウィークはおそらく部屋でのんびりしているか、長期休みを取るために仕事を前倒しにしてダンジョンに挑んでいるかもしれない。
さて、なぜ俺がゴールデンウィークの話をしているかというと。
いきなり話が脱線して申し訳ないがイメチェンってどう思う?
そして長期休み明けになるとすごくイメージが変わっている奴っていないか?
わかりやすい例を挙げるのなら、髪を染めたり、眼鏡をコンタクトに代えたり、パーマを変えたり、きちんと着ていた学生服を着崩したり、肌が焼けたりと見た目が前と随分と違うことだ。
所謂、高校デビューと言われたり、休日デビューと呼ばれるあれだ。
「………海堂、だよな?」
『フフフフ、そうっすよ先輩!』
それが目の前におこっているからこうやって話題に挙げてしまった。
ただ、イメチェンってレベルの次元の話ではないのが、少々問題だが。
社長との戦闘から数週間。
怪我も疲れも癒え、通常運行でダンジョンテストを繰り返すも、少しペースダウン。
パーティーメンバーとの体調とスケジュールを調整する日々を繰り返し、少しまとまった休みを取ろうと三連休を計画し、今日は三日ぶりにパーティーメンバーが集まる日。
いつも通り出勤し、ダンジョンテストの内容をチェックしようとパーティールームに入ったらそれはいた。
「おまえ、いつから変身ヒーローになったんだ?」
蒼銀色と言えばいいのだろか。
どこぞの戦隊ヒーローやバイクを乗り回すヒーローのように全身タイツにメカメカしいパーツを取り付けた格好を身に纏い、ポージングを決め待ち構えていた存在を見て一瞬不審者かとも思ったが、魔力波形的に海堂だとわかり恐る恐る聞いてみるとくぐもってはいるが間違いなく海堂の声だった。
『フフフ、どうっすか先輩!決まってるっしょ?』
いったいなにがどうなってそんな結末に至ったか気になる。
少年の心を取り戻した如く、次々にポージングを決められても。
「ああ、決まってるな………頭が」
としか言えない。
『っちょ!? それだとなんかヤバい薬にでも手を出したような感じじゃないっすか!? そんなことしてないっすよ俺!!』
「だったら、なんだその恰好は。コスプレにでも目覚めたか?」
その姿かたち自体安っぽい素人づくりのコスプレとは違い、本気の作りこみ具合が見てとれる。
まるでその鎧自体をそういった形であることが正しいと言わんばかりに造り上げた代物。
そんな代物を仕事場で堂々と着る海堂に疑問を投げかけると。
『これをただのコスプレ衣装と一緒にされたら困るっすよ! 見てるっすよ! 脱着!!』
投げかけられた疑問に心外だとフンスと鼻息を荒くし、再び海堂はポージングを取る。
両手を腰に当て叫ぶと、一瞬眩く光り、そして光が治まるとワイシャツ姿の海堂が立っていた。
「どうっすか! この変身機能付きの鎧は! アミリちゃんとシィクちゃんミィクちゃんの合作品っす!!」
「機王であるアミリさんの作品かよ、しかも熾天使の二人の力付きってどういうスペックなんだ?」
「まぁ、端的に言ってヤバいっすね。もともとゴーレムの外付け用の鎧として開発してたみたいっすけど、ダークエルフやジャイアント、獣人といった人型である程度知性があれば使えるってことに気づいて魔王軍強化のために方針を変えたプロトタイプっすよ。そんじょそこらの量産品と違い俺の使ってるのはオーダーメイド、性能は他とは段違いっす!」
身体能力の向上はもちろん、対物理対魔力耐性、そして各種隠し武器とふんだんに盛り込まれた一品。
そのスペックは単純に海堂の戦闘能力を倍近く跳ね上げる代物だ。
この性能が後にトラブルの原因になるとは俺も海堂も露知らず、素直に男のロマンを体現した一品に感心する。
「すごいな。これダンジョンテスターに配布できれば大幅な戦力強化につながると思うが」
「あいにくとそうは問屋が卸さないっすよ。ここまで性能が出せるのはアミリちゃんが設計してくれてその細かい調整、俺の魂とか魔力波長とかピッタリシィクちゃんとミィクちゃんが調べてくれて完全に俺専用に調整してくれたから出せる性能らしいっす」
「完全なワンオフ、量産性は皆無といったことか」
「ふふん! 強くなるのは先輩だけじゃないっすよ!!」
「頼もしい限りだ」
「ただ全部のスペックを使いこなせてないので、全力戦闘は五分が限界っすけど!!」
「かろうじて三分の壁は破ったか、それをすごいと言えばいいのかどうかはさすがにわからんぞ?」
しっかりとオチをつけてくる辺り海堂らしいと思う。
そして、海堂なりに俺に追いつこうとしてくれる努力を俺は素直にうれしく思う。
今度そのスーツを着て俺と模擬戦をするかと聞けば、自信満々に勝利宣言をしてくる。
それなら俺も龍の血を全力で使うかと言葉をこぼせば慌てるあたり、ここまでの流れは海堂らしい。
「だけどまぁ、最初はどうしたって真面目に慌てたな。イメチェンって次元じゃなかったしな」
「さすがに俺も、イメチェンでヒーローにはならないっすよ!! アミリちゃんたちに相談したら結果的にこうなっただけで、選択肢の中で合体ロボってのもあったすけど維持費を見て諦めたっす」
「お前のところの趣味が垣間見える選択肢が揃っていそうだな」
始業時間までまだ時間がある。
コーヒーでも飲もうと台所に向かい、海堂にもいるかと問いかけようとしたところ玄関の扉が開く音が聞こえる。
「おはよう」
「GOOD MORNING!」
そして入ってきた声からして北宮とアメリアだろうとわかる。
落ち着いた挨拶と元気のいい挨拶。
それを聞きつつどうせなら二人の分の飲み物も淹れるかと思った。
「あ、おはようっすぅ!? どうしたっすか二人ともその姿!? イメチェンっすか!?」
だが、素っ頓狂な海堂の叫びが聞こえ、何事かと慌てて台所から出て北宮とアメリアを見れば、その叫んだ理由もよくわかる。
「………髪染めたのか?」
北宮はそのショートヘアを綺麗な水色に染め、アメリアは髪の色はもともとの金色のままであったが妙に伸びているしキラキラとうっすら薄緑色に輝いているように見える。
どう見ても普通じゃない。なんだ、今日はイメチェン祭りかと思いつつ髪の色に何があったと問いを投げかければ。
「そうじゃないの、ちょっとまって今落ち着けるから」
髪を触り深呼吸をいくつか繰り返すと元の黒髪に戻った。
「社内の魔力を浴びちゃったから反応してあんな色になっちゃったのよ。安心して染めたわけじゃないから」
「私もダヨー」
隣にいるアメリアもスッと輝く髪を元に戻し、発光を止める。
いったい二人に何があったのだと海堂と見合わせる。
「説明はするわよ。ちょっと試していたことが形になり始めてたところだったからちょうどいいしね」
「試していたこと?」
「ええ、私とアメリア二人でね」
そして何が原因で髪の色が変わっていたのかを北宮は説明し始める。
「精霊の術炉?」
その過程で説明されたのは精霊の術炉。
「ええ、アメリアの知っている知識の中にあった向こうの世界の女性魔導士がよく使う手法らしいわ。前にエヴィアさんが髪に魔力を集めるのはよくやる方法だって言ってたわよね?」
「ああ、そう言えばそんなこと言ってたな」
「これは、その精霊版。私の髪を依り代にして精霊を付与してそこに魔力を溜め込む。その溜め込んだ魔力を一部付与した精霊に与えて対価として魔力の管理をしてもらうの」
そしてほらと証拠に北宮の襟首付近からすっと白い猫が姿を現す。
それは北宮の契約精霊のスノウだ。
「今私の髪には精霊文字がゆっくりだけどこの子が書いてくれてるの、髪の毛一本一本にね。そうやって私とこの子の親和性を高めている最中なの」
アメリアのほうも見れば、彼女の肩にもリスのような猫のようなどっちとも取れる風の精霊ウィンがちょこんと座っている。
「この術式の効果はそれだけじゃないんだヨ! 私の魔力をウィンに与えればウィンも成長してくれるんだ! 次郎さんの鉱樹と一緒だヨ!」
「ほかにも色々とできることはあるけど、概ねそんな感じね。私たちも成長してるってところかしら」
「そんなことしてたのか、海堂知ってたか?」
「知らないっす」
「隠れて自主練習するのもなかなか楽しかったわよ。ね、アミー」
「うん、なんかこう次郎さんたちに言う日が楽しみだった!」
海堂もそうだが北宮もアメリアも色々と努力しているようだ。
三人とも新しいことを始めていい傾向だなと思う。
和気あいあいと北宮達の話や海堂が俺も負けていられないと変身し、北宮を呆れさせアメリアを興奮させと騒がしくなったパーティールーム。
「海堂はヒーローモドキに変身できて、北宮とアメリアは魔法関連の新しいことに取り組む。となると南と勝もなにか新しいことをしてそうだが、何か知ってるか?」
そんな流れだ。
あの二人も何かやってるだろうと話を振ってみる。
俺的には北宮とアメリアが楽しみにしていろと秘密にするような仕草を予想していたが。
「わっかんないわ。南も勝君もね。アミーは何か知ってるんじゃない?」
「ううん、マイクの知識の中で面白いものを見つけたって南ちゃん言ってたけどそれがなんなのかまではわからないヨ」
「おいおい、マイクの知識って賢者の知識ってことだろ? 禁書とかに手を出してないだろうな?」
「そこら辺は大丈夫、そういった関係は私の中でも特に厳重な場所に封印してるから問題ないよ。南ちゃんと勝君が見つけたのは一般公開部分だから、変なものはないと思うけど」
北宮は首を横に振りつつ肩をすくめ、知識を貸し出したアメリアも何を貸し出したか把握していないときた。
それは大丈夫なのかと不安になる。
リスク管理はできる南だからそこまで心配はないが、何かとんでもないことをしでかしそうで怖いのもまた事実。
「どういったジャンルかも把握してないのか?」
「あいつの速読能力ったら半端じゃなかったのよ。次から次へと読み進めてどの本かもわからないの」
「一応、どんな本を読んだかはわかってるけど、私も細かい内容まで覚えているわけじゃないノ」
そして不安というのは考えれば考えるほど膨れ上がるモノ。
コーヒーメーカーから漂うコーヒーの香りが部屋に充満しつつ、南が何を考えているか皆目見当のつかない。
部屋に来たら当人を問いただしてみるかと思っていると。
ドアが再び開く音がする。
「おはようでござる!!」
「おはようございます」
そして噂をすれば影、話している現場に当人たちが来る。
「おはようって、すごいクマだが大丈夫か南?」
「大丈夫でござる!! ちょっと二日ほど徹夜して作業していただけでござるから!! こうやってテンション上げないと眠気が襲ってくるでござるけど気にしないでいいでござるよ!!」
魔力最高と叫び、魔力をエナジードリンクか何かかと思っているような南に対して、俺は勝を見るとそっちもそっちで南に付き合ったのであろう。
うつらうつらと普段の彼の姿から見たら珍しい眠気をこらえている勝の姿が見える。
「勝君、大丈夫っすか?」
「ええ、ちょっと南に付き合っただけなので大丈夫です」
心配して海堂が勝に問いかければ、南ほどではないにしろ睡眠不足が目に見えてわかる。
そんな二人の姿にこれといったイメチェン要素はない。
強いて言うのなら南の目の下のクマがそうであるが、そんなイメチェン聞いたこともない。
なので俺は一言こう言う。
「仮眠取ってこい」
その言葉に海堂、北宮、アメリアは素直に頷き。
俺たちのダンジョンテストは午後からになるのであった。
今日の一言
何かを成し遂げると、人は皆変わる。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。