309 背中を見て何かを思った人はいる
所沢勝 side
最近悩んでばかりの自分。
率先して何かをやろうとしても、何をやればいいかわからない。
誰かのために何かをするということは、自分の意思でやっても他力本願なのではと思うことが最近になって増えた。
だからだろうか。
僕は、次郎さんが羨ましくて、妬ましい。
本当はそんなことを思ってはいけないんだと思う。
だけど、今回の件で僕の心の中でははっきりとその二つの感情を理解してしまった。
なんでもはできないが、なんにでも挑みかかる姿勢。
そしてしっかりとした自己というモノを持つ意識。
危なっかしくても、それを支えついていきたいと思わせる態度。
そのどれ一つ僕にはないものだ。
今回のことだってそうだ。
なんで簡単に認められる。
人を辞めたんだぞ。
生きてきて、当たり前のように人であったのに、そうでなくなった。なのに、そのことを気にしたそぶりがまるでない。
僕たちに心配かけないように配慮しているんだろう。
だけど、その反面そんなに僕たちは頼りないんだろうかと思ってしまう自分がいる。
「………っ」
そんなことを考えながら料理をしていると指先に痛みが走る。
「やっちゃった………絆創膏どこだったっけな」
親指を見れば赤い一筋の線ができていた。
包丁で手を切るなんていつ以来だと思いながら、大した傷でもないので慌てず救急箱を探す。
そして見つけた救急箱から絆創膏を取り出し貼った。
「魔法が使えればこんなことしなくてもいいんだけどな」
そっと絆創膏を張った親指に手をかざすも当然魔法など発動しない。
ここは魔力のない日本のとある家。
父親は仕事でほとんど帰ってこず、母親はいったいどこで何をやっているのかわからないがただ広い一軒家で過ごすのにももう慣れた。
今は南に差し入れするための料理を作っていたところだ。
中学から始めた料理であったが、適性があったらしくこうやって作ることは苦ではない。
むしろ、こうやって作らなければ南が餓死してしまう。
「………南か」
最近綺麗になり始めている彼女。
普段の行動はふざけているかと思うくらいに、やる気のない行動が目立つ彼女であったが今の会社に入り始めて少しずつ変わっているようにも見えた。
女性が変わるには何かきっかけがある。
そういうことは僕でもわかる。
「だれか、好きな人でもできたかな」
女性が綺麗になろうとしているということは恋をしているということだろうか?
あの時、ダンスの練習の時に着飾った南を見た時は正直見惚れた。
彼女はこんなに綺麗だったのかと思わず別の人ではないかと疑ったくらいだ。
だが、その後の態度でその綺麗になった女性が南だとわかった。
「違う違う、何考えているんだ」
そんな彼女が綺麗になる理由を考えて僕は慌てて頭を振る。
南は南だ。
幼馴染で、昔から根暗で、本ばかり読んでて、僕が大変な時に頼ってきてそれで。
「何、言い訳してるんだろ」
だれに言うわけでもなくその感情を否定する自分に、馬鹿らしくなり、料理に戻る。
今度は指を切ることなく下ごしらえを終え、調理を進めあとは弱火で煮込むだけ。
これが終わったら、料理をタッパーに詰めて南の家に行くだけだ。
最近の自分はおかしい。
いつも通りやっているつもりなのに、自分のやっていることに自信が持てない。
翠さんと再会してから特にそうだ。
『あ、勝君。久しぶり、元気してた?』
中学の時からだから、三年か四年振りだろうか。
再会した彼女は昔も大人っぽかったけどさらに大人の女性になり綺麗だった。
こんな人と一時とはいえ付き合えていたのかと思うとうれしくなり、そして未練が出た。
再会した時に見せてくれた笑顔が綺麗になり、ドキリとする。
ひどくあっさり振られたというのに、仕方なかったと割り切ったはずなのに、自分を覚えていてくれて独り身だという事実に、思考が振り回された。
だけど、どうしてだろう。
懐かしさはあるのに、そして素直に照れられるのに、それ以上は抱かなかった。
その綺麗な笑みが、どこか昔と違う笑みが、僕の心に何かを訴えかけているような気がする。
それがなんなのかわからない。
「ああ、もう、なんなんだこの気持ち」
苛つくわけではないがもやもやするこの感情をどう吐き出せばいいかわからず、次郎さんのことも相まって、僕の感情はちぐはぐなままだ。
いつも通り、平常通りと心掛けているのに、感情はあっちこっちに飛び散ってしまっている。
大事なことなのにあっさりとして頼ってくれない次郎さんもそうだ。
ずっと頼ってきているのに綺麗になる理由がわからない南もそうだ。
いきなり現れて、昔のように接してこようとする翠さんもそうだ。
そして何より。
「何をすればいいかわからない、どうすればいいんだよ」
何をしてもうまくいかない。
なのに周りの環境はどんどん変わっていく。
自分一人だけが置いていかれ、周りがどんどん遠くなっていく。
それを声に大にして叫びたいのに、それだけはしてはいけないと止める自分がいる。
なぜだと、問いかけてもまるで赤子の駄々のように明瞭に理由が見つからない。
「本当に、どうすればいいんだ」
僕にできるのはいったいなんなのか。
相談の仕方はわかるが、こんな感情を吐き出す相手を僕は〝知らない〟。
所沢勝 side End
知床南 side
「いやぁ、まさか女友達を拙者の部屋に招く日が来るとは思わなかったでござるよ。ささ、上がるでござる。狭い部屋でござるが、部屋は綺麗でござるよ? 昨日勝が片づけてくれたでござるから」
「アハハ、それいいのカナ?南ちゃん」
「別に気にしないでいいでござるよ~いつものことでござるし」
いらっしゃいとゆったりとした部屋着のまま玄関を開ければそこには少しおめかししたアミーちゃんがいた。
春先ということで白やピンクといった明るめのコーディネート。
アミーちゃんは運動することが多いから動きやすい服が多いかと思いきや、そういった女の子らしい服装も持っている。
ほんのりと化粧もしているのはさらに女の子的にポイントが高い。
ある意味で女を半分捨て顔を洗い寝ぐせは直しているがすっぴんで、楽とはいえ灰色一色でダルダルな恰好の私とはえらい違い。
そんなことは気にしない、気にしたら負けだとひらひらと手を振りながら彼女を招き入れ、自分の部屋まで案内する。
といっても、1Kの部屋だ。
案内するまでもない。
玄関口から入ってすぐが自室のようなもの。
「ささ、座るでござるよ」
「オジャマシマ~ス」
扉を開き、あらかじめ用意していたクッションにアミーちゃんを座らせ、私は普段使っている某人をダメにするクッションに座る。
今の会社に入ってから稼いだ給料で買ったが、これがまた良かったので愛用しているのだ。
「それで南ちゃん、相談っていうのは? メールで仕事のこととあっちのことで相談があるって聞いたケド。どっちからスル? 私はどっちからでもいいけド」
そして彼女を私の部屋に招いたのは他でもない。
彼女なら私の悩みを解決してくれるかと思ったからだ。
仕事というのはもちろんダンジョンテスターのこと。
もっと詳しく言えば、ステータスのことと言ってもいい。
さらにもっと言うのなら、あのずば抜けて強くなってしまった上司にどうやれば追いつけるかという相談だ。
あっちのことは私の恋愛の方の相談。
あっちの話は今までリーダー、次郎さんにも相談に乗ってもらっていたが、アミーちゃんの方が勝と年が近い分向いている部分がある。
「そうでござるなぁ、なら、簡単な仕事の相談からいくでござるか」
テーブルの脇に用意していたチョコレート菓子。
某タケノコとキノコの形状をしたお菓子の箱を並べ、勧めつつ話を切り出す。
ほう、アミーちゃんはキノコ派でござるかと関係ないことを考えつつ私はタケノコに手を伸ばす。
「仕事の方からダネ。うん、イイヨ! ナニナニ?」
コリコリとした食感を楽しみつつ、ぎゅっと頑張るポーズを取るアミーちゃんをかわいく思いつつ、相談を切り出す。
「アミーちゃんの賢者の知識を頼りにしたいんでござるよ。あの人外上司に追いつくには、その人外とかかわりのある賢者の知識が定番でござるからなぁ」
「アハハ………マイクの知識をそう言うのは南ちゃんくらいだよ。大魔法でも使うつもりナノ?」
そして、なぜ必要かを言えばアミーちゃんは半笑いになりながら了承してくれ、どんな知識が必要か聞いてくる。
攻撃手段の幅を広げるのも一種の手ではあるが。
「いや、攻撃手段の知識と言うか、正確には拙者たちの能力を効率的に上げる方法が賢者の知識にないかという相談でござるよ」
私が求めるのは、いわゆる成長系のチートだ。
異世界の賢者。
それも魔王を封印できるほどの実力者の知識。
それは正しく宝であり、私から見ればチートの塊のようなもの。
それが私の中で、リーダーとの距離を詰められる手段だと思った。
そして私の言葉を聞き、つぅっと冷や汗をかき顔を横に逸らすアミーちゃんにもしやダメだったかと不安がよぎる。
「ええ、と、力になりたいんだけど………ええと、少し問題があるヨ」
しかし、アミーちゃんの様子を見る限りできないというわけではなく、理由があって力を貸しづらいといった感じだ。
つんつんと人差し指同士をつつきあい、どう説明しようか迷っているアミーちゃん。
「問題? 封印でもあるんでござるか?」
「いやぁ、封印もあるわけじゃないんだヨ?」
これでは私がアミーちゃんの相談に乗ってしまっているようだが、問題を解決するためだ。
根気よく行こう。
「? 拙者が解決できる手段なら手伝うでござるよ?」
「ええと、それがぁ、うう~ん。見てもらった方が早いかナ?」
「見てもらった方が早い? どういうことでござる?」
「えっと、手を握ってもらってイイ?」
「こうでござるか?」
そして覚悟を決めたアミーちゃんは左手を伸ばしてくる。
私はその手を握手をするように握る。
「うん、それじゃ、イクヨ」
そして目を閉じる彼女に合わせ私も目を閉じるとぐっと何かに引っ張られる感覚を感じる。
そして次に感じるのは浮遊感。
「うん! デキタ!! マイクにやってもらった感覚しかわからなかったから心配だったけど、大丈夫だったヨ!」
「今ものすごく不穏な言葉が聞こえた気がしたでござるが、聞かなかったことにするでござるよ、というよりここはどこでござる? 魔法は外じゃ使えないはずでござるが」
「ここは私の心の中、その中でマイクが残してくれた遺産の世界ダヨ。精神魔法っていう少し特殊な魔法でこうやって世界を構築して情報として残してるんダ。受け売りだけド」
「さらりとすごいこと言ってるでござるが。魔力はどうしているんでござるか?」
「魔力はなんて言えばいいのかナ? こう、氷にした魔力を体内で保存して体外に漏れないようにして、使う時に少しずつ溶かして使ってるみたいな感じカナ?」
「へぇ、そんな技があるんでござるね」
「うん、マイクが中にいた時作ってくれたんダ」
「まさかのオリジナル技術でござったか、それ会社に報告したら特許料もらえそうでござるな」
「アハハ~、私教えるのが苦手みたいで、エヴィアさんにやり方教えたらわからないって言われちゃった」
「オッフ、まさかの教え下手でござったか。もしかしてさっき視線を逸らしたのも」
「Yes、それもあったけど、こういう理由もあったんだヨ」
そして、アミーちゃんのできたという言葉に合わせて目を開けば、手狭な私の部屋から一転広大な場所に移っていた。
ここはどこだと確認すればアミーちゃんの心の中の一部と答えが返ってきて、そして魔力をどうしたかと聞けばさすが賢者、私の期待を裏切らない。
某猫型ロボット張りの都合の良さ。
まぁ、聞く限り自分の存在を維持するために必要だったみたいな感じはする。
そして、彼女がなぜここに呼び寄せたかのかというと。
「見事な図書館でござるなぁ。天井が見えないでござる」
「うん、全部マイクが残してくれたんだ」
アミーちゃんの心の中には図書館が存在していた。
塔型の中身一面に広がる本棚。
その蔵書の多さは一万や十万ではきかないほど。
そして、私の中で嫌な予感がわきでる。
「………アミーちゃん」
「何? 南ちゃん」
「拙者の予想でござるが」
「うん」
「これ、どこになんの本があるかわかるでござるか?」
「No! 私も何がどこにあるか全くわからないヨ!一部分はマイクが教えてくれたけど、それ以外は把握してないヨ!」
「元気はつらつな否定いただいたでござる!! 嫌な予感ついでに聞くでござるが検索機能とか」
「あったら便利だよネ!」
「それってすなわち」
「うん、南ちゃんが必要としている知識は、たぶんこの図書館のどこかにあるヨ! だけど地道に探さないといけないネ!」
「ムリゲー来たでござるなぁ!!」
その嫌な予感を確認するようにアミーちゃんに笑顔で問いかけるもアミーちゃんも笑顔で開き直り元気に答えてくれた。
そして、私はさっきの言葉を訂正する。
賢者は某猫型ロボットよりもご都合主義の存在ではないと。
広大な図書館から一旦脱出した私は北宮に連絡を入れて、あとで来る勝も含め人海戦術でチートを探す旅に出ると心に誓うのであった。
知床南 side End
今日の一言
各自の道を進み、各自の進歩を記録する。
その道は千差万別である。
この話で今章は終了となります。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。