308 他者の背中を見て何を思うかは人それぞれである
久しぶりの他者視点
海堂忠 side
先輩が人を辞めたと聞いて、俺は、あ、ついに来たかと思ったっす。
先輩は前からそうだ。
自分でできることは全部背負い込む、そしてできる範囲のことは全て片付けて、それで結果的に自分がどうなってもかまわないと無意識で思っている節がある。
別に自己犠牲精神に溢れている破綻者というわけではない。
どちらかといえば、率先して自分が面倒ごとを抱え込む苦労人というタイプだ。
前の会社で俺の指導をしてくれているときもそうだ。
他部署のしりぬぐいが俺たちに回ってきて、それを先輩が担当した。
自分だって結構仕事を抱えたのにもかかわらず、少し悩んでからできるからやると言わんばかりにその仕事を請け負った。
事実、何日か徹夜したのちそれをやり遂げているあたり、先輩はすごいとその時思った。
そんな背中を見てきたからっすかね。
「先輩はどんどん先に行くっすねぇ」
なんとなく寂しいといった気持ちになってしまう。
どんどん置いていかれる自分に虚しさと言えばいいだろうか、それとも不甲斐なさと言えばいいのだろうか。
ただ言えるのはこのままでいいのかと自分に問いかける自分がいるという確かな事実。
先輩を除けばダンジョンテスターとしての実力は上位に入る自負がある。
誰よりもとまでは言い過ぎかもしれないが、並以上には訓練に打ち込みそしてステータスという結果に繋げてきた。
だが。
「うはぁ、どんどん離されるっす。今じゃ背中すら見えやしない」
入社したころは先輩の背中がしっかりと見えていたはずだった。
そして時々振り返ってくれた先輩の顔も見えていた。
まだ追いつけると思っていたころが確かにあった。
だが、一度何かが起きるたびに田中次郎という先輩は一歩どころではなくとんでもない飛躍を見せてきた。
そのたびに開く実力の差。
「うがぁ、どうしろって言うんっすか」
寝室のベッドに横になり、休みを満喫していたのに、気づけばゲームもアニメも趣味と言えることは何もできず、ただ黙々とどうすれば強くなれるかという思考に埋め尽くされている。
「だからと言って、変な方法は頼りたくないっすし」
すぐに強くなりたいという願望はあれど、変な方法で強くなりたいとまでは思わない。
海堂は知っている、その変な力、魔剣によって身を滅ぼしかけた同僚の末路を。
身の丈に合わない力はその報いを受ける。
それを知っているがゆえにそれでもいいとは口が裂けても言えなかった。
「教官たちも暇じゃないっすから、訓練つけてもらえるのも限界があるっすよねぇ」
特別研修みたいにみっちりと鍛えてもらおうかとも思った海堂であったが、両手を後頭部に回し天井をぼんやりと眺めながらそれが無理だという事実を愚痴る。
なにせ、教官は魔王軍の最高戦力である七将軍の一角。
ふらりと現れることはあるが、それでも多忙であるはず。
「ん~、ダンジョンテスターだからといって秘伝の技を簡単に教えてもらえるわけでもないっすし、どこかに攻略本でも落ちてないっすかねぇ」
強くなりたいと純粋に思ったのはいつ以来か。
子供のころ以来ではないだろうか。
ただ単純に強くなることに現代社会ではなんの意味があるのだろうかと、その思考は淘汰されて久しかったが、それでも残っていた感情は育まれ火を灯すまで至った。
しかしその火はいまだ炎という大火には至らず燻っている。
うがぁっとベッドの上で転がっているとコンコンと扉がノックされる。
「は~いっす」
この部屋、先輩が住んでいる部屋よりは狭いけど、一人で暮らすには広すぎるくらいの部屋数はある。
そんな部屋に同居しているのが。
「あら、タダシ。何やら頭を抱えて悩んでいるようだけどどうしたのかしら、ねぇシィク」
「ええ、ミィク。タダシったら今朝からずっとあんな調子。なんで私たちに相談してくれないのかしら」
「そうね、シィク。私思わず涙が出ちゃいそう」
「私もよミィク、そんなに頼りないかしら私たち」
そして扉を開けて現れるのはそっくりな顔をそろえて互いに手を握り合い、見つめ合い時折ちらりと俺の方を見る天使たち。
保護してからこの日まで、家事手伝いと称して世話をやいてくれるっすけど、見た目が完全に中学生と変わらない彼女たちとどう接したらいいかわからない今日この頃。
幸いアニメとかに興味を持っていてくれたので会話には困らない。
ただ、見た目少女な彼女たちに女性として迫られるのはさすがに気まずい。
当人である双子たちは、見た目に反して妙な色気がある分なおたちが悪い。
だが、普段はそんな雰囲気を醸し出すことなくこうやって何かに悩んでいると空気を読みふらりと現れる。
「いやぁ、なんと言うかこう相談するのに気後れするというっすか。ねぇ?」
「そんな、タダシ気にしなくていいのよ? 私たち見た目は可憐だけどあなたよりは経験豊富なのよ? ねぇ、シィク」
「ええ、普段からタダシに見てほしいと美を磨いているけど、あなたの悩みを聞いてあげられるほどには経験豊富なのよ? ねぇ、ミィク」
これは俺自身の心情の問題なのだが、年下に見える彼女たちにそれを相談するのはどうしたものかと戸惑ってしまう。
いくら年齢が年上だからといって、見た目がこうだと相談したら負け?的な感情が出てきてしまうのまた事実。
だからだろうか、さっきまで必要だと理解し納得していたのにもかかわらずその先の言葉が出ない。
そう、いつもなら。
「………」
ベッドから起き上がり、少し悩むもそんなちんけなプライド気にしていて何もしない方が問題じゃないかと自問すると、あっさりと口は動いてくれた。
「シィクちゃん、ミィクちゃんちょっと相談してもいいっすか?」
「ええ、もちろんよ。ねぇシィク」
「ええ、歓迎するわ。ねぇミィク」
そして、ずっと待っていてくれた双子の天使は嬉しそうに笑い。
そのタイミングでチャイムが鳴る。
「? お客さんっすね」
「はぁ、なんともタイミングが良いと思わない? ねぇ、シィク」
「ええ、ミィク、狙ってるとしか思えないタイミング、でも、タダシの悩みが解決されるのなら仕方ないのかしら、ねぇミィク」
そしてそのチャイムで誰が来たかを悟った彼女たちを脇目に玄関まで行くと。
「お、アミリちゃんっすか、どうしたっすか? まだ仕事中っすよね?」
「是、されど否定。タダシが悩んでいると情報を察知、優先順位を検討したところ、こちらを優先すべきと判断。その悩みを推定した結果、結論解決策の提示に来た」
「えっと、俺のために仕事を途中で帰ってきてくれたってことっすか?」
「肯定」
ぽつんと立つシィクちゃんとミィクちゃんよりも幼い容姿のアミリちゃんがそこにいた。
その姿を見て少し不満そうにする二人であったが。
「シィク、ミィク」
「なにかしら?」
「ええ、なにかしら?」
「タダシの問題解決に二人の力が必要。よって、助力を要請する」
「「………なら、良くってよ」」
いつもなら部屋にいると何かと競い合う三人が協力体制を取るという珍しい光景に俺は呆然として玄関に立ち尽くすも。
「感謝、なら移動、時間は有限」
「ちょ、どこ行くっすか、って俺部屋着っすけど!?」
「あら、気にしなくても大丈夫よタダシ、ねぇ、ミィク」
「ええ、私たちが一緒にいれば問題ないわ、ねぇ、アミリ」
「肯定、迅速に行動することが現状最適解、シィク」
アミリちゃんに手を引かれ、シィクちゃんとミィクちゃんに背中を押され、俺の意思は関係なしにどこかに連れていかれるのであった。
海堂忠 side End
北宮香恋 side
人を辞めるってのはそんなに簡単にできることなのかしら。
なんて疑問を何度も思い浮かべては、人それぞれかという結論に至る。
やれる人もいればやれない人もいる。
そして、あの人ならいずれ辞めるだろうなという感想を抱いていた私にとってさっき思い付いた内容など質問にもなりやしない。
ここは私の部屋。
会社にあるパーティールームの一室ではなく、魔力も何もない、ごく一般的な一軒家にある私の部屋。
「………」
黙々と大学の講義の内容を復習していたが、ふとした拍子にシャープペンシルを握る手が止まってしまっている。
もう何度目になるだろうか。
度々止まることで集中できていないことが明白なのがわかる。
その原因も把握できている。
「はぁ、少し休憩」
誰に言い訳するでもなく、そっとテーブルの上にシャープペンシルを置き、マグカップに手を伸ばすも中に何もないのに気づき、もう一度溜息を吐く。
「集中できてないわね」
そのマグカップをテーブルに置き、代わりに椅子の背もたれに寄り掛かりながら背筋を伸ばす。
「ん~、はぁ………次郎さんったらあっさりしてたわねぇ」
集中できていない理由はわかる。
あの時の光景は今でも鮮明に思い出せる。
何度も危機には直面してきたけど、そのたびに乗り越えてきた。
しかし、あの八つの首を持つ骨の龍と戦った時ばかりはもう無理だと半分以上は諦めていた。
だが、そんな絶望的状況をひっくり返すがごとく、覚醒したのが私の上司であった。
誰よりも前線で戦い、誰よりも攻撃を受け、誰よりも強くあろうとした人。
その意志をくみ取るかのように白い鉱樹を握ってからは、正しく無双状態。
その姿を見て、どこで差がついたのだろうと思った。
才能? 努力? 経験?
そのどれもがそうであるような気がし、それだけではないと訴える何かがあった。
「私たちがどんな気持ちかなんて知らずに、本当に、気楽にねぇ」
その結末が人を辞め、あっさりとそれを受け入れた上司の姿。
ついにやってしまったかと苦笑に近い笑みで笑うかの姿。
心配していた私たちの気持ちを汲み取ってくれているのも理解し、素直に頭を下げる態度に好感は持てたが、代わりにどんどんと先を歩いていってしまうことに焦りを覚えた。
その時の感情が蘇り、背筋を伸ばして体は多少すっきりしても、心は晴れない。
そのもやもやする感情を晴らすため、そっとノートパソコンを開き起動する。
そして立ち上げたパソコンにパスワードを打ち込み、デスクトップのアイコンからさらに隠していたファイルを呼びだす。
カチカチとマウスを操作し開いたフォルダのデータを起動する。
「………だめね、全然ダメ」
そしていくつか操作するもそのデータに変化は見られない。
そのデータは自分があの会社に入社してからつけ始めた成長記録。
社外にデータを持ち出すことは原則できないが、頭に記憶したデータをこうやってまとめることはできる。
元々記憶力には自信があった。
なので幾重にもセキュリティを施し、自宅で見つめなおすための資料としてこのデータを作成した。
はたから見れば中学生が作っていそうな自己評価シート。
しかしそれが今の私の強さを表すものなのだから、真剣に見つめる。
そのデータを見て、ダメ出しをする。
もちろん自分に向けてだ。
「はぁ、どうしたらいいのかしら」
ステータスは順調に伸び、魔法も新しいものも覚えている。
他者から見れば順調に成長している。
ぜいたくな悩みかもしれないが、もっと成長が必要だと悩んでしまっているのだ。
ありきたりな方法などすぐに思いつくがそれでは十分ではないのに誰よりも自分が理解している。
データ分析など慣れたもの。
現状の強さがこれからのパーティーについていくにあたってどれだけ不足しているか把握できないわけでもない。
しかし、解決策がすぐに思いつくわけでもない。
「なんで、あんなにポンポンと強くなれるのよって………はぁ、そうだった。あの人少年漫画みたいにピンチになればなるほど強くなる人だった」
自分はこんなに悩んでいるのになんて理不尽なと思いつつ、その悩みの原因はどうやったのかと考えればあっさりと本当に血を流すような努力をしていることを思い出し、自分もそれをしないといけないのかと悩んでしまう。
「ほんと、情けないわねぇ」
悩めば悩むほど、どうすればわからなくなり。
そして最初の悩みに戻る。
人を辞めるのはそんなに簡単にできることなのだろうか。
私も人を辞めれば簡単に強くなれるのだろうか。
その二つの疑問はそろってNOと言える。
次郎さんだってたまに冗談でまだ人間だと口にはしていたが、最初は悩んでいたはずだ。
だが、彼にはスエラさんやメモリアさん、ヒミクさんに最近ではエヴィアさんもそうだ。
人間では寄り添えない彼女たちのために特殊な精霊と契約し、その命を延ばし、そして人を辞めたことを受け入れたのだ。
私とは地盤が違う。
そして、人を辞めたからといって簡単に強くなれるわけではない。
そして仮に力を手に入れても簡単に制御できるものではない。
「けど、諦められたらこんなことしてないわよね」
正直、ここまで悩むことだったのかと思う。
自分は負けず嫌いで、そして勝気な性格をしているのはわかる。
だけどここまで悩んで、置いていかれたくないと思うことが過去あっただろうか。
敵わないのなら仕方ないと悔しいけど諦めたこともあったはず。
なのにこうやって悩むのは理由がある。
「………居心地がいいのよね、あそこ」
その理由の物を呼びだす。
再びカチカチとマウスを操作し呼びだしたのは一つの写真。
それはこの前の花見の写真。
ワイワイと騒ぎ、楽しそうにするその光景の中で自分も本当に楽しそうに笑っていた。
周囲も楽しく自分も楽しい。
その感情を素直に出せるあの場所を手放したくないと思っているのだ。
「さて、どうしたものかしら」
その気持ちを維持するにはどんな労力が必要か、と考えている最中にふとスマホに着信がなる。
「タイミング悪いわね、誰かしらって………? 南? 珍しいわね」
イマイチ集中できていなかったのでちょうどいいかとその電話に出る。
これが私の悩みを解決してくれるきっかけになるとは露とは思わず。
北宮香恋 side End
今日の一言
悩みは千差万別、感情もまたその特色がある。
次話で今章は終了となります。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。