307 あれはあれ、これはこれ
社長との戦闘は無事終了。
鉱樹は再度検査するためにいったん預けた。
二、三日で手元に戻ってくるとのことだ。
俺はと言えば最後の検査も終わり、肉体的に問題はないと判断され晴れて退院。
そして。
「では次郎さん、私たちが言いたいことはわかりますね?」
「はい、ご心配おかけしまして大変申し訳ありませんでした」
絶賛家族会議中だ。
流れ的には俺は悪くないと言えなくもない状況ではあったが、所々と言うか、致命傷な部分になり得る判断がいくつかあるので俺は素直に正座し頭を下げるのであった。
ここに入社し、無茶すること何度目か。
そのたび注意するとは言ってはいるも、結果的にこうやって心配をかけてしまっている。
つくづくよく愛想がつかされないなとスエラたちの寛大さに頭が上がらない。
「私たちが依頼している仕事なので強くは言えないのですが、次郎さんはもう少し慎重に行動するということを考えていただかないと」
少し怒っているという雰囲気を醸し出すスエラではあったが、どちらかと言えば心配の方が色濃く出てしまっている。
「その、私たちが言うのは筋違いなのはわかっているのですが………その心配で」
段々と言葉がしりすぼみになってくる。
そして彼女の言うことは理解できるし納得もできる。
「主が仕事熱心なのはわかる。だがこうも頻繁に怪我をして帰ってこられるとさすがの私も辛い」
そして、スエラだけではなく他も同様に心配してくれているのだとも。
スエラと一緒で普段は明るく活発なヒミクを悲しませることになっている現状に俺の心も辛くなる。
「今回はさすがに肝が冷えました。次郎さんが人を辞めたと聞いては」
その隣に立つメモリアもキュッと服の裾を握り不安を示す。
魔王軍が俺たちダンジョンテスターに依頼しているのは誰もが攻略できないダンジョンを造り上げること。
それは天敵であろう勇者も例外ではない。
そんな物を造り上げるとしたら、そこに挑むダンジョンテスターは間違いなく危険にさらされる。
そのための医療設備や安全策は用意されている。
俺がやっているのはあくまで業務、こうやって怪我したりするのもある意味では仕方ないことと言える。
その反面、プライベートで言えば俺のことを心配するのも理解できる。
なにせ命の保証はされてはいるが、突然俺みたいに人を辞めてしまうようなケースが発生してしまったり、戦場に駆り出されたり、異世界に行ったりと恋人関係であれば心配しない方がおかしいような状況が次から次へとやってくる。
正しく、心配の種が尽きないというやつだ。
この場にいるのは俺とスエラ、メモリア、ヒミク、そして仕事を終えたエヴィアさんの合わせて五人。
女性陣の表情はみなスエラと似たようなもの。
仕方ないと理解はしていても、心配はしてしまう。
普段は凛々しいエヴィアさんですら今回の議題は難問らしい。
その表情に心配の色が見える。
「………とは言っても、現状を考えれば次郎を戦力から外すなどできるはずもない。私の権限を使っても無理だ。だが、それでは解決にはならん。我々が心配する必要がないほど強くなるのが一番ではあるが、いつになることか」
「痛しかゆし、あちらの顔を立てればこちらが立たない。矛盾している内容ですのである意味で私たちの心の持ちようということでもありますが」
「むぅ、主が怪我して帰ってくるのはさすがに嫌だ。だが、私たちがわがままを言えばそれでは仕事ができないということか」
結論だけ言えば現状、我慢し俺がもっと行動を慎重にすればいいとしか対処法がない。
仕事を辞めるか部署を変えるという手もなくはないが、ついさっき社長に実力を示したばかり、そして現状の生活を捨てる気もないので打てる手はない。
はぁと揃って女性陣から溜息を聞くとさすがに申し訳なくなる。
「エヴィアさん」
「………」
「ええと」
「………」
「エヴィア?」
「なんだ、次郎」
そんな状況で何かできないかと頭を捻り、せめて心配の種を少し減らしてやりたいと思いついた案を提示しようと考えたが、その前に確認する。
しかし、敬称付きの呼び方では彼女は何応してくれず、恐る恐る呼び捨てにすれば素直に反応してくれた。
「いや、少し提案と言うか相談があるんですが」
「………」
「………あるんだが」
「聞こうか」
敬語もダメかと思い。
せめて公私は分けようと決めつつ、思いついた内容を提案する。
「一か月ほど前線を退きたい。社長と戦って分かった。今の俺は龍の血をなんとか使えてはいるが、使えているだけだ。精度が甘い。その精度を上げたい。精度を上げれば結果的にもっとダンジョン攻略に貢献できるし安全面も確保できると思うんだ」
「………確かにあの時のお前を見る限り完全に制御できていたわけではなさそうだな。不安定である力を実戦で慣らすのは些か危険か、検査では問題はなかったがしばらくは経過観察が必要であるのは確かだな、だがこのタイミングで言うということはそれが本当の理由ではないんだろう?」
そしてここは私的空間だ。
俺が仕事の話を切り出したことに違和感を感じ取ったエヴィアは本音を言えと俺の話を促した。
その言葉を待っていましたと言わんばかりにニカっと笑い、本当のことを言う。
「さっき言ったのが表向きの理由で、俺も皆には心配かけすぎたと思っている。半分休暇みたいな形で休みたいんだ。無理かな?」
休みは定期的に取れ、身体的精神的にも負担はないが、それでもこの一年を振り返ればかなり濃い内容を過ごしてきたと言える。
ならばここで一つ足を止めて振り返るのも悪くはない。
その思いを素直にエヴィアに告げる。
何より心配かけてきたことに報いるためにここで一つ彼女たちにできることはないかという思いもある。
そしてそれを聞いた彼女は吟味するかのように腕を組み椅子の背もたれに身を預け、目を瞑り黙考すること数秒。
「無理とは言わんが、理由が弱い。実力を示した直後に前線を後退する。周囲から見れば調子に乗っているとみられかねん。私たちのことを考えてくれるのは悪い気はせん。だが、周囲を納得させたいのならもう一押し欲しいところだ」
そしてエヴィアが答えたのは休むことはできるだろうが、休んだ後のことを考えれば推奨できないと言いたいところか。
となればだ。
「なら、海堂たちの底上げといった方針はどうだ?」
「ほう」
「言ってはなんだが、うちのパーティーは俺と他のメンバーの実力が離れすぎている。エヴィアの前で言うのもなんだが、ある意味で勇者パーティーみたいな形になりつつある。それが悪いとは言わないが、俺が潰れたら戦力が激減するのはいただけない。ならここで一つ足並みをそろえるのはどうだろうか」
「………悪くはない、がまだ弱い。それをやるならいっそのこと全体の底上げをするか」
「と言うと?」
「新入社員の研修がもうすぐ終わる。そのまま実戦投入をと考えていたが、丁度いい。次郎、お前最後の締めで一つ揉んでやれ。タイミング的にも今後のことも考えればその方がいい」
他を巻き込んでしまえと思ったが、その他の部分が思ったよりも拡大してしまった。
本来であれば海堂たちと体を慣らしながら修行みたいなことをしようと思ったのだがそうは問屋が卸さないようだ。
気づけばエヴィアはその案に乗り気のようだ。
「お前の慣らしにはちょうどいいだろう。それにこちらとしてもその方が都合がいいかもしれん」
「どういうことだ?」
「近々ダンジョンの大規模改装を予定していたのだ。ならその時に改修してしまえばいいと思っただけだ。一年という時間でも十二分に情報は集まった。各将軍も乗り気だ。内容は告知されんが、まぁ楽しみにしておけ」
何を楽しみにすればいいんだと面倒なダンジョンがさらに凶悪になるのかと、本来の目的を達成しているので文句も言えない。
休みが終わった後も色々と苦労するのではないかと本末転倒な気もしなくはないが、今はそれでいい。
「それと次郎、もう一度聞くが本当に体に異変はないんだな?」
そして今後の予定が大まかに決まった段階で、エヴィアは本題だという雰囲気で俺の体のことを聞く。
そして、それはスエラたちも気になるようで、ふと緩んだ空気を再び締める結果となる。
しっかりと検査し社長との戦いで暴走することもなかった。
それでも俺自身が何か感じるものがあるのではとエヴィアは踏んで問を飛ばしてきた。
「………力が上がったとかそういうのではないんだよな?」
「ああ」
当然変化というのは体の身体能力が上がったとかそういう話ではないだろう。
エヴィアは頷き肯定する。
「恐らく無いと思うとしか今は言えない」
スエラたちがジッと見る中、あの時、竜王のダンジョンで戦った時の仄かに残る記憶の残滓。
そして起きてからの記憶をたどってみるもエヴィアが聞きたいと思っている内容は思い至らない。
破壊衝動といった中二病待ったなしの症状が出てないことは安心なのだが、逆に何もなさすぎるというのも些か不安だ。
多分エヴィアもそこが気になったのだろう。
あまりにも〝都合がよすぎる〟と。
鉱樹の検査結果は俺も見た。
完全に俺の体質に合わせたオリジナルの品種と言っても過言でもないものに進化して、影響を与えられた俺の力は数倍以上に跳ね上がっている。
その結果に研究者は鼻息を荒くして是非とも研究させてくれとエヴィアに進言したらしいが、一蹴しデータ解析だけにとどめたとのこと。
下手をすれば俺の相棒がホルマリン漬けになっていたかもしれないと思うとエヴィアの判断に感謝しかない。
「………そうか、何か少しでも不調があればすぐに報告しろ。お前の体はすでにお前だけのものではないんだからな」
「わかってる」
心配してくれるエヴィアの表情は普段の仕事中に見せる顔ではなく、最近よく見られるようなプライベートの顔だった。
うっすらと魅せるやさしさに俺は素直に頷くのであった。
「そういえば、次郎さんは少しの間ですが暇になるのですよね?」
「ああ、たぶんそうなると思うが、何かあるのかメモリア」
「はい、今まで忙しかったのでこの際旅行でも行きませんか?」
そして、本題が終われば後は雑談。
ほっと安堵したタイミングで、ポンと一つ拍手し周囲の目を集めたメモリアは、話題転換も兼ねて一つ提案をしてきた。
旅行、スエラも安定期に入っているので可能と言えば可能だ。
そこまで激しい場所でなければ問題はないだろう。
こういったリラクゼーションの機会は積極的にやった方がいい。
幸いにして体力にお金と時間、すべてに余裕は出てきた。
ここで一つご褒美として旅行に行くのもいい。
うっすらと微笑むように提案していたメモリアにつられ俺たちの顔に笑みが灯る。
「そうだな、行けるのなら行きたいな。メモリアは行きたい場所があるのか?」
「はい」
そしてメモリアはゴソゴソとあらかじめ用意していたのだろう、色々と持ち出してきてチラシを広げる。
「これは、日本の観光マップ?」
「今思えば私たちの世界を次郎さんは知ってくれていますが、私たちは次郎さんの世界を知りませんでした。ですので、いい機会です。すこし息抜きがてら日本の観光でもいかがかと」
京都に大阪、北海道、沖縄、メジャーな観光地から隠れた秘湯、名宿特集といった雑誌。
その他もろもろと付箋の貼ってあるものもあるあたり、メモリアはかなりやる気だ。
「ヒミクやスエラ、そして私とエヴィア様が出ても問題ないように魔道具は私の方で手配しますのでご心配なく」
キリッとコネをフル活用すると宣言するメモリアに頼もしさを感じる。
「ふむ、休暇か、なんとかしてみるか」
その言葉に最初に反応したのはエヴィアだった。
すっとパンフレットの一つを手に取りパラリと流し読みを始める。
その手に取られているのはグルメ系の雑誌。
そういえば彼女は何かと食べ物にこだわりがあったような。
「おお! 主の国を見れるのか、それは楽しみだ!!」
日本と聞き普段部屋にいることの多いヒミクからすれば、窓の外の世界を体験するいい機会だろう。
彼女はウキウキとした表情でエヴィアと同じように雑誌を読み始める。
「そうですね、私も東京しか見たことがありませんし、いい機会かもしれませんね」
そしてスエラたちも乗り気になったことにより、旅行の話はスタートするのであった。
今日の一言
時には休むことも考えねばならない。
あと一、二話で今章は終了となります。
毎度のご感想、誤字の指摘ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




