306 自分の評価と他者からの評価
Another side
田中次郎という人間を評価する際に思うのはまず非凡ということだろう。
二十八という魔王軍からすれば若いと言える歳であるが、人間で換算すれば最盛期を通り越した年齢で入社してきた。
この段階で、高位の魔力適性保持者であっても将来性という観点で言えばあまり期待できない存在だと一部を除き周囲は判断していた。
一定まで役に立ちその後はそれまでという彼の育て方で人事の方は方針を固めていた。
ただ、担当であるスエラ・ヘンデルバーグ、そして不死王ノーライフ、鬼王ライドウという存在がその方針を一変させた。
過酷とも言える研修を経た過程によってその活躍するには遅すぎるという年齢なのにもかかわらず、数々の業績を成し遂げたことをだれが予想できたか。
最初の予想を覆し、誰よりも期待に応え、そして今では。
「すごい」
つたなくとも魔王軍の最高戦力である魔王と打ち合うほどまでに成長した。
最初に彼と接したスエラは、今の光景を信じられないと言わんばかりに素直に言葉に表すもその心はきっとやり遂げてくれると信じていた気持ちに応えてくれたことにより嬉しさに満ちていた。
『あの鈍かった魂がここまでの輝きを見せるとは』
普段は揶揄うように相手を評するノーライフは感嘆という言葉で、この光景を表する。
空虚な瞳の奥に映る次郎の魂の輝き、思わず目をつぶりたくなるほどの眩しい輝き。
その美しさを素直に称える。
「………」
そしてライドウはギュッと二の腕を掴み、この光景で感じる血の滾りを抑え込もうと、何も言わなかった。
剣戟に重なる剣戟。
音速などとうの昔に置き去りにし、次は光速だと言わんばかりに剣速は段々と速くなる。
それに合わせるかのように魔王が応える。
ああなぜあそこに俺はいないんだと鬼王は悔やみうずく体を押さえつける。
もし許されることならば俺もあそこに立ちたい。
そんな気持ちを抑えつけていても顔はいつもの凶悪な笑みが張り付いていた。
そんな三者が見守る中次郎は鉱樹の根を腕に巻き付けてからさらにその速度は上がり、なお今も速くなっている。
計測員や、この戦いを守るための結界要員といった魔王軍の社員たちもその光景に釘付けになっている。
重なる剣が空間を切り裂く音。
剣圧で空間に嵐が巻き起こったと思えば、同じ斬撃でその嵐は切り裂かれている。
「………」
いつしか、笑顔で攻撃を捌くだけだった魔王も片手に魔力の剣を携え打って出ていた。
光が煌めくたびに人間である彼はその攻撃に怯み体勢を崩し、剣戟の嵐を中断するが、即座に体勢を立て直し再び嵐を形成する。
そして、その形成速度否、再生速度と言えばいいだろうか。
魔王の攻撃に対しての対応力が戦う時間が延びれば延びるほど、速くなっているのだ。
最初は無様に姿勢を崩しながら躱すのが精いっぱいであった。
次、同じ攻撃が来たときはわずかであるが姿勢が良くなった。
次の次に三度同じ攻撃が来ればその刃を向け対応するようになった。
「………もう、私を超えてしまったのですね」
無様ではあるが勇敢に、愚直であるが確実に、躍進ではないが一歩ずつ踏みしめ前に進む姿に彼女は改めて惚れ直す。
魔王軍の最高戦力に立ち向かいながら戦う田中次郎という存在は、スエラ・ヘンデルバーグという女性の戦闘能力を大きく上回っていた。
その時間はわずか一年。
入社したころは手も足も出ず、なすすべなく倒されていた彼であったが、この一年で目を見張る成長を遂げた。
嬉しいような悲しいような、複雑に入り組む彼の成長にスエラは最初に感じた嬉しさを選び笑う。
「あの時殺しかけたやつがなぁ、ここまで来るとはなぁ」
『然様、我らが過ごした長き時の研鑽をこのわずかな時間で縮めてきた。真に驚嘆に値する』
最初はひどかったと笑う二人は、ついに自身の首に届く刃を持ったかと感心し、それを素直に祝福する。
しかし、その言葉が心の底からの真実の言葉であっても、それ以外に含まれているものがあるのもまた事実。
この領域に足を踏み入れたということは、彼らにとっては朗報であり、そして赤くなり始めている果実に手を伸ばしてもいいのかと検討に入る時期でもあった。
祝福は確かに響く、されどその笑みは二心で濁る。
「楽しみだな」
『カカカカ、まことその通りじゃのお』
そして笑みを引き付けるかのように引き起こされたのは爆発。
「次郎さん、魔法も使い始めましたね」
「ああ、魔王相手に剣術だけで挑むのは限界がある。手数の範囲を広げる頃合いだ」
感心をしているメンバーの傍らで戦局を見極めようとメモリアとヒミクもまたその戦いから目を離していない。
帯電する鉱樹を振り回し、四肢には炎を纏っている次郎は剣術以外も使い始める。
四方から魔法を降らし、超近接になれば拳が砲弾がごとき爆音を響かせ唸り、鉱樹で切るには近すぎて殴るには遠い間合いで残像すら写さず鎌のように鋭い蹴りが魔王に伸びる。
「使える手段をすべて投入しているといった感じですか。ヒミク、あなたから見て届くと思いますか?」
「………難しいと言わざるを得ない。主の強さは格段に上がっている。だが、それでも魔王の強さは」
苛烈にて柔軟、豪胆にして清涼。
光陰ともに戦いを使い分けるように工夫を凝らす次郎であったが。
「次元が違う」
たった一振り。
ヒミクが真剣な眼差しで見て告げた言葉が現実になる。
全ての努力が無駄だと言わんばかりに攻撃を蹴散らすかのように振られた魔力の剣によって次郎はまたもや吹き飛ばされる。
完全に手加減された一撃。
もし仮に魔王が本気を出していればこの一撃どころか、最初の一撃で決着がついていただろう。
彼がまだ戦い続けていられるのはまだ社長が見限っていないだけのこと。
まだ可能性がある。
もっと見せてほしいと願う魔王の気持ちが故に次郎は立っていられるのだ。
それほどまでに実力の差があるのだ。
いつでも終わらせられる。
その事実は挑戦者の心をへし折るには十分な圧となる。
「難しいですか、なら大丈夫ですね」
しかし、そんな状況なのにもかかわらずいつもの動きにくい表情筋を普段よりもわかりやすく笑みに変えたメモリアはヒミクの評価を前にして自信満々に答える。
「無理ではない。それだけで可能性としては十分です」
難しいとヒミクは言った。
けれどそれはすなわち可能性としてはゼロではないということだろう。
なのでメモリアはあえて大丈夫という言葉を使う。
「………そうだな、主なら大丈夫だな」
その自信はどこから来るのかという疑問を本当なら抱くかもしれない。
しかし、過去に何度も無理を通してきた実績を持つ次郎を見てきた彼女たちは〝難しい〟という言葉程度ならどうにかするという確信が心の中にあった。
だから見守ろう。
そんな期待を込めてこの模擬戦を彼女たちは視線を逸らさず見届ける。
Another side End
ああ、スエラたちの期待の視線が重い。
あの手この手と持てる術をすべて試して全力でぶつけてみたが、予想は超えられても想定が超えられない。
「愛されているね君は」
「その期待に応えたいんですけどねぇ」
魔力はまだある。
体力など、気合でどうにかする。
だが手段に関してはもうすぐネタが尽きそうだ。
鉱樹と接続して切れ味、身体能力、魔力純度、そのどれもを格段に引き上げたというのに未だ社長の底が見えない。
万策尽きるにはまだ猶予があるというだけで、時間の問題という現実は避けられない。
身体強化している状況であるため、集中し様々な情報を処理できるようになっている。
そのためスエラたちや教官の言葉なども拾うこともできた。
それは社長も同じで、楽しそうに俺への評価の感想を言ってくれた。
それに照れることなく答えた。
「ふむ、そろそろ手詰まりといったところかな?」
戦い始めて時間など気にする余裕はなかったが、ついにこの言葉が出てきたか。
一旦距離を取り、次の策を講じていた時に出てきた言葉に俺はどうすることもできない。
物足りなさそうに首を傾げる社長。
「そうだとしたら、すこし予想が外れたね」
そして。
「うん、期待外れだったかな」
すっと今まで楽しそうにしていた社長の表情が変わる。
楽という感情から哀という感情へ。
残念だがこれ以上は時間の無駄とその顔は語っていた。
いままで予想は超えてきたが想定は超えられなかった。
その結果を決める段階に来たのだと、その雰囲気で感じ取る。
ゾクリなんて生易しい感覚ではない。
さてどうするかと考える猶予もない。
ただ終わらせに来た社長に対して何かできなければ俺はそこまでの人間だということだ。
社長からは俺の底が見えてしまうということだ。
さっきまで我武者羅に抗っていたからこそまだ底が見えていなかっただけのこと。
その全容が明らかになる時がきたということだ。
「………ふぅ」
そう告げられた、その事実に対して思うことなど一つしかない。
「社長」
「なんだい?」
「舐めないでくれます?」
ふざけるな、だ。
深呼吸一つ。
そしてゆっくりと死神の鎌を振り下ろそうとしていた社長にめげけて俺はまだ底など見せねぇと魔力の気迫をもってしてその決定に抗う。
「本番は………ここからですよ」
龍の力を制御しきれていなかったから抑え気味にしていたが、それはここまでだ。
〝馴らし〟は十分にできた。
体の力加減も、魔力の力加減も把握した。
溢れんばかりの魔力の抑えを解除する。
「これは………なるほど、どうやら私の目もまだまだ甘かったようだ。君、まだ全力を出していなかったのか」
その光景をみた社長はまたもや表情を一転させる。
ころころと表情の変わる魔王だと思いつつその質問に答えよう。
「ええ、なにせ前までは人間でしたけど、いきなり龍の血なんて代物を渡されましたからね。しかも意識して使うのはぶっつけ本番。本当に制御するのに苦労しましたよ」
「アハハハハ!あの僅かな時間に制御しきったというのか!」
滾り荒れ狂うような血と魔力を抑え込むのではなく順応するのにはなかなか苦労した。
ただ鉱樹を振るうのにも力の加減が難しく、そして魔法を使うとなれば魔力の匙加減も必要。
ともに強弱の加減が難しくなっていた。
まるで自分の体ではないような感覚に四苦八苦して戦っていた最中に、お前はその程度だと決めつけられては腹が立つ。
「いえ、精々七割といったところですよ。さすがに全部制御しきるのには時間が足りませんでした」
なので決めた。
どうなってもかまわない。
手加減など一切忘れ去ると。
「それでも、あのわずかな時間でそこまで力を制御できたのはすごいことだよ」
「お褒めに与り光栄ですね。けど、驚くのはまだ早いですよ」
正直に告げた言葉は魔力の波動となり、チリチリと周囲をピリつかせる。
解放された魔力の大きさに社長は雰囲気はそのままにけれどうれしそうにそのまま終わらせに来る。
その攻撃を俺は迎え撃つ。
「それは期待できそうだ。では、何を見せてくれるんだい!」
速い。
全力ではないが本気の攻撃は俺が現状知覚できる領域のわずかに外。
龍の血の強化も加味した速度。
その知覚できない攻撃など俺に防ぐ術など本来ならない。
「! これを防いだか!」
それは社長も承知していたはず、なのに俺の鉱樹は社長の刃を受け止めていた。
そのことに社長は初めて純粋に驚いた。
攻撃ではなく防御の領域で初めて社長の想定を超えた。
半分以上は勘、だが、その領域をもってして俺は社長と対等になれた。
この千載一遇のチャンスを逃すものか。
驚愕に染まる社長を強引に弾き飛ばし、次の攻撃の準備に入る。
『掲げるのは地水火風の四理、円環、循環、八卦の道筋にて光陰の領域に至らん』
時間はない。
社長のことなどお構いなしに俺が口にしたのは〝詠唱〟の一節。
『我、天目一箇神に加具土命の火を灯しこの刃を鍛え』
地の下地に火を灯し鉄を打つ。
『我、海神の水をもってしてその熱を冷まし清め』
火によって折り重ねられた鉄を水によって冷やし。
『我、建御雷の稲妻をもってしてその鉄を研ぎ上げん』
冷やされた鉄は稲妻によって研がれ刃と成す。
『その鍛えられし刃の銘を』
鉱樹に四属性の力を織り交ぜまるで刀を造り上げるかのように曲げ叩き一本の刀にした無詠唱では決して成し遂げられない領域。
そして、前までできず龍の血により可能となった正真正銘の俺の切り札。
今この時だけ、鉱樹は神話へと至る。
「抜刀、天照」
魔法によって顕現した太陽の刃。
周囲の魔力を根こそぎ焼き払い、俺にすら影響を及ぼす諸刃の剣。
チリチリと肌が焼けるのを感じつつも、その太陽のごとき光を内包した刃をもってして社長の刃を食い破った。
切り払いだけでも熱波が飛び散る。
その熱波は周囲の結界に悲鳴を上げさせるほどの影響力を見せる。
自身の魔力であること、そして龍の血によって強化された体がこの剣の使用を可能にした。
だが、強大になったこの状態を常時維持することなど不可能。
もって一分。
「………」
そしてその強大な力でできるのは切り払うことのみ。
俺が構えたことによって、吹き飛ばされた社長は無言で再度魔法剣を形成する。
それで十分だと言われているようで腹が立つ。
ならば受けろと俺は全身全霊を込めて一歩踏み出し。
「うん、魅せてもらったよ君の可能性を」
全力で切り払う。
灼熱の太陽が具現化した光の暴力。
それを躱すのではなく、正面から受けた社長はその光を叩き切り、気づいたら俺の目の前にいた。
「見事だった。これからも期待させてもらうよ」
しかし、斬った影響は確かに与えた。所々焦げたワイシャツを着た社長。
そして俺の天照を切った右腕には明確な傷跡を残していた。
火傷のあと、それも軽いものではなくかなり重度な傷。
しかし、社長の魔法剣は健在、そしてその刃は俺の首元に添えられている。
その光景を見て、全力を出し切った俺はすっと鉱樹を降ろし眼を閉じる。
負けたと俺が認めることにより、この模擬戦の終了を知らせたのであった。
今日の一言
全力を出し切った、人事は尽くした。
あとは結果を御覧じろ
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




