305 頂点に立つと言う存在と向き合うのはなかなか度胸がいる
社長の宣言は非常に頼もしくあるが、冷静に考えればこれから魔王と呼ばれる存在と戦うのだ。
自然と頬は引きつり、心臓の鼓動は早まり、いわゆる緊張状態となる。
表面上は取り繕っているが、今の自分の力が通用するかどうかなど火を見るより明らか。
「ハハハ! そんなに緊張しないでくれたまえ。別に取って食べるようなことはしないさ。リラックス、リラックス」
そんな俺を見かねてか笑顔で深呼吸しようねと社長は声をかけてくれる。
鎧を身に纏い、体は温め終わっている。
問題は心の方だ。
社長に言われた通り、何度か深呼吸を繰り返すも変に高ぶっているからか、心臓の高鳴りは治まってくれない。
自分の力がどこまで通用するか不安でいっぱいだ。
「う~ん、あまり効果がなかったか」
「すみません」
そんな心情が表情に出たのか、社長の顔に苦笑が生まれる。
素直に謝罪すると、社長はいやいやと苦笑を笑みに変える。
「いやいや、私も昔君のように格上に挑む時はそんな気分だった。いやはや、懐かしいねぇ」
魔王も過去はそんな存在と戦っていたのかと思ったが、ニコニコと過去を懐かしむ社長からどんな修羅場を潜り抜けてきたのかとふと気づいてしまえば、この余裕も頷ける。
「おっと、ライドウたちと先代魔王と戦った記憶は置いておいて」
今すごく気になる言葉をこの魔王様は吐かれたが、気にしたら何かいけないと俺はその言葉をスルーした。
「このまま雑談を続けるのも楽しいが、あいにくと多忙な身でね、この時間もなんとか絞り出したんだ」
そんな俺の気持ちなどお構いなしに、ニコニコと笑うイケメン社長は、すっと雰囲気を変えた。
「っ!?」
ゾクリと背筋が凍る。
いま俺の前に立っている存在は本当に生物なのかと疑いそうになる。
「存分に楽しませてもらうよ」
ただ、立つ。
それだけなのにこの圧迫感。
空気が震えているのがありありとわかる。
対面しただけで心が折れかけ勝てるわけがないと一瞬思考によぎるが頭を振ることでその思考を追い出す。
そんなことを強制的に理解させられるような存在。
「うん、わずか一年でこの出来、なかなかすごいね」
しかし、そんな状況なのにもかかわらず。
社長は楽しそうにただ笑う。
微笑ましいものを見るかのように優しく、そしてこれから戦うというのに励ますような素振りすら見せる。
「自信を持っていい。私を前にして笑えるってのは君が考えているよりもすごいことだよ」
それは強者の姿勢であり、そして、何よりもその強者の社長が喜んでいたのは俺の姿勢だった。
社長の気迫に当てられたのか、体は反応し、自然体になり、高鳴る心臓とは裏腹に頭は冷え、そして顔には好戦的な笑みが浮かんでいる。
いつでも戦えると体は言っていた。
「ありがとうございます」
そしてそんな状態に持っていけたからこそ、社長の言葉に素直に礼を返すことができた。
「その様子だと、準備は良さそうだ。握れるかい?」
そんな俺の対応に満足気に頷いた後、社長は視線をずらし俺に問う。
何をとは聞かない。
社長の視線の先には俺の鉱樹がある。
純白ではなく、うっすらと雪化粧を施したような色合いになった鉱樹。
報告書を読んだ限りでは、龍の骨、それも古の龍の骨を取り込んだ可能性があると聞いている。
あの時、ダンジョンで握った瞬間に根が伸び血を吸われ、龍の血を与えられた。
その過程だけ聞けば恐ろしい物だろう。
スエラや、メモリア、ヒミク、そしてエヴィアさんも心配そうに俺の方を見る。
そんな彼女たちに、さっきまで浮かべていた戦闘用の笑みではなく、普段浮かべる笑顔を見せて。
「もちろんです」
俺は迷わず鉱樹へと赴き、その柄を握り持ち上げた。
何があるかわからない。
もしかしたら、あのとき以上のことが起きるかもしれない。
それこそ、死ぬようなことがあるかもしれない。
そんな不安が一瞬よぎる。
だが、こいつは俺の相棒だ。
相棒を怖がってどうする。
周囲の職員が見つめる中、引き抜いた。
今度は急に根を伸ばすようなこともなく鉱樹は静かに一度脈動した。
まるで、待っていたと言わんばかりに嬉しそうに一回だけ鼓動を揺らす。
「社長、準備できました」
いつもよりも素直に意思表示をする相棒に笑みをこぼし、ヒュンヒュンと風切り音を鳴らすように二、三度鉱樹を振るい、普段よりもだいぶ軽い感触に慣れ。
社長に振り向き、準備ができたことを告げる。
「そうかい、うん、君相手なら上着は邪魔かな」
そしてスーツ姿の社長は少しだけネクタイを緩め、そして上着を近くに控えていたフシオ教官に預け、中央へと歩いていった。
俺もその後に続く。
とても戦うような恰好ではない。
だが、その背中、その姿。
一見、隙だらけのような立ち居振る舞い。
そんな相手であってもどんな攻撃でも通すことができない。
いかなイメージも否定されるその歩みに、冷汗が流れる。
心で負けるなと言い聞かせても、勝てる未来が見えなくては笑うしかない。
それが向かい合わせになればなおのこと、その未来は想像しにくい領域に持っていかれてしまった。
しかし、今心の奥底からこれから始まる戦いを楽しみにしている。
負けることなど端から承知。
では、胸を借りるつもりで戦うのか?
否、断じて否だ。
そんな負ける気で戦うなんてナンセンス。
冗談じゃない。
こんな機会、二度とないんだ。
どうせなら。
「おや、雰囲気変えてきたね」
「ええ、社長に勝ちたいので、いえ、勝たせてもらいます」
「おお、いいね。昔のライドウたちを思い出すよ。その闘気を見られただけでも今回の立ち合いは価値があったと言える」
勝ちたい。
そんな気持ちを気迫と共に素直に伝えたら、軽く拍手をもらえた。
バカにするのではなく、その言葉、表情から素直な称賛だとわかる。
「ただこれでも魔王だ。簡単には勝たせてあげないよ」
そしてその称賛の褒美だと言わんばかりにもう一段階社長は力を解放した。
さっきまでが震えるような空気だとすればこれはいったいなんと言えばいい。
重力が横に作用したかのように、俺の体を潰しにかかっている。
純粋な魔力だけでこの圧。
その発生源である社長は、ニコニコと笑みを浮かべたままだ。
本気ではないが真剣に相手してもらえるという事実に歓喜する。
「さぁ、挑んできたまえ!」
両手を広げいつでもいいと高らかに宣言する社長の言葉と共に戦いの幕は上がった。
幕が上がったのなら。
「っふ!」
仕掛けるだけだ!
「お! 思い切りがいいねぇ!」
最初から全力、魔力を滾らせ肉体を強化し、思考も加速し、ここから先は読み合いだとすべての感覚をフル稼働させる。
正直、油断も慢心も何もないであろう社長に真っ向から挑むなど自殺行為でしかない。
だが、下手な小細工は通用しないだろう。
下手に策略をめぐらし後手後手に回るよりは力業で正面突破を図った方がいいと判断した。
悠然と喜ぶ社長めがけて、疾走する俺は、景色を置き去りにし、風を突き破り、時間を止めたかのような世界を駆け抜ける。
調子は万全どころか、遥かに良いと言える。
体が軽い。
まだ上がある。
全力を出し切るつもりで加えた力に、まだ余力があるのを感じる。
「ふん!」
これが龍の力かと驚きつつ、けれどこの力でも社長相手なら全力でも問題ないと遠慮なしに鉱樹を上段から振り下ろす。
速度、力、キレどれをとっても過去の中で一番の攻撃。
しかし。
「おっと、思ったよりも速いなそして重い」
予想を上回れたが、それだけだった。
そのことを喜ぶ暇はない。
空間を断つ一刀はパンとまるで軽く叩き落とされるかのような音とともに横へと逸らされる。
それをやった社長の表情に驚愕の色はあれど、警戒の色はない。
あくまで上回っただけで、対処可能領域からは脱出できていない攻撃など社長にとっては対処など赤子の手を捻るより簡単だ。
それを行なったのが細く、白い、綺麗な手だというのが笑える。
しかしこちらも元より素直に攻撃が入るとは思っていない。
そんな存在ではないのだ魔王という存在は。
攻撃を逸らされたことによりショックを受けることなく、次の行動を高速思考の中から選び、反射神経を駆使し行動に移す。
コンマ一秒以下、下手をすればさらに桁を下げていき、常人から見れば斬撃が複数あるかのように魅せられるほどの剣戟の領域。
俺の攻撃は地面へと誘導されるが、それで終わらせない。
逸らされたと知覚した瞬間に、足を運び、手首を返し、力のベクトルの方向を流れるようにUターンさせる。
今では十八番になっている、燕返し。
その刃は容赦もなく、そして殺意をもってして社長の首に迫る。
「なるほど、そう来たか」
下手に間合いを開ければ俺の場合、攻撃力が下がる。
かといって、この距離が安全かと聞かれればそうではない。
台風の目にも入り切れていない、台風の直下。
そんな場所こそ自分が最大限の力発揮できる場所なのだから、自ら不利な距離を取るという選択肢はイコール死に直結する。
「リスクを押しても、勝ちを拾いに来る。うん、良い判断だ。私と君ほどの実力がある場合守りに入ればそれすなわち勝ち目がゼロということだ」
嵐には嵐でと、龍の血が入り加速し力増し、万物斬断。
剣戟の嵐と言うべき自然現象まで昇華した俺の攻撃だが、社長にとってはそよ風のようなものなのだろうか。
先ほどから右手一本で対処されている。
「一パーセントに満たない可能性を拾いに来る気概は見せてもらったよ。では次は、攻められたらどう対処するか見せてもらおうか。すり潰されないように頑張り給え」
その事実を前にしても攻めの手を緩めることはできない。
緩めたら最後、相手の攻撃に飲み込まれるのが明白だからだ。
だからといって。
「!?」
「お、今のは避けられるか。大したものだ」
攻め続けられるわけでもない。
蟲のささやき。
直感めいた感覚で、俺は体を逸らせていた。
大げさに、それこそ大きな隙を晒すようなことでも、攻撃できているという行動権利を放棄してでも俺はその行動こそが正しいと判断して大きく距離を取る。
事実、その行動は正しかった。
社長の左手に形成されている魔力の刃。
見た目こそ雑に形成された片手剣程度の代物だが、あったまっていた体がたった一振りで背筋が凍るほどに冷やされてしまった。
しかし、呆然とする暇など一秒たりともない。
コンマ数秒で気合を入れなおし、鉱樹を構えなおす。
「ふむ、一年という時間は短いと感じるが君のような存在だと長いようだ。これは少し、君への評価を変えねばならないようだね」
距離が離れた。
大体目測で十メートル前後。
その間合いは一足どころか、今の状態なら文字通り、瞬間で詰められる距離。
しかし、そのわずか十メートルという距離が万里よりも遠いと感じてしまっている。
教官と戦う時もこんな感覚は味わうことはなかった。
たった一歩、踏み込むだけでこれだけ気力がいるのか。
これが魔王。
一回攻撃するだけで、神経を根こそぎ持っていかれそうな緊張感。
普段であればあの程度の全力攻撃などわずかに汗を流すだけで済んでいるのに、今の俺の体には汗が溢れんばかりに垂れている。
体中の水分という水分を放出しかねないほどの汗の量。
だが、それを気にしている余裕はない。
否、もはや全力で活動できる時間は残りわずかだと無意識で自覚した。
「すぅ」
「おや?」
余裕を漂わせ、ゆっくりと歩み始めようとする社長の出鼻をくじく。
そんな気合を乗せ。
「キエイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
猿叫を使う。
訓練所に響く俺の叫びは、龍の血によって段違いの性能を見せる。
竜の咆哮に匹敵する猿の叫び。
空気を振動させ、物理的な干渉性能を見せた。
そして。
「いいね、もう少し君を見たくなっていたところだ。よし、もうしばらく付き合ってもらおう」
臆病風をたたき出し。
蛮勇を掲げ、震える脚に活を入れ、再び社長に挑みかかる。
そんな俺を嬉しそうに見ながら社長は魔法の刃を鉱樹へと振る。
ガンと魔法の刃なのに、金属同士がぶつかった音が響き、そのまま全力で振るい打ち合う。
力は互角に合わせているのだろう。
こっちが必死に振るのに対して、社長は余裕の笑みを浮かべて俺よりも小さな剣で対応している。
そして。
「!?」
「気を抜くのはまだ、おすすめしないよ」
隙ができれば容赦なく、繰り出される社長の一振りに、ガリガリと神経が削れる。
だが、なんだろう。
「カハ!」
どんどんと気分は高揚していく。
強い。
とてつもなく強い。
心の底から勝ちたいと渇望が溢れてくる。
どうすれば勝てる?
何をすれば勝てる?
考えろと、アドレナリンが脳を侵し、次から次へと手段が提出され、否決される。
ただ我武者羅にやっても勝てないのはわかっている。
なら、一パーセントにも満たない勝率を地道に積み重ねるほかない。
「鉱樹、接続!!」
だからだろう。
俺はこの土壇場に追い込まれそうな瀬戸際で、この選択を取る。
根を伸ばし、俺の腕へと巻き付く鉱樹。
ようやく、驚く社長の顔が見れた。
さぁ、ここから第二ラウンドだ!
今日の一言
全力を出し切れ、こんな機会、滅多にない。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




