304 払った代償の分はきっちりと成果をいただく
検査項目は多岐にわたった………らしい。
らしいってどういうことかって?
俺は受けた記憶がないからだよ。
基本的な身体測定的な物は俺が意識を失っている間に済まされていた。
いつの間に?
と素直に疑問を言えば、かれこれ三日ほど俺は意識を失っていたらしい。
担当医曰く、龍の血を体に馴染ませるために防衛本能的に肉体が休息を取らせたと推測している。
その間に人間ドック的な検査から魔法的検査まで一通りの検査は済ませてあるとのこと。
なので、らしいと言ったわけだ。
しかし、エヴィアさんはまだあると言っていた。
そうなれば自然と人間はその残った検査が気になるわけで、後何があるのかと担当医に聞いてみたら、顔なじみのリザードマンの担当医は苦笑しながらあと一つだと言われた。
そして、残り一つと言われれば。
では、残った検査はなんだという話になる。
「俺………病み上がりのはずなんだけどなぁ」
イッチニと寝ていて凝り固まっていた体をほぐすようにストレッチしながら、愚痴をこぼし周囲を見渡す。
昨晩はエヴィアさんの言葉に甘えあのまま就寝。
頭の中では起きて「さて、残りの検査が終わればスエラたちと話し合わなければ」と思っていたのにもかかわらず、着替えさせられこんな場所につれてこられた。
ここは普段使っているトレーニング施設よりもさらに上、時元室とはまた別方向に特殊な部屋だ。
広さが倍以上というのはもちろんだが、部屋の壁の質や床の具合もだいぶ手が込んでいる。
四方にある柱には魔法的何かが施されているのがわかる。
さらに周囲には様々な使い魔が飛び回り俺の動きを様々な角度で観察している。
さらに壁際の周囲には包囲するかのように魔導士、ダンジョンテスターではなく、魔王軍、それも宮廷魔導士が招集されている。
「まぁ、魔王軍の検査がただ医学的に検査されるだけとは思っていなかったさ。ああ、むしろ納得って話だよ」
それに加えて研究者はこの階層を見渡せる場所できっとデータ収集に勤しんでいるだろう。
これから何が起きるか自分の格好を見ながら理解も納得もしている自分が悲しい。
「次郎さん」
「スエラ、メモリア、ヒミク」
そんな現実逃避めいた心境でこれから待ち受けていることを覚悟していると、心配そうに近づいてくる三人の女性、スエラ、メモリア、ヒミクがいた。
ストレッチを止めて、彼女たちと向き合う。
「三人とも、来てくれてありがとう。それと、また心配かけた。すまない」
そしてそんな彼女たちに最初にしたのは感謝と謝罪。
彼女たちが来たのはいたって簡単な理由だ。
今回の検査を受けるにあたって心身ともに万全の状態ではないといけないだろうという建前を理由にして、検査前に彼女たちに会いたいと言った俺の希望だ。
さすがに、三日も寝てて連絡も取れずそのままこの後の検査に挑むのは少々どころか抵抗がありすぎる。
せめて一時でもいいから安心させてくれと、先にエヴィアさんから彼女たちには報告は行っているだろうが、けじめとして彼女たちを呼んでもらった。
「いえ、無事ならいいんです。概要はエヴィア様から聞きましたので、それよりも次郎さん、お体の具合は大丈夫なんでしょうか?」
「担当医からはこの三日間は特に問題らしいものはないと聞いているな。俺も起きてからは特に体に不調はないし違和感もない。強いて言うなら、今までにないくらいに体の調子がいいってことくらいだろうなぁ」
スエラが最初に心配してくれたのはやはり俺の体調だった。
俺の体に龍の血が混じったと聞けばそれは普通の状況ではないのは明白、エヴィアさんに大丈夫だと言われててもやはり心配したのだろう。
褐色の肌と化粧で少しわかりにくいが、目元に泣いた涙痕があった。
「それに、今回の件は今後の俺の生活の仕方に関わってくる。だからな、これでしっかり大丈夫だって太鼓判もらってお前たちを安心させたいんだ」
何度彼女に心配かけなければいけないのか。
いや。
「次郎さん、その、仕方ないというのはわかっていますが心配はあまりかけないでください。待っている身にもなってください」
「その、だな。どれだけ主が強くなっても無理はいかんぞ。しっかりと休むことも必要だ。うんだから………だから、だな」
彼女たちにか。
スエラは極力負担を俺にかけたくないと気丈に振舞ってしまう傾向がある。
それをしっかり気づいてやらねばならない。
メモリアは普段の物静かな態度だが、言いたいことをはっきりと言う。
だが、その言葉は俺を思ってのことだというのは彼女の顔を見ればはっきりとわかる。
そして、視線を合わせては逸らしを繰り返し、右手で左腕をぎゅっと握るヒミクは、不器用にけれど心配しているのがわかる。
スエラのように負担になりたくないのはわかるが、それでも自分の気持ちを表したいという感じだろうか。
「ああ、わかってる。そうだな、まず初めに、これが終わったら少し休暇でも貰うか」
そんな彼女たちの気持ちに応えてやりたいところだが、まだこの仕事を辞するわけにはいかない。
スエラの中に子供もいるのだ。
しっかりと稼ぎたい。
「休暇の話は、あとで人事のほうに提案しておこう。お前を少し働かせすぎだからな。新人のテスターたちも形になりつつある」
「エヴィアさん」
少ししんみりとし、空気が湿っぽいものになってしまったが、その空気を入れ替えるようにエヴィアさんが現れた。
「なんだ、あの時のように呼び捨てにしてくれないのか?私たちは婚約者なんだ。別に気にする必要もあるまい」
片目を瞑り、からかうように昨日の最後のやり取りを繰り返そうとたくらむ彼女に、スエラたちは何かあったと悟り、少し厳しめの視線を俺の背に向ける。
「些か周囲の視線、とくに生暖かい視線がなかなか面白いことになっているので、そういうのはプライベートの時でお願いできると助かるのですが」
「ふむ、なら、そのプライベートの時間に期待するとしよう」
人が心配しているときに何をしていたかという視線は誤解だと説明する。
そのおかげで視線は和らぎ、さっきまでのしんみりとした空気は無くなった。
「………エヴィア様それは」
しかし、今度は少し剣呑な空気が出てくる。
エヴィアの背後に台車で押され姿を現したのは、俺の鉱樹だった。
白くなった鉱樹にスエラは先ほどまでの視線から打って変わって鋭くなる。
それはメモリアやヒミクも同じ。
一歩間違えれば死んでいたかもしれないことをしでかした、うちの相棒は彼女たちからしたらいくら強力でも買い替え案件だろう。
「検査した結果は特に問題ない。うちで抱え込んでいる鍛冶師と研究員が口を揃えて言ったのだ」
「しかし」
なぜそれをこの場に持ってきたかと言えばそれはこの後使うからだ。
そして、使うということがわかっている状況なら、その行動に対してスエラは気後れせずエヴィアさんに抗議した。
万が一があってはいけないのだと、意思を固めぐっと格上であるエヴィアさんの先ほどまでのからかっていた遊びの目ではなく仕事をするときの真剣な目に向き合っている。
エヴィアさんからしても本意ではないのだろう。
だが、魔王軍の幹部としては、俺のような事例のデータを集めるまたとないチャンスでもある。
利益を優先するか人情を優先するか。
企業という組織では常に付きまとう問題でもある。
エヴィアさんからすれば可能な限り安全を確保した。
俺の検診に始まり、お抱えの鍛冶師と研究者による調査、そして万が一が起きてもすぐに対応できるようにエヴィアさんと宮廷魔導士。
万が一を起こさないために可能性を潰すような布陣。
そんな環境を準備した彼女がスエラの気持ちを察することができないはずがない。
しかし彼女は私情を挟まないようにしているためか、感情的な言葉は使わない。
「スエラ」
「おっと、それ以上は言わなくていい。そこから先は私の責任だ」
スエラの名を呼び、全責任を私が取るというセリフを横からさらうように遮る存在が現れる。
「魔王様」
「社長」
「おっと、君も、他の者も跪かなくていいよ。妊婦に無理をさせたなど周囲に聞かれれば外聞が悪いし私の気分も良くない。子は国の宝だ、大事にしなさい」
キオ教官とフシオ教官を引き連れて現れた社長こと魔王。
いつもの華やかな笑顔と共に、さっそうと参上するのはタイミングを測っていたのではと思わせるくらいにいいタイミングで現れた。
その登場にスエラとメモリアは跪こうとしたが、それをさっと社長は右手を前に出して止める。
「さて、君はヘンデルバーグ家のスエラ君だったかな?」
「はい、名前を憶えていただき光栄です」
「うん、君のことは彼のような人材をよくぞ採用してくれたものだとよく覚えているよ」
「恐縮です」
そして、互いに知っている存在だろうがこの確認はある意味で様式美のようなもの。
どちらの立場が上かを明確にするようなやり取りだ。
綺麗にお辞儀をし、頭を下げるスエラに、朗らかな対応を見せる魔王。
風格というものを除いても、だれがどう見てもどちらが立場が上かわかるやり取りだ。
「………恐れながら魔王様、発言を許していただきたく存じ上げます」
「うん、言いたいことはなんとなく察することはできるけど、許そう。言いたまえ」
「はい、この後の我が婚約者との模擬戦、その際に彼が所持する鉱樹を使用することをなにとぞ再考していただけないでしょうか」
「なぜか、と問うのも野暮かな。理由はわかるし気持ちもわかる」
そして、スエラも魔王軍としては立場のある存在であるも、彼女が直言を上げられるほど彼女の立場は強いわけではない。
教官たちとエヴィアさんは止める気がないから良いものの、周囲の反応はあまり芳しくない。
俺のことはいいと、言いたい。
だが、スエラだけではないメモリアにヒミク、そしてエヴィアさんたちの気持ちも察せられるがゆえに彼女の行動をたしなめられなかった。
なので、社長の不興を買うようであれば自分が泥をかぶろうと身構えるも、大丈夫だと社長は俺の方に視線を送ってきた。
「では!」
「だけど、王として君の発言は受け入れられない。なぜと聞く必要はないだろう? 賢明な君のことだ。彼の今回のデータがどれほど魔王軍に益を出すかわからないはずがない」
若干熱が入っているスエラをたしなめるように、そして個人としてではなく魔王として振舞う社長にスエラは何かを言いたげに瞳を揺らすも、最終的にはいと頷くほかなかった。
ここで子供のように感情的になるのは容易だ。
だが、それで損をするのは彼女であり、彼女の周りでもある。
子を身ごもっているスエラはそこまでのことはできないと理性が働いた。
しかし、悔しそうにする彼女に俺はそっと脇に立ち手を握る。
大丈夫だと言うように、軽く、されどしっかりと握る。
「ん~、エヴィア、少し厳しめに言い過ぎたかな? 魔王だから悪役になることは慣れているがまさか、こんな感じで悪役っぽくされるとは予想外だ」
「いえ、問題ないかと」
「おや? どうやら私は秘書にも嫌われたようだ。ライドウ、ノーライフ、今晩は男同士で楽しく飲まないかい?」
「はははは! こういう時は呑むに限りますな大将!」
『カカカカ、こういう時の男の立場は弱いでございますからな。ならば、某の秘蔵の一本を用意するとしましょう』
その行動を嬉しそうに眺める社長は少しおどけエヴィアさんに話を振るも、もともとこの後に行う模擬戦に乗り気ではなかったのか、無難な返事に留めていた。
彼女の微妙な雰囲気の差異に社長は気づき、まいったと肩をすくめ教官たちに慰めてくれと話題を振れば喜んでと答える二人。
「さて、緊張もほぐれたようだし、ヘンデルバーグ君、トリス君、そしてヒミク君でいいかな? エヴィアも含め君たちの心配も重々承知し、いま私のできるかぎり最大限の配慮でこの後の模擬戦は実施させてもらうよ。なにぶん彼の戦力が増減するかどうかは地味に業績に関わってきてね、放置するわけにはいかないんだよ」
場の雰囲気を和ませる流れはここまでだと、真剣な表情になった社長はスエラたちと真っ向から向き合い主張をはっきりと述べた。
そのことは理解している彼女たちは、黙ってうなずく。
「不平不満はあるのは承知している、安心してくれとも言わない。だが、私は宣言しよう。今回の模擬戦に万が一はない。なぜならって?」
その対応に社長は満足げに頷きながら、ウインクを一つ。
そしてその後に続く言葉によって俺の最大の懸念が確定する。
「彼の相手をするのは、魔王であるこの私だからだ。間違いなど起きるはずがないよ」
そう、俺はこの後社長と戦うのだ。
今日の一言
寝て起きたら組織のトップとの交流、普通に考えて緊張する。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




