303 劇的な変化の代償
熱い、ただひたすらに熱い。
鉱樹との魔力交換を今までやってきたがこんなのは初めてだ。
今までとは違う何か、その〝何か〟のせいで体中が焼けるような感覚を味わっている。
なのに、体から聞こえるのは爆発するような痺れ。
拷問のような痛みに何も考えられない。
いや、痛みに思考が削られていく。
ただひたすら痛みに悶えるしかない。
ただ、言語にならない音を喉から生産するしかない。
「■■■■■!■■■■■!」
音が聞こえる。
だが認識できない。
この体は魔力で構成されているはずなのに、生身の体を焼かれているかのように足の指先から頭の天辺まで痛みのない箇所がない。
そして何より。
「あがああああああああああああ!!??」
体がおかしい。
いや、全身痛んでいる時点でおかしいのは確かだが、かろうじて認識できている感覚がそれでも異常だと叫び続けている。
熱い、焼けるような痛みの中に何かに喰われるような感覚がある。
細胞の一つ一つが何かに置き換わり、その置き換わる空間を生み出そうと何かが俺の中を捕食している。
何がと疑問が湧き出ることもできない。
無理やり体を作り替えられているようで、俺の意思など無関係に強制的に痛みを享受させられ、何をしていたのかもあやふやになってきている。
「次郎さん! 後ろ!」
そんな痛みの中いきなりブツリと映像が繋がったように視界と聴覚が再起動した。
まるで、仮工事は終了だと言わんばかりに、いきなり情報が供給された。
誰かの声を耳が拾い、そしてギョロリと動きが止まっていた瞳が巨大な咢を捉える。
何が起きた? 何が来る?
そんな疑問が頭を過ぎ去るよりも早く、体は勝手に動いていた。
「■■■■■■■■■■■■!!」
喉の奥から出る奇声。
そして、のけぞったままの体は跳ね上がるように起き上がり、そのまま力任せに右手を振るった。
技も何もない、ただの暴力。
そんな暴力から生み出される破壊力など普段なら大したことはない。
それが仮にも竜であるのならなおのこと大したことはないはずだった。
「嘘」
まただ。
また音を拾った。
誰かがあり得ないと言うようにつぶやいた言葉を耳から拾い音と認識し、その意味を理解せず、俺はその行動を取る。
左手だと思う〝無傷〟の腕で視界にノイズを入れつつ痛む額を押さえ、殴った結果を見た。
顎の骨は砕け、下口の骨が外れかけている竜の骨があった。
なんだ?
何が起こった?
まだ体は熱い。体は変わらず痛む。
だが、痛みは少しずつ大人しくなってきた。
代わりに心臓の音がうるさい。
ドクンドクンと耳に鳴り響き、頭痛が増す。
うるさいと心臓を黙らせたい。
そんな衝動に駆られる、だがそれ以上に頭が冴えわたる。
体が軽い。
頭痛は続き、体は変わらず熱く痛み、心臓はうるさく、視界は安定しない、耳は正確に音を拾えず、だが。
本能的にわかる、今が一番体の調子がいいと。
「カハ」
狂ったかと誰かが思う。
「次郎、さん?」
〝だれ〟かの声が聞こえる。
だが、それどころではない。
今この場は危険だという記憶の残滓が、敵を殺せと叫ぶ。
この声は敵ではない。
なら、敵はどこだ?
ああ、そうか。
「………勝君、離れるわよ」
「香恋さん!? でも!」
「いいから! 今の次郎さんはおかしいわ!」
ズゴゴと壊れた顎を修復しながら起き上がる骨が〝敵〟か。
小さな気配が離れていくが気にしなくていい、むしろ都合がいいと思ってしまう。
なぜだ?
まぁ、いい。
敵は、殺さないとな。
何簡単だ。
相手はただ〝でかい〟だけの骨の集まりだ。
ゆらりと、手に握ったものを右手だけではなく両手で構える。
ドクンドクンと心臓のようにこいつもうるさいな。
紅い根が俺の右腕に絡みついている。
そこが熱くて仕方ないが、まぁいいか。
今は、それよりも倒すべき相手がいる。
「カハ」
口を開くたびになぜ笑うのだろうか。
まぁいいか、気分が良くなってこの痛みも多少はマシになるだろう。
「ああ」
焼けた喉で声を出せるかわからなかったけど、自然と出せた。
その声に合わせて一歩前に出る。
脚は動く、痛いけど。
腕も動く、痛いけど。
視界は………まぁ、大丈夫か、時折霞み、時々色を失うが。
耳が少し遠いなぁ。
今の状態は良いとは決して言えず悪いはずなのにと思うが。
「負ける気がしない」
さっきまで目の前の竜に対して別のことを感じていたはずなのに、今は違うような気がする。
それを確かめなければ。
「さぁって、行くぞ?」
体にうまく力が入らない?
いや違う、これは。
『■■■■■■■■■■■!!!!』
力に余裕がある? 体の感覚が違う? 普段と同じように体を動かしたはずだ。
なのにちょっと走ろうと思っただけなのに相手が止まったままで首の一本の根元にたどり着いてしまった。
まぁ、いいか、斬れそうだから………斬るか。
すっと手に持った武器を横に振り、一メートル以上もある太い首を切り落とす。
「ああ、切り落とすだけじゃダメなのか」
しかし、その首だけでも独立して動き出すのを見て、ただ斬るのだけではだめなのだと理解する。
今度はさっきよりも速く動こうと思って足を動かす。
体が少しだけ軋んだ。
そうしたら、軋んだところが熱くなり痛くなり、気づいたら痛くなくなっていた。
その間に切り落とした竜の顔の前にいた。
感覚的に首を走り登ってきたのは確かだが………
それにしても、相手はこんなに遅かったか?
まぁ、いいか。
相手が遅い分には、問題ない。
今度は右手だけで顔を斬るために三回振る。
縦に一回、右に切り上げるのに一回そして左に向けて一回。
それだけで顔はバラバラになった。
「………」
なんの感慨もない。
ただの作業、体中痛いのに、何の達成感もない。
さっきまで感じていた喜びはない。
ならどうする?
「終われ」
終わらせよう。
この戦いを。
終わらせるにはどうしたらいい?
首をすべて斬り飛ばす?
胴体を斬り飛ばせばいいのか?
まぁいいか。
すべて斬ろう。
自由落下している骨の一つを足場にしてまずは胴体を斬るために空をかける。
切り刻んだものを足場にすればあっという間に到着。
それにしても体が熱いな。
少しずつ、感覚もなくなってきてる。
まぁ、いいか。
斬れば終わる。
縦に一振り、ああ、これじゃ深くまで切れないか。
なら、魔力を添えてやればいいか。
「邪魔だなぁ」
一回で切れなかったから首に邪魔されて弾き飛ばされたけど体は平気だ。
だからだろうか、感想はただ単純に思ったことが口に出た。
そして、さっきのがだめならとなれた感覚で紅い根に俺の魔力も吸わせてやる。
ドクンと手元から応えが返ってくる。
それを感じてああ、今度こそ斬れる。
そう、何も根拠もなく確信し、前に駆けだす。
風の壁をぶち破り、邪魔をしてくる首を斬り飛ばしながら相手の体の前に陣取る。
正面は白い壁のようなもの、それを斬るために今度はしっかりと上段に構え………振り下ろす。
音もなく、ただただ斬ったという実感だけ感じ取り、相手の生命が止まったことを確信した俺はそっと振り返り歩き出す。
カタカタカタとさっきまでの力強さはどこに消えたのか、弱弱しい動作で俺に襲い掛かろうと首を伸ばすも、あと一メートルの距離で力尽き骨へと還っていった。
さっきまでの苦労はなんだったんだと、ぼんやりとした頭で考えていると前から何かが走ってきる。
人数は五人。
何やら慌てている様子だが、何かあったか?
敵はいない。
それは気配でわかる。
あいつらは敵ではないから、慌てる必要だなど………
「っ!?」
そんな思考をめぐらせているうちにズキンとひときわ大きい頭痛と共に視界にノイズがかかる。
ザザザザとまるで壊れかけのテレビのように視界の映像にノイズが走る。
なんだこれはと思い、左手で頭を押さえようとしたがブチンと音が聞こえるように視界が暗転した。
「先輩!!」
「次郎さん!」
「リーダー!」
ああ、海堂、北宮、南、そんなにアワテテ、ドウシ、タン………
そして目覚めてみれば。
「………見慣れた天井だなぁ」
「当たり前だ、何度も貴様が通った病室だ。見覚えがあるに決まっているだろう」
「………エヴィアさん?」
「ああ、そうだ」
見覚えのある綺麗な白い天井。
そして、その光景から俺は医療施設に運び込まれたことを瞬時に悟った。
そんな思考を傍らにシャーッとカーテンが開かれそこから現れたのはエヴィアさんだった。
「気分はどうだ?」
「ああ~、不思議と倦怠感とかはありません。しっかりと治療してくれたようで助かります」
「………」
また心配をかけてしまったようで、スエラたちや海堂たちにも謝らないといけないなと思いつつ、体を起こし軽く動かしてみるも異常は見当たらない。
むしろ普段よりも軽い。
ここの医療スタッフもいよいよ俺の治療にも慣れてきたか?と縁起でもないことを思いつつエヴィアさんの質問に答える。
しかし、彼女の表情は晴れるどころかより一層険しくなった。
まさか、上半身は無事でも下半身が無事ではないのかと、焦り、布団の下にある体を動かしてみるもそちらも正常に動く。
「次郎、よく聞け」
その様子に表情を変化させず、エヴィアさんは淡々と口を開く。
「貴様は人ではなくなった」
「え?」
「正確には、半分人ではなくなったと言うべきだが、ここまで変質してしまったものを人とは呼べんだろうな」
彼女は綺麗な顔の眉間に皺を寄せ、医者から受け取っただろうカルテを読み上げてくれた。
「我々は検査はしたが怪我の治療は施していない。すべて自己治癒で治っている。海堂たちが慌てて貴様をこの部屋に運び込んだ時にはすでに貴様の体は完治していた。本来であれば魔力体から生の体に戻った際のフィードバックでそれなりの影響が出るのにもかかわらず、だ」
「どういうことですか?」
俺は確かにパイル・リグレットを打ち込み両手を負傷していたはずだ。
その時のダメージはポーションの一本や二本で完治するほどの怪我ではないのは俺が誰よりも理解している。
その怪我が治っている?
いったいどこでと、記憶をたどっているときに俺はふと記憶が途絶えている部分があることに気づく。
俺はいつ倒れた?
パイル・リグレットを打った時か?
いや、あの時は激痛はあったが、確かに意識はあった。
気を失うようなことはしていないはず。
しかし、その後の記憶があやふやだった。
「海堂たちの報告によれば、鉱樹を握った途端にお前は叫びだしたと聞いている。その姿は痛みに耐えているようだったともな。痛みに悶えていたのは時間にして数秒、竜王のところのシンズスカルドラゴンに襲われそうになったときはそれを撃退、後に討伐。その時のお前の動きは異常の一言で済むと奴らは言っていた」
「異常?」
「目で追いきれなかったと言っていた。現状のお前の実力でそこまでの力を引き出せるとは私も思ってはいない。鉱樹が何かのきっかけを与えたのではと思い検査させた結果がこれだ」
そのことには触れず、淡々と事情を説明する彼女はそっと俺の前にカルテを差し出す。
それはコピーのようで、俺にも理解しやすいように説明が書かれており、そして血液を示す項目を見るとそこに赤いラインが引かれ、その下に注意書きされた内容を見て驚く。
「龍の血?」
「そうだ、人間ではどう間違っても決して持ちえないモノだ。それがなぜか貴様の中にある」
俺の血筋は龍も入っていたのか?
とお袋の家系や親父の家系を思い返してみても、龍のりの字も思いつかない。
「原因は鉱樹だ」
「鉱樹が?」
「ああ、私もこんなことが起きるとは正直まだ信じきれん。鉱樹という存在はいまだ未知の部分があることは事実だが、龍の血を担い手に与えるなど聞いたこともない」
捲ってみろと視線でエヴィアさんに促されカルテの次を見れば、簡単な報告書が添付されていた。
「悪いが貴様の腕に巻きついていた鉱樹を預かった。こんなことがあったんだ、色々と調べる必要があったのでな、その検査の過程で貴様の血とその血とよく類似した龍の血の二つの種類が確認された」
「?どういうことですか?」
「確信があるわけではない。過去の例がないのだから当然だが。ここから先は調べた研究員と鍛冶屋が言っていた検査結果に基づく推測だ。お前の鉱樹はお前自身の血を吸い取りお前の血をもとに龍の血を作り出しお前の体に流し込んだ」
「はぁ!? それって、あり得るんですか!?」
「過去に例がないと言っただろう。だが、鉱樹はもともとどのような剣にもなるという素質を持った代物だ。聖剣や魔剣にもなれる。そう考えれば、現実的に起こっているのだからあり得るのだろう」
「けれど、俺、その時は魔力体ですよね? 実際の体に影響は出ないはずじゃ」
「その考えはおおよそ間違っていないが、一点訂正しておく、あくまで魔力で再構成された体をダンジョンから出る際に元に戻しているだけだ。わかるか? 変更された箇所は元の体に適用される、でなければ貴様らのステータスは伸びないからな」
怪我といったものは出る際に治るように調整されているとエヴィアさんは説明してくれているが、パニクっていないだけで自分の体にとんでもないことが起きてしまっているのがわかる。
「………過去に竜の血を取り込んだ者が拒絶反応が起き死んだという事例がある。だが、お前の場合は自身の血で龍の血を作り出したおかげで無事だったのだろう。自分の血であるのだから元に戻してもある程度は適応できる。魔紋で強化された体とその作り出された血、この二つの条件下だからこそ多少の反動で済んだのだろう。今のところ検査でおかしな部分と言えばその血によって強化された肉体くらいだ」
心の中で動揺しているのを安心させるかのように、目の前に鏡を出してくれたエヴィアさん。
その鏡を覗き込めば、いつもと変わりのない俺がそこにいた。
「まだいくらか検査する必要はあるが、問題ないようなら明日には退院できるようにしておく。スエラたちには私の方で連絡を入れておくから、今日はゆっくりと体を休めろ」
「はい」
そのことに安堵し、ほうと溜息を吐く俺を脇目に仕事に戻ると言いエヴィアさんは立ち去ろうとしたが、カーテンのところで立ち止まった。
「エヴィアさん? どうかしましたか?」
「………次郎」
「はい」
「無事でよかったよ」
その一言で、毅然としていても俺のことを心配してくれていたのだと俺は実感し。
「ご心配おかけしました」
「どうせなら、もう少し砕けた感じで答えてみろ」
そっと少しだけ振り返ったエヴィアさんの表情を見て、言いなおす。
「心配かけてすまん、それと、心配してくれてありがとうエヴィア」
「………っふ、呼び捨ても、悪くはないか」
その言葉を聞いて彼女はフッと転移していった。
そして俺はボスンとそのまま体をベッドに倒し。
「………人間、辞めちまったなぁ」
会社を辞めるときは大して後悔はなかったが、さすがにこの時ばかりは少しショックを受けるのであった。
今日の一言
無事ならよかったと言えるのならまだいい。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。