302 まだ手段があるのに諦めるのはもったいない
逆転の一手。
なんて簡単に言うが、そんな綺麗な言葉で現状がまとまるわけがない。
たった一つの方法で盤面がひっくり返るのなら、苦労はしない。
その一手までつなげるのが最も難しいだろう。
だが。
「段取りは以上だ。確認はできない、勝負は一発勝負だ。頼むぞお前ら」
これからすることに覚悟を決めたパーティーメンバーが頷きあうのを脇目に、ついにスカルドラゴンの極光がやむ。
僅か数十秒で話し合った内容など、付け焼刃としか言えない。
だが、その付け焼刃を通さなければ活路はない。
「スリーカウント、三、二、一」
相手の攻撃が治まるタイミングを計り、南が指折りで数え、そして極光が治まるタイミングで八つ首も動き出す。
「これが拙者の全身全霊でござる! フルサポートエンチャント!!」
その行動に合わせ南はサポート魔法を寸分狂わず俺へと付与してくれる。
「海堂、アメリア! ここは任せた! 行くぞ北宮、勝!」
「うっす! 任せられたっすよ!! 二人も頑張るっすよ!」
「OK! 私の全力、見せてアゲルヨ! カレンちゃん、勝クン、気を付けてネ!」
「ええ! 任せなさい」
「はい! 行ってきます!」
そして俺は北宮と勝を連れて駆けだした。
二手に分かれればこちらにも攻撃が来るかと思ったが。
「さぁ! 残りの魔力も持ってくでござるよ海堂先輩! もう一回! フルサポートエンチャント!!」
「おっしゃぁ!! 来るなら来いっす!!」
海堂は俺が渡した盾を鞘で叩き注意を引こうとし、それでも釣れない首は。
「余所見しちゃ、NO! なんだヨ!」
大魔法をもってして、疑似的なタウント効果を生み出す。
アメリアの持つ膨大な魔力。
今の彼女では移動しながらでは決して撃てないだろう魔力の奔流を抑え込みながら、対砦用より上位の魔法。
「これは今の私が撃てる、一番、強い、魔法、ナンダカラ!」
対竜魔法。
その脅威をもってして敵の注意を惹きつけるという荒業。
そして迸る魔力は、性質を変化させ旋風を巻き起こす。
彼女が最も得意とするのは風魔法。
だがこれから引き起こすのは巨大な竜巻を起こす魔法ではない。
「圧縮、圧縮、圧縮!」
手元に凝縮される嵐、物理的に密度を小さくされた嵐はその勢いを衰えるどころかさらに過激に荒れ狂い、その小さくとも暴虐な自然災害を制御しようとするアメリアの額に汗が流れる。
「プハァ!! まずい! もう飲みたくないでござる!!」
そんなアメリアが苦労している脇で右手を腰に当て牛乳を飲む要領で魔力補給用のポーションを南は飲み干していた。
後衛職には必須のアイテムであるが、味はお察し。
飲み続けると気分も悪くなると多用にはご注意をの一品。
ポイ捨てなんて普段ならしないが、今は緊急事態と割り切り瓶を放り投げた彼女は。
「さて、海堂先輩、リーダーがたどり着くまで耐えるでござるよ」
惹きつけ役のサポートとして全力を尽くす。
「任せるっすよ! 伊達にブラック企業で働いてないっすよ」
「アハハハ、できれば、早くしてほしいネ。ちょっと、やってみたけど、少し失敗しちゃったカモ」
「「………」」
はずだったのだが。
膨大な魔力を餌に引き寄せ、その攻撃を防ぐ海堂のサポートに回ったが術式構成にミスしたアメリアの言葉に先ほどまで浮かべていた笑みは消え去り、海堂と南は顔を見合わせ。
「「先輩早くっす(でござる)!!」」
駆けていく俺に声援を送ってきた。
「ったく、何やってんだか」
「ほんとうにね」
「南の奴」
そんな頼りなさそうな後衛状況は放っておいて、これから再び竜相手に素手で挑む現状として苦笑一つこぼしながら俺について走る北宮と勝。
「さて、ここから先頼りにしてるぞお前ら、無事俺を届けてくれよ」
「はいはい、行ってきなさい」
「サポートは任せてください」
そしてさらに俺たちはスカルドラゴンに近づく。
「って、さすがに全部の首は引き付けられないか」
「当然でしょうね」
「三本ほどまで減ってるだけいいかと思いますが」
「違いない」
体内の魔力で体を強化する。
ここから先は少し魔力を節約しながら前に素早くいかなければならない。
「前に進むことだけに集中しろ、後ろのごたごたは南たちが対処する」
「ええ」
「はい!」
後ろを振り返るな、前を見ろと今にもブレスを吐き出しそうな三つの首を確認する。
「火と水、あとは土ね!」
「一つでいい! 北宮! 火を黙らせろ! 勝は閃光弾!」
「はい!」
走りながらの戦闘は俺たちの十八番。
ピンを抜き球体を三つの首めがけて投げる勝を最後尾に俺たちはさらに加速する。
目的地まで約二百メートル。
純粋にまっすぐ駆け抜けられれば十秒もいらない距離。
「氷雪の戦槌!」
しかしそれは妨害がないことが前提の話だ。
現にスカルドラゴンはブレスを吐きこちらを仕留めようとしてくる。
そのうちの一つの頭は下からフルスイングするような形で巨大な氷の槌が当たり上空にブレスが逃げた。
では残りの二つの首はというと。
「ちょいと失礼」
骨になったとはいえ竜相手に閃光が通じるかどうか怪しかったため、その閃光を隠れ蓑に放たれた雷の二本の槍がその首たちを左右にずらした。
中位魔法の無詠唱はお手の物とドヤ顔をする暇もなく、それたブレスが地面に着弾する。
残り距離は百五十。
また三つの首が近づけまいと襲いかかり、行く手を遮る。
俺の予想だとあと五十メートル進むころには。
「………そうなるよな」
「大丈夫なのよね?」
再びスカルドラゴンの胸部付近が輝き始めた。
「前回は消し炭にならなくて済んだよ」
「なんですかそれ」
こちらとしては最善ではないにしろ次善くらいの展開になってくれた。
あんな高威力の極光をポンポンと放たれてはたまらないので一応放たれた後にすぐ行動を開始したが、一発放ったらもう撃てないとはだれも言っていない。
理想はこのまま懐に飛び込むことではあったが、放つならそれはそれでいい。
頼むぞと一言いい。
苦笑と共に任せてと言う北宮。
そして期待する勝の視線を背中に受けて、俺はまた一歩前に駆けだす。
勝と北宮は俺の後に続き魔道具や魔法で援護してくれる。
「痛いのは勘弁なんだがなぁ」
駆けながらも襲い掛かってくるスカルドラゴンの首を躱し、時には打ち返し、残り距離も五十メートルを切った。
一秒ごとに光が強まるその胸部を見ながらこれからすることを俺は苦笑しつつ、手は止めない。
使用は二度目になる魔法、パイル・リグレット。
そして今度は。
「だけど悲しいことに自重ができる余裕はないんだよなぁ」
前形成した円の数をさらに増やし、その威力を跳ね上げる。
魔力と体力に余裕があり、そして南の強化も重ねて自爆しないギリギリの威力。
その反動など考えたくもない、左手に形成したのはせめて利き腕は残そうと悪あがきをしたに過ぎない。
「それとそろそろか」
このまま突撃してこいつを叩きこんでもそれなりのダメージは見込めるだろうがそれだと不完全だ。
あと二手必要。
そしてその一手が来る。
「来たな」
ニヤリと口元が笑う。
とんでもない魔力の奔流を感じる。
その発生源たる魔力を感じた途端前に進んでいた動きを正反対の方向に変える。
「来るぞ! 北宮! 勝! 距離を取れ!!」
「「!!」」
いいタイミングだと言わんばかりに全力で後ろに跳ぶ。
その動きに疑問を抱く暇など相手にはない。
何せその動きを封じようと五本の首を駆使していたのだから。
海堂の奴、きちんと守り通したようだな。
空へと昇った極小の球体。
それだけで天候の雰囲気が変わり、肌で感じるのは空に穴が開いたという感覚。
『アブソリュート・ダウンバースト!』
そして響くアメリアの声、その魔法名が空間に轟いた瞬間に巻き起こるのは。
空から落ちる、絶対なる嵐の暴力。
空に舞い上がりながら空気という存在をすべて吸収し一瞬だけ虚無空間を生成。
その虚無空間めがけて空気を補填しようと爆発した嵐が方向性を持ち、天から地面を抉るという嵐を形成する。
「アイスウォール! 勝君は私の後ろに!」
「次郎さんは⁉」
「あの人なら死にはしないわよ!………多分!」
そんなものの直下にいるスカルドラゴンは地面に縫い付けられ、風の刃によって延々と切りつけられる。
圧と斬撃の凶悪な組み合わせ。
しかし、それでも奴は動きを止めない。
極光の魔力が衰えることはなく、むしろその光を浴びせようと嵐に抗いその巨体を地面からゆっくりと身を起こす。
切られ砕かれ欠損した箇所は周囲から骨を呼び寄せることで再び体を補修する。
一撃で仕留めなければそれの繰り返しだというのはわかっている。
「だからなぁ!」
その中でこんな極大魔法を放ち、疲労で動けなくなっているアメリアを狙うのはわかり切っていた。
極光の発射体勢になり。
いざ放たれる瞬間を俺は待っていた。
嵐の中、自身が傷つくことも加味し、北宮の氷壁に避難せず、暴風の中に身を隠しこの瞬間を待っていた。
「発射するその魔力を爆発させたらお前の体はどうなるだろうよ!!」
あと一秒遅れていたら俺はこの一撃を叩きこむ前にその極光にさらされ前回と同じ結末を辿っていたかもしれない。
だが。
「パイル・リグレット!!」
後悔の杭はその発射体勢を整えていた竜の胸部を貫いた。
『■■■■■■■■■■■■■■■■!!』
八つの首から発せられる咆哮。
峡谷全体を揺らせるほどの骨のどこからそんな声が出てくるのか不思議になるくらい響いた咆哮など気にしてられない。
「つぁ!?」
使った魔法の反動を受けてそれどころではなかった。
左腕は逝った。
肩もきっと砕けた。
逆に言えばそれだけで済んだと言ってもいい。
南の補助がなければ、下手すれば腕をもがれた。
その痛みに耐える。
「まだまだぁ!!」
仕留めていない。
それがわかった。
俺の予想ではこの極光を貫くことで体内で誘爆させ仕留めるつもりだった。
だが、その予想は外れ極光は不発に終わり、俺の杭は無防備にさらされていた胸部を貫く形で終わった。
いや、アメリアの魔法と俺の魔法を合わさればかなりのダメージを負わせられたのは事実。
この好機を逃してはならないと、叫ぶ本能が左手の痛みを感じさせない。
「一発でだめなら、もう一発撃つだけのことだ!」
無事な右腕を握りしめ、魔力をかき集め再び杭を形成する。
そして反動で飛ばされた距離を再度詰めにかかる。
残った魔力をありったけ込めて、左手を揺らしながらこの一撃にすべてをかける。
見れば大魔法の連撃にスカルドラゴンも身動きが取れていない。
回復も止まり、嵐は止んだがその凶刃は体を切り刻み、一発目の杭は胸部に大きな風穴を拵えた。
同じ場所に打ち込めば勝てると足に力を籠め跳ぶ。
「形成!」
だが、やるなら徹底的にだと本能で悟り。
右手に備えた杭にさらに魔法を重ねる。
純魔法に属性を重ねるのではない。
純魔法にさらに純魔法を重ねる。
「ダブルパイク!」
並ぶもう一本の杭。
止めろと理性が叫ぶが本能がヤレと言う。
「喰らいやがれ! ツイン・パイル・リグレットォォォォォ!!!」
峡谷に響く三度目の撃鉄音。
最短最速で構成された後悔の杭は、自重という言葉を置き去りにしその名の通り後悔するほどの破壊力を発揮した。
「かぁふ!?」
その破壊力の反動はもちろん俺の方にも返ってくる。
右手も潰れた。
意識が一瞬だがとんだ。
意識が戻ったのは地面に激突した瞬間当たり方が良かったのか呼吸が復活したのだ。
「次郎さん! 何やってるのよあなたは! 勝君治療を!!」
「は、はい!!」
「それよりどうなった!?」
どれくらい意識が飛んでたかわからないが、精々数秒、心配して俺めがけて駆けよってくれている北宮たちには申し訳ないが、今は治療よりも優先すべきことがある。
「嘘!? あれ受けて生きてるの」
「再生、してる」
ゴゴゴとあちらこちら砕け、もう立つのもおかしいだろというダメージを負っているのにもかかわらずその巨体は起き上がろうとしている。
「そんな、あんなのどうやって倒せばいいのよ」
「………勝てるわけが」
その光景に北宮と勝は諦めようとしている。
無理もないと俺も思う。
この両腕の状況では、俺もこれ以上戦うことはできない。
まだ完全に再生していない今なら撤退も十分可能だ。
「!? あっぶねぇ」
そう思い撤退しようとしたタイミングで空から骨の破片と言うには大きすぎる物が降ってきた。
落ちてきたのは俺たちの目先二メートル。
もしあれが当たっていたら命はなかったと思っていたが。
「マジか!」
これが神の采配だと言うのなら俺は、その神に感謝してもしきれない。
その骨の破片から姿を見せていたのは若干色合いが白くなった鉱樹だった。
無理やり体を起こし、ボロボロになり感覚のなくなった右手を動かしちょうどいい具合に出ていた柄を掴む。
「ようやく見つけたぞ、相棒!」
滴る血が鉱樹に垂れた瞬間それは起こった。
ドクンと脈動し、鉱樹の根が俺の腕に絡む。
「なんだ!?」
それはいったいどうしたことか。
突然のことに驚き、手放せなかった。
その間にも鉱樹は根を俺の腕に張り巡らせ、それは起こった。
「あがあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
「次郎さん!?」
「なにが!」
パリンと埋まっていた骨が砕け鉱樹の全容が露わになった。
だが、俺は体の中から熱せられる何かでそれどころではなかったのだった。
今日の一言
僅かに時間があれば変化するには十分である。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




