301 体力もつき気力もつき、残るのは?執念だよ
そもそも根本的に比べてはいけないものというのはある。
人間はチーターの走力に敵うか?
人間は象の力に敵うか?
人間はAIの計算力に敵うか?
人間は比べる対象を選べば種族的に劣る能力などいくらでもある。
故に、人間は平均値では他を圧倒しても、突出能力では圧倒できない。
そんな当たり前のことを今更ながら考える。
何を言いたかったかって?
そんなの――
「おい南! 竜と根競べすれば勝てると思った根拠を三行以内で説明しやがれ!!」
南への文句に決まってる。
そもそも前提条件が間違っていた。
竜と言えど生物、確かに体力に限界がありいずれ底がつく。
しかし、それは人間の体力いや、俺たちテスターたちの平均体力と比べるのもおこがましいほど竜の体力はすさまじいはず。
魔力で強化したステータスでも、現状そのステータスを超えることは叶わなかった。
勝算をもって挑んだ戦いは過酷の一言。
「ゲームでは勝てたでござる。
それと似た状況なら勝てるのでは?
イメージの中では勝てた、以上でござる!」
「以上じゃねぇ!! 異常だよお前の思考は!!」
加えて相手はアンデッド。
ある程度の苦戦は想定していたことだが、今この場においてはその想定を大きく上回っていた事態に直面している。
「実際は、きちんとしたデータのもとにしっかり対策を立てていたでござる!! けれどその想定を上回ったんだから仕方ないじゃないでござるよ!! なんでござるかアレ!? 不死身でござるか!? 負け戦イベントでござるか!? ボケなきゃやってられないでござるよ!!」
戦闘開始してかれこれ数時間。
俺たちの持ちうるすべてを投じてこの戦いに挑んだ。
だが、旗色は圧倒的に悪い。
体力にはまだ余裕はあったが、豊富に備えたはずの魔道具たちは底をつき、回復ポーションの残量も僅か。
「はぁはぁ、勝君、回復頼むっす」
「わ、私も、プリーズ」
「ごめん、少し休ませて」
「すぐに!」
攻撃を一面に俺が引き受けていても、全部の攻撃を引き寄せるのは難しい。
ダメージを与える役である海堂とアメリア、北宮の疲労具合もこの戦いでだいぶ溜まっている。
準備していた勝が即座に回復作業に入るが、すぐにその疲労や怪我が回復するわけではない。
「リーダー耐えるでござるよ!!」
「他人事だなぁ! おい!」
魔法という技術のおかげで一分どころか三十秒もかからず回復できるが。
その十数秒というわずかな時間を稼ぐ必要が出てくる。
最初にトーチカを形成していた結界魔道具の魔力も切れ、今では俺の魔力だよりの盾一枚が最後の砦。
後ろに回り込んできた仲間を庇うために一歩再び前に出る。
ガキンと何かがぶつかる音はまだいい。
一気に盾が押し出されるような圧を感じるも、まだ耐えられる。
ブレスにかみつき、重量差のある体格を生かした尾による攻撃。
手数の種類は少ないが、動きに多様性があり、ステータスを前面に押したゴリゴリのパワーファイト。
そんな相手に長時間戦ったのだ。
相手にも当然ダメージは蓄積しているはずだった。
「計算外でござった。あんな形で回復してくるとは、あれがなければリーダー無しでも削り切れると思っていたでござる」
「周囲に落ちてた竜の骨が回復アイテムなんて誰が予想できるのよ」
スカルドラゴンという野生的な知性しかないはずの存在が回復アイテムを備えていなければ。
竜の墓場というのは雰囲気づくりなものだと思っていた。
事実、あのスカルドラゴンが現れた時は周囲の骨を吸収しその体を形成し、残った骨は放置された。
俺たちはその骨を擬態用の散乱している骨だと〝勝手〟に思っていた。
ところがどっこい。
考えていなさそうで、竜王様はしっかりと考えていたようだ。
しっかりとその骨たちは擬態用も〝兼任〟してたのだから。
「周囲の骨を先に焼き払った方がいいような気がしてきたっすよ」
「いったいどれくらいの範囲があると思ってんのよ。現実的に無理よ」
「残った魔力ポーションも多くはないです」
「う~ん、私の魔力を全部使えば行けるかな?」
「拙者の計算上、無理でござるね」
「素直に撤退したほうがいい気がしてきたな!」
少しでも集中を切らせるとあっという間に飲み込まれそうなスカルドラゴンの攻撃。
俺を信用して休憩しているこいつらに攻撃を届かせないようにしているが、はっきり言ってこのまま防御し続けるのには限界がある。
今の俺たちにはこいつを倒しきる攻撃力が足りない。
「せめて鉱樹の場所がわかれば、そこを狙うんだが」
そう口からこぼれるのも仕方ない。
数時間という時間が経過している。
その間にもちろん俺は鉱樹を引き抜くチャンスを窺った。
しかし、先日見た場所に鉱樹がなかったのだ。
尾の付け根部分、確かにそこに突き刺さっていたはずなのに、その姿がなかった。
最初はどこかに抜け落ちたかと思ったが、すぐにそれを否定した。
感じるのだ。
自分の魔力と同化した鉱樹の魔力を。
しかし、その力は微弱、かすかにそこにあるというのがわかる程度の力だ。
当初の予定は、即座に鉱樹を引き抜き攻撃力を底上げして倒しきるという方針だった。
なのに持久戦に持ち込まれてしまっている。
「南まだか!?」
「見つからないでござるよ!」
竜の暴力にさらされながら、想定外が重なり苦境に立たされている現状をどうにか打開するしかない。
南が必死に探索魔法を駆使し鉱樹の居場所を探してくれているが、肉厚というか骨厚になったスカルドラゴンの魔力によって捜査は難航している。
「!? 総員対ショック姿勢!」
「「「「「!?」」」」」
そんな折に三度目の極光が俺たちを襲う。
スカルドラゴンの胸元が七色に輝き、そして放出される。
俺はこれで四度目になるが、歯を食いしばり盾の機能である重量増加に加え魔力を流し込みどうにか耐えるが。
ピシリと手元から嫌な音がした。
「南! 盾の耐久値がヤバいぞ! このままだと何度も耐えられないぞ!」
経験上、さっきの盾が軋む音は今回の極光は耐えるだろう。
だが、次はないと勘が言っている。
ジャイアント特製の盾だからこそここまで耐えたと言ってもいいかもしれない。
もう少し持ってくれという願望はあるが、文句はない。
即座に残された時間がわずかしかないということを後ろに伝える。
「………」
だが、いつも快活に返事してくれる南は苦渋の表情を浮かべる。
打開策がないのだ。
戦えてはいるが、倒すことはできない。
それが彼女の中から出てしまっている。
「………っ」
悔しそうに歯を食いしばりながら何かないかと模索する彼女。
口で軽口を叩きいろいろ言っていたが、なんだかんだで俺の鉱樹を探すことに真剣に協力的であった。
その心その働きに報いるために俺は何ができる?
ただ指示を聞いてその通りに動くだけでいいのか?
体は動くだろ?
頭を止めるな。
お前も考えろと俺の心が叫ぶ。
残った戦力で何ができる?
武器は何がある?
残ったアイテムは何がある?
海堂の体力は?
北宮の魔力は?
アメリアはあと何回魔法が使える?
勝ができることは何かないか?
きっと、南も同じことを考えているだろう。
もしかしたらすでに無理だと判断した内容を俺が後を辿り考えているかもしれない。
しかし、考えないと見落としを見つけることすらできない。
なら。
「やるしかない」
思考を放棄することなどいつでもできる。
諦めることなどいつでもできる。
体力は底がついたか?
いやまだ万全に動ける。
全ての攻撃を試したか?
いや、また攻撃手段は残っている。
相手のすべてを攻撃したか?
いや、いや、まだ当ててない場所は多数存在する。
では、リスクを考慮していない方法を配慮したか?
「否」
徐々に治まる極光。
その残留圧でもかなりの威力になるが、耐えきれる自信はある。
覚悟などもとより決まっている。
やりきれない方が悔いが残る。
俺は本来、やらないで後悔するよりも、やって後悔するような人間なはずだ。
「南、俺への身体強化どこまでできる?」
だからこそ、こんな状況だからこそ勝つための費用の計算に移る。
「………今の魔力量ならリーダー一人なら拙者が付与できる強化を全部載せられるでござる。もし他に全載せをするのでござったら、二人でござる」
「十分」
あそこまでの道のりにどれだけ必要か、パズルのピースみたいに一つ一つ要素をかき集める。
「何するつもりでござるか?」
その途中で南から疑問が飛んでくるも、押さえ込んでいる盾をそのままにして振り返り笑顔で答える。
「何って? バカなこと聞くなぁ」
いつも博打のようなことをしてきた。
それで打開できていたからこそそれに乗っかかるなんてジンクスに縋るにはまだ早い。
俺の思考が読めないのか、何をするつもりかなんて聞いてくる南に俺はニッと笑い答えてやる。
「勝つに決まってるんだろ」
ピンチな時こそ笑え。
笑うことで勝ちを拾える。
ほんのわずかな光明をつかみ取ってこそ真の実力者。
教官たちの教えだ。
諦めるなんて言語道断。
俺はこいつらのリーダーだ。
なら、俺が諦めるなんて冗談ではない。
むしろ可能性を率先して見せる。
それが、上司ってもんだ。
どうやってと問いかけるような視線を南から受ける。
それを笑顔を崩さず、むしろより笑みを深くしてニっと笑いながら組み立てているパズルの構図を説明する。
「なに、余裕はないんだ。シンプルにまっすぐ行ってぶっ飛ばすだけだよ」
ただそのパズルの構図というのも非常にシンプルだ。
「は? 何言ってるでござるか? 正気でござるか?」
「さてな、あいにくと正気で真面目な状態で逆転できるような相手ではないからな、少しくらいとち狂った方法を選ぶ場面だろうさ」
こんな現状、真面目に逆転できるほど俺に手札はない。
普通なら撤退する方が無難なんだろう。
「どうする? 今の切羽詰まった状況で考えた男の策に乗るか、それとも南の冷静な判断で導き出した答えに従うか」
だが、そんな状況だからこそ単純な方法が際立ち、効果的にもなる。
「そこで拙者に判断を委ねるところがいやらしいでござるな」
「褒めるなよ」
「褒めてないでござる」
ピンチこそ楽しめと教官たちに教え込まれている俺は他の誰よりも今はテンションが上がっているだろう。
後で疲れがどっと押し返してくるだろうなと笑いつつ、南の返答を待つ。
長い時間は待てないことを彼女は理解しているし、海堂たちも今は下手に口をはさんで混乱するのは避けた方がいいとじっと彼女の答えを待つ。
二十歳にも満たない彼女にこんな判断をさせるのは酷かもしれんが、それは、いつものことだと笑い流しておこう。
「………リーダーの勘でいいでござる。勝率は?」
「二割」
俺の立てた作戦と、俺が現状で出せる最大火力。
そしてそれをぶち当てられた時に相手に与える推定ダメージ。
それを加味して二割と、少し多めに答えた。
弱気に答えるのなら一割にも満たない。
強気に答えても二割には届かない。
だが、あえて俺は少し高めに答えた。
「なら、乗るでござる」
「え!? 本気っすか南ちゃん!?」
「勝算はあるの?」
「そこはリーダーに聞いてほしいでござる。正直、ここまでじり貧に持ち込まれてしまった段階で拙者の予定はほとんどが機能しなくなっているでござる。正直、このまま撤退するのが一番被害が少なくて済むと拙者は判断しているでござる」
「なら、なんで次郎さんの話に乗ったんだ? 素直に引いた方がいいんだろ?」
その強気の発言に南は天秤を傾けた。
北宮と勝の問いかけに南は少し引きつりながらも笑ってみせる。
「いつもだったらここで逃げたら、ゲーマーとして終わりでござると言うところでござるが、今日はちょっと違うでござるよ」
それは誰もが見ても虚勢を張って無理に笑っているのがわかる彼女の笑み。
そんな彼女はスカルドラゴンの極光にさらされている最中でもこう言い放った。
「ここから逆転したら、きっと拙者たち最高にかっこいいでござるよ」
ある意味彼女らしい発言に俺は口元を緩める。
竜に挑んでいる最中に問われた中にこんな答えを返してくる奴がいったい何人いるだろうか。
「カハハハハハ! いいな、南! 最高だ!」
思わず笑ってしまうほどその言葉に同意する。
ああ、そうだ。
はじめは社長と戦う時になにか一矢報いる方法がないか探すためにこの地に来た。
次に鉱樹を回収するためにこの地に踏み入った。
だが今は、ただ相手を倒してみたいと現状最高の無駄を所望している。
これが笑わずしてなんと言うか。
「うへぇ、テンション任せのノリと勢いっすか、でも、俺もそういうノリ嫌いじゃないっすよ」
「私も! どうせなら勝った方が気持ちイイヨネ!」
「………いつもの南の言葉だけど、その気持ちわかる気がする。そうだな、たまにはこういう気持ちで挑むのもいいかもな」
「あなたたち、この状況わかってるの?って聞くのも野暮ね。はいはい、付き合ってあげるわよ」
「北宮のツンデレなんて聞きたくないでござるよ~」
「だれがツンデレか!」
その笑いは伝播する。
さっきまで険しい表情だった面々が今では笑っている。
希望を見たと言うよりは、開き直ったと言った方が正確か。
だが、全員の意志はまとまった。
「………さて、お前ら派手にいくぞ!」
「「「「「おう!」」」」」
ならばこのピンチ楽しませてもらおうじゃないか!!
今日の一言
逆転劇という響きを味わいたい!
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




