300 時に気合が助けになるときもある
バジリスクを撃退して、素材を笑顔で回収する南を急かしその後も何度か戦闘をしたが、順調に撃退し進んでいった。
体力の問題や、装備の問題、消耗品の問題とこういったときの戦闘では問題が重なるケースが多い。
「そろそろか」
「となると、そろそろ休んでおいた方が良さそうでござるな」
順調に戦えていたと言っても損耗はゼロではない。
ダメージはないが、精神的疲れもある。
風景が変わり、あの時のように段々と雰囲気が暗くなってきて辺り一帯が物静かになってきた。
その空気を感じ取り、目的地が近いと言えば南は迷わず休憩すると言い、マジックバッグから結界用の魔道具を取り出した。
休憩するからと言って自分の魔力を消耗しては本末転倒と、こういった決戦時には道具はケチらないと南は言う。
警戒はするが、各自好きな場所に座り体を休め、北宮や南は魔力補給用のポーションを飲んだり、海堂やアメリアと体を動かしていたメンバーはバナナを取り出し栄養を補給していた。
「さっきまでうるさかったけど、ここは静かネ」
「強力な竜の縄張りにはたとえ同種族でも近づかないらしいからな」
バナナ片手に、今まで騒がしかった峡谷が静かだと言うのに違和感があるとアメリアが言う。
キョロキョロと周囲を見渡しながらほの暗い空間でバナナを食べる少女というのはなんとも言えない光景だが、俺はカロリーバーを食べながらその疑問に答える。
竜というのは弱肉強食な世界であるがゆえに縦社会構造がしっかりしている。
隙あれば上下関係が変わるが、逆にその隙が無ければ上下関係は鉄板のものになる。
なので、竜王のダンジョンではたびたびこういった静かな空間があるとスエラは教えてくれた。
他のダンジョンで言えばボスの間の前の部屋的な空間だろう。
「ナルホド!」
「ただまぁ、ここは他のダンジョンと違って固定したボス部屋がない。そこの主が気づいたら別の主に代わって縄張りが変わってるってこともざらにあるらしい」
「安全地帯が気づいたら安全じゃなくなっているということでござるか、なかなかやりこみ要素溢れるでござるな」
「生身でやる私たちからすればたまったものじゃないわよそれ」
「そうですね。安全だと思って休んでいたら襲われるかもしれませんし」
「いま俺たちが休んでいる場所も実は安全じゃなかったりするかもしれないっすよ?」
説明に納得するアメリアに補足し説明すると、マップが自動更新されるゲームかとゲーマーの血が騒ぎ始めた南に北宮が呆れながらツッコむ。
それに乗るような形で勝も嫌な話だと苦笑し、怪談話をするような雰囲気で海堂が話すも、俺も含め皆笑うだけだった。
そんな一時の団欒。
時間にして十分ほどだ。
「さてと、行くかお前ら」
「うっす」
「りょ~か~いでござるよ~」
「ええ、問題ないわよ」
「Yes!」
「はい大丈夫です」
そんな僅かな時間でも休養として役割は果たしてくれる。
精神的疲れはほぐれ、荒れた呼吸を落ち着かせるには十分だ。
それにあまり長く座ると体が固まってしまう。
程々の休憩をすませ俺たちは魔道具を片づけ、その道を進む。
そして。
「ついたな」
たった数日ぶりだというのに戻ってきたという感覚を感じる。
「うへ、確かに先輩が言ってた通りこれは」
「墓場、言いえて妙ね」
峡谷一帯に散らばる竜の骨たち、その様相に海堂と北宮は表情をしかめる。
「う~、雰囲気あるヨ」
「南、そこの骨とか拾うなよ?」
「!?………な、なんのことでござろうか?勝、拙者、何もしていないでござるよ?」
あたり一帯の空気がおかしいことにアメリアは感じ取って不安げな表情を浮かべている。
しかし、南はその骨が一本いくらするかとふと考えたらレジスターのような音と共に目を銭に変えこっそり回収しようとしていた。
しかし、空気読めと勝に襟首をつかまれ、その行動は止められる。
「来るぞと、言う必要もないか」
そんなパーティーの雰囲気を注意している暇はない。
峡谷の奥から何かが来る威圧感。
耳に届く乾いた何かがぶつかり合い、そして地面が抉れる音。
おふざけタイムはここまで、しかめた表情も、恐れていた表情も、ふざけていた表情もすべて引き結ばれ、目はその奥から現れるモノに向けられている。
「ハハハ、ムービーは最初だけってことでござるか」
「残念ね、変身中に大魔法叩きこもうと思ったんだけど」
「漫画やアニメ的にはそれってNGっすよねぇ、まぁ、今ならやった方がいいに決まってるっすけど」
「生きるのに大変ですもんね、ここ」
「Yes、背に腹は代えられないね」
「全員気合十分でよろしい」
大盾を構え、俺の背後に陣形を築く。
魔法使い二人は俺の陰に隠れるように。
前衛二人はすぐに跳びだせるように。
回復役の勝は、北宮と南の背後に。
「ダメージ管理と弱点探索頼むぞ、俺は引き付けと防御に徹する」
「任せるでござるよ!ゲーマーの真価が輝く時でござる!!」
南の言葉をなんとも頼もしいと笑い、俺は全神経を集中させる。
あらかじめ決めていた通りにこれから戦いが始まる。
闇の中なのにその存在はくっきりと見える。
八つに分かれた白骨の首を持つ竜。
多種多様の竜の骨が組み合わさり作られた、竜の残滓ともいえるその異形。
BGMが変わったでござるなとこぼす南の言葉に全員口元が笑い。
そして。
「ブレス来るぞ!」
キラリと竜の首の一つの目が光ったと思うとその口から紅い閃光が放たれる。
一歩踏み込み、そのブレスを避けずそのまま受ける。
「行動開始でござる!!」
開戦の幕は切って落とされた。
紅い閃光はズシリと重く、普通ならその圧で吹き飛ばされるものだが。
盾に搭載されている機能がその圧をもってしても吹き飛ばされないように踏ん張っていた。
「重量増加がこんな形で役立つとはな!」
成人男性の体重は大体六十から七十キロ前後。
それに装備を合わせても百キロいかない。
魔力で強化されても、そういった魔法を使わない限りは重量に変化などなく、杭などを打ち込まない限り物理法則にしたがう。
「しっかりと踏ん張りがきくってもんだ!!」
竜のブレス、それもかなりの高出力を浴びているというのにもかかわらず、俺の体は浮かない。
その仕組みには絡繰りがある。
ヒミクが前に持っていた戦斧、あれは魔剣の一種であったがその能力を付与すること自体は大して難しくはない。
なので、この盾にもこの機能は搭載されている。
この盾の重量は従来であれば三十五キロほど。
強化された肉体なら軽いと言える重量だが、今この盾の重量は。
「三十トンもあればそう簡単には吹き飛ばされないぞ!!」
身体能力を駆使し、自分の体重に加算された大盾は今だけそこに生えている巨石のごとく鉄壁の守りを見せる。
そして、俺の魔力を循環させたことにより盾の損耗もない。
その隙を海堂とアメリアが逃すわけがない。
ブレスと同時に左右に展開し本体めがけて走り出す二人。
当然その二人にめがけて他の首が対応しようとするが。
「余所見は寂しいなぁ!」
すぅっと息を吸い。
「キエイヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
全力で猿叫を吐き出す。
相手を怯まし、注意を惹きつける猿叫。
ビリビリと峡谷に響いていたどのドラゴンよりも強大な声を出した。
「そうだ! お前の相手は俺だ!」
竜を驚かすほどの声量に進化したことに満足した俺は、海堂たちを無視し俺の方に注意を向けた竜の首を相手取ることに集中する。重量増加を解除し前進する。
「北宮! 準備開始でござる!」
「わかったわ!」
「勝! ここからは持久戦でござる! 回復を切らさないように注意するでござるよ!」
「わかった!」
それは攻撃の要である南たちとも距離を置くため。
ブレスを浴びれば大盾で防ぎ前進、注意が逸れれば猿叫で呼び戻すその繰り返し。
トーチカを作り出し魔法による砲撃が開始される。
俺自身攻撃はしていない。
ずっと防御しかしていない。
だが、心配していない。
耐えろ、今は、ただ耐えろ。
何度目になるかわからない大盾に感じる圧。
四属性に雷と氷、重力に闇。
計八属性ものブレスが雨あられと俺に降り注ぐも、ジャイアントの作り出してくれた大盾は懸命に耐えてくれている。
「隙ありっす!」
「イクネ!」
攻撃が俺に集中することによって他のメンバーがフリーになる。
銀色の刃が煌めき、その骨の体に突き刺さる。
同じ竜の牙から作られた刃はその竜の骨を断ち切ろうと振り抜かれる。
しかし。
「全然効いてないっす!?」
「カルシウムが充実しすぎネ!?」
あいにくと相手はアンデッド。
痛みなど感じるわけもなく気にしたそぶりもなく、海堂とアメリアの攻撃を堪えた様子もなく俺への攻撃の手を緩めない。
『手を緩めないでござるよ!! 敵はリーダーに集中しているでござる! DPSは上げるでござる!』
ブレスの爆撃音で声などロクに拾えない。
念話で響く南の指示。海堂とアメリアからもあきらめず攻撃を続けると応える声が念話で響く。
「キエエエエエエエエエエエエエエイヤアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
十回より後は数えるのを止めた。
猿叫によって注意を引き付けるも、ついに相手はしびれを切らせ始めた。
「お次は大物ってか」
スカルドラゴンのお腹の部分が発光し始めた。
それは間違いなく、俺をダンジョンの入り口まで吹き飛ばしたあの一撃。
射線上には俺しかおらず、背後を気にする必要もない。
重量増加機能を再度展開、そしてハサミ用の刃も展開し、それを地面に突き刺す。
「………こいやぁ!!」
ニヤっと口元に笑みが浮かぶ。
敵の切り札、これを食い止められるかどうかそれ次第で今後の展開はがらりと変わる。
気合を入れなおし、そして来たのは様々な属性が入り混じった、八色の光。
「っぐ!」
その圧は今までのブレスをはるかに凌ぐ。
熱に冷気と相殺し打ち消し合うはずの属性が共存し、一部は熱く、一部は凍えるほど寒く、鋭く何かかが通り過ぎ頬が裂け、砂のような粒がジャリジャリとやすりのように大盾を削る。
胸から出ているからブレスとも言えないが、その威力は体感済み。
「まだ、まだ!」
歯を食いしばり、血管が切れるのではと思うほど足腰に力を入れその攻撃に耐える。
念話で南が北宮と海堂、そしてアメリアに指示を出しているのが聞こえるが、あいにくと今は耐えるのに精いっぱい。
精々、隙だらけの相手に攻撃をしてもらおう。
そして、俺が倒れないのがそんなに不満なのか。
「おい、おい、まだ上があんのかよ」
急激に勢いが増して、少しだが押し流された。
ぐっと力を込めて、それでもなおじりじりと押され始める。
刺さった刃毎押し流されることがあるのかと、ジャイアント製の刃が軋み始め、このままではと思い始めたその時だった。
『アミーちゃん、北宮ぶっ放すでござるよ!!』
『Yes!私、張り切っちゃうヨ!!』
『はいはい!手加減なしでいくわよ』
峡谷の空間に広がる無数の魔法陣と巨大な一つの魔法陣。
『一撃で仕留めるネ!』
『見せてあげるわよ、数の暴力ってやつをね!』
互いの性能は正反対、けれど威力は折り紙付き。
『対城塞用魔法』
『対軍用魔法』
黄色の魔法陣は放電を開始し。
蒼色の魔法陣からは氷の砲弾が生み出される。
『白夜の轟雷!』
『氷熊の暴食!』
横っ面を殴り飛ばすような巨大な雷の槌、その閃光によってわずかな時間であるがこの場は白い世界となり、その白い世界を食い荒らすかのように氷の砲弾はスカルドラゴンの表面を砕く雨を降らし続ける。
さっきまで攻撃にさらされ続けた俺は、攻防の逆転が起きすっと圧が抜けたタイミングで一回深呼吸し体勢を整える。
大魔法に続く大魔法。
いかに竜でもこの攻撃をもってしてノーダメージはないだろうが。
『海堂先輩! 追撃でござる!』
油断も慢心もない。
畳み掛けられる時には畳み掛ける南。
『勝! 三十秒後にアミーちゃんが来るでござる! その間に北宮を回復させるでござる! さらに三分後に海堂先輩の回復! その五分後に!』
パーティーメンバーの魔力量の管理をしているのかの如く、タイムテーブルを組まれた回復スケジュール。
そのすべてを勝は記憶し。
『ポーションは残量十三、魔力用が八、北宮さんの回復は残り十二秒!』
南の行動に阿吽の呼吸をもってして答える。
「漢海堂! いくっすよお!!」
嵐のようなアメリアと北宮の攻撃に隠れた海堂の追撃、それは彼が持つ剣の攻撃ではなく。
「特注の魔石を組み合わせた特大爆弾をくらうっすよ!!」
大きな樽に詰め込まれた魔石爆弾を二個マジックバッグから取り出し、ふたの付近にあるピンを空中で抜いて投下する。
「これもおまけっす!」
そして、投下後に取り出したのは一本の杖。
それも消耗品だ。
海堂の魔力を吸い上げ、一つの魔法を作り出すためだけの杖。
「灼熱の炎うけるっすよ!」
海堂の魔力を吸ったその杖は瞬く間に巨大な炎の投擲槍へと姿を変える。
先ほどの樽型の爆弾に加え、その大槍を投げれば。
「たまやーっす!!」
あっという間に爆発。
キノコ雲を発生させるほどの爆風を大盾で受け止め、舞い上がった砂埃で悪くなった視界の先をじっと見るが。
「………簡単には倒せんか」
しばらくじっとしていたが、もぞもぞと動き出し、活動を再開したスカルドラゴンを見て南の言う通り長期戦になることを覚悟するのであった。
今日の一言
準備をしていても、すんなりいかないことも多い。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。
 




