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299 事前点検を行うかどうかで感覚は変わる

 準備万端というのはそれこそ入念な確認作業に基づく。

 俺達のパーティーではダンジョンに入る前に各員、装備の点検に余念がない。

 防具に武器、消耗品に使い切り式の魔道具。

 これから飛び込むのは竜の巣窟。

 何度も点検しても不足ということはないだろう。


「全員、マップは頭に入ってると思うがあれから日にちが過ぎている。多少じゃすまない変更箇所が現れると想定される」


 そして確認するのは道具だけではなく、行動予定も含まれる。

 点検しながら話を聞くことなど日常茶飯事な俺たち。

 だから俺の言葉に耳を傾けるも、視線は点検作業に従事している。


「咄嗟のことで分断されることも想定されるが、無理に合流しないで万が一のときは撤退信号を送りその場から撤退してくれ」


 しかし、確認しながらでも返事は返ってくる。

 人数分の返事を確認すればよしと、俺も返す。

 そして俺は最後に背中に背負った代物を確認すると立ち上がる。

 それを皮切りに全員俺の背後に並ぶ。


「さて、落し物の捜索に行きますかね」

「一攫千金も忘れないでほしいでござるよ」

「わかってるよ」


 いつも通りに気楽に、されど油断せずに、南の軽口に答えつつ俺たちはゲートを潜る。


「うは、久しぶりに来たっすけどやっぱすごい場所っすよねここ」

「他のダンジョンと違う開放型っていうのはわかってたけど、ここまで開放的なのもどうかと思うわ。こんな場所で剣一本失くしてよく見つけられたわね」


 そして現れる峡谷。

 大自然が織りなす竜の巣窟、その一歩目から呆れと感嘆が混じった声を漏らす海堂と北宮。

 手をかざし遠くを見ようとする海堂と広大な土地を前にして首を横に振る北宮。

 その姿からは感じさせないが、瞳だけはこれから挑むダンジョンへの警戒心が如実に表れている。

 峡谷に響く竜の声。


「気づかれたカナ?」

「多分これ、気づいてますね」

「ここは異物に対して警戒心が強いからなぁ。ずっとここにいたらあっという間に竜が集まってくる」

「となると、さっさと移動するに限るでござるよ」


 そして、全員があらかじめ着込んでいたローブのフードをかぶる。

 隠蔽用の術式が組み込まれたフード。

 今回のダンジョンアタックのために購入した装備。

 上位竜に対しては気休め程度にしかならないが、下位竜に対しては効果を見込める一品だ。

 値段は一着五万円と、買えなくはないが手ごろでもない。

 普段は別のローブを纏っている北宮と南も今は深緑色のローブを纏い、先導する俺の後に続き峡谷を飛び降りる。


「ここの推定の深さは三百メートルくらいでござったか? 思っていたよりも浅いでござるなぁ」

「体感ってだけだから正確には違うだろうな。入口付近から谷の底に潜れば潜るほど暗くなって距離感もずれるし、たぶんもっと奥に行けばもっと深くなる」

「うげぇ、探すのが面倒になるパターンでござったか」


 魔法職である南と北宮を中央に左右を勝とアメリアに警戒させ、俺は先頭、海堂を殿に。前とは違い素早く、記憶をたどりながら突き進む。

 忍者のように飛び移りながら進むことしばらく。


「っと、そんなこと言っているうちにあったぞ、ここだ」

「うわ、これが痕跡ってどれだけヤバい相手なのよ」

「Wow、大きな穴ネ」

「穴って言うかここまでくるとすでに道のような気もするっす」


 走り出して十分もかからないところに目的のそれを発見する。

 一直線に伸びる竜の咆哮の痕跡。

 前回、八首のスカルドラゴンと戦った痕跡だ。

 その痕跡によってわかる攻撃範囲に北宮は素直に引き、アメリアは純粋に驚く。

 海堂は呆れたような口調であったが、口元が引きつっているので若干ビビっているんだろう。

 発射元を辿ろうと彼女たちの視線は根元へと向かっていくが、先は暗闇に包まれ見えない。

 これ自体も自然が作り出した峡谷ではないかと思うほどの削り取られた目的地への直通ルートだ。


「これを辿れば、目的地に着くんでござろうが、やっぱりいっぱいいるでござるねぇ」


 そんな大通りを警戒しないわけがない。

 暗がりにもわかるほど通路の周りをうごめく何かがいる。

 バジリスクか、あるいはヒュドラかまた別の竜か。

 ただわかるのは。


「うへ、先輩の言う通り本当に争ってるっすねぇ」

「だから個体値が高いんだろうな」


 今もこの足元の下は竜同士が戦いあう戦場だということ。

 時々足元が明るくなり竜のブレスによって明かりが確保される。

 そして耳に届くのは竜の咆哮だけではなく、爪で切り裂く音や、大きなモノ同士がぶつかり合う音、大地を踏みしめる音と様々なものが織り交ざっている。

 それも一つ二つではない。

 この下の峡谷全体でそれが行われている。


「強い個体の素材は高く売れる、これは道理でござるよ。さて、予定通りでいいでござるか?」

「ああ」


 そんな戦場の真っただ中を突っ切る理由は、南の素材回収目的ぐらいしかない。

 今回はそのことはあと回し。

 体力を温存して、この直通ルートを利用して目的地に急ぐ。


「敵影は?」

「この先に三体暴れているでござるが迂回できそうでござるよ」

「アメリア、そっちの方は?」

「今のところ大丈夫そう、近寄ってきてる大きな音とかはないよ」


 警戒している竜王の影は今のところはない。

 このまま無事に行ってくれればいいのだがと、無神論者の俺ではあるが今は神様に祈りたくなる。

 遠目で首を絡ませ噛み合っている竜を見つけて巻き込まれないようにルートを設定。

 そして。


「止まるでござる、この先に四、いや五体でござるな。隠れているでござるよ」

「ここらへんで隠れるのならバジリスクだな。迂回はできるか?」

「できるでござるが、かなり遠回りになりそうでござるよ。その分敵と遭遇する可能性も上がるでござる」


 目的地はあくまで鉱樹がある場所、そこまでは極力戦闘を避けるように移動していた。

 そんな折、探知魔法を発動し索敵していた南が止まるように指示を出した。

 指を差す方向、一つ二つと数え終えたら暗闇に何かいることを南は言う。

 周囲の環境、そして潜むという行動を取る相手からこの先にいるのはバジリスクとみて間違いないだろう。

 可能なら戦闘は避けたいところだが、遠回りして余計に戦闘を増やすのは避けた方がいいだろう。


「なら仕方ないか、戦闘用意。先制で仕掛けて一気に片付けるぞ」


 背中に背負っていた物の取っ手を掴み、前面に出す。


「ヌフフフ、バジリスクの素材の値段もかなり高めでござったからなぁ。腕がなるでござる」

「油断して、石になるんじゃないわよ」

「ありそうだな」

「ぬ、北宮も勝も失礼でござるよ」


 背後でジュルリとよだれを拭うような擬音が聞こえ、きっと目が銭になってる南がいるんだろうなと苦笑し、その隣にはそれを指摘する勝と北宮がいるのだと振り向かずにしてわかる。


「にしても、そんな大盾良く買ったすよね先輩」

「むしろ、うちらのパーティーにない物だと思ったんだがなぁ」


 そして後方警戒をアメリアと代わった海堂が前に出てきて俺が構えた代物を見る。

 形としては縦に長い六角形だろうか。

 紺色の武骨な盾。

 人一人を簡単に隠せるほどの大盾だ。


「まぁ、拙者からすればようやくってところでござるよ。何せうちの前衛二人は切り込んで敵の注意を惹きつけるか切り伏せるかの二択で前線を維持してたでござるから。ここで、守るという選択肢が増えたのは正直、助かるでござるよ」


 感心するように頷く南にすまんかったと苦笑する俺は改めて盾を構える。

 盾術という戦い方がある。

 主に守ることを主眼においた戦法であるが(れっき)とした前衛だ。

 竜のブレスという範囲攻撃を防ぐこともできる。

 猿叫と組み合わされば、周囲の敵を引き寄せ硬い前衛として役に立つと思い買ったのだが、本心としては盾の裏側のギミックに少し遊び心を感じ気に入って購入したというのもある。


「ま、鉱樹のない状況だったらこれくらいはな、いざとなれば盾を構えながら魔法撃って固定砲台にもなれる」

「そうなると私たちの立つ瀬がないわね」

「で、ござるなぁ」


 下手に武器を買って変な癖をつけるよりはいいかと思い構えてみたら存外使い心地が良かったのだ。

 ならばと軽い練習をしてからの実戦投入。

 今回の戦いが本番だ。


「北宮~、誘い出し頼むでござるよ~」

「はいはい、わかってるわよ」


 そしていよいよ開戦だ。

 北宮が空中に氷の槍を十本作り出す。

 出だしはスムーズ、二秒もかからないうちにそれは生成される。

 だが。


「気づかれたぞ!」


 魔力を鉱樹の感覚で流し、強化していた盾に視線が集まる。

 石化するという感覚と俺の魔力が拮抗している。

 さすが竜種。

 攻撃の意思に反応するのが早い。

 シュルルルと何かが滑るような音が周囲に響く。


「意外と早いでござるなぁ。周囲を囲んでからの石化の魔眼、手堅くいくでござるな」

「感心してないでさっさと指示出しなさい」

「了解、新装備のお披露目全力でいくでござるよ!」


 各自新装備を構える。

 南の杖が光ると瞬く間に、俺たちの周りが霧に包まれる。

 だが、霧に包まれているからといって視界が悪くなったわけではない。

 マジックミラーを応用した視界遮断魔法。

 こちらからはしっかり見えるが、相手側からは見えづらくなる。


「負担が減った、切り込め海堂!」

「うっす!」


 手元の盾から感じる圧が軽減し、石化の魔眼を減衰させたことを感じた俺は海堂に向けて指示を出す。

 白銀の刃を煌めかせ、シュルルと移動する黒い影の一体に切り込む。


「アミーちゃん、こっそりと頭刺してきてほしいけど、できるでござる?」

「OK!任せるネ!」


 そして、目立つように戦う海堂にバジリスクの意識が集まった瞬間に、アメリアはスタッとかるい足取りで宙を舞い、闇の中に紛れ込む。

 まるで暗殺者のような軽やかな彼女を見送って、こちらも仕掛ける。


「さて、攻めるでござるか。勝、閃光弾投げたら次に催涙弾でござるよ~」

「わかった、数はどうする?」

「二時の方向に閃光弾二つと八時の方向に一つ、催涙弾は一つずつでいいでござるよ~」

「わかった」


 バジリスクの脅威はその石化の魔眼と猛毒。

 その二つを熟知している南はまず最初に目を潰しにかかる。

 海堂が派手に戦い、二匹のバジリスクが釣れた。

 隠れているのか、あるいはタイミングを計っているのか、残っているバジリスクは南の探知にかかる限り三匹。

 その三匹が潜むポイントに向けて勝がソフトボールほどの大きさの球体を投げる。


「発光と同時に北宮は魔法の一斉射でござる」

「割り振りは?」

「半々でいいでござるよ~」


 まるで詰将棋だ。

 いつ相手が動くか、ここのモンスターにはゲームと違い行動パターンなど存在しない。

 だが、南から見ればそれがわかるかのように先手先手と事前情報に基づいた自身で思う対策方法を打っていく。

 タイミングを見計らっていたバジリスクの場所に勝が投げた球体が転がりそして発光。

 瞼を閉じ、瞳を保護しようとしたが、すでに強烈な閃光を見てしまった。

 目が痛み、石化の魔眼は一時とはいえ封じられたバジリスクに追い打ちをかけるように北宮が放った氷の槍が降り注ぐ。

 血しぶきが上がり、苦悶の声が上がる。

 これだけでは致命傷にはならない、そして目を潰しダメージを加えられたバシリスクの怒りに拍車をかけるようにさらに目の前に球体が転がってくる。

 瞼を閉じているバジリスクは思った。

 馬鹿めと。

 同じ手が通用するかと思っていた。

 瞼の中の瞳はまだ痛むがいずれ回復する、攻撃に激高し襲い掛かってくるものだと思われていたことに嘲笑い。

 転がってきた球が光った後にでも襲い掛かってやろうと算段していた。

 だが、そのバジリスクの思いに反して出てきたのは煙だ。

 それも。


『グルァ!?』

「お、大当たりでござる」

「あんた、容赦ないわね」

「敵に情けをかけるな、ダンジョン内での常識でござるよ」


 呼吸器系を潰しにかかってくるほど強烈な痛みを発する粉塵。

 余裕をこいていたバジリスク三匹は、その煙をもろに吸い、強烈な痛みに悶える。

 その成果を悶えた声が上がることによって悟った南を適宜海堂へと支援攻撃を飛ばしている北宮は呆れたように見る。

 目を潰され、攻撃を浴び、鼻と喉を潰された。

 そんな状況になってもバジリスクはまだ諦めていなかった。

 バジリスクは他の竜種と違い、蛇の特徴も兼ね備えている。

 それはすなわち温度で相手の居場所を探れるということ。

 ここまで虚仮にされたのだ。

 ただではすませないと。

 痛む箇所をこらえ、魔力で強化されたその感覚を頼りにバジリスクは北宮たちに一斉に襲い掛かった。

 しかし。


「はい、詰みでござる。リーダー、北宮」

「おう」

「はいはい」


 そんなことを南が予想していないわけがなかった。


「甘いでござるよ~その感覚はあえて潰さなかっただけでござる。こっちは労力の削減、エコを目指しているんでござる。拙者たちから闇雲に攻め込むなんてナンセンスでござるよ」


 チッチと右手の人差し指を左右に振る南の脇を通り過ぎ、迫ってきたバジリスクの三匹の頭をそれぞれブロック。

 そのうちの二体を盾を使って頭をかちあげてやる。


「いい場所ね次郎さん」


 タイミングはばっちりだ。

 跳ね上げた場所に二本の氷の斧が控えており、見事にバジリスクの首元に振り下ろされ切断。

 そして、残った一匹は。

 ガキンと縦に割れた俺の盾のギミックの餌食になってもらおう。

 盾から生えた二本の刃はクロスし、その巨大なバジリスクの首を捉える。


「ハサミってのはな、立派な武器なんだぜ?」


 最後に残ったバジリスクは首の下から刃に挟まれ、そして俺が腕に力を籠めるとジャイアントが鍛え上げたその刃はまるでマシュマロを切るかのような感覚でその首を切り落とすのであった。


「向こうも終わったでござる。う~ん、完勝でござる」

「封殺ってほうが似合う気がするけどね」

「怪我がないことは良いことですよ」


 そして振り返れば、海堂に気を引かれていたバジリスクがアメリアの奇襲を受けて瞬く間に狩られていた。

 八首のスカルドラゴンへの前哨戦としては物足りないかと思うが。


「ま、ウォーミングアップにはなったかな?」


 体をあっためるには十分な戦いであった。



 今日の一言

 事前確認はしっかりと。


面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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