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297 さて、いざ買い出しに行くと懐かしいものを見つけるときがある

 仕事をするにあたって事前準備は極めて重要だ。

 営業職とかであれば、プレゼンの準備と言えばわかりやすいだろうか?

 これからやるための下知識を身に着け、現地に行き教えを請い、そして培った経験で資料を作り上げる。

 その成果がプレゼンという形で表舞台に立ち、そして飛翔するか地に落ちるかの二択に挑むのだ。

 より準備している方が成果を出し、手を抜けば抜くほど求めている結果から遠ざかる。

 それは理解している、理解しているのだが………


「この買い付けリストの量はどんなんだよ」


 俺はA4用紙数枚の買い物リストを溜息を吐きながら承認するも、仲間たちのいざとなったらの行動力に少しだけ呆れていいのか感嘆すべきか悩んでしまう。

 このリストに載る品々は説明を受け、俺の中でも納得ができたからこそ買うことを決意した。

 末尾に記載された購入総額はかなりの額になってしまっている。

 そんな金額を叩き出した面々と言えば?

 だいぶ白熱した購入会議だったせいで、普段は冷静な北宮も今は俺の前に並んでいる列に加わり照れくさそうに横を向いている。

 そして海堂と南は愛想笑いでごまかそうとして、アメリアと勝はやりすぎた自覚が如実に表れ苦笑を浮かべている。


「まぁ、仕方ないが………これだとメモリアに全部頼むのは厳しいな」

「へ? 無理でござるか?」

「ああ、いくらメモリアの実家が大商人だとしても、メモリア自身が経営しているのは雑貨店みたいな店だからな。ポーション類と消耗品、マジックバッグはともかくとして、他の魔道具と武器や防具、あとは特殊な薬品とかになるとその専門の店に行った方がいいだろうな」


 ざっとリストを確認する限り、色々と特殊な品も多い。

 このすべてをメモリアに頼むことは可能だろうが、メモリアの店にない物は取り寄せになり時間がかかってしまう。

 それは非効率だ。

 なんだかんだで俺たちはメモリアの店を頼り、武具といった無理そうなときは別のなじみの店というスタイルで今までやってきた。


「となれば、効率よく分かれて買い出しをしないといけないわけだが………」


 今回は全てのなじみの店を回る勢いでやらねばという判断を出した時、目をキラキラと輝かせる人物が約二名。

 一人は当然南だが、もう一人が意外だった。


「アメリアそんなに楽しみか?」

「うん! こんなにたくさん買い物するの初めてだからネ!!」

「っく、この純粋な笑顔が眩しいでござる!?」

「あんたの心が穢れてるからでしょう?」

「がは!?」


 目の輝き方のベクトルが対照的な二人だ。

 南は大金を持たせてはいけないタイプだ。

 真面目なときは良いかもしれないがちょっとした下心を抱いたらとんでもないものを買っていそうだ。

 対してアメリアの場合はなんと言えばいいのか。

 必死にお金をためて一括で目標の車を買える少年のような瞳だろうか?

 純粋に今回の買い物を楽しみにしている。


「とりあえず南、起きろ」

「うう、胸が、胸が痛いでござる」

「これを機に自分の行いを悔いろってことだな」

「でも拙者は負けないでござる!!」

「へこたれない奴め」


 胸を押さえ崩れ落ちていた南に普段の行いを指摘してみるが、そこはそれと復帰を果たした南に苦笑してからリストを眺める。

 そしてふむとうなずいてから。


「海堂と勝それと南で消耗品関係を頼む、メモリアのところで買えないこまごまとしたものを買ってくれ、俺と北宮とアメリアで魔道具を買ってくる」


 二手に分かれる班編成を言う。

 その判断に反対の声を上げる者はいなかった。

 全員が了解の返事を返す。


「それじゃ、往くとするか」


 そして決まったのなら善は急げと俺たちは地下施設へと移動する。

 全員で連れ立って地下施設に向かう道中はいたって平和。

 だったら良かったのだが。


「先輩、なんか俺たち見られてないっすか?」

「見られてるな、ま、社内でのトップテスターパーティってことになってるんだ。視線くらいは集めるだろう」


 部屋から出て数分。

 周囲から集まる視線に女性陣の表情が若干不機嫌なものに、男性陣の方は敵意以外に若干鈍感な海堂がすっとぼけた反応を見せ、勝は少し居心地が悪そうに。

 そして俺と言えば気にせず皆を引き連れ進む。

 恐らく六人で移動すれば視線と視界には入る。

 そしてそれがある程度有名ならそれを自然と目で追ってしまうのも仕方ない。

 アイドルといった有名人はこんな気分なのかと思いつつ進んでいく。

 この視線の大半は研修中の新人たちだろうとあたりをつけ、川崎辺りが出てきたら面倒だと思い足早に進む。


「いやぁ、俺たちも有名になったっすねぇ」

「俺からすれば視線の質が変わって違和感しかないがな」

「………」

「ああ、すまん。北宮を責めてるわけじゃねぇよ。もう過ぎたことだ」


 注目されているということに浮かれている海堂になんとなく答えた内容が北宮を責めているような形になってしまいすぐに訂正する。

 単純にふと思ったことを口にしただけだ。

 入社したての頃、ソロでやっていた俺への視線は感じていてあまり心地いいものだとは言えなかった。

 だから、その視線が立場が変わっただけでここまで変わるものかと思っただけだ。

 気分の良くない視線を送っていた側であった北宮と今では一緒にダンジョン攻略をしている。

 人間関係などちょっとしたきっかけで変わる。

 そう思っただけだ。

 他意はない。

 ヒラヒラと手を振って行くぞと言えば北宮を含めた残りのメンバーも後に続く。


「さてと、それじゃ各自無駄な買い物をするなよ」

「わかっているでござるよ、ただリーダー、別に掘り出し物があったら買ってもかまわんでござろう?」

「決め顔で言われても誰が許可するかボケ」

「はぁわ!?」


 そして地下施設について別れようとした際にボケをかました南にチョップを放つ。

 頭を抱え、うずくまる南を脇目に集合場所だけ伝える。


「海堂、そっちの買い物が終わったらハンズの店に集合で頼む」

「了解っす!!」


 ゲームとは違い武器や防具はそれぞれの個性に合わせて購入しなければならないので買うのは最後だ。

 そのため先に買うべき消耗品やポーションはもちろん、強化魔法の魔力節約のための強化薬、爆弾のような消耗品の魔道具、護符といったサポート用品。

 百貨店のように何もかも揃っているようで商店街のように連なっているこの施設。

 いくつかの店をはしごしないと用意したい代物は揃わない。

 なので再度南に釘を刺してから、俺は北宮とアメリアを引き連れて買い出しに行く。


「そういえば、北宮」

「何かしら?」

「あれから勝とはどうなったんだ?」

「………」


 そこで雑談がてら勝との関係の進展を聞いてみたが、彼女は照れるでもどもるでも慌てるでもなく、そっと視線を逸らすだけだった。

 暗に聞かないでと言っている北宮。

 まったく進展がないのだろう。


「すまん」


 なので俺は素直に謝った。


「謝らないでよ、冷静に考えれば透以外に恋愛したことなかったのよね」


 そして少し寂しそうに恋愛経験の無さを暴露していく北宮にそれ以上傷口を広げるなとそっと肩を叩くのであった。

 現状勝の精神は落ち着いているが、それでも治ったわけではない。

 かといって南と北宮の恋路を強引に進めるわけにもいかないので今はただ見守るだけだ。


「ところで、アメリアはどうなんだ?」

「私?」

「ああ、現役の女子高生だろ。浮いた話の一つや二つあるだろ。気になる男とかな」


 言い方が親父臭いかもしれないが、この際場の空気を入れ替えるためだ仕方ない。


「そう言われると、アミーの恋愛って私も聞いたことなかったかも」


 男の俺から振るのは少々勇気がいるがこの程度なら大丈夫だろと話の流れをそのままアメリアに振ってみる。

 その話題に北宮も乗り気でどうなのとアメリアに聞く。

 おかげで話の流れはアメリアに移り、彼女は腕を組み首を傾げしばらく考えるような仕草を見せる。

 その仕草に何か心当たりがあるのかと俺と北宮は期待を寄せてみる。


「ん~イナイネ!」


 そんな期待をあっさりと裏切ってみせるのがアメリアだった。

 しばらく悩んだ後、アメリアの口から出たのは否定の言葉だった。


「え? まったく? カッコいい人とか」


 同じ女性として気になるのだろうか、北宮がアメリアに少しツッコんで聞いてみるが。


「私最近まで友達がいなかったんだけど、前の拉致事件があったときから友達増えたんだ。男の子とも仲良くなったけど、みんな子供っぽくてこれって思うような子がイナイネ!」


 そんな北宮に返したアメリアの言葉に、ああ、と納得した。

 これは仕方ないかもしれない。

 年上が多い職場柄、アメリアは基本的に自立したあるいは現実をある程度見ている大人を判断基準に据えてしまっている気配がある。

 だからだろうか、容姿の整っているアメリアを彼女にしたら自慢できるといった感情や恋に恋している同年代の輩の恋心に冷めた反応を返してしまうのだろう。


「それに! 今はカレンちゃんやジロウさんと色々なことをやっている方が楽しいから問題ないネ!」

「そうか」

「それでいいのかしら?」


 そんな末っ子ポジションの彼女が将来的にキャリアウーマンになり生涯独身を貫いてしまうのではとこの時不安の片鱗を垣間見るのであった。




 そんな雑談をしながら一つずつリストの品物を揃え入れられる物はマジックバッグに詰め込み運んでいるので全員が手ブラだ。


「ハンズ、いるかい?」

「お、次郎じゃねぇか。金落としに来たのか?」

「そんなところだ」

「お、珍しいじゃねぇか」


 そして俺たちの方が早く着いてしまったようで店の中に入っても海堂たちの姿はない。

 店の奥で何やら作業していた巨人族のハンズが重そうな足音を立てながらカウンターから出てくる。

 いつも通りの厳つい顔に厳つい巨体。

 変わらず元気にしてそうで何よりだと笑ってやれば向こうも口元に笑みを浮かべてくる。


「今度竜王のダンジョンに挑むことになってな。そのためにパーティーメンバーの武器を新調しようと思ってな」

「お、ついにか、竜相手なら武器はしっかりと用意しないとな!」

「変な武器押し付けるなよ」

「しねぇよ、というかできねぇよ。エヴィア様のお達しでな。あの事件のせいで魔剣関係を売る際は書類申請しないといけなくなったんだよ。ったくよめんどくせぇ」

「こちらとしては、再発防止でありがたいところだがな」


 そして俺たちが武器を買うと知れば、機嫌も上がる。

 ハンズは厳つい顔に笑顔を浮かべ俺の背中を叩く。

 その時に魔剣の押し売りはするなと遠回しに注意してみると、少し嫌そうな顔をして簡単に魔剣が売れなくなったと愚痴ってきた。


「うちの看板商品が売れないんだ、頼むぜ」

「あんたの所の品は信用してるからな、久しぶりにでかい買い物をさせてもらうさ」

「ガハハハ、ならよし!」


 ガシガシと重い張り手を背に受けながら、ハンズの愚痴を聞き流し勝手に回復した機嫌を境に俺も店内を見る。

 勝手知るなんとやらでハンズに挨拶だけして武器を見に行った北宮たちを脇目に俺も少し時間つぶしに武器を見ようと思ったが。


「おい、ハンズ、あれはなんだ?」

「あ? 見てわかるだろ」

「いや、わかるが」


 この前来たときはなかったコーナーが増えていた。

 そしてその内容を見てつい思わず、ハンズにツッコミを入れてしまった。


「あれ、鉱樹だよな?」

「おう! お前が有名になってくれたおかげでな、売れるかもと思って用意したんだよ」

「シリーズものになってるのはどういう意味だ?」

「いろんな種類があった方が便利だろ?」


 鉱樹シリーズと銘を打ったコーナー。

 ガラスケースに入った代物は見間違うことのない存在、鉱樹であった。

 ただ違うのは一本だけこさえられていた当時の鉱樹と違い、そのジャンルが増えていた。

 俺が買った大剣タイプはもちろんだが、短剣タイプに斧タイプ、弓タイプに、杖タイプ、各職業に対応したラインナップが揃っていた。


「おい、大丈夫なのか? 鉱樹ってまともな剣になるのが何千本に一本の確率だろ?」

「笑って泣かされる準備は万全だ」

「………ったく」


 そんなギャンブル武器をこんなに用意してどういうつもりかと聞けば、俺が鉱樹を使っているからもしやそこに強さの秘訣があるのではと思う輩がいるに違いないと踏んで用意したのがこの鉱樹シリーズ。

 万が一クレームが入っても大丈夫なようにハンズが指さした先には注意書きと銘を打った看板が設置されている。

 きらりとサムズアップしながら輝くハンズの歯を見て俺が言えるのはただ一言。


「商魂たくましいこって」

「それが俺だからな!」


 ガハハハと笑うハンズの声をBGMに一年前の俺を思い返すのであった。


 今日の一言

 懐かしく思うような一品が店にあるとうれしくなる。


面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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