295 一度見直すという行程も重要だ
「はぁ、どうにか、脱出できた、か」
ダンジョンの出入り口から体を引きずり出てきた俺の体はまさに満身創痍だ。
右腕は動かずだらんとぶら下げながら、後半から痙攣して動かなくなった左足を引きずって、軋む体に鞭打ってどうにかダンジョンから脱出できた。
脱出してそこでようやく出入り口にある時計を見れば時刻は夜の七時過ぎ、朝方から入っていたのでかれこれ八時間以上ダンジョン内にいたことになる。
骨でできたヤマタノオロチの胸部から放たれた最後の魔力の奔流を受けた時は、あ、これ死んだわと諦めた。
だが、日常での教官たちのしごきのおかげか、耐久値が爆上がりしていたステータスは伊達ではなく、魔力障壁を突き破ってきた竜の攻撃を生身で耐えきる日が来るとは思わなかった。
我がことながら、しぶとく生き残ったと感慨にふけるよりもなぜ生き残れたと疑問を抱く方が先に来る。
そんな疑問符を浮かべつつ、被害を振り返る。
肉体的被害以外を述べれば装備が致命傷だろう。
防具という防具は消し飛んでしまった。
現在自分を包んでいるのはあちらこちら傷んだ防具の下に着こむ剣道着のような着衣くらいだ。
最後に受けた攻撃の威力が距離が離れれば離れるほど減少したのが幸いして、インナーまで被害は及ばなかったのだ。
そんな攻撃でも魔力体から通常の肉体に戻って体のあちこちが痛むが………。
さすがに全裸で移動するのは勘弁願いたいので、方角も良く出口付近まで吹き飛ばされたことに感謝する。
「さて、まずは………医務室だな、っ!?」
ようやく安全圏に避難できたことで気が緩んだ。
ふらりと疲労とダメージにより意識が一瞬落ちそうになった。
どうにか壁に寄り掛かり、転倒こそ避けたが、まずい状況に変わりはない。
訓練とは違うダメージ、回復しなければという体の悲鳴に従いノロリノロリと歩き出す。
医務室とダンジョンの入り口は近い。
というより、社内には複数の医務室がありダンジョンの入り口の隣にもある。
怪我してきたダンジョンテスターが即座に治療を受けられるようにと考慮した結果の配置だ。
「治療を、頼む」
ノックも何もない。
病院の受付というより、設備の良い保健室のような部屋に入って、そこで俺は力尽きた。
残った気力で扉を開き、倒れこむように医務室に入るまでは意識はしっかりしていたが、ぐらりと崩れ落ちたのだ。
怪我はなくとも、魔力体から生身に戻った際のダメージの反動がきつい。
魔紋で強化した肉体なはずなのに、疲労がどっと押し寄せ体が熱を持ち、指一本動かすのが億劫になる。
慌てて駆けよる叫び声と共に、バタバタと聞こえる足音。
それによってどうにかうっすらと意識を保つ。
そして直後にかかる暖かい魔力、おそらく回復魔法を俺にかけてくれているのだろう。
その暖かさに、瞼が何度か落ちそうになる。
「まったく、どうやったらこんな状態になるんですか!」
「竜のブレスを受けて帰ってきた」
恐らく愚痴だろうが、意識が朦朧としている現在の俺はそれが問診だと思い、素直に回答したが、返ってきたのは。
「はぁ!? 竜のブレスって、このダメージの蓄積の感じだと上位種でしょう!? なんであなた生きているんですか!? そんなの受ければ普通は集中医療室に転移されるでしょ!? なんで普通に歩いてここに来るんですか!?」
悲鳴とも呆れとも取れない医者の叫びだった。
うるさいと頭の片隅で思うも、治療が進み段々と意識がはっきりする。
ある程度応急処置が終わると、肩を左右で支えられベッドに運ばれそこでも治療を受ける。
その間にもいくつか聞かれるが、そのたびに呆れの混じった答えが返ってくる。
そうこうしているうちにダメージが抜け、意識もしっかりし始める。
「はぁ、私も長年医者をしてきましたがまさか竜のブレスを浴びてくる患者は初めてですよ。ダンジョンテスターは皆こうなんですか?」
意識がしっかりし始めて見えたのはやれやれと顔を横に振りながら俺の治療をしてくれている優しそうなおばさんのダークエルフだった。
白衣を着ているダークエルフの医師は、左右の手から優しい光を俺へと降り注いでくれている。
「魔力体から戻ってからの反動ダメージだからこそこの程度で済んでますが、それでもひどいダメージですよ。仮に肉体にそのままのダメージが残ってたら、右腕以外に、骨折が二か所、あばらと左足の脛ですね。罅五か所、左手の甲と右足の足の指の付け根二か所、左のあばらも二か所ひびが入っているでしょうし、加えて魔力欠乏に、全身に火傷、内臓も痛んでいて、誰が見ても重傷です。恐ろしいことにその反動を受けても回復できる範囲に収めている耐久値と回復力は常人を超えています」
そして一通り治療を終えると、ベッドの脇にある椅子に座り机へ向かうとカリカリとカルテを書く。
その医師の顔は困惑。
入院が必要だと言われるような怪我をわずかな治療で問題ないと言わせる俺の体質が異常だと言う。
医者としてそれはどうなのかと思うが、最後に治療後の診察で問題ないと、二、三度同じ個所を確認され首を傾げられ、ダークエルフの医者は帰っていいと言う。
「ありがとうございました」
「念のため回復用のポーションを渡しておきます。体が痛むようならそれを飲んですぐに最寄りの医務室に行くように………あと、怪我をするような仕事を我々が願っている身でこんなことを言うのもなんですが、怪我には気を付けるように、くれぐれもこんな重傷になるようなことは避けるように」
頭を下げ礼を言うと、ダークエルフの医者は二度も念を押し俺を送り出してくれた。
手渡された紙袋の中には見慣れた瓶が三本入っている。
それを確認した俺は再度頭を下げ、その日は心配したスエラたちに説教を受けるのであった。
そんな体験があったとほのぼのと語ってみたが、海堂たちの反応は似たようなものだった。
苦笑、半笑い、作り笑顔、好きな言い方で構わないが、一律して言えるのは全員一歩引いていることだ。
「ということがあってな、ぶっちゃけて一人じゃ鉱樹を取りに行くのは今の俺じゃ無理だ。ということで」
スエラたちに説教されたところまで語り終えた俺は、笑顔でサムズアップし竜との戦いにドン引きしているパーティーメンバーに向けて笑顔で言ってやる。
「みんなで一狩りしに逝こうぜ!」
「いや、あからさまに字が違うでござるよね!? 拙者のさっきの効率厨の台詞が可愛く聞こえるほどリーダーの言葉がヤバく聞こえるでござるよ!!」
「安心しろ、俺一人でも生き残れた、ならみんなで逝けばきっとできるさ!」
「爽やかに言ってもダメっすよそのセリフ!! どう聞いても死亡フラグにしか聞こえないっす!! あと字、字が違うっすよ!?」
パーティールームの雰囲気は一気に騒がしくなる。
それもそうだろう。
俺が誘っているのは人外魔境へのツアーチケットだ。
そんなツアーに好き好んで参加するほど、こいつらは戦闘狂ではない。
俺? 俺は、鉱樹を取りにいかないといけないからな。
開き直ってんだよ。
言うだろ? 人生楽しんだ方が勝ちだって。
「まぁ、きっとダンジョンに挑んだら竜王が飛んでくると思うけど、俺たちは教官たちで将軍たちと戦うのは慣れているからきっと大丈夫!」
そんな考えで語ってみたが、反応は芳しくない。
しかし、こいつらの反応など予想の範囲内。
「そんな言葉で騙されるわけないじゃない!! 要は魔王軍最強の竜と戦うことが決定しているってことでしょ!!」
「そうとも言う、だが冷静に考えろ、俺はお前たちには経験してほしいと思っての言葉なんだ」
「Out! そう思っているのならきちんと私たちの目を見て言うネ!」
北宮とアメリアの反論に俺はつい視線を逸らしてしまう。
まぁ、俺も結構無茶言っている自覚はあるからこの反応は仕方ないし戦った身としてあんな規格外と可能なら戦うのは遠慮したい。
俺でも上司からこんな無茶振りされたらさすがに苦情の一つや二つは出る………いや一つや二つじゃすまないか。
ありとあらゆる手を駆使してこの話を回避するな。
「勝も、そう思うか?」
「ええ、さすがに今回は僕も………」
そんな相手の気持ちが手に取るようにわかる反対ムードの中、俺はそうかとなら仕方ないと言う。
「当然でござる、さすがに今の状況でボス戦なんて無理でござるよ」
「まぁ、鉱樹のことは残念すけど命には代えられないっすからねぇ、うちのダンジョンは死にはしないっすけど、死ぬほど痛いっすから」
「次郎さんには同情するけど、次郎さんの言った通りこれも経験だって思えばいいんじゃないかしら?」
「Yes! カレンちゃんの言う通りだよジロウさん! 元気出すネ!」
「今日は何かおいしいものを作りますよ」
そんな俺の態度に俺が鉱樹を諦めたかと思ったのだろう。
皆が皆、ほっと安堵のため息を吐き俺を元気づけようとしてくれている。
そんな態度を見て、申し訳ないと思うがそれはそれこれはこれと心を鬼にして、内心で黒い笑みを浮かべる。
「まぁ、そうだよなぁ、ただまぁ俺としてはあきらめがつかないから何度か挑戦しに行くか、一人で」
「リーダーも諦めが悪いでござるねぇ。まぁ、拙者は止めないでござるよ。頑張るでござるよ~拙者が応援してるでござる」
「ほどほどにした方がいいっすよ? 体を壊したら稼げないっすから」
俺を慰めるなんて態度はからっきし見せない南と海堂、その表情は俺があきらめてはいないが納得はしてくれたと思ったのだろう。
「そうか、ああ、わかった。なら仕方ない。遠慮なくこの儲け話は独り占めさせてもらうぞ」
「「「「「は?」」」」」
そんな雰囲気をぶち壊すように俺は一枚の紙を机の上に置く。
突然の話題転換についていけないパーティーメンバーはとりあえず俺が置いた紙を見る。
「またまた、なんでござる、くぁ!? これ!? ええ!?」
「買取詳細っすか? ええと、値段は一、十、百、千、ええ!? っちょ、なんっすかこれ!?」
その紙に一番近い南と海堂は目玉が飛び出るほど驚く。
「ちなみにそれ、防具を買いなおして余った金だからな」
「ええ!? 収支プラスって話じゃないっすよこれ!!」
「そうでござるよ!! 利益三千万オーバーってなんの冗談でござるか!?」
「いやぁ、竜の素材って儲かるんだなぁ~中々いい稼ぎになった」
それもそのはず、俺もメモリアに買い取ってもらった際に数え間違えたのかと思った。
あの戦いで、俺は防具は失ったが腰の後ろにつけていたポシェット型のマジックバッグは死守していた。
これは二立方メートルほどの空間を内包したものでそこそこの値段がしたが、持つべきものは嫁さんだ。
メモリアに頼んで状態の良い中古品を安く売ってもらったのだ。
性能としては倉庫のようなもので仕切りもないので入れたものはすべて混在してしまうのが難点だ。
おかげで咄嗟に何かを取り出すには不便だが落ち着いてゆっくりと取り出すのならなかなか便利な代物だ。
口のサイズに反して容量内であればなんでも入る一品だ。
「嘘でしょ?」
「ハハハ、私、疲れてル?」
目を見開かせる北宮、目を擦り現実かどうかを確認するアメリア。
各々のリアクションに満足しつつ俺はさらに一つの事実を付け加える。
俺が倒した竜の素材、実は今かなり暴騰しているという事実を。
「この前の反乱で軍にもかなり損害が出てるらしくてな、戦時利益ってわけではないが軍備補強のために市場にある高級な魔物の素材を買い上げててどこも不足がちになってる。おかげで通常の魔物の素材も若干高くなっているんだよ。その中でも需要が高い竜種の素材が平時の五倍近い値段になっている始末だ。もともと高級な素材が五倍だぞ? メモリアの予測ではあと半年はその値段が続くと踏んでいるらしいぞ」
「「「「「………ゴクリ」」」」」
そんなマジックバッグの中は先日の反乱からの復旧のおかげで正に黄金の山と化した。
ダンジョン内で大量の竜の素材を入手していた俺、マジックバッグ内にはブラッド種の素材も豊富にある。
竜たちとの戦いで防具一式は破損し消失した。
なら新しい鎧を買わねばと急な出費に泣きそうになっていた際に、メモリアに素材を売った時は夢かと思ったよ。
たった二立方メートルが満杯になっただけで、四千万近くの利益になった。
防具を買いなおして目減りしたと言っても、日給換算したらとんでもない額だ。
三日も潜れば億単位が約束される。
ファンタジー物の小説とかで竜種の素材が高値で取引されているのを聞くが、まさか現実で体験できる日が来るとは。
さすがに下級種の値段はあまり高くない。
ほとんどが、峡谷を下った先にいたブラッド種の竜種の素材だ。
弱い竜を狩っても利益は少ないが、強い竜なら話は別だ。
ハイリスクになればなるほどリターンもでかい。
加えて強くもなれる。
ステータスを確認したら、俺のステータスもかなり伸びていた。
こんな話、怪しいショッピングや悪徳商法でもない限り聞かないような内容だ。
アワワワと騒いでいた海堂と南も今では北宮たちと一緒に、売値の詳細をじっくりと凝視し、ゴクリと生唾を飲んだ。
「さて、そうと決まればしばらく俺は単独行動を取らせてもらうわ。金があってもあの鉱樹は買えないからなぁ、色々と準備をしないと」
そんな奴らの前に俺はわざとらしく言葉を残し、よっこらしょと立ち上がる。
そして部屋から出ていこうとしたが、ワシと服を掴まれる。
その掴んだ面々を見れば、誰も余すことなく全員が俺を止めようと手を伸ばしていた。
釣れたと満面の笑みを浮かべた俺は。
「それじゃぁ、みんなで狩りに逝くか」
とサムズアップしてやれば。
他のメンバーも笑顔でサムズアップを返してくれるのであった。
今日の一言
情に甘えず、きちんと利益を提示しろ!!
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。