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288 春になり新しいことに挑む

「竜王のダンジョンでござるかぁ。確かに拙者たちはあのダンジョンを意図的に避けていたでござるが」


 先日のエヴィアさんのアドバイスを参考に、今後のパーティー方針を決める際に俺は竜王のダンジョンに挑んでみないかと提案した。

 竜とはファンタジー世界での最強の代名詞。

 場合によっては当て馬にされるときもあるが、弱い存在として描かれるケースは少ない。

 常に強者の立ち位置にいる存在に挑むことはどんな形であれ糧になることは間違いない。

 最初のころと比べだいぶ強くなったここで、一旦自分たちの実力はどこまで挑めるのか確認すべく提案したところ、

 南は思案顔になり腕を組み悩み始めた。

 この提案に対して芳しくない答えが返ってくるのはなんとなくだが予想していた。


「次郎さんの言いたいことはわかるわ。今の私たちはある意味スランプみたいな状態だわ。その状況を打開する意味合いでも新しい場所に挑むというのは理解できるわ。けど」

「竜王のダンジョンはやりすぎか?」

「そうとは言わないわ、ただ、いえ、それも言い訳ね。ただ単純に自信がないだけよ。自分の実力が通用するか不安、それだけね」


 意味合いは違うかもしれないが南も北宮も俺の提案に即答できない。

 先ほど北宮が言った通り、スランプ気味になっているのが自信をグラつかせているからだろう。


「他の皆はどうだ。俺としては今のパーティーならできると思って提案した。だが、無理にとは言わない」


 竜という名は名前を聞くだけで尻込みするほどのネームバリューを持つ。

 そんな存在と戦う必要を彼女たちも感じているのは確かだ。

 だが、今かと言われれば疑問に思ってしまうのだろう。

 俺の言葉に南や北宮だけではない、海堂にアメリア、そして勝も皆思案顔を浮かべている。

 その雰囲気に早まったかと少し後悔しそうになった。


「いや、拙者が悩んでいるのは戦うか戦わないかという悩みじゃないでござるよ。むしろその二択なら拙者は戦うべきだと思うでござる」


 だが、そんな雰囲気を入れ替えるように南が追い風を吹き込ませた。


「拙者の見立てはリーダーと一緒でござる。リーダーがいる時点で拙者たちは間違いなく竜王のダンジョンでも戦えるパーティーでござる」


 南が少し真面目な表情で口を開き、人差し指を立てて戦うこと自体は問題ないと言う。

 普段は海堂と一緒におチャラけている南であったが、たまに見せる真剣な表情は彼女が真面目な話をするときの表情だとこの場の面々はわかっている。

 なので自然と彼女へ視線が集まる。


「拙者が心配しているのはリーダーを抜いた状態になったときの話でござる。言い方は悪くなるでござるが拙者たちは戦力的にリーダーに頼っている部分が多すぎるでござる。実力的効率的に考えていたら今の編成がベストなのは事実でござるが、いつまでもそれを許容していいのかと拙者は悩んでいるでござる」


 ソファーから立ち上がり、リビングに常備しているホワイトボードの前に立った南は、ペンを持ち円グラフを書くと、俺が六割ほどそして残り四割の部分に南たちの名前を書いた。


「一対一なら負けないでござろうがダンジョンの特性上それは稀でござる。なら相手は群れであることが前提でござる。そんな相手にリーダーという突破力が欠けた拙者たちじゃすぐにへばってアウトでござる。おまけにさらに強い個体が出てきたときに対処できるかも怪しいところでござる」


 それが今現在のパーティーの戦力図だと彼女は説明し、その説明に異論を唱える人はいなかった。

 俺もその一人だ。


「それだけではないでござる。言ってはなんでござるが、このままいけばリーダーの成長の足かせに拙者たちはなってしまうかもしれないでござる」


 黙って南の話を聞いていると彼女はもう一つの懸案事項を提示してきた。


「………」

「先輩の足かせっすか?」

「そうでござる」

「どういうこと?」

「勝君、わかる?」

「いや、わかんない」


 俺は彼女が言ったことに無言を貫き黙秘をした。

 彼女が言いたいことを理解していたからだ。

 他の皆は南の言いたいことを理解できず、顔を見合わせどういうことかと確認してきた。

 ちらりと南が俺の方を見た。

 その視線の移動に他の面々も俺を見た。


「リーダー、今回の竜王のダンジョンへの挑戦、拙者たちのレベルアップのためでござろう?」

「………もともとそうだと言ったはずだが?」

「本当ならこの話、リーダーのレベルアップのチャンスのはずでござるよね」

「そうなる予定だな」

「リーダー一人なら、結構深い部分まで潜れるでござるよね?」

「かもしれんな」

「その態度、リーダー実際に一人で潜ってきたでござるね?」


 周囲の視線が集まってきたと思った後に断定口調に近い疑問形を投げかけてきた南はすでに確信に近いナニカがあったのだろう。

 ポンポンと俺を追い詰めるように話は進み、詰将棋のように俺の隠していた部分をさらけ出す。

 その言い方に俺は観念するかのように後頭部を荒っぽく掻く。


「俺一人だけ強くなっても意味ないだろ?」

「そのせいでリーダーのレベリングが遅くなるのもよくないでござるよ」

「どういうことっすか? イマイチ要領を得ないんすけど」

「リーダーは拙者たちが集まれない時間を見計らって一人でダンジョンに潜っていたんでござるが、気づいてしまったんでござるね。今の段階だとリーダーひとりの方がダンジョン攻略を効率的にできてしまうことに」

「………はぁ、南、大人ってのは言わなくていい部分もあるんだぞ?」


 せめてもの抵抗に言った言い訳も南はバッサリと切り捨ててしまった。

 南が悩んでいた部分それは。


「だってそうじゃないでござるか!! レベルを上げられるのに上げないなんてゲーマーとしておかしいでござるよ!!」

「言い方、それと俺はゲーマーじゃなくてテスターな。さっきまでのシリアスをぶち壊すような言い方。ったく、なんでお前はシリアスを続けられないんだ」

「それが拙者だから!!」


 ドドンとドヤ顔付きで胸を張る彼女に俺は溜息を吐くしかない。

 俺がパーティーメンバーとの実力差が開くのを気にして歩調を合わせるように戦闘回数を減らしたことが南にとって許しがたい行為だったらしい。


「ええと、つまり、南ちゃん的には先輩が強くなれるのにならないことに怒ってて、先輩はこれ以上俺たちと差が広がらないように配慮してくれたってことっすか?」

「それもある」

「それもってことは別の理由もあるってことっすよね?」

「ああ、実はな」


 一昨日の話だ。

 エヴィアさんのアドバイスの下、俺はまずは手始めにと竜王のダンジョンに一人で挑んでみたのだ。


「相変わらずここは広いなぁ」


 竜王のダンジョンは他のダンジョンと一風違うダンジョンだ。

 いや、もはやダンジョンと言っていいのかわからない。

 かの竜王のダンジョンは階層のないワンフロアタイプのダンジョン。

 その広大な敷地に竜族の全戦力を配置したダンジョンだ。

 渓谷という人間が進行するには険しいエリアに、そのずば抜けて高い身体能力をもつ竜を各地に配置する。

 それによって縄張りを作らせ防衛網を構築している。

 おかげで俺たちテスターはどこにあるかわからないダンジョンコアを探し出さないといけないという状況になっている。

 他のダンジョンと違う形にしている珍しいフィールドタイプダンジョンだ。


「さてと、マップを確認してと」


 おかげで他のダンジョンにあるチェックポイントの役割を果たすゲートが存在せず。

 いま俺が佇んでいる場所以外に脱出するための方法が存在しない。

 なので自然と長期戦になってしまう。

 その広大なフィールドを縦横無尽に飛び交う飛竜や、渓谷の通路を我がもの顔で闊歩する地竜。

 他にも多種多様なドラゴンが存在するはずだ。

 なのでその場にとどまるのは下策。

 すぐに移動を開始する。

 普段の装備に加えてここでは目立たないように移動する必要があると思い渓谷迷彩と言えばいいだろうか岩肌色のローブをその身に纏っている。

 ピョンピョンと動き回り時折軽く地図を見て現在地を確認した後はその場を跳び再び移動。

 渓谷にあるわずかな足場を頼りにそのダンジョンに挑んだ。


「っと、さすが、竜! もう見つけてきたか」


 フードをかぶり極力音を立てないように配慮していても、彼の存在は異物を察知する力が高い。

 俺を覆いかぶせるような巨大な影が空を覆った。


「手始めはワイバーンか」


 人間と比べるのもおこがましいほどの巨体。

 空は自分の縄張りだと誇るように広げられた翼。

 そして赤き眼光は俺をしっかりと捉え、鋭い牙の奥から咆哮が響き渡る。

 相手の戦闘意欲は上々。

 逃げるのはスピード差的に考えて無理だと判断しすぐに鉱樹に手をかける。

 相手は空を飛ぶ存在だ。

 まずは地面に降りてきてもらおうと思ったが。


「そっちから来てくれるのはありがたい」


 獲物を見つけたと言わんばかりにこっちに飛んでくるワイバーンの噛みつきをギリギリの距離ですれ違うように躱す。


「その首いただきます! っと」


 そして頭が通り過ぎたタイミングで上段に振り上げた鉱樹を降り下ろし、わずかに硬い感触を感じ取るがスパッと飛竜の首は断ち切れる。


「っと、素材は鱗か?」


 団扇ほどの大きさの鱗が魔素へと還ったワイバーンから排出され、それを手に取り感慨にふける暇などない。

 手早くその鱗を袋に放り込むとその場を立ち去る。


「気づかれては、いるよなぁ」


 なるべく最小限に済ませたつもりではあったが、やはりあの大きさの飛竜が襲い掛かったというだけで異常事態は周囲に知らせられている。

 あちらこちらから竜の雄叫びが聞こえ。

 渓谷全体が騒がしい。

 その渓谷の岩陰に隠れ、そっと双眼鏡で周囲を見渡してみると。


「おお、おお、いるな」


 小型種から中型種、あるいは大型種もちらほらと見える。


「地上には機動性のある小型種が群れを使い索敵、中型種はある程度の距離を空けて分布して、大型種は待機か。警戒態勢がしっかりとしてらっしゃる」


 野生生活をしているようなダンジョンであるが、本来は防衛機能としてその役割がある。

 なのでダンジョン内ではモンスター同士の争いは起きず、逆に敵対する存在が入ってくれば集団で襲ってくる。

 そんな集団の中にたまに同じ種だろうが個体として大きかったり色合いが違うだろうブラッド種も確認しながらその包囲網を抜けるために駆ける。

 全部倒していってはきりがないと思いつつ一旦身を潜めようと思っていたが、ふと思い出す。


「少し待てよ、俺、強くなるためにここに来たんだよな。逆に考えれば敵は多い方がいいわけで」


 ここに来た理由は強くなるきっかけをもらうためだ。

 そのために念入りに準備してきた。

 だから逆に考えて今回は攻略をする必要はあまりない。

 あるにはあるのだろうが、現状優先度は低い。

 なら。


「突破するよりも、もっと集まってきてもらった方がいいわけだ」


 こんな思考に行きつく辺りだいぶ戦闘脳に染まったなと苦笑一つこぼして。


「となるとだ、竜と戦ってくるのが最善か」


 肩を回し体の温まり具合を確認しつつ隠れていた岩陰から一歩出る。

 そんな俺の行動にあっという間に竜は気づき、雄たけびを上げる。

 ここにいる。

 敵はここにいるぞと言わんばかりに小型の竜たちが甲高い声を張り上げている。


「呼べ呼べ、いくらでも呼べ。今の俺は限界を知るために挑んでいるんだ」


 その様子に満足げに俺は笑う。

 これから来るであろう戦いに備えて魔力の循環を念入りに行う。

 密度と純度を上げ、心臓の高鳴りを最高潮に、徐々に迫りくる竜の群れ相手にすっと一歩踏み込み。

 俺は嗤う。

 そんな様子の俺に腹を立ててか、巨大なトカゲのような竜が我こそはと襲い掛かってきたが。


「ヌルイ」


 だがその勇敢な竜もこのダンジョンではあまり強い方ではないのか、あるいは俺がある程度の実力まで昇華しているのか。

 野生の力を発揮した俊敏さと荒々しさ。

 爪と牙を駆使したその攻撃。

 爪を腕ごと鉱樹で切り裂き、返す刃でその牙を切り裂き、三度振り切ることで胴体を真っ二つにしてその竜の生命を刈り取る。


「次」


 スイッチが入ったと自分でもわかった。

 ここから先、俺は刃。

 ただ竜を倒すだけの刃と化す。

 そう思って構えた。

 その闘気に反応してか、あるいは最初の一頭があっという間に切り倒されたからか、俺に群がるように竜たちは襲い掛かってきた。

 噛みつく牙を、鋭く迫る爪を、振り下ろされる尾を、そのことごとくを切り裂き。

 遠くから放たれるブレスを魔法で打ち消し突破口を開く。


「はぁはぁ」


 いったいどれくらい戦ってたかなど考えるまでもない。

 長いようで短かった戦いは一旦治まりを見せた。

 ところどころで竜の遺体からあふれる魔素の残滓が漂い綺麗な光景を息を整えながら眺める。

 その場にいた群れを殲滅するころには大量の戦利品が地面に転がり、俺は軽く息を乱しているだけで戦闘に支障が出るような傷はない。

 そこでほっと一息をつこうと意識が他所に向くことなく。

 俺はそっと空を見上げる。


「大物が釣れたか」


 その大きく広げた翼、赤いのではなく紅く、今まで戦ってきた竜よりも一回りも二回りも大きい巨躯。

 口元に滾らせた炎がこぼれ、その瞳は同胞を殺した敵を屠らんと闘志を滾らせ戦闘態勢を整えた竜は開戦の雄たけびを上げて俺に襲い掛かってくるのであった。




 今日の一言

 とりあえず最初に試しておくのは悪くないでしょ?


毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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