287 宴の後の寂しさというが
花見は無事終了、といきたいところだったがあいにくと未だ続行中だ。
と言っても、続行しているのは教官たちと社長、そして義両親たちとその場に残った方々の奥方たちは会場に残り夜桜を肴に飲むらしい。
ちなみにケイリィさんもそこに残った。
海堂は教官たちに潰され、アミリさんと双子天使によって部屋まで運ばれ、アメリアはへべれけになった母親を連れて帰っていった。
未成年組は、ジュースといったソフトドリンクを飲んでいたがいい時間になった頃合いで帰っていった。
そうして軽く片づけをした俺たちはというと。
「主よ、夕食ができたぞ」
「ああ、今行く」
会場には残らず俺たちも帰ってきている。
「お嬢様はこちらに」
「タッテ、そんなことはしなくていい」
と言っても、俺、スエラ、メモリア、ヒミクだけではなくエヴィアさんとタッテさんも家に来ているが。
妊婦のスエラを長時間無理させるわけにはいかないので、元々昼間だけの予定だったのだ。
教官たちには許可を取り軽く片づけだけして先に引き上げてきた。
一部の戦闘狂の鬼娘が残念そうな顔をしていたが、そこはスルーしてきた。
俺はヒミクの準備が終わるまで持って帰ってきた道具や空き瓶などのごみを分別していたところで、丁度ごみの分別が終わったときに彼女から声がかかる。
先ほどまでごみを触っていたから手を洗い、食卓に行く。
そこで見たのは、普段からしているのだろう。
タッテさんが椅子を引きエヴィアさんのサポートをしていたが、手で制止しエヴィアさんは自分で座っていた。
普段は仕事を率先として、出来る上司を地で行くエヴィアさんであったが、彼女も貴族、やはりそういった習慣もあるのだろう。
おお、と改めて感心しつつ俺も自分の席に座る。
スエラとメモリアは先に座っており、ヒミクが最後の食事を持ってきていた。
「タッテさんも座ってください」
「いえ、私は」
そんな中タッテさんだけ座らず、エヴィアさんの背後に控えていた。
「タッテ、ここの家主は次郎だ。家主の言葉なら従うのが礼儀だ」
「わかりました。お言葉に甘えさせていただきます」
最初は給仕に従事しようとしていたタッテさんだが、あいにくとうちはそんなことをするような家ではないので、席を勧める。
そんな俺の誘いに最初は断られるもエヴィアさんの言葉で彼女の隣に着席してくれた。
それに苦笑しつつ席を見ればヒミクも座っていた。
全員着席した後、手を合わせ。
「いただきます」
と俺が言うとスエラたちもいただきますと言い、エヴィアさんとタッテさんもそれに合わせてくれる。
男女比率がおかしい食卓ではあるが、それは今更だ。
そして花見で各自食べているので、本格的な夕食ではなく、ヒミクが作ってくれた軽食がメインでそれに加えて飲み物が食卓に並んでいる。
感覚的には軽い二次会に近いだろうか?
「まったく、魔王様の思い付きは毎度のことだが困るな」
「そんなに多いんですか?」
そんな二次会は軽い雑談からはじまったが、俺もエヴィアさんも酒が入っており今もゆっくりとだが酒を飲んでいる。
そんな調子で話をしていればエヴィアさんの口からそっと愚痴がこぼれてくるのも自然な流れだ。
不満と言うわけではないだろうが、それでも直してほしいと思う反面、その行為自体に効果があるのを認めているのであろう。
エヴィアさんの表情は愚痴という割には、不満の色は見えない。
「多いというほどではない。あの方も自身の立場をご理解なさっているから自重されている。だが、必要だと思うのなら話は別だ。今回のように場が整い、他への影響が少ないと判断したらあの方の足を止められる者はいない。ふらりと消えてふらりと現れる」
酔ってはいるだろうが、それでも意識はしっかりしている彼女の口から語られる社長の行動は珍しくはあるが、たびたび目撃されることらしい。
「神出鬼没ってやつか。スエラたちも知っているのか?」
「私は噂でしか知りませんでしたが、又聞きで魔王様がいきなり現れたと聞いたことはありますね」
「私は遠目ですが現場を見たことがあります。たしか地下施設の視察に来られた時だったかと、そのあとは大変なことになっていましたが」
そんな話を聞き、もしかしたら上層部だけ知っている話なのかと疑問に思いスエラたちに聞いてみると、意外や意外そういうわけではなかったようだ。
スエラとメモリアは軽く思い出しただけで、噂話や目撃話を提供してくれた。
「………あの時か、とある馬鹿が禁制品を裏で売り捌こうとしたのを魔王様が直接裁いた時だな」
「それいつの話です?」
「さてな、馬鹿のことを覚えていると言えばもうまともに扱ってもらえないということだけだ」
まるで印籠を持ったご隠居か桜の入れ墨をした奉行のような活躍だなと思いつつ、自分の想像している魔王とだいぶ印象が違うことを考える。
「初めて会ったときもそうでしたけど、うちの社長って俺の持っていた魔王のイメージからだいぶ離れていますが、それが普通なんですか?」
俺の中で魔王と言えば高笑いをして世界を征服し、破滅をもたらす的な存在だ。
だがこの会社に入ってからはそんなイメージに触れることすらない。
「………お前がどんな魔王のイメージを持っているかは知らんが、あの方は歴代の魔王から見ても異質だ。本来であれば魔王という立場はお前らテスターをここまで気にかけるような立場の方ではない」
それを伝えたら、エヴィアさんは少し言葉を選んでから社長のことを教えてくれる。
「あの方の出自は少々特殊でな、本来であれば魔王という立場になるのも奇跡に奇跡を重ねるような結果を出さねば無理なような方であった。だが、あの方はその奇跡を実力で生み出しあの場に立っている。その経歴の特殊性ゆえか、あの方は足場を固めることの大事さを歴代の魔王様の中でも一番理解しているのだろう。だから今回のお前の宴の席にも顔を出してあんなことを言ったのだろう」
ウイスキーの入ったグラスの中で漂う氷を揺らしながらエヴィアさんは今回の花見の席に社長が現れた理由を語る。
「ダンジョンは我らの悲願を叶えるための楔であり様だ。そのダンジョンを変革させるであろうその存在を気にするのはあの方からすれば当然のことなのだろう。昔のお歴々の魔王様でそんな話など聞いたことはない」
「過去に吸血鬼が魔王になったこともありましたが、その中でも有名な紅月の魔王と呼ばれる方がおられましたが、今代の魔王様とは性質も性格も逆で人間からも部下からも恐れられていました」
「私たちダークエルフからも魔王は輩出されていますが、選民意識が強く排他的な魔王となった方や精霊思想が強い方などいますが、今代の魔王様のような方は珍しいですね」
その話に同調するようにスエラとメモリアの知る同族の魔王と今の社長との違いを教えてくれる。
その話を聞けば聞くほどあの社長が魔王らしくないという印象が強まる。
ただそれがおかしいという印象は受けない。
魔王らしくないというより、新機軸といった感じだろうか。
「そんな社長に期待されているってことはすごいことなんだろうなぁ」
一風変わった魔王。
その発想力は他と違う視点で見ているが故の判断なのだろう。
おそらくテスターの中でも俺は気にかけられている部類だ。
そう思うと緊張する面もあるがうれしくなりゾクリと鳥肌が立ちそうにもなる。
「その顔を見れば自覚しろという言葉も無粋か。いや、魔王様と戦う機会を与えられ尻込みしていたらどうしようかと思っていたが安心したぞ」
気づかぬうちに口元でも笑っていたか、グラスを傾けるエヴィアさんは満足そうにグラスを呷る。
「だが、魔王様と戦うのなら覚悟はしていおいた方がいいぞ。私から見ても、あの方は正真正銘格が違う」
そんな上機嫌だったエヴィアさんであったが、グラスの中の酒を飲み干した後の表情は真剣だった。
「次郎、お前はこの一年でだれよりも成長した。私から見てもその成長ぶりは驚異的だと言える。だが、それでもあの方に挑むとすればまだ足りない。圧倒的にだ」
その表情は社長の実力を知るが故か。
この会社に入社一年、エヴィアさんの言う通り成長した自覚はある。
その成長した自覚の内容が教官たちのしごきで怪我の回数が減ったという情けない話ではあるが、それをエヴィアさんは認めてくれた。
「そんなにか?」
「うむ、主には悪いがおそらくあの魔王が本気なら一秒と持たないだろう。単独で挑むのなら私でも一分持てばいい方だろう。感覚を取り戻せば多少は延ばせるだろうが」
「私では魔王様の実力をはかることすらできません」
「私もです」
どれだけ実力差があるのかわからないのでスエラたちに聞いてみたが、ヒミク、スエラ、メモリアの表情を見る限り絶望的な差としかわからないほど実力の差があるのは理解した。
「………手加減はしてくれると言ってたけど、どうせなら驚かせたいと思うのはわがままですかね?」
そんな話を聞いても欲というのは密かに湧き出る。
実力差は最初から感じていた。
理解もしていた。
だが、男として釈然としない気持ちを抱え込んだ俺はせめて一矢報いる方法はないかと考えてみてしまう。
しかし実力差が歴然としている段階でどうにかできる話ではない。
諦めるのも癪だからギリギリまで考えるが、結局は打開策はないと心の中で結論を出し、所詮はわがままだと結論を下しこの話はここまでだなと思っていたところ。
「わがままか、その気持ちわからんでもない。だから教えてやろう。次郎の言う驚かせる手段がないというわけではない」
俺のこぼれた言葉をエヴィアさんは拾ってくれた。
「昔の次郎になら言わなかったが、今のお前なら可能性くらいはあるだろう」
俺の実力とその方法を勘案しているのだろうか、グラスをテーブルに置き顎に手を添えエヴィアさんは考え込む。
「お嬢様、もしや」
「………ああ、癪だがあいつの実力は魔王様も認めるところだ」
その方法とやらに心当たりのあるタッテさんはエヴィアさんに問いかけると彼女は肯定し口を開く。
「今の将軍は魔王様と最初は色々と問題をやらかした輩が多い。鬼王と不死王はもちろんだが、機王と樹王、そして死んでしまったが蟲王の奴もそうだ。問題を起こさなかったのは巨人王くらいだ」
名前が挙がったのは六人。
しかし将軍は七人いた。
ということは。
「樹王は例外的で省くが、軒並み全員魔王様と戦い魔王様は全員を下した。それも圧倒的な実力差でだ。その中で唯一、魔王様に致命傷に近い傷を負わせた奴がいる。戦い終えた時の奴は半死半生どころか生き残れるかどうかの瀬戸際まで命を削りながらも誰よりも魔王様を追い詰めた。戦いは終始魔王様が押していたのにもかかわらず、たった一回の攻防でその境地まで追い込んでみせた」
誰がと聞く必要はない。
エヴィアさんが誰を指しているのかはこの席に座っている皆が把握していた。
「竜王、我が魔王軍の中でも飛び切りの問題児だが、将軍の中でも屈指の実力者であるのは変わりない。普段は飄々としているが、奴が本気になれば何をしでかすか私にもわからん」
大半の出来事を問題ないと切って捨てるエヴィアさんが、問題児だと宣言する存在、それが竜王。
俺が見たことがあるのは入社式の壇上でちらりと見た程度。
人となりいや、この場合は竜となりか?
どんな存在か分らない俺にエヴィアさんは淡々と可能性を提示してくる。
「いい機会だ次郎、機王のダンジョンで行き詰まっているのだろう? 気分転換に奴のダンジョンに挑むのも悪くはないだろう。もしかしたら何かつかめるかもしれんぞ?」
竜王のダンジョン。
その評判の頭には常に危険という言葉がちらつく。
他のダンジョンが危険ではないということではなく、竜が住まう地として危険の代名詞になっているからだ。
入社した時は実力不足として避けていたダンジョンだ。
だが、自分の実力を上げる地としては今は最適かもしれない。
スエラたちを見れば心配そうな表情をするかと思えば。
「確かに、今の次郎さんでしたらあの地でも問題なく戦えるかと」
「うむ、主なら古龍でも出てこなければ生き残れるだろう」
「そうですね、そろそろ新しい素材を売ってくれるのは私の店的にも助かりますし、対竜の道具も用意できます」
むしろ俺以上に肯定的であった。
「心配ならタッテに竜のことを教えてもらえ」
「お嬢様、その隙に仕事場に籠るつもりではないでしょうね?」
そして、俺をダシに仕事を進めようとするエヴィアさんにタッテさんの苦言がその場に響き、俺たちは笑うのであった。
「竜の巣か」
その言葉は想像以上に俺の頭の中に残るのであった。
今日の一言
新天地で活動するのもいいだろうと思う。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




