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284 花見を経験したことはありますかね?(承)

 上司の家族、それも奥方に会った部下の対応と言えば一般的に挨拶から始まる。


「初めまして、田中次郎と申します。普段から、教官方にはお世話になっております」


 俺も例にもれず、教官たちから紹介された段階でさっと身を正しお辞儀をする。


「鬼王、ライドウが妻エンカと申します」

「側室のサイと申します」


 たとえ相手が人ではなくても礼儀を失してはいけない。

 その甲斐もあり、キオ教官の奥様方は丁寧に挨拶を返していただき。


「では娘を傷つけてくれた返礼として一発、逝かせていただきます」

「お覚悟を」


 その後にどぎつい殺気をいただきました。

 あ、ヤバい俺死んだかも。

 手加減も何もない、本気中の本気。

 ビリビリと肌を刺すような殺気。

 しかも目の前の女性陣はタイプは違うが美人だ。

 そんな二人の鬼が凄むとより迫力がある。

 咄嗟に肩幅に足を開き、無駄な力を抜き、相手を観察してしまったのは職業病だろう。

 大和撫子のような装い。

 色合いも大人しめの着物に身を包んだ女性二人。

 夫の後ろの三歩後に続き、影を踏まずという理想の女性を体現しているような鬼の女性であったが、さすが教官の奥様。迫力が半端ない。

 すっと魔力があふれ出し、途端に戦闘モード。

 俺は本気かウソか判断する前に体が本能的に戦闘態勢に移ってしまった。

 本能は迎撃モードの警報を全開で打ち鳴らし、理性ではこの場を収めるためにどう説明するか頭をめぐらす。

 口元は笑顔で固定し、対抗手段としていざとなれば戦闘も辞さないが隣に教官がいる時点で反撃はナンセンス。

 相手が攻撃に移りそうで俺は説明する暇もないかと防御に徹し、逃げの一手かと判断したころ。


「………なぁんて、そんな緊張しなくても大丈夫ですよ。ほんの冗談ですわ。イナから喧嘩吹っ掛けて、命助けてもらった御仁に襲い掛かるとか礼儀知らずなことはしません」

「さっきのは普段から旦那様を取られている女としての嫉妬だよ~仕事とわかってても家に帰ってきてもあなたの話が多くてつい妬いてしまったんだ~ねぇ? 驚いた? 驚いた?」

「ガハハハハ! スマンスマン! ついな! どうだ次郎!! かわいい妻たちだろ!!」

「え、ええ、命が縮むかと思いましたが」


 スッと殺気が治まり、冗談ですと薄い赤色の髪を腰まで伸ばした鬼の女性エンカさんが口元に手を添えニコニコと笑いさっきの大和撫子ぶりはなんだったのか、今では近所の気安いお姉さんって感じで手を縦に振り冗談だと口にする。

 殺気の量と魔力の量からして冗談ではないと思ったが口にはしない。

 隣に立っていた紺色のおかっぱの女性はしっかり着てた着物を肩をはだけ胸元が見えるように着崩したかと思うと一気にギャルギャルしくなった。

 なんと言うか、姐さんとギャルという組み合わせ、教官の奥さんらしいと思ってしまったのは心の中にしまっておこう。


『よろしいですの?』

「あ、すみませんお待たせしました」

『構いませんわ。なかなか面白いモノも見られたことですし』

「そうですか」


 相変わらず魔王軍の方々は人の命の価値観が違うなと思いつつ、フシオ教官の奥さんの方に体を向ける。


『あら、あなたは私の姿を見て驚きませんのね』

『カカカカ、シュリーよ主の姿を見て驚くようなやわな鍛え方はしておらん』

『さすがは旦那様ですわ』


 まず第一印象で浮かべるのはこれぞ貴族令嬢といった感じだろう。

 うっすらとした水色の艶やかな髪を流し、同色の日傘を片手に全体のドレスも蒼系統で統一されている。

 サファイアのような蒼き猫目が俺を見て値踏みするも、フシオ教官によってその視線はあっさりと取り払われる。

 そして、一番重要なのは。


『改めて名乗らせていただきますわ。不死王ノーライフの妻、シュリー・ノーベリッジ・フォン・ノーライフ。旦那様の教え子であるあなたであるのならシュリーで構いませんわ。旦那様からあなたの活躍は聞いております。今後も魔王軍に貢献なさい』

「はい」


 優雅にドレスの裾を掴み一礼した後顔を上げた彼女の表情は一言で申せば勝気。

 エヴィアさんとタッテさんを除けば、ここまで貴族らしい女性に会うのは初めてかもしれない。

 一瞬頭にとある高笑いが特徴的な竜人の女性の顔が思い浮かぶも貴族っぽくないのですぐに頭から追い出す。

 今は目の前の女性に集中。

 〝ふわふわと浮かぶ〟彼女にだ。

 ゴースト、いわゆる、幽霊と呼ばれる存在の彼女であるが、教官のダンジョンで出会うそこいらの雑魚ゴーストたちとは格が違う。

 存在感が圧倒的なのだ。

 並どころの話ではない。


『次郎よ、我妻の存在が珍しいかの?』

「はい、とても力の強い方だというのはわかるのですが………」


 そんな存在を素直にゴーストと口にするのははばかれたので最後は濁すが、そんな俺の態度を察せない教官夫妻ではなかった。


『当然ですわ、普段は旦那様のダンジョン経営の補佐をしていますの。旦那様を支える女が弱くていいわけありませんわ』

『カカカカ、頼もしいのう。次郎の言う通り、我妻はただのゴーストではない。古来の秘儀によって生み出されたゴーストじゃ。魂を固体化し、我と連れ添い、魔導を共に極めた存在がそこらのゴーストと同等なはずがあるまい。挑んでみるか?』

「………今は、遠慮しておきます」

『あら、いずれ挑んでくるつもりですの? なら、楽しみに待っておりますわ』


 格上相手に実力差がわからないほど愚かではなく、さらに今挑む必要があるほど場の空気が読めないわけでもない。

 笑顔で教官の誘いを断り、俺の返答に嬉しそうにシュリーさんは笑うのであった。


『………』

『気になるか、シュリーよ』

『いえ、旦那様が気にしてないのなら、私が気にする必要はありませんわ』


 愉快に笑うフシオ教官の腕を取るシュリーさんの姿はとても仲睦まじき姿だ。

 そんな楽しそうに微笑むシュリーさんであったが、一瞬、ヒミクたちの姿を見て視線に力がこもった。

 不倶戴天の天使がそばにいるのだ、何か言われるかとも思ったが、意外なことに何も起こらなかった。

 料理を用意しているという姿を見てどこからともなく扇子を取り出し口元を隠し何も言わず、教官から言われても彼女は本音を胸の内に秘した。


『それより田中次郎、席に案内しなさい。いつまで私たちを立たせておくのです』

「すみません、すぐに」

「そんなに急かすなよシュリーさんよ。不死王の奴との久しぶりのデートだからって興奮しすぎだろ」

『な!? 鬼王様、別に私はそんな意味で言ったわけではなく』

『ふむ、となると我妻は此度の宴は乗り気ではなかったと? しからば、申し訳ない、無理をさせたようじゃな』

『いえ!? そういうわけでも!!って、旦那様も鬼王様もわかっていてからかってらっしゃいますね!』

「ガハハハハ! わかっちまったか! なに、せっかくの宴でかたっ苦しくしてる奴がいたからよ」

『許せ我妻よ、ついぞ主の愛らしい姿を見たくなってのぉ』

『もう! 程々にしてくださいまし』


 そしてそんな女性をからかえるのは世界広しでもこの二人くらいだろうなと思う。

 照れたシュリーさんは扇子で顔を隠し、そっとフシオ教官にもたれかかる。

 それに合わせて彼女の腰に腕を回すフシオ教官。

 長年なんて言葉も足りないくらい永い時間を寄り添ってきた仕草を見せつけられ、見ているこっちが照れ臭くなる。


「なんだ妬けるじゃねぇか! うちも負けてねぇぞ!!」

「あらら、仕方ない人ですねぇ」

「わーい! 旦那様大好き!」


 それに対抗して二人の妻をその大きな腕で抱き寄せるキオ教官。

 普段は何をも粉砕する腕であるが、今はただただ優しく二人の鬼の女性を抱き寄せ、その腕の中にいる女性たちも片方は頬に手を添え仕方ないと言っていても満更でもなく、もう片方は素直に抱き着き返しその愛情を示していた。

 魔王軍と言えば物語上、なにか暗い存在だと語られることが多い。

 こんな家族団欒を語られるようなことはあまりないが、きっとこういうこともあったのだろう。

 仲睦まじき姿を見て俺はそう思う。

 そう思いたいから。


「あの~教官、大変仲睦まじいのはわかったのですが、その、キオ教官の後ろのご子息様方が非常に怖い目で自分を見ているのをそろそろどうにかしていただきたいのですが」

「あ、忘れてた」

「あら、旦那様、大事な息子たちを忘れてはいけないでしょ」

「もう~旦那さまったら」

『カカカカカ、そういえばおったのぉ』

わたくしは忘れていませんでしたわよ。ええ、ほんとでしてよ?』


 今にも襲い掛かってきそうな方々を抑えてくださいませんか。


「おう! 次郎、紹介するぜ。エンカの息子で長男のゴウドウだ! 俺んとこで部隊長をやってるぜ」

「おうおう兄ちゃん、うちの妹を叩き切ってくれたってのはあんたか? ちょっとこの後面貸せや」


 よろしくと最初に挨拶してくれたが、かの長男様のよろしくが四露死苦と言っているように聞こえ、案の定指をバキバキと鳴らし俺に近寄ってきた。


「ゴウドウ、しっかり挨拶なさい!」

「ゴハ!? は、母上?」


 教官に似てガタイのいい彼であったが、その巨体は後頭部からの強打によって強制的に地面にめり込ませられた。

 それを細腕で成し遂げたのはエンカさんだった。


「ガハハハハ、兄貴馬っ鹿デイ、エンカ母さんに怒られてやんの」

「ガドウ君も、しっかり」

「へ?」

「あ・い・さ・つ・ね?」

「あだだだだだだだだだ、わかった、わかったから、頭離して!? お母上様⁉」


 その様子を笑いものにしようとしていたのはどうやら弟君のようなのだが、どうやら教官の家は礼儀に厳しいらしく、挨拶をしない二人は強制的に説教コースへとなってしまった。


「はぁ、何やってんだいあんたたち、兄弟が済まないね。えっと、田中次郎だっけ?」

「はい、そうですが」

「ああ、あたいは鬼王ライドウとエンカの娘、ユカだよ。まぁ、こんな機会でしか会うことはないだろうけどよろしく頼むよ、後ろでエンカ母様に沈められて説教されてんのが父様に紹介された通りうちの長男のゴウドウ、それでサイ母様に頭握りつぶされそうになってるのが弟のガドウ、それで最後に会ったことあると思うけど、末っ子のイナだよ」

「お久しぶりやなぁ次郎はん」

「ええ、お久しぶりです」

「ほならさっそく、死合おうか?」

「死合いません」

「なんやけちやなぁ」

「こら!」


 なんと言うか、力関係がわかる家族だなと今のやり取りで分かった。

 そしてきっと仲のいい家族であるというのも。

 母親二人に説教される兄弟。

 自分勝手すぎる兄妹ゆえ自分がしっかりせねばいけないと思った長女。

 そして、そんな長女に叱られつつも我を通そうとする末っ子の次女。

 なんともバランスが取れていなさそうで取れている、騒がしい鬼一家だ。


「まぁ、お酒はたくさん用意しているので、今日はぜひとも楽しんでいってください」

「お、そいつはうれしいね。あたい、酒には目がないんだよ。今日は異世界の酒が飲めるって父様に聞いてんだ。楽しみにさせてもらうよ」

「ええ、そうしてください」

「死合い」

「そんなことより、酒だよイナ! 酒があたいを待っている!!」

「そんな、いけずやわ。そんなんだから行き遅れんやわ」

「ああ?」


 姉妹の方は、なんと言うか酒のユカさん戦闘のイナって感じか。

 小柄なイナの体を抱き上げて誰よりも先に宴の席に向かい途中末っ子の言葉で般若の顔になったユカさんを見送り、さっきから笑っている教官に顔を見て一言。


「教官そっくりですね」

「ガハハハ、だろ?」


 その一言ですませた教官は、豪華な茶屋ではなく、俺たちの方の座敷に座りヒミクたちの料理に手を伸ばしたユカを皮切りにキオ教官とフシオ教官夫妻もそちらに座り、持参してきた酒を飲み始めてしまった。


「ま、こんなものかね」


 その自由奔放な彼らを止める術もなく、また機嫌を損ねるような真似を俺がするはずもなく、騒がしくなった桜の木の下の宴会場を見た後。


「ヒミク! すまんが一緒に来てもらっていいか! 酒を取りに行きたくてな! ここは海堂に任せておけばいい!」

「うむわかったぞ!!」

「え!? そんな殺生な先輩!?」

「安心しろ、いざとなればアミリさんに頼ればいい」

「快諾、忠の安全は私が保証しよう」

「なら大丈夫そうだな。行こうかヒミク」

「ああ」

「ちょ!? 先輩!?」


 そっと宴会の準備の続きをしようと思い、この場を海堂に任せ俺は引き続き酒を取りに行く。

 海堂はこんな魔窟に置いていかないでと俺に手を伸ばしてきたが、やんわりと伸びる小さな手によってその手は降ろされた。


「うわぁ! すごい桜だねマミー」

「ええ、本当に綺麗ねぇ」

「え、本当にここでやるんでござるか? お金取られないでござるよね?」

「大丈夫だと思う、たぶん」

「安心しなさい、ここで間違ってないから」


 海堂の叫びをスルーして、残りの物資を取りに行こうとヒミクと一緒に出口を目指していたが、そんな時に聞き覚えのある声が聞こえる。

 少し距離が離れていたから気づかれなかったが、遠目で北宮たちも到着したのがわかった。

 仲良く話しながら歩いてくるそれぞれの手には各自が準備する物が持たれて、この桜の光景に感動しているようだ。

 ただ、その歩いた先に見せる彼らのリアクションが見れないのが心残りだ。

 と心にもないことを思いつつ、俺は一旦会場を後にする。

 そして道中何事もなく酒を回収し終えた俺とヒミクはそれぞれの手に酒を持ち、素直に戻らず。


「あ、次郎さん」

「何かあったんですか?」

「いや、会場の方に教官たちが集まってな、それならと思ってスエラたちを迎えに来たんだ」

「すみません、今行きますね」

「いや、教官たちが早く来すぎたんだ。ゆっくり準備してくれ」

「安心してください。準備は終えてますよ」


 一旦、俺は家に戻っていた。

 玄関口に酒を置きそのまま家に入る。

 帰ってきたことで家にいたスエラとメモリアが玄関まで出迎えてくれた。

 そして帰ってきた理由である上司が先に来ていることを知り焦り出す、スエラを制しゆっくりでいいと言いつつもマジックバッグを取り出したメモリアが準備万端だと明言する。


「そうか、なら行くか」

「はい」

「わかりました」

「うむ!」


 そっと手を差し出し、その手をスエラが握り返す。

 メモリアが鞄を持ち俺とスエラの後に続き、玄関を出たら外置いておいた残りの酒を持ち宴会場に向かう。


「夜の部にはケイリィさんも来るんだっけ?」

「ええ、何がなんでも終わらせて向かうって言ってましたよ」

「私の両親も来るそうです。どうやら地下施設の物資に関して商談があるらしく、それが終わり次第という話ですが」

「そういえば、おじい様から手紙が来ていましたが、次郎さん送りましたか? 何やら今回の花見のことを知っていたようですが」


 軽く雑談をしながら進む。


「ああ、俺の方からムイルさんに手紙を送っておいたんだ。来られたら来てくれって、どうせならみんなで楽しもうと思ってな」

「そういうことですか。おじい様のことですから、父と母を強引に誘って来そうですね」

「それを見越してあの人に手紙を送ったんだよ」

「次郎さん、それとタッテという女性の方が来られましたよ。夜の部には参加できそうだと伝言を預かってきました」

「良かった。エヴィアさんも来れそうか」

「鬼王様に不死王様、機王様にエヴィア様、すごい顔ぶれですね」

「しかしこれほどの規模となると、主よ料理は足りるか?」


 今回の花見はできるだけ盛大にと思ったが、まさかここまで広がるとは思わなかった。

 不安は確かにあるが、楽しみなのも事実。


「ま、いざとなればその場で何か作るか、買い出しに行けばいい。それも花見の醍醐味さ」


 あとはどうにでもなれってやつさ。


 今日の一言

 幹事ってのは、準備するのが大変なんだよ。


毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。

そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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[気になる点] 次郎さんって収納系スキル使いこなせてない?非戦闘時なんだから盛大に魔力使って 酒類とか全部収納しちゃえばいいのに……
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