283 花見を経験したことはありますかね?(起)
「見事なもんだな。ただ、こんなのを社内に造るって発想があるのはうちくらいなもんだろなぁ」
「そうっすねぇ」
昨年の夏に行ったレジャー施設もそうだが、うちの会社はやってる業務内容が過酷なためか、福利厚生施設にはかなり力を入れている。
昨年行ったレジャー施設に温泉施設、そして花見会場として予約したここもかなり力を入れている。
もはや花見のためにあるような場所だ。
ビール瓶のダース箱をそれぞれ四つずつ抱えた俺と海堂は、スエラに言われてやってきた場所を見て感嘆の声を漏らした。
そこはゆったりとした丘になっており、日差しがきちんと入り、風もふんわりと入るようにしっかりと整備された桜たち。
その中にぽつんとそこが会場だと言わんばかりに茶屋にありそうな屋外用の座敷のような場が設けられている。
「ええと、うわ、月下の止まり木様一行って書いてあるっすよ。なんかすげぇっす」
「小学生みたいな感想だな」
「いや、それしか言えないっすよ」
その脇にこれまた時代劇で出てきそうな看板があり、そこに俺たちのパーティー一行が使うというのがわかるように書かれていた。
「しっかりわかりやすくしてくれているのは助かるが………あっちほどではないな」
「なんか、パチンコ屋とかの新装開店とかでありそうなやつがあるっすよね」
しかしその親切心にありがたみを感じることはあっても驚きはなかった。
何せ隣にこの風景を驚かせる光景が備わっているのだから。
さっきから視線の片隅に入り、ひときわ目立っている場所を俺たちは視線を向ける。
俺達が予約した場所が一般人用というのなら、あっちは貴賓用だろう。
これから俺たちが使う席は座敷にテーブル、屋内だが日差しのようなものがあるのでそれ避け用の傘と飾り付けである花と和風テイストで仕上げたシンプルな会場だ。
シンプルと言っても手を抜いているような感じはしない。
座席の場所も、周囲を桜に囲まれ、日差しもしっかり入り視界は開けている。
座席やテーブルの家具も一つ一つが丁寧に作りこまれているとわかる一品。
座敷の色合いもまた考えられていると思わせる風流な仕上がり。
これに文句を言ってはいけないと言わしめる場だった。
ただまぁ、向こうと比べるとやはり見劣りしてしまうのも事実。
自分たちの席に不満もないし満足しているが、隣と比べるなと言うにはそのたたずまいが堂々としすぎている。
「見た目は完全に屋敷だな」
「そうっすねぇ。そうじゃなかったら、めっちゃ豪華な茶屋っすね。京都の老舗とかで一見さんお断りとかの奴っすよ」
最早、なんだその屋敷はと言いたくなるような作り。
見た目からしてドドンとどこからか太鼓の音が聞こえてきそうだ。
俺たちの座席からほんの少し離れた、歩いて五秒もかからない位置にそれはあった。
オープン型の屋敷と言えばいいのだろうか、一方面が開かれ奥にも席があり、さらにその奥には厨房にでもなっているのだろうかスタッフオンリーの文字が見える。
座敷にも気合が入っていて、加えて内装も豪華だ。
間違いなく花見会場の近くにこんな店があれば花見期間中は予約で埋まるだろうと言えるような店がそこには存在し、その両脇にはさっき海堂が言ったような花環がある。
中央のプレートに機王様歓迎!!とか鬼王様歓迎!!とか書かれている。
おそらくジャイアントたちが作ったのだろうが、ここまで力を入れる必要があるのか?と思うくらいにしっかりとした作りだ。
やたら誰が来るか聞いてきたスエラの態度はこれが原因だったかと思いつつ、俺たちは酒を降ろし、ついでに背負っていた箱もおろす。
「なんか、向こうだったら冷蔵庫くらいはあるかもしれないって思う自分がいるっすよ。そして、疲れてはいないっすけど、これ運んできた俺の苦労はなんだったんだって」
「言うな、さすがにこれは予想してなかった」
その箱は魔導式の冷蔵庫だ。
上と下に魔石が組み込まれていて、その中の空間を冷やすようになっている。
その中にせっせとビールを放り込み冷やしていく。
次からは両手に加えて背中にも酒を背負って後、二、三回往復して終わりとなる。
俺と海堂もだいぶ飲めるようになったものの、一般的になら絶対に飲まないだろうと言える量であるのだが、あいにくとザルを通り越してワクのような存在がいるのでこれでも足りるか不安なくらいだ。
「うっし、これでいいな、海堂行くぞ」
「うっす」
盗まれる心配もないので冷蔵庫はここに置き、一旦会場を後にする。
早めに行動しているから、まだ会場には誰もいないが次戻ってくるくらいには誰かしらいるだろうと思いつつメモリアの店に向かう。
いつもならダンジョン内での消耗品を買うような店だが、今日は片隅には酒がこれでもかと積み上げられている。
道中何事もなく店までたどり着いた俺たちは臨時休業の看板をスルーしてメモリアから預かった鍵を使い店内に入る。
「ええと、さっきビールを持っていったっすから。残りは日本酒にワインにウイスキーにテキーラにスピリタスに………先輩、このリスト後半がなんか危ないものが混じっているっすけど、間違いじゃないっすか?」
「残念だが誤発注ではないんだよ。その後半の品はキオ教官のご指名だ。こっちの世界でなるべくアルコール度数の高い奴を飲みたいんだと、そうなると代名詞はそれだろ」
「そうっすけど、それが回りに回って、俺たちのところに来るとは思っていなかったんすか?」
「ハハハハハ、そうなるに決まってるだろ。安心しろ、明日は休みだ」
「さきに薬飲んでおくっす」
この後に控える鬼たちとの飲み比べを想像し、明日は二日酔い確定だと二人で苦笑しあい止まった手を動かす。
小さな酒屋くらいなら開けそうな量をせっせと詰め込み、俺たちは来た道を戻る。
「先輩、今日って平日っすよね? メモリアさんの店、臨時休業ってなってたっすけど、大丈夫なんすか? 今日普通に他のテスターたちや新人たちが研修してるっすけど」
「ああ、第二期生はまだ地下施設を使えないからな、本格的に稼働し始めたらわからないが相も変わらず今も閑古鳥、正直俺たちのパーティーの持ち込むものと俺たちが買ってる消耗品で経営しているから問題ないらしいぞ」
「身内経営ってやつっすか?」
「それとは違うような気がするが」
「じゃぁ、インサイダー取引っすか?」
「なんでどんどん不穏な言葉になるんだよ。普通に常連客でいいだろ」
「いやぁ、社内で一番活躍中のパーティーのリーダーの嫁さんが経営する店っすからねぇ。はたから見たら絶対何かあるって思われるっすよ」
「それ、ハンズたちにも言われたよ。そう思われたくないのならもっとうちの店にも金落とせってな。そうは思ってないだろうが、金になると思ったら遠慮しない奴らだ」
「ああ、だから最近防具の新調とかしているんっすねぇ」
「そういうわけじゃねぇよ。いや、あるにはあるかもしれんが、単純に今の防具じゃ心もとないって思い始めているのも事実だからな」
「その新しい防具も、前の戦闘で結構傷んだっすけど、このままだとまた買いなおしコースっす」
「仕方ないとはいえ、出費がかさむのはどうにかならんかね」
時折鳴る瓶の音を響かせて社内を歩きながら先のダンジョン攻略の成果を嘆く。
パーティー内の貯金にはまだまだ余裕はあるが、最近の収支はマイナス。
今はまだ平気だが、これが続くとなるとさすがに放置できない。
「最近じゃゴーレムの装備にビームが標準装備になっているっすし、安易に防御ができないのが痛いっすよ。ナンすかあれ。実は魔法じゃなくて、日本の技術でできてたりしないっすか?」
「さぁな、気づいたら使われてたってことはありそうだがな、アミリさんの趣味的にいずれ合体ロボくらいは出てきそうな気はするが」
「いや、先輩冗談にならないっすよ。マジで最近俺の部屋のブルーレイの棚が一部ヤバいことになってるっすよ」
「ジワジワとお前の部屋も侵食されているな」
「最近は魔法少女物とロボット物でどっちが最強かという決定戦みたいな論戦が夕飯の食卓で発生してるっす」
「………天使と魔王軍の幹部がアニメ談義か」
世も末だなと、苦笑をこぼし歩いていると噂をすれば影と言うべきか。
「む、おお! 主ではないか!」
「あらあら、シィク勇者様がいましたわ」
「ええ、ええ、ミィクいましたね」
「忠、発見」
ふわっと翼をはためかせて現れる三人。
ヒミクに双子天使のシィクとミィク、そして三人の付き添いだろうか機王であるアミリさんが現れた。
各々手には風呂敷包が持たれており多分弁当だろう。
「田中次郎、此度の宴の誘い感謝する」
「いえ、どうせならと思って誘ったまでですよ」
「謙遜、私はこのような宴に参加することは稀、よって楽しみである」
独特な口調での言葉で俺に感謝を示してくれるのだろうか、少し言葉の意味を把握するのに苦労する。
「ええ、アミリの言う通りだわ。次郎様、此度の宴の誘い私どもも感謝しておりますわ。普段はなかなか自由に動けない身ですもの」
「そうですわ、私たちの事情からして仕方ないところがあるのはわかっていますが、窮屈なのも事実、なので今回のような機会は大変うれしく思っておりますわ」
そして、こちらもこちらで独特な話口調だ。
双子ならではと言うか、双子でもここまではないとは思うが、姉の言葉を妹が引き継ぐ。
笑顔で顔を寄せ合う姿から本当に楽しみにしているのはわかる。
「スエラにはメモリアがついているのか?」
「うむ! あとはケイリィ殿も一緒にいる。私は妹たちを連れて先に支度をしようと思ってな」
「助かる」
そして自然と一緒に行くことになれば、彼女たちの立ち位置は変わる。
俺の隣にヒミクが来て、海堂の周りに右側にアミリさん、左にシィク、ふわふわと器用に浮き背後にミィクが陣取った。
そうなれば自然と隣り合った二人での会話になる。
ニコニコと本当にうれしそうに笑いながら鼻歌でも歌いそうな勢いでヒミクは進む。
隣で。
「忠、桜という木の下で食事をする意味に関して問いたい」
「あら、わからないのアミリ」
「解答、日本の独自文化だと推定、けれど意味までは未把握。二人は把握済み?」
「ええ、桜の木の下で食事をした後に愛を告白するの」
「そうすれば永遠に結ばれるって本に書いてあったわ」
「納得、儀式的な要素があったとは、となれば私も覚悟をもって挑まねば」
「えっとなんかいろいろと話が混ざっているような気がするっすけど、普通の食事会っすからね?」
何やら楽しい話をしているが気にしないでおこう。
「ヒミクは桜を見るのは初めてだったか?」
「ああ、昔話には聞いたことはあるが実物を見るのは今回が初めてだな」
「なら楽しみにしておけよ」
「む? そんなにすごいのか?」
「ああ」
「そうか、主が言うのなら間違いないだろう」
普段は社内から出られない彼女にはきっとこの光景は気に入るだろう。
そう思いつつ、楽しみだと笑う彼女にああと俺も頷いて期待を促す。
「どうだヒミク、日本人の俺でも見たことがないぞこんな光景は」
「………」
話しているうちに花見会場に着き、そしてその開けた先に映った目の前の光景に先ほどまで話していたアミリさんたちも自然と黙り魅入っていた。
「驚愕」
「ええ、綺麗だわ」
「ええ、本当に」
うっすらとした緑の丘の上に咲く白と桃色のコントラスト。
「主、綺麗だな」
「だろ?」
その景色を前にして、飾った言葉などいらなかった。
ただ一言、綺麗だという言葉を聞けて俺はうれしくなり笑いながら同意するのであった。
そこからは言葉数は少なくなり、桜の中を歩きゆっくりと会場まで歩く。
初めて見る光景に魅入られている異世界組は弁当を座敷においてからもたびたび桜に視線が行ってしばし眺めている。
その姿を見るたびに海堂と顔を見合わせ苦笑し、残りの酒も持ってこようと思っているとご機嫌な高笑いが遠くから聞こえてくる。
「ガハハハハ、こんな場所で昼間から酒が飲めるとは最高だな!!」
『ふむ、異界の花とは雅なものだ。悪くはないのお』
その方向を見れば両肩に酒樽を抱えたキオ教官と魔法でこちらも酒だるを持参しているフシオ教官がいた。
そしてその背後には幾人かの人影も見える。
「おう次郎!! 酒が飲めると聞いて来ちまったぜ!!」
『カカカカ、主、主催の酒宴じゃ。本日は楽しませてもらうぞ』
その二人はいつも通りの見た目なので問題ないのだが。
「ああ、来てくれてうれしいですよ教官。ところで」
その教官たちに連れられてきた女性たちは見覚えがない。
「後ろの方々は?」
「おう! 妻と娘だ!! あと息子!!」
『カカカカ、家族連れで良いと聞いていたしの、妻を連れてきた』
言われた内容に納得し、そして同時に理解もした。
ああ、今回の花見、一波乱はあるだろうなと。
今日の一言
花見と聞くと接待という言葉と結びつくのはなぜだろう?
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが連載されております。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




