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279 手段は選べとは良く聞く

 川崎が襲来してから幾日か、勝からはあれからどうなったかは聞いていないが昨日会った時の表情を見る限り深刻にはなっていないようだ。

 南が目を光らせているのかもしれないが、今のところは平穏そうで一安心。

 ならばと、仕事の方に集中し俺達は通常業務(ダンジョンテスト)に勤しんだ。

 そうしているうちに日にちは過ぎ、明日はついに第二期生が本格的に新人研修を開始する。

 続々と入寮者も増え。

 最近では寮内もにぎやかになり、知らない顔もだいぶ増えた。

 そんな中でも。


「「あ」」


 社内にいるのだから当然顔見知りに会うのは必然。

 いつも通り報告書の提出がてら通り道の自販機でコーヒーでも買って帰ろうかと思っていた最中にある意味で知っている顔と会う。


「………ああ、調子はどうだ? 榛名、さん?」

「どうにかなっていますよ。それと榛名で結構です。仮にも私たちは兄妹なのですから」


 榛名も飲み物を買いに来たようでその手には先に買ったミルクティーが握られている。

 俺と榛名の関係は表向きは兄妹ということになっている。

 今は隠しているが普段なら彼女の額には角が生えている。

 それ以外は一見普通の少女のように見えるので俺たちが兄妹と言ってもあまり違和感はない。

 父親似、母親似で区別できる程度には共通点はあると言えるかもしれないという程度に日本人の特徴をお互いに表している。

 ただ、両親を知る者がいれば全く似ていないのは一目瞭然。

 そして仮にも俺は彼女の兄を殺した当人、彼女が気にしていないと言っても俺自身が理解はしても納得できずにいるため未だこの関係に成れずギクシャクしてしまう。

 むしろ恨み節でもぶつけられた方が気楽だと思うくらいだ。

 それなのにもかかわらず彼女は笑顔で俺に挨拶をする。

 恨んでいないのかと前に喫茶店で聞き、恨んでいないと彼女は言った。


「そうか、色々と違う部分があるからな。俺も最初は戸惑ったし、な」


 だからと言うわけではないが、俺も気にしないようには気を付けているが、すぐに対応できるかと言えばそこまで器用ではないので当たり障りのない対応になる。


「そのようですね。私もまだ入れる場所が少ないのではっきりとは言えませんが、ここは別の世界なのだとわかりました。それと異世界の鬼の方ともお会いすることができましたよ?」

「今の状況で会えるとなると、ゴブリンかオークか?」

「いえ、キオと名乗るとても力強い鬼の方でしたが………」

「……教官」


 そんな彼女に向けて俺はどんな話題を振ればいいかわからず、ついつい無難な話題である近況の話を振っていた。

 日本と異世界の常識は違うが、彼女は元から非常識な環境で育ってきた。

 その分こっちでも適応能力は高いと踏んでいたが、案の定異種族に対しては忌避感もなく受け入れていたが、よりにもよって最初にトップクラスでインパクトが強い輩が近寄ってきていたようだった。


「何か言われたのか?」

「いえ、何やら私の方をじっと見た後、一回肩を叩かれた後去っていかれましたが、私、失礼なことをしてしまったのでしょうか?」

「安心しろ、失礼な態度を取っていたらそこら辺の天井か壁にめり込んでいるからそれはない」

「え? めり込む?」


 ただ、彼女の話を聞く限り特に何かをしたわけでもないようだ。

 さらりと俺は当たり前のように教官のやりそうなことを言ったがそれが非常識だということに気づかず、そのまま教官が何をしたかったのかを考える。

 榛名は何やら目を白黒させているが、気にしない。

 あの鬼のことだから、エヴィアさんあたりから榛名のことを聞きつけて強いかどうかを確認しに行ったのだろうか?

 それで期待外れでそのまま立ち去った?

 ただ、何も一言も無しに立ち去るのに違和感がある。


「あ、あの義兄さん。めり込むって、そんなに危ない方だったんでしょうか? 雰囲気からとても強い鬼だというのはわかったのですが」

「? ああ、あの人の強さは魔王軍だと五指には入ってるんじゃないか? 詳しくはわからんが、危険かどうかと言えば間違いなくトップクラスだと断言できるな」

「まぁ! そんなに強いんですか!」


 そんなことを考えているとは榛名は露とも知らず、キオ教官の強さを知り目を輝かせた。

 鬼は強者を好むとは聞いたが、日本の鬼もそうなのだろうか?と関係ない思考を織り交ぜつつ、何がしたいかなど予想がつくはずもなく後で聞くかと落ち着き。

 俺は俺で当初の目的であるコーヒーを買う。


「それにしてもここは不思議な空間ですね。私今まで生活しているときは息苦しくて、運動とかあまり得意ではなかったんですが、ここだと体の調子が良くてドンドン力が湧いてくるんですよ」


 お金を入れてスイッチを入れ、ガタンと音がするのを聞きながら下の取り出し口から缶コーヒーを取り出すと、うっすらと力こぶが見える細腕で力自慢をしている榛名がいる。

 ただ、その見た目と言葉が合っていない発言ではあったが、俺にとっては少し気になる発言だった。

 外と社内で明確な違いと言えば魔素の有無だ。


「榛名が普段より力が出るってのはおそらく魔素が関わっていると思うんだが、まだ魔紋は刻んでないはず、それなのに身体的変化が出てきた?」

「はい! ここにいるととても体の調子がいいんですよ!」


 その魔素も魔紋が刻まれるまで感じることもできなかったのだ、

 俺自身魔力適性が最初は八あったが、それでもここは不思議な空間だと感じる程度で彼女ほど劇的に身体の調子が変わるなんてことはなかった。

 まるで病弱だった人間が健康になったかのような彼女の発言。

 悪い内容ではないが、無視していいとも思えない発言だ。


「………昔の日本にも魔素が存在したのか?」

「義兄さん、なにかありましたか?」


 口元に手を当て、推測に推測を重ねるような内容であったが、彼女の様子を見る限り魔素あるいは魔素に似た何かが過去の日本に存在していた可能性は十分にある。

 そもそも、魔法という概念がない世界であったら俺のように魔力適性をもった人間が存在すること自体がおかしい。


「いや、榛名の調子が変わったことが気になってな」

「なにか、おかしいことなんでしょうか?」

「悪いことではないだろうが、あまり言いふらさない方がいいな」

「義兄さんが言うのなら、わかりました」


 魔力適性は遺伝するとも聞く、もしかしたら俺たちのように魔力適性があるのは先祖返りかもしくはそういった血統なのだろうか?

 これはもしかしたらスエラやエヴィアさんに聞いておいた方がいいのかもしれない。

 そもそも過去の神隠しで、勇者として召喚される理由が不明だった。

 なぜ地球なのか、他の世界でもよかったのではと。

 こちら側からしたら何か特別な力が眠っていたとしか判断できない。

 ここに、もしかしたら何か繋がりがあるとしたら。


「まぁ、その調子の良さも最初だけだろう。俺も新人研修を受けたが自信は最初に砕かれた。あまり調子には乗らず、堅実に行くといい」

「わかりました」


 そんなことを考えていても、しょうがない。

 アメリアとは違った素直さをもった榛名とは今は関係ない話だ。

 彼女の目的は残った鬼族の安寧。

 それを実現するためにこの会社に入ってきたのだ。

 もしかしたら、キオ教官の一族と合流してそこで日本よりもいい生活ができるかもしれないのだ。

 彼女からしたら余計なことに思考を割くわけにはいかないだろう。

 この話は言わず、贔屓にならない程度でアドバイスを贈る。


「あ、そういえば私、川崎さんという方に話しかけられました。その時、義兄さんと関係があるのかと聞かれましたが、義兄さんのお知り合いでしたか?」

「………一応、知り合いだが、どうかしたか?」


 田中という苗字は珍しくない。

 だからこそ、今回のテスターでも何人か田中という苗字はいる。

 榛名もその一人であったが、そこで川崎の名前が出てきて少し嫌な予感がする。


「その、こういう言い方はあまり良くはないかもしれませんが、あの方は表は綺麗なのですが雰囲気が私たち鬼族を世話していた方と似ていまして、その、何か利用したいことがあるような気がしてつい、知らないと答えてしまいました」


 その嫌な予感も、彼女の生活環境が幸いして回避できていたようだ。

 申し訳ありませんと頭を下げる彼女に、大丈夫だと声をかける。

 川崎が彼女に声をかけ、俺との関係性を聞いていた。

 それがいつやったか、あの日の断った後ならまだ諦めていないということになる。


「ほかには何か聞かれたか?」

「いえ、あとは世間話程度で、同じ女性テスターということで仲良くしましょうと言われましたが、何か問題があったのでしょうか?」


 榛名の説明から考えれば、探りを入れた程度かとも受け取れる。

 怪しんではいないが、可能性に賭けたといったところか。

 同僚を疑わないといけないのは、冒険者ギルドとかでよくある話なのだが、まさかこっちでもある話なのかと頭痛を感じつつ忠告だけしておこう。


「深く気にすることはないが、ここでは情報はある意味生命線なんだよ。あまり親しくない奴においそれと情報を開示することは誤情報が広がるきっかけにもなる。それに、ステータスを聞くこともある意味ではマナー違反にもなる。強さを誇示したい奴はいるかもしれないが、自分の強さを明確に周囲に知られるのもあまりいい行為ではないな。自分の弱点を晒すことにもつながるからな。だから、ある意味そうやって聞いてくる輩は良い印象は受けないな」

「そうなのですね。気を付けます」


 いずれ話さないといけないかもしれないが、そそのかされたと言えダンジョンテスターがダンジョンテスターを襲うという行為をした事例があった。

 今後それが絶対起きないとは断言できない。

 最低限、自衛すべきところは自衛すべきだ。

 そして、遠回しだが川崎に対して多少なりとも警戒心を持ってくれたようでこちらとしては一安心だ。

 成り行きとはいえ、お袋から世話しろと言われた身、何もしなかったら後でお袋に何をされるかわかったもんじゃない。

 そんな打算的な部分も含めてのアドバイスではあったが、彼女からしたら十分な手助けになったようだ。

 世間話程度なら問題ないと言いつつ、そろそろ部屋に戻るか。


「あの、義兄さんに仕事のお手伝いを頼むのはダメだというのは承知しています。ですけど、その、時々でいいので一緒に食事をとることはできないでしょうか?」


 そう思い、頑張れと告げて立ち去ろうとしたが、彼女からの誘いに俺は立ち止まってしまった。

 彼女と俺の関係からすればこの提案自体は問題ないが、社内で食事をとること自体はあまり良い目では見られないかもしれない。

 だが、彼女は俺以外知り合いもいない場所で唯一の知り合いである俺を頼ってきた。

 気持ち的に、可能であれば了承したいところだ。


「………すみません。厚かましい願いでしたお忘れください」


 即答できず、悩んだ俺にすぐに彼女はその願いを取り下げた。

 表情を取り繕い申し訳なさそうにしているが落ち込んでいるのは明白だった。


「ああ、すぐには無理だが、いずれな」

「はい、あの、無理はなさらないでください。私のことは気にしなくても大丈夫なので」


 勇気を振り絞っての誘いだったのだろう。

 仲良くなろうという誘いを断るのはあまり気分のいい話ではない。

 立場が微妙になると身動きが取れない。

 そんな自分でいいのかと自問自答してしまう。

 そうじゃないだろ。

 お前はいつからそんな窮屈な考えでいたんだ。

 そんな思いが俺の中で響く。


「海外勢に気のいい奴らがいた。俺のことを師匠、師匠って言って俺にちょっかいかけてくる奴と、気が強いが面倒見のいい女と、強面で脳筋だが性格は悪くない奴だ」

「義兄さん?」


 いつまでもウジウジしているのは俺らしくないだろと、自分で自分を叱咤していたらこんな言葉を彼女に与えていた。


「構うなと言っても、絡んでくる奴らでな、そんな奴らと一緒なら俺と一緒にいても違和感はないだろ。気が向いたら一緒に食事でもとろうや」

「………! はい!」


 俺も俺で不器用だ。

 こんな方法でしか、榛名の思いを汲み取ることができない。

 だが、そんな不器用なやり方でも彼女は喜んでくれた。


「それじゃ、俺は仕事があるから頑張れよ」

「はい!」


 そんな彼女と別れた俺が行く先はパーティールームではない。

 この時間ならあいつらは自主練でもしているなと、今解放されているトレーニングルームをピックアップし途中で飲み物を数本購入する。

 これは、賄賂だ。

 そして差し入れて雑談した際にふとした拍子に、俺はこんな言葉を一つこぼしておく。

 日本人の中で、見込みがありそうな少女が一人いてな、偶然、俺と同じ苗字なんだと。




 後日、遠目であったが三人組だったのが四人組に変わっていたのを見て、苦笑をこぼす。


「? 先輩なんかあったっすか?」

「いや、なんでもねえよ。うし! お前ら今日も気合入れてけよ!!」

「おお、今日はリーダーが一番気合入っているでござるなぁ」

「何かあったかしら、アミー知ってる?」

「う~ん、あ! 勝君のお弁当に好きなおかずが入ってるトカ!」

「今日は、鳥南蛮ですね。次郎さん好きでしたっけ?」


 俺はそれを脇目に海堂たちを引き連れダンジョンに挑むのであった。


毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

次かその次くらいで今回の章は終了の予定です。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売されております。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


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そちらも楽しんでいただければ幸いです。


これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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