273 過去の自分は、気づけば後ろにいる
講義室での午前の座学は無事終わり、一時間ほどある昼の休憩はあっという間に過ぎ去る。
昼休みを短いと感じることは多々あるが、それは仕方ないと割り切れるようになったのはいつ以来だろうか。
「海堂、準備はいいか?」
「うっす、いつでもいいっすよ先輩!!」
今では昼休みイコール一時間というのが身に馴染んでいるため時間の長さなど考えなくなった。
午前中のスーツ姿とは打って変わって今度は仕事着姿の俺と海堂。
黒と赤の色が目立つ武者鎧のような恰好をした俺と、ファンタジー世界の兵士、大隊長くらいの役職のような恰好の海堂がこの広い空間に立つ。
いつも使っている疑似ダンジョンを体験できる訓練室だ。
ウォームアップなどの準備運動はすでに済まし、体は程よくほぐれ、全力稼働をしても問題はない。
背中には鉱樹を背負い、海堂は両腰に剣を一本ずつぶら下げる。
装備は万全、回復薬といった消耗品も準備できた。
臨戦態勢というやつだ。
これからやるのは模擬戦闘、実際にどんなことをダンジョン内でやるか、お遊びなどではない真剣勝負がこれから行われる。
「そういえば先輩、俺、この後誰と戦うか聞いていないんっすけど………教官たちだったりしないっすよね?」
「奇遇だな、俺も聞いてない。だからお前の不安は拭えないぞ。もしかしたら教官たちとエヴィアさんの可能性もある」
「へ? なんすかその地獄」
俺今日が命日っすかと愕然としている海堂に俺は苦笑を一つこぼしこの空間に入る前にエヴィアさんから伝えられた言葉を海堂にも伝える。
「ダンジョン内では何が起こるかわからないのが当たり前。起きた事象に臨機応変に対応できてこそのダンジョンテスター、その気概で今回の模擬戦闘を完遂せよ。エヴィアさんから伝えられたのはこれだけだよ」
「うへ~、いつも通り程よく厳しくされるってことっすかぁ」
「そういうことだ、俺たちにできるのは無駄に緊張せず、いつも通り戦うってことだよ」
「うっす」
伝えられたことなど今更な話ばかり。
ダンジョン内の情報は基本的に会社から与えられることはまずない。
時々戦力にならない換金目的のモンスターが配置されたり、魔王軍や会社とは別の組織から危害を加えられるような可能性があるときくらいにしかダンジョン内の情報は開示されない。
なので俺たちは足を運び実地でその場の雰囲気をその身で感じ取り、実地で調査する。
そしてダンジョンを踏破しそこを補修する。
自分が進めば進むほどダンジョンは強化される。
そんな矛盾をはらんだ職業である。
「はぁ、先輩何人残ると思うっすか?」
「半分残ってほしいところだなぁとは思っているよ」
俺はその部分は理解し納得しているが、全員がそう言うわけではないだろう。
実際、一期生の中ではかなりの人数が想像していた内容と現実が噛み合わず、辞めていった。
この業務内容は根気と努力が物を言う。
魔力適性の低い海堂がこうやって活躍できていることから、努力次第では十分にやっていける業務ではあるが、一定ラインまでもっていくのが大変だ。
その厳しさは現実と理想のギャップが激しい。
主人公願望のあるやつや夢見がちで魔力適性の数値を鼻にかけ努力しない輩にとってはここでの仕事は合わない。
そんな輩たちに対して無駄な労力をかけないため。
今回の事前説明会は入社希望者たちをふるいにかけている。
第一期生とは違い、事前に仕事内容を見せ、現実を見せる。
ファンタジーは決して優しくはない。
理想通りに自分が活躍できるとは限らない。
だが、その苦難の先を越えられるのなら、その手には栄光を。
「先輩、願望入ってないっすか?」
「入ってるなぁ」
なんだかんだ言って、仕事内容はゲームのような内容ではあるが、世界中どこを探してもないと言い切れる命が保証された戦闘を生業とする職業だ。
痛みもある、恐怖もある。
生半可な覚悟では成し遂げられない。
「けど、今の俺たちは新人たちの将来よりも、目の前の仕事だな。構えろ海堂、来るぞ」
「うっす、仕事の始まりっすねぇ」
見上げる視界の先には、ガラス張りになりこの空間が見下ろせる観覧席がある。
そこには今年入社予定の新人たちがずらりと横一列に並び俺たちを見ている。
勝と南の時もそうだったが、その表情は皆期待に満ち溢れ、これからどんなことが待ち受けるかを想像している。
魔紋に強化された瞳に、川崎と榛名の姿も捉え榛名は心配そうに俺を見て、川崎は俺と視線が合ったことに驚いているようだった。
そんな二人の対照的な動きに苦笑を漏らし、施設内に魔力が満ち溢れ始めたことに気づき、模擬戦闘が開始することがわかる。
「そういえば、前もこんなことがあったっすよねぇ。あの時は観客は南ちゃんと勝君だけだったすけど」
「そんなこともあったな。あの時は新人の海堂をサポートしながら戦ってたな。今じゃ立派な戦力になってくれたよ」
「俺は物理的な戦力になる日が来るとは思っていなかったっすけど。あの時はとにかく必死に先輩についていくので精いっぱいだったっすからねぇ」
ゆっくりと鉱樹に手を伸ばし、海堂も両腰から剣を抜く。
「昔は剣を持つだけで興奮してたのにな、ずいぶんと様になったな」
「先輩は前よりも人間辞めてるっすよねぇ」
「自覚はある。安心しろ、お前もいずれこっち側に来るからな」
「うへぇ、先輩見てるとそうなりそうな気がするっすから否定できないっすよ」
そしてゆっくりと俺たちは示し合わせたかのように歩き出す。
談笑しながら徐々に景色が変わる光景に戸惑うことなく。
硬質だった床が、荒野になり砂の感触が足の裏に伝わり。
砂埃が顔を揺らし、魔力によってアメリカの荒野のような風景が構成される。
「遮蔽物は割と多いな」
「そうっすね、いざとなったら逃げられそうっすけど」
「相手次第か」
あちらこちらに飛び交う使い魔は俺たちの戦闘シーンをライブ中継するための物か、それともこれからの対戦相手の目か。
誤って撃ち落とさないかという心配はしない。
する暇もないだろう。
「それにしてもこの会社は本当に容赦ない。手加減っていう言葉が辞書にないんじゃないかって時々思う」
「うへぇ、なんすかあの数。数えるのも嫌になるっすよ。えーと最初に見えるのはオークエリートの軍団っすかぁ」
歩き周囲を確認していた俺たちの前に現れたのは統一された鎧を身に纏うオークの軍団。
そう軍団だ。
一匹や二匹の個体ではなく、ざっと見るだけで百以上はいる。
魔王軍の旗を掲げ、先方、右翼、左翼と整然と並び行進してきた軍団は一定の距離を進んだらその足を止めた。
その動きに淀みなく、指揮系統が機能していることを明確に俺たちに伝えていた。
「おまけに、見ろよ海堂。空にはワイバーンに乗った竜騎兵、これだけでキオ教官と竜王様のとこのダンジョンから来たのがわかるぞ」
「それだけならいいっすよ、奥の方絶対あれってゴーレムっすよねぇ。それもかなりでかいやつ。アミリちゃん本気出しすぎっすよ」
その軍団の後方の上空からワイバーンが飛んでくる。
その数十二、空中を旋回し俺たちをいつでも狙える位置に陣取っている。
そして海堂が指さした先には巨大ロボットかと見間違うような巨体がそこにいた。
その数五。
攻城兵器かと言いたいその巨体に今回の模擬戦闘の本気度合いが手に取るようにわかる。
現状わかるのは鬼王であるキオ教官、竜王、機王であるアミリさん。
この三人のダンジョンからモンスターが出されている。
数、質、ともに昨年とはえらい違いだ。
「はぁ、いるとは思ってたが他の将軍からもプレゼントがあるぞ。左翼はオークじゃねぇ巨人族だ」
「となると右翼は、うへぇ、不死の軍団ってことはフシオ教官のところっすかぁ」
正面から視線を左右にずらせば、右には鎧をまとった一つ目の巨人の軍団、左には骨の馬にまたがり鎧をまとった不死者の軍団。
「この調子だと後詰は樹王様のところで、回復担当ってところか?」
「絶対俺ら二人に割くような戦力じゃないっすよねこれ、いったい何人いるんっすか!?」
想像していた量の十倍を軽く超えてきた。
現存する将軍の勢力から選ばれてきた混成軍。
「指揮する存在がどんなのか気になるところだが、俺が言えることはただ一つだ」
「なんっすか先輩」
「死ぬ気で勝ちにいかないと一瞬で終わるぞ」
「うっす」
戦力差はいったいどれくらいなのだろうか。
これに勝てるかどうかと言われれば、数だけは多いという印象が強く、個体の質的にはそこまで心配する要素はない。
ただ、文字通り軍団。
連携を組まれ、蹂躙される可能性は十分にある。
ドンドンドンとオークの軍団が足踏みをはじめる。
そして、ブオーーーーと角笛の音が戦場に響いた。
それが開戦の合図。
「かは! 行くぞ海堂!!」
「楽しそうっすねぇ先輩!!」
ニヤっと笑い、この場を楽しもう。
鉱樹を横に振り抜き突撃してきたオークめがけて俺は海堂を引き連れて突撃した。
Another side
その光景は実は映画か何かではないかと思ったのはこの場にいた全員思ったことではないか。
眉唾物のような話を信じ、異国からこの島国にやってきた外国人たちは口々に目の前の光景に驚き、興奮し、あり得ないと叫ぶ。
そして同じく、眉唾物のような話を信じ足を運んだ日本人たちも彼らと同じように目を何度も瞬かせ目の前の非現実に目を凝らす。
最初に立っていた男性二人が談笑しながら異形の軍隊に歩きながら向かったときはなんと無謀かと思ったが、戦いが始まり一人の男が軍団の先鋒をたった一振りで吹き飛ばしてしまったことにその認識は誤っていたのだと気づかされた。
「ええ~今戦っているのが現在トップダンジョンテスターの田中次郎さんです。モニター並びに窓の向こうに見える光景からわかる通り、彼は前衛としてダンジョンテスターの活動をしております」
ダークエルフの女性の解説など、二の次にして目の前の光景から目が離せない。
一振り振ればオークが吹き飛び、二振りすれば一つ目の巨人が切り裂かれ、三振りすれば空を飛んでいたはずの飛竜が撃ち落とされる。
圧倒的。
その言葉以外に見つからない。
「その彼をサポートしているのは同じパーティーに所属する海堂忠さんです。彼は魔力適性はさほど高くはありませんが、皆様がご覧になっている通り非常に優秀な魔法剣士へと育っております」
その圧倒的な光景に隠れがちであるが、もう一人の男も決して弱いわけではないと周囲も認識していた。
両手に剣を構え、流れるように相手を切り裂き、そして遠くの敵には魔法を放ち終始自分のペースで戦えている。
また、そのサポートがまた絶妙だと言える。
次郎の背を守り、不意を突かれぬように立ち回り、最大の攻撃を常に相手に叩き込めるようにしている。
そのおかげでたった二人なのにもかかわらず、千近い軍勢と渡り合っている。
「一点補足説明させていただきますが、今彼らが戦っているわが社の軍勢は決して弱くはありません。新人であれば一体でもその場にいれば逃げることも不可能と言われるような存在ばかりです。時と場所によっては災害だと恐れられるような存在と思っていただければよろしいかと思います」
新人の中には敵が弱いと思っている輩もいたようだが、その考えはあっさりと否定され、正しくこの光景は異常だというのがわかる。
その光景を見てあり得ないと言うのは簡単だ。
しかし、現実は目の前にある。
そしてその立ち向かう姿は正しく勇者だと、彼らは心に思った。
「え、あ、ちょ、まさか!? スエラ聞いてないわよ!? 一人でも撃てるの!? 皆さん!! 目を閉じてください!!」
そんな興奮冷めない空間に突如としてダークエルフの女性が慌てたように叫ぶ。
その言葉に咄嗟に反応できる人材はこの場にはいない。
その叫びが響き、ダークエルフの女性がとっさに魔法で窓ガラスを保護したと思うと、その直後窓の向こうが閃光で包まれた。
いったい何が起きた?
窓ガラスを保護したとはいえ、その閃光で目がくらんだ新人たちはいったい何が起きたと思っただろう。
頭を振り、視界が回復するのを待ち、事態の確認のためにモニターを見た時その光景を見た。
「ああ、ええ、皆さん、以上で模擬戦闘を終了いたします………スエラぁ後で説明してもらうわよ」
荒野が抉れ、さっきまでいたはずの軍団が消え去り、代わりに地形が変わった荒野に佇む二人は何やらハイタッチをしているように見えた。
それを見て、戦いは終わったのだと理解した。
何やらダークエルフの女性はブツブツと言っていたが、あまりにもの光景に気づく新人はいなかった。
「この後は、彼らを交えた実地の職業説明になりますので移動してください」
そして、何事もなかったように次に進めるダークエルフの女性、胸元にケイリィと書かれた名札を添えた係員は新人たちの誘導を始める。
その進行に先ほどの光景が衝撃的すぎて誰もが素直に従う。
その移動している最中の新人たちの心に誰もが思った。
いったい何をしたのだと………興奮に混じったわずかな恐怖と共に。
Another side End
Side 次郎
「ああ、疲れた。自分の魔力使って武御雷は疲れるわ」
「いや、さっさと終わらすって言ったっすけど、本当に終わるとは思わなかったっすよ。見てくださいっす。あのゴーレムすら消し飛んでいるっすよ!?」
「仕方ねぇだろ、あのまま放置したらまずかったんだから。腹からエライ大砲出てたし、絶対あそこから大魔法出てきただろう」
たった二人のダンジョンテスターに大人げないと言えるような戦力を、ついに殲滅できる日が来たかと内心で苦笑しつつ、仕事終わりの煙草はうまいと煙草を取り出し吸う。
吸うかと海堂にも差し出すと海堂も受け取り火をつける。
抉れた荒野。
環境破壊まっしぐらな大技を放ち、大軍を蹴散らした。
全力で戦えと言われたが、これでよかったんだろうか?と紫煙を揺らしながら、新人たちからどんな目で見られているかなど考えもしていなかった俺はゆっくりとその煙を吸うのであった。
「ああ、すっきりしたわ」
今日の一言
サボらなければ、過去よりもできるようにはなっているものだ。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが9号で掲載されました。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




