272 自分も昔やったことだなと、懐かしくなる
新人研修。
俺にとっては人生で最初の物理的に修羅場だった出来事だ。
最初はスエラにぶっ飛ばされ、その次は教官二人にぶっ飛ばされと傷の絶えない日々だったが今思い返すとそれがあったから今があると思える。
現代の日本人に存在する根本的危機感の無さ。
命だけは助かるだろう、そうすれば大丈夫というなんの根拠もない自意識がその研修でなんの役にも立たない常識だと打ち消された。
おかげでどんな危機になっても信じないといった考えだけは浮かばない思考を持つことができた。
それ相応の厳しさがあった研修であったが為にはなった。
そんな出来事も、思い返せばたった一年しか経っていないのだ。
あの時俺がしたことと言えば、ダンジョン内の基礎知識、そして戦闘方法を身に着けるための訓練。
座学の時間が本当に癒しだったという思い出を回想しつつ、今日は俺はその懐かしさに身を浸す。
受付を済ませ、どうせ今日一日はこの事前説明会で費やされるのだからと海堂を伴って空いた片隅の席に座り午前の部の講習に耳を傾けていた。
「へぇ、こんなことやっているんっすね」
「お前は別だったからな。それでも俺の時よりも人は多い」
「あれはあれで家庭教師みたいで特別って感じでよかったっすけどねぇ」
小声で海堂が声をかけてきたので、俺も周りの迷惑にならない程度の声量で答える。
ここは俺が昨年使っていた講義室。
大学の講義室のような部屋で、昔は空席が目立つ人数しか集まらなかったが、今回は逆に空席を探す方が大変なようだ。
「海外からあんなに人集まったんすねぇ」
「欧州、アジア圏、アメリカ、世界に七十億以上の人間がいるんだ。いくら適性者が少ないと言っても百人程度なら集めるくらいはできるだろう」
魔力適性に強弱はあれど、最低基準を突破する人物が七十億の中で百人しかいないというのは考えづらい。
その成果が今回の講義室の占有率で、その講義室の三割強は日本人ではない。
同じ国の出身者で集まっているようにも見えるが、中にはそうではない輩もいる。
髪の色もそうだが、肌の色、そして体格。
様々な人種で固まっているグループも見受けられる。
講義室を見渡すだけで日本人でないとわかる輩がたくさんいるのがわかる光景だ。
「俺、大学とか行ったことないっすからこういった授業って新鮮っす。話してる内容とか、普通じゃないのは間違いないっすけど」
「普通の講義でモンスターの説明やダンジョンの説明はしないだろ」
「職業説明もっすよねぇ」
壇上に立っているのはダークエルフのロイスさん。
スーツに身を包み、淡々とダンジョンとモンスターの説明をしている。
その後ろには大型のスクリーンが設置されていて、パワーポイントで作ったのであろう資料が映し出されモンスターの特徴やダンジョンの内容を説明している。
俺が講義を受けているときと同じ光景、多少簡略化はされているが同じような内容。
そして、海堂の言う通り、世間一般ではゲームや漫画といった二次元の世界でしか語られないような内容が真面目に語られている光景。
俺が受けた講義から一年ほどしか経っていないが、懐かしいと思う。
「そういえばあの子っすよね。先輩の妹さんって」
「ああ」
そんな講義の光景の一角に真剣にノートにメモを取っている一人の少女を海堂が見つける。
はたから見ればごく普通の黒髪の日本人の少女にしか見えないが彼女は日本の昔話に出てくる鬼だ。
今では俺の義理の妹になっている榛名の方を見ている海堂は、へぇと感嘆の声を上げる。
「真面目そうな子っすねぇ」
「そうだな」
彼女が義理の妹になったことは海堂にも説明しているが、どういった経緯で義妹になったかは誤魔化している。
だからだろうか、海堂の返答にも淡白になってしまう。
「? なんかあったんっすか? 義妹さんと」
「いや、何もない」
その雰囲気を感じ取られたのか、海堂の頭の上に疑問符が浮かぶも俺は気にせず流す。
気にされても仕方ないとは思うが、彼女との関係を説明するわけにもいかない。
なので海堂には、話す日が来るまでその疑問を抱えてもらうとしよう。
俺も海堂の話を軽く流し、講義へと意識を向ける。
どんどん進む講義の内容は、俺と海堂が改めて確認するほどの内容ではなく、すべて既知の内容。
復習にもなりはしないが、内容が内容だから今の環境に慣れている俺たちでも十分に楽しめる。
「さて、ダンジョンに関しては以上になる。ソウルとブラッドの違いもそうだが、各ダンジョンの特徴も考慮し探索に挑むのが君たちダンジョンテスターの仕事となる」
ロイスさんの説明も佳境に入り、時間を見ればお昼よりも少し前。
二十分ほどは猶予がある。
「ここまでの内容で何か質問はあるか? あれば受け付けよう」
元々そのような時間を想定していたのかここからは質疑応答の時間となった。
ここでダンジョンに関して見識を深めるための時間というわけだ。
どんな質問が出てくるか、俺と海堂は楽しみにしながらその光景を見ていると。
「はい!」
早速一人の女性から手が挙がる。
その女性、後ろの席から見るから後姿しか見えないが多分日本人。
服装はずいぶんと大人しい色合いだなと思いつつ、外国の人たちよりも早く挙手したことに感心する。
「君は、片桐さやか君だったか。質問を言いたまえ」
「はい! 一番お金の掛からない職業と一番お金が儲かるダンジョンはどこですか!!」
だが、その質問の内容のおかげで講義室は
「「「「…………」」」」
謎の沈黙で包まれてしまった。
かく言う俺自身も。
何言っているんだこいつという視線を彼女に向けてしまった。
「ああ、片桐君? 私の聞き間違えでなければ、金銭的費用のかからない職業と金銭的効率のいいダンジョンはどこかと聞かれたのだが、間違いではないかね?」
「はい! 間違いありません!」
時々スエラが絡むとぶっ飛ぶロイスさんではあるが、普段は冷静で落ち着いた雰囲気を出す男性だ。
そんな彼が口元を引きつらせ、何かの間違いだと思い確認しなおす光景はある意味貴重かもしれない。
「………質問に答えよう」
だが、現実は悲しい。
最初は魔法の使い方とか、適性職の判断の仕方とか、ダンジョンの攻略のワンポイントアドバイス等を想定していたのに初手で想定外が来てしまった。
戸惑い、こういった質問は想定していなかったのか間があったが、冷静さは維持しロイスさんは口を開く。
「一概にはそれだという職業は存在しない。大なり小なり装備やその戦闘能力を維持するための消耗品で経費はかさむ。強いてあげて一番装備面で最終的に金銭的費用がかからないのは前衛職である武術家、武闘家、格闘家と呼ばれる肉体を駆使して戦う職業だ。彼らは最終的にはありとあらゆる武具や防具を超える肉体に鍛え上げることを主題としている。君の言う金銭的コストが装備面を指すのなら最終的に自身の肉体のみで戦うこの職業がある意味では一番安いと言える。反面、その特性上肉体を鍛え抜くのは必須だ。どの職業よりも過酷であり、そこまで鍛え上げる過程でどれほどの苦労があるかは私では測りかねる」
ロイスさんの言う最終形態はおそらくキオ教官だろうなぁ。
あの人は己が肉体が最強だと豪語するような鬼だ。
俺は度々その本気モードと出くわす機会があるが、確かにロイスさんの言う通り金銭的コストは他の職業と比べれば少ないだろう。
ただ、普通の人間があの領域に達するには才能と並大抵なんて言葉が可愛くなるほど血が滲むどころか、血を流しながら努力する必要があるだろう。
俺個人、キオ教官は尊敬するしかっこいいとも思うがそのスタイルを目指そうとは思わない。
少なくとも金銭的理由では決して選ばない。
なぜなら、そんな理由で選べば命がいくつあっても足りないというのが理解できるからだ。
「そして一番稼げるダンジョンだが、これも一概には言えないな。量を揃えることや質を優先することを考えることによってそのダンジョンの選択が変わる。そこに自身の実力と危険性といった要素を加味すればさらに選ぶことは困難と言わざるを得ない。君がどういった意図でこの質問をしたか私にはわからないが、それでも一つのダンジョンを挙げるのなら竜王様のダンジョンを私は勧める。かのダンジョンは非常に希少な素材が大量に存在する場だ。それ相応の報酬は期待できる。もちろん危険性などの考慮は一切ないことが前提での話だがね」
そして、彼女、片桐さんが要求した内容。
一番お金が儲かるダンジョン、すなわちドロップ品の買い取り額が一番高いダンジョンはどこかと言われれば確かにロイスさんの言う通り竜王のダンジョンだろう。
竜の素材は何かと応用が利く。
単純に武器や防具としても使い道があるが、鱗や骨、牙、肝といった素材は薬としても重宝する。
まさに無駄無しと言えるような存在が竜だ。
その汎用性の高さから需要も高い。
だが、その反面一個一個の個体の強さは他のダンジョンのなかで頭一つ抜けて高い。
竜と言えばファンタジー世界の中でも最強の代名詞、俺のパーティーも何度か竜王のダンジョンに挑んではいるが、倒す労力のわりに稼げる額は低いというのが印象深い。
おまけに個体数もそこまで多いというわけではない。
割に合うかと言われれば、竜に特化すればいいかも?と言える程度だ。
個人的な感想で言えば、攻略難易度高めで戦闘能力を極めるのが一番効率のいいダンジョンだと思う。
ロイスさんの言う金銭を稼ぐという意味では不向きだと思う。
「以上になるが参考になったかね?」
「はい! ありがとうございます!!」
なんとも元気のいい声だが、まさか本当に竜王のダンジョンに初心者が挑むつもりじゃなかろうな?
おまけに素手で、もし前衛の研修者に彼女がいたらそれとなく止めようと心に誓い微妙な空気になった講義を静かに見守る。
このまま質問者が出ないかと危惧するものの。
幸い、彼女の質問の後でもちらほらと質問が上がる。
その挙手の量に、最初はロイスさんも警戒していたが、その内容が普通にダンジョンのことや魔法のことといった質問なので普通に受け答えしていた。
そして、段々と講義の時間の終了が近づいてくるころ。
「質問よろしいですか」
「君は、川崎翠君か構わない。続けてくれ」
「はい、私たちはダンジョン攻略に関しては素人です。新人研修なども行なってくれると聞いていますが、実戦経験は皆無です。なのでその経験不足を補うために、第一期生の方々のパーティーに入ることは可能なのでしょうか? あるいはサポートを依頼することは可能でしょうか?」
川崎が挙手し質問を述べた。
その内容に、俺は一瞬ドキリとする。
うちのパーティーに受け入れることはまずないとはいえ、何が起こるかわからないのがうちの会社だ。
この質問を聞き逃す理由にはならない。
「どちらも可能だ。ただ、パーティーに入ることに関してはそれはあくまで一期生のパーティーが募集、もしくはスカウトしてきたらという形になる。現在稼働しているパーティーは四つだ。そのパーティーに全員が入れるわけではないというのはあらかじめ承知しておくように。支援依頼に関してはそのパーティーの都合もある、本来の業務内容に支障が出ない範囲での協力となるだろう」
「アピールしてそのパーティーに入る機会とかはないんでしょうか? あるいは自発的に入れてほしいと願うことはしていいんでしょうか?」
「我が社の方で希望制になるがアピールシートを入社の際に配布する予定だ。君たちの能力はいまだ未知数だ。その段階で現状稼働しているパーティーのダンジョンテスターが選んでスカウトすることはできないだろう。現状の君たちの能力あるいは将来性をはかることもできないのだからな。スカウトのしようがない。なので研修終了後にそのアピールシートを社内サイトに公開し、パーティーの結成、あるいはスカウトといった交流の場を設けることは決まっている。後者に関しては会社としては止めないが、パーティー側から苦情が入った際になんらかのペナルティを科す可能性があるから過度の期待はしないように」
「そうですか、ありがとうございます」
川崎の発言、その内容を聞き俺は、少し不安になった。
先ほどの発言は、彼女は現状稼働しているパーティーに入りたがっているようにも聞こえる。
ただ、最初の女性との質問と違って川崎の質問の内容は他の二期生たちにも興味のある内容だったようだ。
それもそうか、経験者と一緒に行動できるのなら行動したほうがいいに決まっている。
経験者がいる分危険度はぐっと下がる。
その可能性を確認できただけでも、彼女の質問に価値は出てくる。
実際、俺たちのパーティー以外の一期生は二期生を迎えるような風潮が出るような流れができている。
その中で俺たちだけ入れないという流れは、あまり歓迎できない。
「では、時間だ。午後からは模擬戦闘を見せる。昼食は社食を開放するのでそっちで食べるのもこの場で食べるのも自由だ。各自午後の内容には遅れないように、以上解散」
そんなことを考えているとチャイムが鳴り昼休憩となる。
ロイスさんの締めの言葉で、講義は終了し講義室にざわめきが生まれる。
そんな光景を見つつ。
「面倒ごとだけは勘弁してくれよなぁ」
新人が入ってくる将来に向けて色物が意外と多いことに俺は不安を抱え込むことになってしまうわけであった。
今日の一言
ずいぶんと濃いキャラが揃ったなぁ。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが9号で掲載されました。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




