271 春っていうのはいろいろと変わり目なような気がする
春と言われて、一番初めに何を思い浮かべる?
季節柄、桜と答える人も言う人もいるだろうが、ほかにも学園行事で言えば卒業式というのも挙がるだろう。
逆に入学式と答える人もいるかも知れない。
さて、なぜ俺がこんなことを考えているかと言えば。
「MAOcorporationへようこそ」
なぜか、入社予定の新人の受付をやっているからだ。
「はーい、新人さんはこの道をまっすぐ行ったところにある講義室に集まるっすよ。そこで説明会があるっすから」
今回やるのは入社前の事前説明会だ。
春先、入社式前に会社の業務内容の説明を兼ねている。
俺は受付で事前に周知し、メールで参加の可否を確認していた面々の出欠確認と、受付に来た際に今回の説明会で使う資料を渡している最中。
少し離れたところには誘導を手伝ってくれている海堂もいる。
本来、ダンジョンに潜る準備をしている時間帯に、なぜ俺たちがこんなことをやっているかと言えば。
「いやぁ、助かるわよ次郎君」
「次は、もう少し早めに連絡してください。俺たちにも予定ってものはありますから」
「わかってるわよ~ええ、スエラにあんな目で言われたらねぇ……次は気を付けるわ」
「自業自得です」
隣で一緒に受付をやっているケイリィさんに頼まれたからだ。
いくらダークエルフが人の姿に似ていると言っても、外国人に話しかけるくらい程度には気合がいる。
その隣に日本人の俺がいるのならさほど緊張せずとも受付に来れるという発想らしい。
今日は鎧ではなく、スーツを着て新人を迎え入れる。
いつもと違う恰好で、少し違和感があるのは少しおかしい。
昔はずっと着ていたのにな。
やること自体は問題なかったが、ケイリィさんから伝えられたのが三日前、いきなりのことで参加できたのは俺と海堂だけ。
残りの北宮、南、アメリア、勝は今日は用事があってこれない。
おまけに他のテスターたちも、用事があってこれないと来た。
ケイリィさん曰く、伝えるのを忘れてたとのこと。
隣でスエラに何を言われたかわからないが、少し遠い目になっているケイリィさんを脇目に新人が来るのを待つ。
説明会が始まるのは朝九時。
今は受付開始の八時から少し経った程度だ。
早い人は受付前から来ていたが、そういった人は少数。
今は早めに来た面々も講義室に移り、まばらに来る新人を迎えている。
中には。
「おお、師匠!! おはようございます!」
「マスターって呼ぶなベニー、俺はお前を弟子に取った憶えはないぞ」
先に会社の寮に入っている海外組も現れ始めている。
「いやいや、君が僕を弟子にしてくれるまで僕はあきらめないよマスター!」
あの日の模擬戦以来、なぜかベニーは俺に会うたび弟子入りを志願してくる。
魔王軍には俺以上の実力者もいるし、もちろんベニーの望む前衛を教えてくれる存在も多い。
なのにもかかわらずこうやって俺にこだわる理由はなんだ?
「何せマスターが侍だからね!」
「俺は侍じゃないって、何度言ったら認めてくれるんだよ」
と考えるまでもなく、こいつが侍好きだからそれっぽい俺に教えを乞うているのであろう。
正直、迷惑だと思わなくはないが、純粋な思いゆえに邪険にできない。
説明会の資料を渡せば楽しそうにその資料を眺めているベニーを見る。
「はぁ、ベニーもう少し静かにしてくれ。今日で二十だろうが、良い大人ならもう少し大人しくしろ」
「はい! わかりました、マスター!」
無邪気。
それが俺の中でベニーに向けて抱いた印象だ。
何事にも新鮮に反応し、人生を楽しもうとしている。
つい先日まで未成年だったのだから仕方ないと言える部分もなくはないが、無邪気すぎるような気がしなくもない。
その思いがこのまま続けばいいと思うが、個人的にはもう少し落ち着きを持ってほしいところだ。
ダンジョンでもあのノリだと先が思いやられる。
「おう! 兄弟! 元気そうだな!」
「てめえと兄弟になった覚えはないぞバート」
そしてそんな無邪気なベニーの背後からぬっと巨体が出てくる。
あの模擬戦の時に絡んできた黒人の男だ。
名前をバート・オルグレン。
俺に負けた時は威嚇すらしそうな勢いだってのに、俺が年上って知ってかつ寮の中でばったり会い、とあることがきっかけで仲良くなった。
今ではかなり距離感が近い。
「子供と長電話して寝不足にはなってないだろうな?」
「ハハハ! それはないぜ、頭はイマイチだが体力だけはあるからな!!」
「その頭に今日の講義の内容を少しでも詰め込んでおけ」
力こぶを作り体力アピールをするバートに呆れ交じりのため息が出てくる。
頭が残念だと豪語するこいつ、厳つい容姿から意外かもしれないが二十二歳で既婚者だ。
子供も二人いて、長男は五歳で長女が三歳。
一家の大黒柱が海外赴任してきていいのかよと思わなくはないが、彼曰く前の仕事よりもしっかり稼げそうという理由らしい。
そんなバートと仲良くなった理由が彼が養うと誓った家族が関係している。
俺が偶然バートの家族写真を拾ってそれを探しているバートに出くわしたわけだ。
最初は嫌そうな顔でひったくってきたが、その写真は誰かということを俺が聞き。
俺ももう少しで子供が生まれると言うと、コロッと態度が変わったわけだ。
気性は荒いが、愛妻家で子煩悩。
話した感じで悪い奴ではないのはこの二、三週間でくらいで分かった。
「ちょっと、あとがつかえているんだから早くそのでかい図体をどかしなさい」
「お、シュアじゃねぇか、相変わらずちっせぇなぁ」
「あんたがでかすぎるのよ」
「まぁまぁ、二人とも今日は待ちに待った説明会だよ!」
それでこの流れだと彼女も来るわけだ。
むすっとした感じで腕を組み、バートの後ろから現れるのはこの三人組の紅一点である朱亞だ。
気が強いが、逆にそれが気性の荒いバートとマイペースなベニーと相性が良かったらしく。
なんだかんだで、あの日の模擬戦から一緒に行動する機会が多くなった三人。
日本という異国の地でこうやって仲を深めるのは良いことだ。
バートのからかいに下段蹴りでツッコミを入れ、バートはさらに高笑いをあげ、ベニーがそれをたしなめる。
凸凹トリオだと思うが、バランスが取れていると思う。
強いて不安要素を挙げるのなら、このままだと全員前衛職で構成されそうな予感があるくらいか?
そんなことを思いつつ、バートと朱亞に資料を渡して受付を済ませる。
「調子は良さそうだな」
「当たり前よ、体調管理も武術家として基本なんだから」
「そうか、聞くだけ野暮だったな」
家が道場の所為で要所で体育会系の発言が出るのが、北宮と違った気の強い女性らしさなのだろうか。
あっちはキャリア系、こっちは肉体系、気の強い女性というだけでも雰囲気が違う。
ただ、ある意味では北宮よりも朱亞の方がダンジョンテスターとして向いている性格をしているかもしれない。
プロポーション的には身長が高い分北宮に軍配が上がるかもしれんが。
「気のせいかしら?今失礼なこと考えられた気がするんだけど?」
「何を言ってんだ?」
勘の鋭さは北宮と同じくらいか。
ただし、こちらのポーカーフェイスを舐めるな。
その程度の揺さぶりはへでもない。
「マスターは午後からの実技の講義にでるのかい?」
さらりとすごい直感を見せる朱亞に内心で冷や汗を流しながら、表面上は何ともないようにふるまい、ベニーの話に乗る。
「実演で出ることになってるな、まぁ、無様な姿は見せないように努力するさ」
「お、なんなら後でリベンジ受けてくれよ、あれから少しは強くなったんだぜ!」
「あんたがなんで先なのよ。私が先に決まってるじゃない」
「暇があったらな」
日本人は何かと慎重に動くが、こういった外国特有の積極性は見習ってほしい。
日本人はリスクにおびえ消極的になりがちだからな、ああいった感じでチャレンジ精神が豊富な部分は羨ましくなる。
ただ、会うたびに模擬戦を申し込まれるのはさすがに勘弁してほしいが。
ガヤガヤと騒がしい三人を見送り、一息をつく。
そして、隣を見ればちょうどケイリィさんが受付を終わったところだった。
褐色肌の男性。
身長は俺より高く、体も鍛えこまれている。
容姿はその国での価値観はわからないが、男の俺から見ても整っているように見える。
そして何より、その力強い瞳にほうと感心する。
俺の視線に気づいて、会釈だけして去っていく彼の背を見送る。
「お、いい人材に目を付けたわねぇ」
「期待の新人ってとこですか?」
じっと見ていたことから、ケイリィさんは俺が彼に興味を持っていると思ったらしくニヤっと笑いながら彼のことを教えてくれる。
「ええ、海外組の中では一番の期待の星ってところね。名前はイシャン」
「姓は?」
「あ~姓の方はねぇ。彼、孤児なの。本当だったら今回も彼の家族の面倒を見るためにスカウトを断られるところだったけど、うちから支援することで話を受けてもらったの」
「なるほど」
「だから、そういった部分は慎重にお願いね」
「わかりました」
個人事情は人それぞれ、それを吹聴する理由もなければする気もない。
素直にケイリィさんの言葉にうなずき、さて仕事に戻ろうとするが。
「あ! 田中さん! なんでここに!」
来たな厄介の種が。
思わずそう言いたくなったが、さすがにそれを当人に言うのははばかられる。
「ここの社員だからだよ。スケジュール表でも俺の名前が書いてあったと思うが」
「あははは、同姓同名かと思って」
なので、自然と対応は無難になる。
「こういう時の俺は自分の名前の個性のなさを嘆けばいいのか?」
前の会社では営業先の知り合いという関係。
少し前は勝の親戚という距離感。
ただ、今では事情を知り微妙に距離感をはかりかねている。
「いや、私に聞かれても、ってということは田中さんもダンジョンテスターなんですか?」
「ああ、それなりにやらせてもらってるよ」
「それなりって次郎君。君、なんだかんだ言ってダンジョンテスターの中では最強なんだから謙遜しすぎると新人に舐められるよ」
「ええ!? 田中さん最強なんですか?」
「ダンジョンテスターの中ではって話だ。この会社内では中堅どころってところだろうがな」
「……はぁ、そうなんですかぁ」
朗らかに会話をしているが、今後のことを考えると若干胃が痛くなってくる。
南と北宮にはまだ彼女が入社することは伝えていない。
今回の説明会で入社を辞退する可能性もある。
というのは建前だ。
本当は、少し彼女を見極めたいからだ。
だから南たちには悪いが、彼女たちの情報を得ない状況で川崎と話がしたかった俺のわがままだ。
「でも、良かったです知り合いがいて。初めての会社だと色々と緊張しますしね」
「お前がそういうたまか? 前の会社の時だって、結構切り込んでいたように思えたけどな」
「ええ!? 私ってそんな印象だったんですか?」
「ああ、俺の中ではな」
改めて意識して会話した感触から考えると、距離感がうまいというのが印象に残る。
相手を不快にさせず、けれど印象付ける。
声の大きさ、仕草、そこら辺に気を配っているのが見受けられる。
だからあえて俺の中での印象をはっきり言ってみたが、あっさりと流された。
「まぁ、お前以外にも新人は大勢いる。精々、新しい会社を楽しむんだな」
「そこは他人任せじゃなくて、先輩として一つくらいアドバイスをくれてもいいんじゃないですか?」
「そうだな、なら一つだけアドバイスをしてやろう」
「お、言ってみるものですね」
掴みどころのない奴だな。
そして強かだ。
「開き直ることが意外と重要だ」
「え? それってどういうことですか?」
「言葉のままだ。ここは常識で測れるような会社じゃない。それだけだよ」
「なんか、怖いこと言いますね?」
「事実しか言ってない」
「ええ、余計に不安になるんですけど?後輩脅して楽しいですか?」
「そんなことで楽しむ趣味はねぇよ。ほら、俺も仕事中だ。まだほかにも受付しないといけないんだ。俺と会話している暇があるのなら資料にでも目を通しておけ」
「はい、そうさせてもらいます」
さりげなく、俺から社内の情報を引っ張ってこようとした。
自分の容姿の使い方も心得ているとなると、厄介だ。
資料を渡して、今ので何度目かになるか。
講義室に向かう背を見送り、そして新たな新人を迎えようとすると。
「あ、あの、よろしくお願いします。お兄様」
「……」
おどおどと受付前に立つ少女の姿を見て、溜息を吐かなかった俺を褒めてほしい。
「とりあえず、社内でお兄様は止めてくれ。ここでは苗字で呼んでくれ」
「それだと、同じ田中なので、少しわかりづらいのですが」
「それもそうか、なら名前で頼む」
「はい!」
事前に叔母である霧江さんとお袋から事情は聴いた。
うちの会社は無事、日本とのコンタクトに成功したらしい。
その際に交渉して今は術で角を隠している榛名をこの会社に入社させることをお袋がねじ込んだらしい。
入社社員名簿に榛名の名前があったときにお袋に怒鳴り込んだが。
『大丈夫、大丈夫! なんとかなるって!』
いつものお袋のペースでのらりくらりと躱され。
『今回の話は、我々の組織からしても非常に重要な案件となります。なので是非とも、今回の件は慎重にお願いします』
霧江さんには釘を刺された。
一体全体今年はどうなるのか。
子供が生まれるというのに、波乱の幕開けではないかと不安になる。
とりあえず今は。
「講義室はこの先だ」
「ありがとうございます。えっと、次郎様?」
「さんにしておけ」
「はい! 次郎さん」
この鬼少女を送り出し。
どういった関係と目を輝かせているケイリィさんにどう説明するか悩むのであった。
今日の一言
春先は出会いの季節というが、波乱しか思い浮かばねぇ。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが9号で掲載されました。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




