267 重要書類を見るときは飲食厳禁
度々、突発的な事件や研修、特別訓練といったイベントが続発する我が社であるが本来の業務中は意外と穏やかだったりする。
いや、世間一般、現代日本からすれば異常の一言で済むような業務内容であるが、慣れてしまえば意外と平穏だと言える……ハズだ。
ダンジョンに挑み、精査し、改善点を見つける。
やっている内容は工事現場の点検と大差ない。
そこに戦闘という変な部分が加わっているだけ、って言い訳にもならないが、そこが他所とは違うのだろう。
ダンジョンテスターの仕事などは大体が戦って気になったところを改善するという内容であるが、他に装備品の手入れや消耗品の補充などの雑務を除けばこんなものだ。
唯一気苦労を挙げるとすれば、俺たちが攻略できてしまう段階でそれは正常ではなく問題なので、ある意味で現状ダンジョンの改善に終わりが全く見えていないということだろう。
俺を含め、海堂たちパーティーメンバー全員まだまだ伸びしろがある。
強くなれるとわかっている段階で、完成の目途など立つはずがない。
よって、目下ダンジョンが完成する日は遠いということだ。
幸か不幸か、一応ダンジョンの構造上での終わり自体はあるが、最後に待ち受けているのが教官だと思うと。
「先は長いな」
「? なんか言ったっすか先輩?」
「いや、なんでもない」
さっき思ったことをあっさり翻すのもどうかと思うが、あの言葉はダンジョンを攻略できてから言うべき言葉だ。
それを考えれば、まだまだ先は長いと思うほかない。
そんなことを思いつつ、今日もカタカタとダンジョンテストの内容をまとめるためにパソコンのキーボードに指を走らせ、報告書を作る。
「さて、問題点を洗い出したが問題は改善方法か」
この作業もある程度は慣れたものでサクサクと進む。
ダンジョン内で疑問に思ったこと、あるいは苦労が少なかった点や、気づいた箇所を見やすくまとめる。
時に図や、別添の資料を作りグラフなども添えることもある。
それで少しでも相手にわかりやすく伝わるように作り上げる。
そこまではいいのだが、様式が決まっている報告書で毎回躓くのはこの先、悪い部分をどう改善すればいいのかという部分。
攻略している側から見ればダンジョン側の問題点とは隙のことだ。
そこを突けばどれだけ労力を抑えて攻略できるかという話だ。
そこを指摘し逆に強固にせねばならないのは意外と頭を使う。
アイディア勝負な部分もあるし、理屈的な部分も求められる。
突飛すぎる発想は時には役に立つが、費用がかさんでしまえば設備的に意味がない。
堅実に案を出すのもいいが、対策がされやすい。
この匙加減が意外と難しい。
ダンジョンであっても無限に予算があるわけではない。
人工物というだけあって、そこに人の手?と言えばいいかわからないが、誰かしらの手が関わっている時点で予算がかかっている。
ただただ高価な内容を挙げればいいというわけではない。
「この前は何を使ったっけ? 南ちゃん覚えているっすか?」
「即死系の罠のオンパレード、呪いバージョンでござるな。あのダンジョンは純粋な物量はあるでござるから、そこに一つスパイスということで状態異常系に偏らせたらどうなるかって話でござった」
その設備で流用できる部分があれば流用し、少しでもコストを下げ、効果的な内容を提示する。
それがダンジョンを造った側とは違う第三者である俺たちの役目だ。
「あ~、そうだったっすね。あれくらって俺、三日間くらい動けなかったっすから。マジでヤバかったっすね。スパイスどころの話じゃないっすよあれは……死ななかったのが不思議だったっすよ」
「双子天使がすげぇ頑張ってたからなぁ。幸い、南の挙げた禿げる呪いとか地味に精神的に来るギャグ系統がなかったのが幸いか」
今日は俺と海堂、そして南という組み合わせで報告書を作っている。
俺と海堂が一緒に書類を作るのは日常的だが、今日は講義がないとかで暇だという理由で南が来ていた。
「ほんとそれっすね。回復したら頭から髪の毛消えてたってなったらさすがにショックが半端ないっすよそれ」
「拙者的には、常時足の小指に箪笥にぶつかった痛みが走り続ける呪いとか面白いと思ったんでござるが」
「んなピンポイントな呪いあってたまるか」
南はこういった嫌がらせ的なことを考えさせればうちのパーティーの中では一番だ。
それがダンジョン改善案で光るから、その才能も馬鹿にできない。
致命的というよりは、相手の行動を阻害させ、モチベーションを下げるといった精神的負担から、倒せないまでも全力を防いだり、万全の状態でいさせないといった相手を不利にするアイディアが多い。
それだけで弱いと感じることなかれ。
実際に体験してみるとこれがまた厄介。
戦いづらいったらありゃしない。
「戦った感じアンデッドに足りない部分を補填する感じでいいと思うんだが……」
「そこら辺が難しんっすよね。弱点って言ったら光属性の攻撃とかっすけど、種族的な問題っすからねぇ。強いアンデッドを配置してハイ終わりってわけにはいかないっすから」
「各階層のコスト制限が痛いでござるよ。対策を打ったらそれだけでコストがかさむでござる。そのコストの上限を増やしてほしいと思うでござるが、それができたらきっとやっていると思うでござるし」
「早い、安い、強いの三拍子はどこの企業でも悩みの種か」
そんな南でも常に溢れんばかりにアイディアが出るわけではない。
アイディアにもきっちりと枠がありその枠以内に納めないといけない。
企業側が求めるものはどこも大差ない。
早く生産でき、低コストで、スペックがいいもの。
そんな理想を常に追い求めている。
昔は無理でも今ならできるという、技術のブレイクスルーでどうにかなってきたが、それも努力という下積みがあってこそだ。
「いっそ自爆ゾンビとか入れてみるでござるか? 数だけは多いんでござるし、こう、抱き着いて自爆みたいな感じで」
「全部それにするんじゃなくて、混ぜる感じでいってみるか、コストパフォーマンス次第だがな。あとはそうだな、無酸素空間を増やしてみるか、アンデッドなら呼吸なんて関係ないし、空気がなければ音も出にくいから奇襲もしやすいか」
「逆にそこ罠があるって知らせないっすか?」
「そこを通らなければ先に進めない位置に配置すればいいだろう? だが、それだけだと弱いか」
「無酸素空間だけで普通なら終わりなんでござるが、最近はリーダーだけではなく拙者もその程度ならと思えるようになってきたのが怖いでござるよ」
こうやって討論して、可能か不可能かを吟味しつつ報告書を仕上げていく。
どうすれば厄介になるか、どうすればより凶悪になるか。
そして、その凶悪になったダンジョンに俺たちは挑むわけだ。
「ホラー映画ネタは出し尽くした感があるからなぁ」
「和洋問わず映画ネタは使ったっすからねぇ、おかげでうちの部屋の棚にホラー映画がずらりと並んでいるっすけど」
「拙者、必要経費でホラー映画をまとめて買って領収書切る日が来るとは思わなかったでござるよ」
ただ悲しいことに、魔法という便利な技能があることで、なかなか有効手段というのが思いつかないのも現実。
ましてや、相手は魔王を討伐するような輩だ。
並の発想では足止めすらできない。
参考資料はいくらあっても足りないのだ。
そんなことを考えながらも、それからいくらか時間は過ぎ。
四苦八苦しつつ、どうにか報告書をまとめ上げれば午後三時を過ぎており、コーヒーが冷めていたのでインスタントだが淹れなおす。
「ふぃ~、どうにか終わったっすねぇ。最近求められてくる基準が高くなってきてる気がするっすよ」
「もともとの到達基準が高いからな、なにせ世界の命運を握った勇者が攻略できない代物を作ろうとしてんだ、それも仕方ないがな」
「拙者としては、そんな相手に対策を打っているダンジョンにもうすぐ入ってくる無垢な二期生が大丈夫かどうか心配なところがあるでござる。いざ挑んで全員返り討ちとかあり得そうで怖いでござるよ」
「そうなるようにするのが俺たちの仕事だからな。失敗を恐れるなって言うしかないよなぁ。アミリさんのダンジョンなんて昨年と比べれればだいぶ様変わりしているしな。多分、昨年の俺が挑んでたら心が折れてたかも」
「大丈夫に聞こえないっすよねぇそれ、けれどアミリちゃんはだいぶ喜んでたっすよ。いろいろと効率もよくなったみたいっすから」
ようやく終わった仕事に一段落し、時間は余ったがこの後ダンジョンに行くほど時間があるわけではない。
何をするかと考えていると、開けっ放しにしていたパソコンの画面にメールの通知が来る。
「このタイミングにメールって、誰から……エヴィアさん?」
その差出人がエヴィアさんだという事実に、急ぎの仕事でも来たかと思いコーヒー片手に確認する。
俺の言葉が聞こえたのか、海堂も南もさっきと違って静かに俺の方を見る。
「なんかあったっすかね?」
「リーダーのあのパターンだといっつもトラブルでござるから、今回も?」
「あり得るっすねぇ。前の会社も、ほっとしたタイミングでトラブルが来るんっすよ。俺らとは関係ないことで」
「それって、完全なとばっちりでござるよね?」
「そうっすよぉ、となると今回はテロリストの鎮圧か何かっすかね?」
「それくらいなら呼ばれないでござるよ。きっと、どこぞのお姫様をつけ狙うドラゴンの討伐とかでござるよ」
「お前ら、秘密にしたいならもう少し静かに話せ。というかどっちも魔王軍側の存在だろうが、なんで俺が身内を相手しないといけないんだよ」
そして、エヴィアさんからのメールイコールトラブルと決めつけているようだがあいにくと今回は違うようだ。
「新人用の武具の試験要請だよ。最初に配る武具の感じを報告書にまとめろとのことだ」
「お~、普通の仕事っすねぇ。人間が俺らしかいないっすから当然といえば当然っすけど」
「そうでござるねぇ、今度はどんな凶悪犯を相手にするかと思ったでござるが」
「南一人で龍王のダンジョンに放り込んでもいいんだぞ?」
「武装チェックもテスターの仕事でござるよね? 拙者張り切るでござるよ!!」
エヴィアさんからのメール内容は新人用の武具のチェックだ。
強すぎる武器を与えるのも問題だが、必要最低限というわけにもいかないのは俺たち一期生で分かった教訓だ。
この際だから、ある程度の場所までは通用する品を与えようということになったらしい。
それ自体は賛成なのだが……
「南がやる気なのは非常にうれしい限りだ。それなら、海堂と一緒に魔法関連を任せるか」
「どんとこいでござるよ!」
「ちょ、南ちゃん。先輩があんな風に言うってことは絶対に何かあるっすよ」
「海堂はよくわかってるな」
依頼してくるのがエヴィアさんの段階で一筋縄ではいかない。
俺は安請け合いする南に笑顔で教えてやろうと背後を指さしてやる。
俺の指さす先には無線で印刷できるプリンターが鎮座している。
そのプリンターはさっきから印刷しっぱなしで、動きを止める様子がない。
「魔法職の武具防具合わせて大体三百品目、その装備がどこまでの階層に対応できるか調べておいてくれ」
「鬼でござるか!?」
「あいにくとまだ人間だよ」
「そういう問題じゃないと思うんっすけど」
「ちなみに前衛の確認項目は約五百品目だ。一緒にやるか?」
「やるでござるよ海堂先輩! 北宮も巻き込めばどうにかなるでござるよ!!」
「そうっすね!! 勝君とかも呼べばきっと終わるっすよ!!」
「白々しいな、ん?」
さすがに一人でやれとは言われておらず、手伝いでジャイアントがつくが、それでも一つのパーティーに任せる量ではない。
これは他のパーティーも巻き込まねばと思い、現実逃避している海堂と南を脇目にスケジュールをどうするかと悩んでいるとさらにもう一つファイルがあることに気づく。
件名は、第二期生の資料。
もしやと思い開いてみればそれは、現在確定している第二期生のテスターの一覧だった。
名前生年月日はもちろん、顔写真と出身国が書かれている。
簡易的な履歴書という物だ。
国外からも呼び寄せると聞いていたが、本当にやってくるとは思わなかった。
流石に魔力適正とかは書かれていないが、それでも資料としては十分だ。
スクロールし、どんな奴がいるか眺めていると。
「ん?」
一人の履歴書で俺の視線は止まった。
それが珍しい人物や有名人ならよかった。
「……マジか」
同姓同名の人違いならなおよかったのだが、あいにくとそうではなかったようだ。
川崎翠。
この名前を見た時まさかとは思ったが、写真を見て間違いない。
俺の知っている彼女である。
何を思って転職を決意したか、あるいは何を思ってこの会社に入ろうと思ったのか。
そんな疑問が浮かぶならまだマシだったんだろうが……
「よりにもよってこのタイミングかよ……」
なんともタイミングが悪い。
南と北宮が勝に対して攻勢を仕掛けているのに、そのタイミングで勝の初恋の人が入社してくる。
どこのラブコメドラマだと頭を抱えたくなる。
「お、いきなりリーダーが頭を抱えたでござる。やはりトラブルでござったか」
「そうみたいっすねぇ、まぁ、今更って感じはするっすけど」
どっちかと言えば俺のトラブルよりは南と北宮のトラブルなんだけどなと頭痛がしそうな気配を感じつつ、とりあえずあとで南に見せるかと思いつつ最後まで見ようと残った資料を眺める。
気分転換にコーヒーをちびりちびりと飲んでいると。
「ゴフォ!?」
「リーダーが吹いたでござる!?」
「何事っすか!?」
俺はあり得ないものを見てコーヒーが気管に入ってしまいむせてしまった。
現実を認めたくない、だが見ないといけない。
そんな気持ちを持ちながら、海堂と南が何かを言っているが気にすることができず、そっとその現実を見る。
「夢じゃねぇよな」
〝田中榛名〟
それはお袋が引き取ったはずの鬼の少女の名前だった。
今日の一言
認めたくないと思いつつも現実は変わらない。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが9号で掲載されました。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




