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263 個人事情の解決は難しいが、解決の糸口がゼロというケースは少ない

「なにをする、ねぇ」


 ここまで重い話になるとうかつに動けないのは確かだが。


「逆に聞くが、何をしてほしい?」

「む、質問を質問で返すの卑怯でござるよ」


 対処法がないわけではない。

 慎重対処しないといけない事案ではあったが、そこまで気負う必要はなかった。

 冷静に、今後のことを決めようと本腰を入れる。

 伊達に修羅場を潜り続けているわけではない。

 今の会社だけではない、前の会社だってトラブルは日常茶飯事。

 トラブルに対する経験値は並以上どころか、胸焼けするほど体験している。


「俺が勝手にやるのもまずいだろ。当事者の意見も聞いた方がやりやすいからな」

「そう言われれば、そうでござるが」


 一つの問題で躓いていてはあっという間に問題が山積みになってしまう。

 なので、対処法というのを俺は持っている。


「拙者からすれば手詰まりで何をすればいいかわからないのが正直なところでござる」

「そういうことか」


 今回の勝の件は早めに手を打った方がいい。

 後手に回れば回るほど収拾がつかなくなる。

 確かに南の言う通り厄介な問題で対処が難しくはあるが、突破口がないわけではない。


「そうだな、ならまず問題点の洗い出しからだが。まぁ、問題点と言っても、勝の精神状態というより思考の方向性が変わらなくては話にならんだろうな」


 今まで南としては、急に動きを変えると悪い方向に変わるのではという不安から、行動を変更できなかったみたいだ。

 まぁ、一人の視点だけで動けばそういったケースは多い。

 そういう時に必要なのは第三者からの視点だ。

 意外とこういう時はダメだと思っていた方法も、他人から見れば大丈夫だというパターンもある。


「思考の方向性でござるか?」

「ああ、よくある話だが、こうでなければだめだと思い込むと人間っていうのはいかに成功することが保証され効率が良くて効果的な方法であっても価値を見出せないものだ。極端な話になるが、目玉焼きにつける調味料は醤油以外ありえないと言っているようなものだ。塩コショウ、マヨネーズ、ケチャップ。味のバリエーションは様々あるのに醤油以外はまずくはないだろうが醤油以上ではないと思い込んでいるってことだ」


 試していないのになと付け加え、冷めているコーヒーをすする。

 勝の状態もそうだ。

 必要とされているということはわかっているはずなのに、自分に対して価値がないという見方が拭いきれていない。

 絶対という確信も持てず。

 この点を改善されない限り、勝に自主性が芽生えることは難しいだろう。


「勝の場合は極端に自己評価が低い。第三者の意見を肯定できないほどにな。滅私奉公なんてところまでいってないだけましだが、それでも状況が悪いのに変わりはない。そこを改善し、自己目標を定めさせる。それが着地点だろうな」


 勝の行動原理は、失恋や親に見捨てられるといった人間関係の崩壊から一気に歪んだ。

 何か失敗すれば捨てられることが前提になってしまい、自分への価値評価が暴落。

 言うところ、自信喪失ということだ。

 孤独を恐れ、他人と繋がっていなければ不安になってしまう。

 常に相手の後ろを歩き、カルガモの子供のようについて歩かなければ落ち着かない。

 そのために常に相手の顔色を伺う。

 前にレジャー施設で北宮に対して慰めていた行動はいわば経験していたからこそできた対応だ。

 行動はできる。

 だが、自主性はない。

 南の行動でなんとか立っているといったところだ。

 それを改善するのなら、まずは自己評価を変えさせる必要が出てくる。


「リーダーの言っていることはわかるでござるけど、それができれば拙者がやっていたでござるよ」


 言うのは簡単だが、実現するのが難しいのが世の常。

 内容の確認に南が何を当たり前にと苦言を言うが、俺は気にせず続ける。

 やれることは意外とあるぞと付け加え、考えついた今後の行動を提示する。


「俺たちが取れる手段はいくつかある。オーソドックスなのは現状維持だな。勝の行動次第だが可もなく不可もなくっていった感じだ。下手に動かず様子を見るのは有りと言えば有りだ。ただまぁ、干渉は最小限になるから成長して改善するかもしれんが悪化するリスクもある。

 他は、俺たちがあいつの進路を決めるために介入することだ。これはあまり気が進まんが、ある意味一番手っ取り早い。俺たちの意見で勝の生き方を決めつける。その通りに勝は生きる。極端な言い方だろうが、南の話からすればそのスケジュールを支えにして生きることはできるだろうよ」

「拙者がさせるとでも?」

「思わねぇよ、何かしたいと思っている時の最終手段だと思っておけ。一つ目だって、最悪成り行きに任せるって方針になる可能性もある」

「そうならないように、拙者はリーダーに相談しているつもりなんでござるが?」


 改善策の妙案を提示しない俺に段々と、南が苛立っているのがわかる。

 俺としてもふざけているつもりはない。

 真面目に勝に対して考え、行動できる選択肢を提示している。

 今言った二つは、あまりとりたくない行動を言ったまでだ。

 だが、物事に絶対はない。

 最悪は常に付きまとう。

 それを想定していないか、想定しているかの差はでかい。

 なので、あえて言ったまでだ。


「だろうな。だが、そうなる可能性を無視するのは些か危険だぞこの問題は。わかってんだろ?」

「……わかっているでござるよ」


 南は賢い。

 俺が言ったことなど、勝を依存させてから考えただろう。

 それでもさっき言った二つは打開策ではないと理解し堂々巡りして現状維持し続け、今現在に至っている。

 自分一人ではどうしようもなくそのまま千日手、あるいは手詰まりと言ったところか。

 今回の問題で一番の問題は、勝が変わろうとしないその点に尽きるだろう。

 いや正確には、変われないとそう思い込んでしまっているのかもしれない。

 変わろうとするのには労力がいる。

 それも、並ではない。

 変わるというのは自身が大事にしてきた価値観を壊すということ。

 自分という存在を形成してきた基盤を変えてしまうのだ。

 それに対する不安や恐怖は当事者でしかわからない。

 第三者が指摘しても効果が薄いのは明白。

 積み重ねて言い続けるか、あるいは。


「南、一つ確認したいんだが」

「なんでござる?」


 劇薬を投じ根本から変えてしまうのも一考か。

 話せば話すほど問題が厄介なのがわかっていく勝。

 どうにかしたいと言う気持ちがなければ関わりたくない話題ではあるが、俺と南はそのどうにかしたいという気持ちがある面々。

 だからこそ比較的動きは機敏にできる。


「今更かもしれんが、勝のこと好きなんだよな?」

「ゴフォ!?」

 

 なのでぶっちゃけて特効薬になりそうな話題を振ってみる。

 その話題は、何を今更と思うような質問だったかもしれんが、なぜか南は飲んでいたジュースが気管に入ってしまったようでしばらくむせた後。


「な、なんのことでござるか?」

「いや、自分で言ってただろ」


 最早、ギャグかと言いたくなるような古典的な反応してきた。

 これで酒でも飲んでいたのならからかいに行くのだが、あいにくと飲んでいるのはコーヒーだ。

 酔いどころか、程よく覚醒するためにカフェインが俺の脳を回す。

 おまけに喫茶店に入ってからだいぶ時間が経っている。

 そろそろ店員からの視線も怪しくなっているので、もっと頭の回転を良くする。


「よし、南」

「な、なんでござるか?」

「勝を落としてこい。それで解決だ」

「……へ!?」


 そんな視線をあえて無視して、俺は南に向けてさらに爆弾を放り投げる。

 それを受け取った南は、ポクポクポクチーンとわずかに俺の言葉を認識するのに時間がかかり、そのあと顔を真っ赤にしてしまった。

 また、古典的な反応だなと思いつつ。


「いや、一番早いのってお前と勝が結ばれるってことじゃねぇのか?」


 聞けば聞くほど、この問題を解決するのはそれが一番なような気がしてならない。

 北宮も勝に対して好意を持っていそうな雰囲気があるが、それが異性としてなのかどうかまではわからん。

 だが、南の反応はあからさまだ。

 勝に関して言えば、その手の話に消極的なのかもしれんが、南ならワンチャン可能性があると思われる。

 加えて成功すれば、恋人という形で勝を支えることができ考えを改める可能性も高い。


「な、な、な、なんでそんな結論にいたるでござるか!? せ、拙者は真面目な話をして」

「いや、ドモリすぎだろ。あんだけベタベタしてて何を今更って話だが……まぁ、その辺は後で話すか」


 恋愛素人かと一瞬ツッコミを入れるが、冷静に考えれば南が現実で恋しているのは勝が初めてなのではと思い至り。

 二次元では百戦錬磨でも、現実では初恋に慎重になっている新人ルーキーだという事実に気づく。

 初々しいなぁと思い、コーヒーカップで口元を隠しながら笑い。


「なぜって話だが、勝は他人から必要とされたいならド直球に南が好意をぶつければ解決するんじゃねぇか?」


 南が高校時代からの恋だとすれば二年か三年くらい経っていることになる。

 恋人関係になれば勝もさすがに認識を改めるだろう。

 そして南も幸せになれる。

 一石二鳥なのではと、社会人的な効率思考をしたあたりで、いやさすがにそれは非人道的かと思いなおす。

 ただ、その思考もあっという間に彼方へと消えてしまったが。


「ええ、と、その」


 誰だこいつ。

 目の前の女性が一瞬、南だと認識できなかった。

 頬を赤く染め、いつものふざけたような笑顔は鳴りを潜め、羞恥心を前面に出しつつも勇気を出そうと振り絞っている恋する少女が目の前にいた。

 人差し指同士をつつきあい、言うか言わないか悩んでいる仕草。


「り、リーダー的には可能性は、あると、思う、でござるか?」


 おどおどといつものござる口調がとってつけたような感じに不安になりながら聞いてくる辺り、南も自信がないのだろう。

 効率的に最善だと思ったんだが、存外、南も乗り気な話に俺はどう答えるべきか一瞬悩む。


「俺の知る限りの中では、一番あると思うがな」


 少なくとも下馬評で表すのなら、北宮よりも南の方が可能性はあるだろう。


「そう、でござるか。そうでござるか」


 俺の肯定を聞いて、南はさらに嬉しそうに笑う。

 その笑顔を勝に見せれば一撃だろうにとは言わない。


「ま、その感情に関してはお前たちの問題だ。俺がやれとは言えんよ。俺は俺の方で保険を用意するさ」


 とりあえず現実に戻ってこいと目の前で手を振ってやり、両手を頬に添えニヤケ始めた南を呼び戻す。

 ハッとなった南は、表情を七変化させたのち、いつもの表情になり。


「保険でござるか?」


 何事もなかったように俺の言葉を聞き返す。


「ああ」


 俺も俺でさっきの表情変化は見なかったことにして、俺の中で構成していた内容を話す。


「勝に関して言うなら、何をすればいいかわからない状況になっているのは明白だ。要は夢や目標がなく、目の前のことに縋りついている状況だ。なら、夢や目標が決まるまで延命してやればいい」


 昨今、やりたいことがないという話はそこら中で聞く。

 しかし。

 金がないからできない。

 才能がないからできない。

 そもそもやり方がわからない。

 やらない理由は様々存在するが、それ以前になにをしたいかわからないという人が多い。

 金を稼ぎたいが何をすれば一番稼げるか、金を稼いだとしても何をしたいか。

 そんな話になってしまう。


「単純に考えろ。成人するまで面倒を見てくれるなら成人するまでに自立できる地盤を築いてやればいい。幸い、今のあいつならうちで正社員になることも現実的に考えられる。このままいけば、大学くらいなら出れる金額くらいは稼げるだろうよ」


 一人で立ってしまえばあとは自由だ。

 自己責任という言葉もあるが、逆を返せば、責任さえとれば何をすることもできる。

 自立さえしてしまえば、どのような方向にも向かうことはできる。


「大学でやりたいことを見つけるもよし、そのままうちに就職するもよし、まずはやりたいことを見つけさせることを俺は始めるよ」


 幸いにして、うちの会社の金払いはいい。

 今から働けば、大学費用くらいは用意できるし、住居に関しても割安の社宅がある。

 コネを使いまくりの裏技的な部分はあるが、勝に勧めるのは有りだろう。

 俺が用意できる保険は時間だ。

 勝に考えるゆとりを与える。

 誰かを支える人生もいいといえばいいだろうが、ここいらで一つ立ち止まって考えるのもいいだろう。

 パーティーでの立ち位置にも少し悩んでいたみたいだが、それも解決の目途は立っている。

 そこで悩み、自分で進路を決め進むのなら背中を押して応援してやろう。


「ほぇ~。リーダーってやっぱり大人なんでござるなぁ」


 先達ができるのは手助けが精々だというと、南は俺の対応に感心していた。


「大人になってからわかるぞ南」


 そんな彼女に向けて俺は苦笑一つこぼし、残ったコーヒーを飲み干して言う。


「苦労をすればするほど、大人になってるって自覚できるんだよ」



 今日の一言

 手を伸ばし、引っ張ってやれるくらいには苦労はしたつもりだよ。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

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これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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