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262 人間とは変わる者だが、変わるのにはきっかけがある

「……」

「なんでござるかその目は」


 唖然とは、このことだろうか。

 南がなんで勝がああなったか語り始めて、シリアスな空気になってしまっていたがつい、えっ!と疑いの視線を向けてしまった。


「いや、お前の標準語とか敬語とか想像できなくてな」

「たまになっていたでござるよね!? こう、真面目なときとか、拙者とて最初からこうだったわけではなかったでござるよ!?」


 申し訳ないが、普通の陰キャだった南など想像がつかない。

 海堂と一緒にうちのパーティーでギャグキャラの双璧なのにな。

 こうなんて言うか、振り切れた感じなのが南であって社会に合わせてひっそりと過ごすのはなんとなく南ではないと理屈ではなく感情で否定してしまっている俺がいる。

 いや、真面目な話をしているのは理解できる。

 そこに横槍を入れるのもどうかと思う気持ちもある。

 ただまぁ、理屈よりも感情が表情を作ってしまい、そこに南がジト目でツッコミを入れてしまってついポロリと言葉がこぼれてしまったわけだ。


「すまんすまん、いや、まぁ、確かに南の言う通りだが、それでなんだ? 川崎の奴に恋した勝があれか? 南に恋愛相談でもして失恋でもしたか?」


 苦笑一つ、さすがにここで話の腰を折るわけにもいかず軌道修正をはかる。

 その行動に対して仕方ないとジト目からいつもの表情に戻った南であったが。


「失恋なんてしてないでござるよ、勝はあの女と一時であったでござるが確かに恋仲でござったよ」


 すぐにその表情も不機嫌になった。


「むしろ振られた方がまだマシでござった」


 その顔には過去の話であっても、いまだ納得も理解もせず怒りがくすぶっているように見えた。

 そんな鬱憤を少しでも晴らすように俺は話の先を促すのであった。



 Another side


 あの一言からいっきに仲が良くなる。

 なんてことは勝と南にはなかった。

 多少距離感は縮んでも、それは相手を多少なりとも許容できるようになっただけ。

 そこに特別な感情はなかった。


「へぇ、そんなことがあったんだ」

「ええ」


 それでも親戚の集まりがあれば会話をするようになっただけまだ進歩したと言える。

 口調も砕け、多少遠慮というものもなくなった。

 しかし、それだけとも言える。

 互いに家も近いが、会いに行くという機会はほぼない。

 それでも、勝にとっては二つの意味で歳の近い異性であり、ポツリポツリと相談できる南と言う存在は貴重であった。


「ふ~ん、それっていいことじゃないの?」


 南は本を読みながら勝の話を聞く。

 適当に聞き流しているようにも見えるが、南はしっかりと彼の話を聞いていた。

 話をまとめれば、こんど翠と勝は二人で出かけると言う。

 翠からすれば親戚の男の子と一緒に遊びに行くだけの気持ちかもしれないが、勝からすれば千載一遇のチャンスだろう。

 なので、どうにか関係を進めたいと思春期特有のわかりにくい遠回しの羞恥心を隠しながらの言葉をかみ砕いて南は把握した。

 端的に言えば付き合うにはどうしたらいいのかということだ。


「ふ~んって、もう少し真面目に聞いてくださいよ」

「聞いてる聞いてる」


 だが、あいにくと恋愛経験など二次元の世界でしか知識のない南にとって堅実な答えなど返せるはずもない。

 恋愛初心者マークの南はたとえ同性相手であってもその手の質問にはめっぽう弱い。

 おまけに勝と翠は年齢が離れすぎている。

 中学生と大学生。

 加えて年齢もそうだが、経済的にも子供な勝を異性として意識させるのは少々ハードルが高いという事実が南にアドバイスの選択肢を狭めさせる。

 恋愛相談にしても、答えられる範疇を超えている。

 これで成功したらすごいなと他人事のように南は思う。

 だが、勝にとっては親や同級生といった関係のなかで一番この手の話がしやすいのは南だったため、引き下がれない。

 真面目に聞けと注意をする。


「……お弁当でも作ってみたら?」


 正直その反応に対して面倒くさいと思っていた南であった。

 なので、適当に知識にある中で無難な選択肢を提示した。

 中学生である勝のお小遣いでブランド物の衣服など用意することもできず、かといって美容院に行けるわけもなく、特別なプレゼントを用意できるわけでもない。

 異性として見れるかどうかはさておき、料理がおいしいという部分はプラスになるだろうという浅はかな南の考えで現実的なボーダーラインを提示したつもりだ。


「料理なんて、したことないし」

「そう、なら君の想いはその程度ってことだよ」


 それ以上の世話は焼かない。

 あとはするかしないか。

 好奇心半分、看病してもらった恩半分の義理も過去含めての相談で相殺でいいだろうと南は判断し。

 無理だと断じる勝の言葉をバッサリと切り捨てる。

 はっきり言えば、南の言い分も間違ってはいない。

 好きだという異性に対してやったことがないからという理由で行動ができないのはマイナス要素でしかない。

 そうやって失敗を恐れて尻込みする程度なら早々に諦めた方が当人のためになる。

 そういう話もあるが、当然南はそんなことを考えるはずもない。


『そういえば、攻略対象にお手製の弁当が好きなキャラがいたな』


 という、ゲーム脳に準じた判断基準だ。

 幸い勝と翠が向かう先は動物園と、弁当を持っていってもなんら違和感はない。

 おまけに。


「そ、そんなことない!」


 あからさまであるにもかかわらず、南の挑発に乗って勝はやる気を見せた。


「だったらやってみれば?」

「やってやるよ!」


 そのやる気を見て、勝をからかうのに少し楽しみを見出していた南はちょっとだけ彼の背中を押してやろうと思った。


「え? 私の好きな食べ物?」

「ええ、そういえば聞いたことがなかったので」


 親戚一同が揃う席。

 その場は年齢が近いメンバーが集まる。

 南、勝、翠も年が近いということで食事の席は近かった。

 普段は黙々と食べるだけの南が翠に質問したことは彼女にとって意外だったのか、目を何度か瞬かせた後、少し考えこんだ。


「う~ん、卵焼き?」

「そうですか」

「ええ~、南ちゃんから聞いてきたのにその反応は寂しいな」

「いえ、なんとなく思っただけなので」


 気まぐれはあくまで気まぐれ、耳を大きくしていた少年への気遣いはここまで。

 これ以上面倒ごとはごめんだと南はさっさと興味を逸らし、ねぇねぇと絡んでくる翠を適当にあしらう。

 これで、少しは勝率が上がっただろうと自己満足し、すぐに話題を振ってきてくれたことに喜んだ翠の絡みに早々に後悔する南であった。

 どうせ失敗するであろうと思っていたこともあり、せめてもの手向けだと振られる未来の少年の思い出程度になるだろうと思っての行動は。


「ありがとうございました」


 お礼をもって報われてしまった。


「え?」

「お弁当、おいしいって言ってくれました」


 最初はなんのことかと思った。

 南からすれば完全に忘れた内容だった。

 わざわざ振られることを報告しに来るとは思っていなかったため、完全に忘れていた。

 なので、いきなり勝からお礼を言われても何のことかと思ったが、弁当というワードにそんなことがあったと思い出す。


「へぇ、うまくいったんだ」

「はい!」


 だからだろう、ついその先を促してしまった。

 そこからの勝は嬉しそうに動物園であったことを事細かく、それこそ子供のように語ってくれた。

 聞いてる南は、面倒だと思いつつも適当に相槌を打ち会話を促していった。


「それで、次なんですけど」


 そして、一度成功したのならもう一度と頼ってくるのは仕方ない流れだった。

 なんで年下の惚気話を聞かないといけないんだと辟易していた南は、一瞬断るかと思ったが目を輝かせ頼ってくる少年の視線をわずかでもいいなと思ってしまい。

 口を出した責任を取るという言い訳を胸に渋々という形で南はその後も勝の相談に乗るのであった

 それが、間違いだったと後悔すると南は思わなかった。


 Another side End



「おまえ、結構いいやつだったんだな」

「この話を聞いて、拙者を良い人と呼べるリーダーはすごいでござるなぁ」


 話すのに疲れ、小休憩と言わんばかりにジュースを注文し、それをチビチビと飲みながら俺に向けて呆れたように言う。


「いや、聞いた話だけをまとめれば親切心で助けた年上の姉って感じだろう?」

「小さなお節介大きなお世話ともいうでござるよ。拙者はそっち側だっただけでござる」

「ということは、だ」

「リーダーの想像している通りでござるよ、問題が起こったのはこの後でござるが……話すのも面倒なので三行にまとめるでござるよ~」


 話せる部分だけ話す。

 それで、どうにかしてもらおうという南の魂胆が見える。

 その陰にこれ以上は可能だったら話したくないという感情も見えてしまった。

 それでいいと頷き先を促した俺に対して南はわずかに安堵し、少し考えてから。


「変なくらいにうまくいって勝は交際開始。

 拙者は励ましている間に勝に惚れて。

 翠の海外留学が決まって勝が振られる。

 以上三行でござった」

「それだけ聞けば普通に青春が終わっただけの話なんだがなぁ」


 すこしふざけた南の説明にそれだけじゃないんだろと視線で聞いてみれば、そうだとも違うとも言わない。

 そしてここまでの話で、どうして勝があんな状態になったかという話もまだ聞いていない。


「南」

「……」


 シリアスな話で進んでいるが、俺から見ればそれだけじゃないように見える。

 嘘を隠すには九割の真実の中に一割のウソを隠すのが鉄則。

 南の話し振りを見れば、あたかも川崎に原因があったかのように見える。

 だが、そうじゃないと俺の勘が告げる。

 あの状況の勝を放置するのは、事が事なのでさすがに追及する。


「何があった?」

「……」


 この段階で嫌な予感はあった。

 これ以上追及するのは南と勝の関係に土足で踏み込むのに等しい。

 沈黙を選ぶ南の気持ちもわからなくはない。

 何より、これ以上踏み込めば後戻りできないと理解できる。


「はぁ」


 後頭部を掻き、これ以上踏み込むか踏み込まないか悩むも、これを放置していいかと考えればNoと俺は言う。

 それを承知で、一歩踏み出す。

 だから一つだけカードを切る。


「勝の両親が原因か?」

「!?」


 その言葉に対しての南のリアクションは異常だった。

 何を知っていると、一瞬であったが俺のことを敵のように睨みつけた南に、俺はただ落ち着けと言い説明する。


「一応、俺はお前たちを面接した立場だからな、履歴書くらいは見れる。その時に見た保護者の欄が、な」

「……そういえば、そうでござったなぁ」


 切ったカードがクリティカルヒットした。

 一瞬見せた南の瞳は刀かと錯覚するくらいに鋭かったが、知っている理由を言えば脱力し南は観念した。


「……不幸な事故でござったよ。ただ、タイミングが悪かっただけでござる」


 仕方ないかと自分に言い訳しているのか、それとも別の意味があるのか。

 ポツリポツリと南は自身が知る情報を語り始めた。


「最初は翠が海外留学に行くっていう話で、遠距離恋愛は無理ってことであいつが勝を振ったことが始まりでござった。それ自体は勝自身も受け止めていたでござるよ。失恋のショックはあったでござるが、立ち直れる範囲でござった。その傷は時間が癒してくれるはずだった。ただ、不幸っていうのは重なるのでござる」


 それは一つの事故だった。

 勝の履歴書には父親の名前しかなかった。

 最初は父親しか書かなかったのかとも思ったが、家族構成の欄には母親も書かないといけなかった。

 そのことに関して入社当時に勝に聞いたことがあった。

 その時勝は。


『母は……』


 何やら言いづらそうにしていた。

 何か事情があると思い、その時は追及せず俺もそれ以後聞くことはなかった。


「勝の母親は浮気をしていたんでござるよ。それも、結婚する前からでござる。うまくごまかしていたでござるが、翠が海外留学した後についにそれがばれたんでござるよ。当時は揉めに揉めて、勝のDNA鑑定までやったでござる。その結果が最悪でござった。勝は父親と血縁関係はなく、赤の他人だったでござる」


 ござると言う口調がふざけているのではなく、少しでも気を紛らわせなくてはという南の心の表れだった。


「その事実に勝の父親が耐えられなかったんでござるよ。育ていた息子が他人の子供だと知って激怒して、母親だけじゃなくて勝にも当たったでござる。それで勝はだいぶまいってしまったでござる」


 どこの昼ドラかと言いたくなるような重い話に俺は黙って聞いているしかなかった。


「勝の家は空中分解寸前、いや、もう秒読み段階でござった。それでも不幸っていうのは重なるでござるよ。ここで勝の母親が勝を守れば勝もああはなっていなかったでござろうなぁ」


 間を置かねば話せない、昔を思い出すようにグラスを両手で持ち、南は俺とは視線を合わさずグラスの中の氷を見る。

 その語り口で次に出てくる言葉が、決していいものではないと言うのを匂わせながら。


「勝の母親は勝を残して逃げたんでござる。血の繋がった息子を捨てて。母方の親戚が探したらしいでござるが見つからなかったそうでござるよ。今じゃどこにいるかもわからないらしいでござるよ。残ったのは血の繋がらない父親と子供」


 頼れる存在を一気に失った勝の心情を推し量ることなんてできない。

 ただただ、不憫だという同情しかわいてこない。


「宙ぶらりんになった勝はかろうじて成人するまでは父親が育てることが親戚の会議で決まったでござるが、父親は必要最低限のことしかしなくなったでござる。仕事に打ち込んで家にはほとんど寄り付かないらしいでござるよ」


 思春期真っ盛りの勝にその環境はかなり劣悪だと言える。

 失恋というだけで勝には苦い思い出だというのに、そこにさらに畳み掛けるように不幸が舞い込む。


「……」

「あとはまぁ、そんな勝に恋していた拙者が弱った勝を助けたいと必死に頭を捻って考えた結果が」

「必要としている存在がいると思わせるために、その立ち位置を取ったか」

「そういうことでござるよ~」


 当時高校生であった南にとって苦肉の策としか言いようのない行動。

 依存させることによって勝の精神を安定させようとしたのだ。

 寄り掛からせるのではなく、寄り掛かることによって支えたのだ。

 幸い、南の行いは報われた。

 勝の普段の行いが良かったため親戚一同の印象は良かったのも後押しした。

 勝の父親にとって勝は裏切りの象徴であったが、ある意味で他人事であった親戚には関係なかった。

 南の両親が勝に好意的だったということも南の策を盤石にしたのだろう。


「さて、話せることは話したでござるよ。それで、リーダーは何をしてくれるんでござる?」


 そんなことを何年も続けてきた南の瞳が俺を貫くのであった。



 今日の一言

 安易な行動、自重せよ。

 けれど、覚悟を決めたのなら進め。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

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これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] よくこんな話を思いつきますねぇ。(尊敬) 勝が南に過保護なのは依存だったのか。 確かに初めから行き過ぎた感じを匂わせてたけど、こんなに長く伏線を張っていたのかぁ。 なんともやりきれないなぁ。…
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