260 できないと思い込むことは簡単にできるが、できるようにするには時間がかかる。
新章突入です。
「海堂先輩、その三歩先トラップでござるよ~」
「み、南ちゃん? こ、これ以上は腰が、曲がってはいけない方にいきそうなんすっけど?」
「あ~海堂先輩ダメでござる。そこで体を起こしたらセンサーが発動して終わりでござるよ~頑張るでござるよ〜かわいい拙者が応援するでござるから、もう少し人間の神秘に挑むでござるよ~」
「ひ、他人事っすねぇ!?」
「てめえら!! ふざけてねぇでとっとと扉を開けろ!!」
冬の寒さが和らぎはじめ、春風はまだ来ないものの春の兆しは感じられるまで秒読みになった頃。
今日も今日とてダンジョン攻略にいそしむ俺たちパーティー。
「早く!! こっちも長く持たないわよ!!」
「か、数が多すぎるネ」
「殴っても殴っても、数が減らない」
周囲はのんびりと春を待つ中、絶賛、ピンチな俺たちだ。
順調に攻略し、階層を七十まで進めたところで、立ちふさがった罠にかかりピンチに陥っている。
ここまでの階層にくると階層内にある魔素が潤沢なせいで魔物は強く、罠の強度や種類も豊富になってくる。
注意は常に、緊張感を保ち、常在戦場を心がけてもミスはする。
今回はまったのは非常に古典的かもしれないが、シンプルイズベストといったところか。
単純故に対処方法が限られてくる奴にはまってしまった。
巧妙にスイッチを隠され、南とアメリアの探知を掻い潜り、海堂が踏み抜いてしまった。
十メートル四方ほどの部屋。
四方に出入り口があるが、俺たちが入ってきた方向以外はすべて行き止まり。
引き返そうとしたところ海堂が踏み抜き、元来た入り口は封鎖され天井が落ちてきた。
「クッソ、重てぇなチクショウが!!」
十メートル四方の天井。
この天井の高さなど知らんが、この重さから下手に切り裂いたら生き埋めになりかねない。
そんな人間一人で支えるのは本来なら無理ではあるが、魔紋によって強化した肉体で本当に良かった。
おかげで俺一人で天井を支えられる。
行き止まりだった三方向からあふれてくる四足歩行のサソリ型のゴーレムに対処するのは北宮と勝、そしてアメリア。
この天井落下の罠の解除をするのは海堂と南だ。
三チームに分かれ対処にあたっている。
気を抜けば天井が降ってくるような罠を用意する当たり、結構容赦ないねぇ。
最近、ダンジョン内の設備がえげつないと感じる。
報告書を上げ、対勇者用のダンジョンを造っている身としては仕方ないとしか言えないが、体験する身としてはこれは正直に言えばきつい。
精進が足りないと、教官から説教をもらいそうなことを考えるも口には出さない。
「リーダーもう少しで終わるから耐えてほしいでござるよ!」
「そう聞いて、もう三十分くらいたってんだがなぁ!!実際どれくらいかかる!?」
「もう少しで海堂先輩が人間の関節の限界を超えるでござる!!」
「超えないっすよ!?」
おそらく誤作動による味方の救助用のスイッチなのだろうが、その通路にも罠が設置され人間だと罠を発動させてしまう。
目の前で群れるサソリ型のゴーレムなら悠々と進めるであろう道を海堂が関節という関節の稼働領域を駆使して罠を潜り抜けていた。
途中、途中で魔力の盾を壁代わりにして寄り掛かるなり、取っ手にするなりと工夫を凝らし海堂は進む。
そして俺は歯を食いしばり、血管を浮き出させ、腕と足、そして魔力で全身を強化し天井の重量と一進一退すら許されない攻防を繰り広げられている。
俺自身魔紋で強化している肉体は並以上のスペックを誇っているが、こうやって時々来るシンプルな攻めに苦戦を強いられている。
「次郎さん!! 勝とアメリアが戦いにくくなっているわ。もう少し高さを!!」
「かぁ!!畜生!! ド根性!!」
相手は天井が低くなっても戦える四足歩行タイプのゴーレム。
おまけに小型のゴーレムにしては性能がいいため、倒すのにもなかなか労力がいる。
装甲に、尻尾の毒、機動性も小型ゆえに高い。
それに加えて数が多い。
勝とアメリアが前に立ち敵の足止めをして、北宮が殲滅。
北宮、南、アメリア、勝、海堂と契約している雪の精霊スノウ、雲の精霊ユラ、水の精霊水助、風の精霊ウイン、火の精霊ハヤテ。
精霊たちも必死に抵抗しているも、数が多すぎて押しとどめるので精一杯。
対してこっちは二足歩行が前提となっている。
身長が低いと言っても、戦うための高さがなければ十全に力を発揮できない。
本来であれば俺や海堂が前に出て戦線を維持するのだが、俺はこの天井を支えないといけないため動けない。
海堂の身長では満足に動き回れないのでああやって罠の解除に全力。
そのためさっき言ったような配置になっている。
少しでも高さを確保しようと天井を上に持ち上げるたびに筋肉が軋む。
「もう少し、もう少しっす!!」
「海堂先輩頑張るでござるよ!!」
頼みの綱は南が見つけた隠し扉先にある解除スイッチ。
その解除用のスイッチまでの道のりに張り巡らせたどこぞのスパイ映画のような不可視の魔力センサー。南がサポートし、変な姿勢になりながらもスイッチに手を伸ばしている海堂。
それさえ押せば、この天井は元に戻るはずだ。
「押したっすよ!!」
その思いで耐えていた俺に念願の希望の声が届く。
「おーーーーーっしゃぁーーーーーーーーーーーーー!!」
解放感と言えばいいのだろうか。
腕の先から重量が消え、天井が元に戻っていく。
そうして、ようやく俺は本分である鉱樹を握ることができた。
「てめぇら、良くもやってくれたなおい」
罠にかかったことを棚に上げて、好き勝手してくれたゴーレムに八つ当たりすべく、今まで自由に動き回れなかった鬱憤を晴らすべく、口元に笑みを浮かべゆらりと北宮達の前に出る。
最高戦力である俺を一時的に封じられたことは確かにすごかったが、それだけだ。
この部分をもう少し改善できるように報告書に上げねばと仕事脳で考えつつ。
とりあえず今は。
「覚悟して、往生せいやぁ!!」
目の前のゴーレムたちをスクラップにすることから始めるのであった。
そんな俺の口元はとてもきれいに三日月を描いていただろう。
「いやぁ、疲れたでござる疲れたでござる。今日も拙者は働いたでござるよ!!」
「おう、お疲れ。南も終わったし、今日は全員帰っていいぞ」
なんだかんだで、ピンチはあったものの今日も平常通り。
無事ダンジョンから帰ってきた俺たちは、ダンジョンの改善報告書を書きあげ、今はのんびりとパーティールームで雑談に興じている。
報告書作成の際にひらめいたと、頭の上に電球マークを出していそうなリアクションをした南が報告書を作り直していたのを最後に全員分の報告書が仕上がった。
元気溌剌、仕事からの解放感で元気に燥ぎ回る南を見て時計を見ると、作り直したと言う割には普段よりも幾分か早く終わっていた。
それでも、誤差範囲内。
帰っていい時間帯だと判断し俺は解散を告げる。
「おお! リーダーいいでござるか!! じゃぁ、勝~帰るでござるよ!!」
「あ、すまん。今日は用事があるから南先帰っていてくれ」
「え~、なら拙者もその用事に付き合うでござるよ」
「いや、ちょっとした用事だから、では次郎さん先にあがります」
「おう、お疲れさん」
そうすれば案の定、なにか皆での予定がなければ最初に南が自由時間を楽しもうとするのはいつものこと。
そして、流れで勝と一緒に帰るのが普段の流れなんだが。
「今日も振られちゃったすねぇ、南ちゃんぐほ!?」
「ふん! ロリコン先輩は黙るでござるよ」
最近は空振りが多く。
「リ、リバーは、しかも身体強化した状態はまずいっすよ」
「ん~、でも、最近勝君、少しおかしいような気がするヨ? 前までは、南ちゃんといつも一緒に帰ってマシタ。それに、妙に最近は一人で動くことが多いような気がするヨ?」
「ああ、そうだな」
その流れも少し違う。
場を和ませようと、少し笑えない状況の冗談を言った海堂を放置し、最近様子のおかしい勝に関して皆心配している。
「むぅ、むぅ、最近勝の付き合いが悪いでござる!!」
「あんたの世話に疲れたんじゃない?」
「何を北宮!!」
「よせ、北宮もわかっててそんなことを言うのは趣味が悪いぞ」
おかげで、普段の北宮と南の仲裁する役目が抜けているため時々ではあるが、南が素に戻り怒りかけることが起きている。
「ふん、次郎さんも次郎さんよ。知っているんでしょ。勝君の用事ってやつ」
「まぁ、な」
「いい加減白状するでござるよ。さすがの拙者も、そろそろ見逃すのも限界でござる」
そんな渦中の勝があんなわざとらしいウソをついてまで何をしているかというと、実は俺は知っている。
ただまぁ、この場で言えるかどうかと聞かれれば。
「勝個人の事情に関わるからな。さすがに言えんよ」
言えないとしか答えられない。
勝がああいった感じになったのはかれこれ一か月くらいか。
それまで不器用ながらも勝が隠し続けている事柄に、気づいていても見て見ぬふりをしていた南と北宮の我慢もそろそろ限界といったところか。
だからと言って、内容が内容のために俺の口からポロっと事情を話すわけにもいかない。
「ま、変なことをしているわけではないんだ。もう少し待ってやってくれ」
俺ができることと言えば、苦笑一つこぼし。
その我慢できる期間を少しでも延ばしてやることだ。
「……わかったわよ」
「南は?」
「ん~、本当に変なことはしていないんでござるね!」
「ああ、それは保証する」
「……なら、リーダーの顔を立てるでござるよ」
このパーティーをまとめる立場として、こういった仲裁も役割の内。
彼女たちも勝が心配であんな態度を取っているだけだ。
内心、何か悩みがあるのなら相談してほしいと思っていて、相談してくれないことに対して怒っているのは明白。
南は長年の付き合いで身近すぎる故に気づかぬ恋心でやきもきし、北宮は火澄という幼馴染に浮気され憶病になってしまった恋心が訴えているからか。
「帰るわ」
「拙者も帰るでござる」
「あ、待ってカレンちゃん。ミナミちゃん。私も帰るヨ!」
「おう、お疲れ」
この関係がどうなるか見守りつつ渋々と帰っていく三人の背を見送り、カタンとしまった扉の音が聞こえた後。
「青春かねぇ」
と誰にも聞かれないように、口にする。
昔ならその青春と肩を並べ元気に動き回っていたのにと思うあたり俺も俺で歳を食った。
今ではその光景をゆっくりと見守るような立ち位置を取ることが多くなった。
「せ、先輩、ポーションを」
「はいよ、ったく、お前はお前で懲りねぇな」
さっきの言葉が聞こえたかどうかは知らないが、机の下で身悶えする海堂の世話をすべく冷蔵庫から一本のポーションを取り出すとそのまま海堂の口に突っ込む。
カポカポと飲み切り、ようやく痛みが引けてきたことで海堂も起き上がってきた。
「し、仕方ないじゃないっすかぁ。勝君のこと隠さないといけないんっすから」
「それならそれで、もう少しやりようがあると思うんだがな」
毎回ふざけて南の鬱憤をその身で受けている海堂は実はマゾではないのかと最近思うが、その行動が実を結び勝のことを探らないようにできているので口にはしない。
おお痛いと殴られた箇所をさする海堂を脇に、そっと煙草に火をつけあの日を思い出す。
『あの、次郎さん相談があるんですが』
あれは研修が終わって二週間くらいたった日。
エヴィアさんとの関係に一区切りがつき、教官たちからからかわれ。
裏の方でいろいろとエヴィアさんとの関係に関して話が進み始めたころだった。
あの時、いつも真剣な表情の勝が、今日は今日でいつも通り真剣な表情であるが今日は暗いような気がした。
パーティールームの部屋の中で仕事をしていて、その日海堂は早上がり。
南たちも来る予定がなかったため、一人のんびりと鉱樹の手入れをしていた時だ。
学生服に身を包み学校から帰ってきてからここに来たとわかるような格好だ。
普段はハキハキと物事を口にする勝は、言うか言うまいか悩みながらオズオズとしていた。
俺はそこに何かあると感じ、点けたばかりの煙草の火を消し手入れを中断し彼の相談に乗るため部屋の鍵を閉め。
勝と対面した。
『何かあったか?』
『いえ、何かあったわけでは』
ゆっくりと焦らず。
勝の言葉を待ち。
一分、二分と時間が進み、勝は言葉を探し、そして何を相談したいかついに口を開く。
『次郎さん、僕はこのパーティーに必要なんでしょうか』
その質問にはイエスと即答できるような相談であったが、安易に答えられるほど勝の表情は明るくはなかった。
今日の一言
考え方が一つ違うだけで、行動力に差は出る。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが9号で掲載することが決定いたしました。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。