254 互いの成果を見せあうのは良い刺激になる。
駆ける。
駆ける。
ただ駆ける。
景色を後ろに飛ばし、数秒経たない間に百メートルを息も切らさず走り切り、さらに駆ける。
これでも全力を出さず、流す程度の速度で動いているが一般人から見ればあり得ない速度を出している。
足を止めることなく、走り続け、その間も目は縦横無尽に周囲の確認のために動き回り、鼻は異臭を感じ取らないか敏感になり、肌は何かを感じ取れないか鋭敏になる。
音を拾う耳は、自分の足音以外の音を拾うためにその領域を広げる。
五感を使うという感覚が、受け身から能動的になったのはいつからだろうか。
見るという行為は能動的であったが、嗅ぐ感じるといった行為を積極的にやろうと思ったのはいつからだろうか。
ただわかるのは必要だから身に着けた。
教官たちと戦う日々で、身に着けたのは確かだ。
人間危機的な環境に居座り続けるとそこら辺の感覚が発達すると聞くが、俺もその部類だったか。
「なかなか見つからないか……となると、相手は隠れて様子を見ていると言ったところか」
そんな余計なこと考えつつも、海堂たちを探すも空振りに終わる。
全力で駆け回って魔力をたれ流せば、南かアメリアには位置を特定されると踏んで、北宮あたりからアクションを取ってくると思ったが、想定していたよりも静かだ。
わざわざ奇襲されるリスクを背負ってまで行動したが、何もないと来たか。
「この判断が、北宮か南どっちの判断かによってこの後の展開が変わってくるな」
この静寂は意図的なものなのは確か。
それを作ったのが北宮か南か、気になるところだ。
走っている間に吸い終わった煙草を携帯灰皿に入れて、周囲を見回すも辺りに人影は見えない。
この後海堂たちがやろうとすることの行動パターンはいくつか想像できるが、それはすべて研修前の行動パターンだ。
「となるとだ、一番楽なのはこっちが見つけて奇襲できることだが、それは難しいよなぁ」
それを前提で行動すれば北宮と南の術中にはまって俺が痛い目に遭う。
常に最悪を想定し、最善を目指す。
その理念に基づいて行動している相手にうかつな行動は命取り。
ガシガシと頭を掻きつつ、面倒な存在に育ってくれたなと、感心半分この後の展開に溜息をこらえるのに半分。
「力業であぶり出すのが一番楽だが、それだと芸がないよな」
芸など気にせず、全力を出した方がいいかもしれないが、南と北宮が対策を取っていそうなので下手な体力消費は避けるとしよう。
そんな状況でぱっと思いつく打開策は周囲一帯をまるごと切り倒して平地にして相手を丸裸にしてからの乱戦。
全力で鉱樹を振り回せば攻防一体の斬撃の嵐くらい作ることも訳はない。
個々の戦闘能力ならまだ圧倒できている。
今考える中で一番妥当で手っ取り早い戦法なのだが、逆に考えれば相手もそれを読んでると思う。
「何かしら対策もしているよなぁ」
考え事なら煙草を吸いながらやるのが一番アイディアが出るのだが、あいにくと煙草は切らしてしまっている。
仕方ないと諦めつつ口元の寂しさを感じながら周囲を警戒し、何かないかと警戒する。
そうやって辺りを見回しているとふと先ほどの静寂の中にはなかった音を拾う。
「これは……水音?」
遠くであるが、俺がこれから向かおうと考えていた方向から確かに水の音が聞こえる。
それも、ピチャピチャと水滴を垂らすような音ではなく。
「オイオイオイオイオイ」
ダムが貯まった水を解放した時のようなドドドといった激流の音。
それを捉えた俺は一気に背中に冷や汗をかき、体は即座に全力疾走の姿勢を取る。
音とは反対方向に全力で駆け始めること数秒後、音の原因が姿を現す。
「水攻めかよ!! 容赦ねぇなあいつら!!」
どこの戦国時代だと突っ込む暇もなく、瞬く間に濁流がこちらに迫っているのを感じ、少しでも安全な場所に避難するために高台を目指すが。
「この発想、北宮か! かぁ、エグイことするなぁ。正面から戦う気はないってか?」
この判断、この作戦。
南ではない。
南の行動は普段の行動や性格から想像つかないかもしれないが、計算高く、頭の中で緻密に計算されたかのように動く。
逆に北宮は、その性格普段の行動から計画して動こうとするように見受けるが激情家な部分があり、こうやって大胆な作戦を立案してくる。
その北宮の行動力に南が補足を入れたと言ったところか。
俺の行動を予測しているかのように、水流が意思を持っているかのように俺の前を遮る。
高台へ目指すルートをことごとく封鎖されているあたり、俺を水の中に落としたいようだ。
「水中戦はないな、向こうもできないはず。となるとだ……水の中に入るイコール俺は冷凍保存ってところか?」
走りながら相手の意図を探れば、自然と答えは北宮の得意な魔法である氷に行きつくわけだ。
この量の水を瞬時に凍らせるのはなかなか大変だろうができなくはない。
だが、それだとまだ弱いような気がする。
「確かに厄介だが、なんかが違う気がするなぁ」
水に追われているのに、暢気なものだと他の人に見られればそう思われるかもしれないが、水の流れる速さよりも速く走れるのだから、慌てるよりも冷静に考えた方がいい。
「……高台かぁ。なぁんか匂うなぁ」
そうやって考えているとこの水の流れが攻撃ではなく誘導ではと考え始めてしまう。
色々な思考をめぐらせ、あらゆる可能性を考慮し、多大な魔力を使ってまでこんなことをした理由を考える。
相手は俺を接敵させまいと遠距離攻撃に徹しているのか?
確かに対面すれば俺が勝てるが、連携を取られればそうはいかないはず。
「しかし、考えが読めん」
このまま水から逃れるために高台に向かうのはベターではあるが、どうも読まれている雰囲気があるのはわかるがそれだけとは到底思えない。
仮に高台を抑えて迎撃するのだとしてもこちらは正面から切り込めばいいだけのこと。
となると、まずはこの手探り状態から脱出するために見つけることから始めるべきだ。
「何を考えている?」
徹底的に姿をくらまし、こちらの体力を削りに来ている。
それは理解できるが、こんな大魔法使ってしまったら魔力の消費と俺の体力を削れる割合を考えれば向こうの方が損をするはずだ。
「……となるとだ。はぁ、思い込みで決めつけるのは危ないねぇ」
それ以外の目的があると言うことだ。
そして、俺の想像通りなら相手の目的は意外と単純なのかもしれない。
トンと地面を蹴り支柱の間を飛び跳ね、上に出て視界を確保、そして眼下に闘技場を見渡せるような支柱のてっぺんに着地すれば。
「あ~、裏の裏で来たか」
見事に水浸しになっている闘技場を見渡し、そして周囲を見渡すが当然海堂たちの姿は見えないが、逆にそれが俺の予想に確信を持たせた。
ないと切り捨てた可能性の方かと、思い直し視線を正面から若干下げる。
あいつらがこうもわかりやすく、水浸しにするとは思えん。
「上にいないってことは」
その証拠と言うわけではないが。
「水の中か」
「正解っすよ!!」
ザッパンと俺の足元の水が高波となり俺に襲い掛かる。
その波の上に海堂が両手に剣を構えて二本同時に振り下ろしてきた。
「おお~、なかなか重くなってんじゃないか海堂」
「涼しい顔っすね!」
それに対して俺は片手で鉱樹を振りぬき、海堂を吹き飛ばした。
手に伝わった衝撃から、前よりも威力が上がっていることを実感する。
そのまま追撃しようと思ったが。
「南ちゃん、頼むっすよ!!」
それよりも先に足元の水が動き海堂を包み水の中に戻っていた。
「力業で地の利を得たか」
僅かに濁らせ視界を悪くし、水の中にいることで位置を特定させない。
水中用の魔物でもない限り、どうあがいても陸上生物の人間では準備をしていない限り動きが制限される。
加えて言えば。
「おまけに天然の要塞ときたか」
水という存在は案外防御能力が高い。
勢いのある攻撃は減衰し、火はもちろん多属性の魔法も厚い水の壁の前には無力と化す。
「雷でもぶち込めばいいかもしれないが、当然対策はしてるだろうしなぁ。はぁ、面倒なっと、休ませてはくれないか」
そして向こうは海堂だけではなく北宮もいる。
水中から飛び出てくる氷の矢は俺の方にめがけて飛んでくる。
「考えたな北宮」
さらに出てきたのは氷の矢だけではない。
北宮や南の課題は近接戦闘。
接近されること自体問題だが、いざという時に対応できないと問題であるからその点が改善されると思っていたが、北宮はゴーレムを召喚できるようにしてきたか。
辺り一面に水があるから素材には事欠かない。
水面の一部が氷結し、人型いや、ケンタウロスのような形状になる。
上半身が人の形で下半身が馬の氷のゴーレム、その数五体。
それぞれ槍と盾を持ち、水上の一部を凍らせながらこちらに駆けてきた。
こっちは足場が限られていて、迎撃するにはいささか足元が不安。
「まぁ、もちろん。再生機能はついてるよなぁ」
元の素材が水だけあって、一体切り捨ててみるもあっという間に元通りになってしまった。
「さらに、サメってか?」
そして水上に気を取られているうちに水中も何やら不穏なことになっている。
水の中でうごめく巨大な魚影。
背びれとシルエットからしかわからないが、サメらしき影は見えた。
「これだけのゴーレムを使えるようになったのか? すげぇな」
その数合わせて十体以上。
それをここまで統率させて動かせるようになったのは素直に感心する。
徐々に俺の包囲を完成させている。
「……いや、それだけじゃないな」
氷のゴーレムは北宮が動かしているのだろうが……
「っち、さっきの海堂は囮か」
気づくのが少し遅れた、水中から海堂が出てきたと思ったからてっきり足元の水中に海堂たちがいるかと思ったが。
「アメリアの耳も厄介だなぁ」
さっきから魔力を探しているが一向に見つかる気配がない。
水中という視界の悪い場所でどうやって俺の位置を特定しているかと思ったが、アメリアの耳があったか。
リアルソナーで随時俺の位置は筒抜け。
対して俺は相手の位置がわからない。
「っと、あぶねぇ」
おまけにこっちは水中と水上に気を配らないといけない。
水中からとびかかってきたサメを切り捨て、その隙を狙って突撃してきたケンタウロスを捌く。
やってることが対人戦ではなく、まるでダンジョンのモンスターと戦っているように感じる。
徐々にだが追い込まれている雰囲気に感心しつつ、感心している場合でもないと同時に思う。
このままいけばすり潰されるのは目に見えている。
それは何としても避けたいところ。
限られた足場で、ケンタウロスとサメを捌きながら情報を整理する。
海堂たちは水中を移動して姿をくらませている。
それを追って水中に飛び込めば俺は氷漬けになるか、サメの餌食。
かといってこのまま手をこまねいているわけにもいかない。
俺の攻撃を届かせない限り、勝ちは拾えないわけだからなぁ。
「できるのなら、もう少し他の奴らの役割を把握してから動きたいところだが」
見る限り、この水を出したのは南か北宮かアメリアの三人のうちのだれか。
だが、こうやってゴーレムを出していることを考えると北宮ではない。
氷という印象から北宮だというミスリードの可能性もあるが、わずかに感じる魔力の質から北宮であることは間違いないはず。
となるとさっき海堂を回収した際に南と名前を呼んでいたからこの水を出したのは南とも思えるが、南の魔力資質は高いがこんな大雑把な使い方をするとは思えない。
その二点から考えると、大きな魔力を持ち、細かい魔力運用ができないアメリアがこの水を用意したと考えるべきだ。
南は水中での拠点を維持することに専念しているはず。
残った、勝と海堂の役割がわからない。
この状況で二人を遊ばせているとは考えにくい。
決定打を誰かが担うはず。
北宮も、こうやってさっきからひっきりなしに俺に襲い掛かっているが、大魔法を使う気配がない。
「……さて、そろそろ反撃に出るとしますか」
なら、静かなうちに主導権を取りに行くとするか。
「鉱樹、接続」
こちらもこちらで真剣勝負。
腕に鉱樹の根を張らせ。
「もう少し、精進しな北宮」
瞬く間に一瞬で、サメとケンタウロスを切り捨て。
「さてと、どこかなっと」
四方に斬撃を飛ばす。
それだけで水は割れ、数瞬だが地面が見えた。
「さぁ、海堂、南、北宮、勝、アメリア、存分に楽しもうじゃないか」
だが、そこには誰もいない。
ニタリとちょっとやそっとでは倒れないほど成長した仲間たちに向けて、俺は教官譲りの笑みを浮かべるのであった。
今日の一言
たまには全力でぶつかり合うのも悪くない。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売されております。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズが9号で掲載することが決定いたしました。
そちらも楽しんでいただければ幸いです。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。