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250 公私は分けるが、悩まないというわけではない。

 戦うという行為に関して、距離という概念は非常に重要になる。

 自分の攻撃の距離というのもそうだが、シンプルに相手の攻撃が届かないということは単純にダメージをゼロにできるというアドバンテージになる。

 そして相手の攻撃を気にしなくていいという精神的余裕は、次の自分の行動にゆとりを持たせることもできる。

他にも挙げればきりはないが、距離を管理できるかできないかで、相手の攻撃よりも遠くから攻撃できるというアドバンテージだけでかなり戦闘に必要な労力に差が出てくる。

 だから現代において銃火器という兵器が主流になったのだろう。

 相手よりも遠く、かつ迅速に相手へ致命傷を与えられるから。

 最初は素手やこん棒といった攻撃手段が刀剣や弓矢を生み出し、時代が流れ銃を生み出した。

 時代が流れるにつれて、攻撃する手段のための距離は増え、今では大陸間弾道ミサイルという地球の裏側にいても攻撃ができる兵器を人間は生み出してしまった。

 さて、これはあくまで地球世界での話だが、それがファンタジーみたいな世界になると話が変わってくるかと聞かれればあまり大差はないと俺は言える。

 強いて違う箇所を挙げろというのなら、手段と過程が違うだけだ。

 現代地球世界は兵器を使い、ファンタジー世界は魔法を使う。

 ただそれだけの違いだ。

 さて、長々と語ったが、俺が何を言いたいかと言えば。


「っふ!」

「甘いぞ! 魔法を使う時は相手の動きを見て使え! そんなのでは牽制にすらならないぞ!!」


 魔法という遠距離攻撃手段を手に入れた俺は最初監督官と戦った時と比べればだいぶマシな戦いになっているということだ。

 鉱樹で監督官の魔剣を打ち払った際、前なら不利になるとわかっていたからやらなかった距離を、今回はあえて取る。

 左手を突き出し、そこに魔力を集中させイメージを瞬時に固めれば、手の先に帯電した一本の青白い槍が生まれる。

 声に出さず、そのまま槍状になった雷を放ち、その雷は途中で分離し無数の矢へと変貌したが、その矢を気にもせず魔剣で振り払い、そのまま接近してくる監督官。

 俺もその魔法は牽制のため放った一撃であり、ダメージ自体は期待していなかったのでそのまま接近戦に挑む。

 こうやって、距離を自由に選べるようになったのは精神的にも実用的にも戦いの幅を持たせられた。


「……」


 幅を持たせられたということは、思考にもわずかなりの余裕ができる。

 ちらりと監督官の顔を見る。

 一瞬しか見えなかったが、その表情はとても真剣で

、俺の指導に集中しているように見えた。

 あの日、風呂場で話したあの時間、あんな会話をしたのにもかかわらず俺たちの関係は変わらなかった。

 監督官との婚約者という立場は公にはなっておらず、知っているのは監督官とその両親、そして魔王である社長だけだ。

 こんな話が表立てば周囲の貴族が反対するに決まっているからだという。

 だから、俺もこうやっていつも通り監督官と戦いこの研修の本分を全うしているわけだ。


「気が散ってるぞ、集中しろ!」

「はい!」


 そんなことを考え、集中が乱れたことを指摘され、今はそのことを頭から飛ばし、戦いに集中しなおす。

 魔法が使えるというだけで戦術に幅ができたのは大きい。

 こうやって態勢を立て直すことができる。

 ステップを踏み、中級魔法を速射し牽制しながらもう一つの魔法を組む。

 前まではいかに距離を詰めるかと言うのに思考を割いてきたが、今は距離を取り仕切りなおしたり、魔法で迎撃し遠距離ですり潰されなくなっている。


「装衣」


 そして、新たな技も身に着けている。


「暴風」


 装衣魔法、監督官とフシオ教官に教えられどうにか形にすることはできた。

 まだまだ、試行錯誤の段階だが、戦闘に使う分には支障はない。

 風の中位魔法を監督官と接近しきる前に発動させ、それを握る。

 手の内で吹き荒れる魔法を魔力を循環させる要領で体表に溶け込ませ、その魔法を纏う。

 その魔法は一瞬で消え去る魔法ではなく、俺の魔力を糧に常に暴風を振りまく嵐の鎧となった。


「ふん!」


 その鎧は攻防一体。

 相手の攻撃をその風で防ぎ、俺が放った攻撃には嵐が乗る。

 いつもなら振らない間合いで鉱樹を振るえば、その斬撃は風の刃を生み出し連続で振れば刃を纏った嵐を生み出す。

 並大抵の相手ならこれだけで細切れにする自信はあるのだが。


「涼しそうにしてますねぇ!!」

「私からすれば、事実、そよ風のようなものだからな」


 そんな凶刃を前にしても涼しそうな顔でその暴風を突破してくるのが監督官なのだ。

 近距離だけではなく、遠距離戦も可能になったとはいえ、いまだ付け焼刃の領域を出ない。

 近から遠、遠から近と間合いの距離を切り替える際にわずかなぎこちなさができてしまっている。

 経験の差、研鑽の差、技量の差。

 いくらでも改善点が出る課題だ。

 そんな研鑽の中で、俺は一つだけ監督官には言っていない技を編み出した。

 間合いはあと一歩踏み込めば剣の間合い。

 これから打ち合いになり、この距離で大規模魔法を撃つようなら自爆しても仕方ないような距離感。

 そよ風と称して、突破してきた監督官。

 ここで決まれば御の字と、意を決して体に力を入れ、飛び込んでくる彼女めがけて。

 俺も迎え撃つためにすぅと息を吸い。


「きぃえやああああああああああああああああああああ!!」


 猿叫を放つ。

 魔力を乗せた猿叫は衝撃となり、相手を怯ます効果がある。下級アンデットなら消え去るが、監督官には虚仮威し程度の威力。通用しない。

 そう、それがただの猿叫ならだ。

 今回のこれはただの猿叫ではない。

 俺自身も意図して作った物ではなく、たまたま発見した複合効果と言える。


「なに?」

『ほう』


 その技の効果は過去の中で一番の成果だと言えた。

 あの監督官が驚きの声を上げた。

 あの距離、そして奇策の真骨頂である意表を突く攻撃。


「……ドラゴンブレスの真似事ですが、いかがですか?」

「正直に言おう、驚いたな」


 口元から魔力の残滓をこぼしながら、拭うように口元に手を当て、監督官に感想を聞けば、彼女は満足そうに口元に笑みを浮かべた。

 俺は猿叫と装衣魔法を合わせることで疑似的なドラゴンブレスを放てるようになったのだ。

 それのおかげで初めて、監督官に防御の姿勢を取らせた。

 ダメージ自体、中位魔法に俺の猿叫を乗せただけだから、大したダメージにはならなかったが想像以上に意表は突けたようだ。

 風魔法を選んだのは使い勝手がいいというのもあるが、それ以上に猿叫と相性が良かったからだ。

 ただ教えられ、そのまま使うのもいいが、自分で何かほかにも使えないかと考えるのもまた重要。

 まぁ、個人的には少しでも驚かそうといういたずら心で考えた奴が意外と実用性のある技になったということだ。

 装衣魔法の付与した魔法を解放するタイミングを猿叫に合わせただけの技だが、猿叫という性質上、その魔法は咆哮と同じ形状に変化する。

 すなわちドラゴンの放つブレスのような形状になるのだ。

 ドラゴンブレスと違うのは、ドラゴンは体内で生成するのに対して、俺のはあくまで口の前で合成している。

 欠点を挙げるのなら、一発撃つたびに再度魔法をかけなおさないといけないことだ。

 逆に利点として、様々な種類のブレスが吐けるようになったわけだが、それでも要改善ということで。


「ククク、本当に貴様は私を楽しませてくれる。ついには竜の真似事か」

「できないって最初から決め込んで、頭が固くなるよりはマシかと思いまして」

「違いない。さて、無駄話をしすぎたな。次は何を見せてくれる? 楽しみだな」

「ご期待に添えたいところですがね……」


 そんなポンポンとアイディアはわかないもので。


「発想は悪くなかったが、もう少し使い勝手のいい技を考えろ、あとは魔法の使い方が雑だ。そこもレポートにまとめておけ」

「……はい」


 新技の種は尽き、あの後は普通にボコボコにされました。

 装衣魔法を使っているときは多少なりとも監督官に警戒心を抱かせられたので成功と言えば成功なのだが、強くなったかと言えば首を傾げる。


「……ネックなのが、魔力の管理なんですよね。戦ってみてわかったんですけど、接近戦の中だと意外と管理が難しくて」

『カカカカ、次郎はもともと戦士じゃったからの。魔力の消費は必要最低限。増える方が上回っていたおかげで魔力切れという心配はなかったからの、その感覚の経験が浅いのは仕方ないの』

「そこに関しては慣れろとしか言えんな。体感で魔力総量を把握し、配分を即座に計算する。これも技術だが、こればかりは個々の感覚だよりだ。私から教えることはできん」


 魔法も魔法で、使った感想は今までにない魔力の消費量で体内にある魔力の管理が思ったよりも難しかった。

 どれくらい魔力を使っていいのかわからないのが痛い。

 なので、上級魔法をおいそれと使えないのだ。

 詠唱の時間もあるがそこはそれ、スパルタ教官が二人いるから、短縮詠唱と無詠唱は覚えさせられましたよ。

 今はさっきまでの戦いの反省と水分補給を兼ねた休憩時間。

 少しでも回復しようと椅子に座りながら経口補水液を飲み、体に水分を染み渡らせている。


「剣技に関しても、やっぱり一朝一夕と言うわけにはいきませんね。癖がついてます」

「それは仕方ない。型は昨日教えたとおりだ。それを基軸に応用で覚えていけ」


 そして、接近戦に関しても改善されてきた。

 今までの俺は良く言えば無構え、型のない動きと言えば聞こえがいいが、我流の領域を出ていない。

 だが、今回で監督官にいくつかの型を教えられ、ある程度様になってきた。

 これも体になじませるまで時間はかかるだろうが、武器になってくれるのは間違いない。

 そんなことを思いながら、監督官と戦いを振り返っていると。


『ところで、次郎』

「はい? なんですか?」

『……エヴィアとの結納は決まったのかの?』

「ごふぉ!?」


 このドクロ紳士、わざと俺が飲み物を飲んでいるタイミングに合わせてきたな。

 監督官の言葉ではあまり知られていない内容のようだと思っていたが、こんな面白い話聞き逃すわけがないと言わんばかりにカタカタと顎の骨を鳴らすフシオ教官。


「不死王」


 そんなフシオ教官に対し、からかうのは好きだがからかわれるのは好きではない監督官が黙っているわけもなく。

 余計なことを話すなと言わんばかりに魔力を滾らせる。


『何を今更、気にすることはあるまい。ワシからすればようやくまともに縁談が決まりそうだという話だからの。のう次郎?』

「いや、そこで話を振らんでください」

『ん? その様子からすると返事はまだということか』

「そうです」


 片や苛立ち、片や楽しそうにしている二人に挟まれた俺は無難な解答しかできない。

 あの日、監督官との婚約の話を振られ、当然俺も考えた。

 俺自身の気持ちと社会的地位の話。

 そのどちらも考慮して考えたが、結果的に言えばまだ答えは出ていない。

 監督官に対して好意があるかと言われれば、好きだと言えるが恋愛対象だとは考えたことはない。

 考えられるかと聞かれれば、考えられると答えられる。

 しかし、政略結婚という単語が頭をちらつくたびに、監督官の地位を利用しているようで後ろめたくなる。

 こういうところが出世欲がないと言われる由縁だろう。


『カカカカ、なるほど悩むか。それだけ聞ければ満足じゃ』


 そのことをどう伝えるべきかと悩んでいる間にフシオ教官は納得した様子で、その話を切り上げてしまった。


「何を考えている不死王」

『なに、年寄りのお節介じゃよ。面倒を見ていた小娘に対しての』

「余計なことはするな」

『カカカカ、余計かどうか決めるのは主次第じゃがのぉ』


 その行動に怪訝となったのは俺だけではなく監督官もだった。

 何をしでかすかわからない。

 それに釘を刺してはみたが、糠に釘を刺したように手ごたえがなく。

 流されたまま、休憩は終わりだといい訓練は再開された。

 監督官も、訓練が再開してしまっては余計な口は挟めないと思ったのだろう。

 仕方ないという表情を隠さず、再び俺と戦うために移動を始めた。


『次郎』


 俺もそれと向き合うために立ち上がるが、フシオ教官に呼ばれた。

 振り向けば、俺を見るフシオ教官を見れたが、その様子はいつものからかうような雰囲気を感じ取れない。


『悩み、彼奴(あやつ)と向き合ってやってくれ』


 それはまるで子供を心配する親のような雰囲気だった。

 いつものようにやれと言うのではなく、ただただ頼み込むようにフシオ教官はそれだけ言うと俺の戦う姿を観察するポジションに向かった。

 あの言葉に何があるのか、そして俺に何を期待しているのか。

 今はまだわからないが、その言葉が心の中に根付いたのは間違いなかった。



 今日の一言

 公私の悩みは分けて考えるべきだが、意外と公私の悩みは繋がっている時がある。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

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 2018年10月18日に発売しました。

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これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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