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248 成長できる機会はなるべく逃がすな

 体は軽い。

 講義期間中、戦闘行為で体を動かさなかったことが適度な休みになったためか、体の切れがいい。

 ブオンと響くはずの剣撃が、ヒュンと鋭く空間を切り裂く音となり。

 魔紋と共鳴し魔力循環してくれる鉱樹の調子も順調。

 足さばきもスムーズに行なえ、次への動作へも淀みはない。

 段々と高まる魔力純度に対して、俺の動きも速くなっていくが。

 俺の今の状態は間違いなく万全と言えるはずだ。

 しかし。


「っつ!」


 当たらない。

 体を反らし、レイバックイナバウアーのように避ける監督官の顔がゆっくりとスローモーションのように横薙ぎに払った鉱樹の陰から覗き出てこちらを冷静に見ている。

 紙一重の回避。

 長い髪である監督官の髪にすら掠ることなく、完全に見切られている。

 その動きに対して驚愕といった感情はない。

 まだまだ越えるべき山は高いとは思う。

 だからこそ、より一層力を籠め、歯を食いしばり、無酸素運動を繰り返して挑む。

 ギアをまた上げても、まだ体は悲鳴をあげないが。

 紙一重で交わされた俺の一撃の後に返ってくる無慈悲な一撃。


「っち!」


 舌打ち一つ、こちらも躱してやりたいところだが、姿勢的に間に合わないのを頭ではなく体が理解し、反射的に行動を起こす。

 考えている暇などない。

 見た瞬間、いや、知覚した瞬間にコンマ数秒以下のさらにその先の領域で反応させる。

 でなければそこで終わる。

 反射的に体が動いているが、その間も視覚は相手の情報を少しでも得るために脳に情報を送り続け、その情報の中に楽し気に俺の行動を見る監督官の表情が映る。

 その笑みを少しでも驚愕に変えるために、筋肉繊維をきしませ、魔力で強化した体に無理をさせて衝撃に備える。

 ガキンと監督官の振るった剣を防ぐ感覚が伝わる。

 肩に装着してある盾で軌道を逸らし、凌いだと理解しその間に体勢を立て直そうとしたが。


「甘いぞ次郎」


 相手の動きはそんな隙を与えてはくれない。

 相手の武器は二つ。

 単純に手数は倍。

 一刀流をしている身としては、二刀流の手数の多さを羨ましくなる。

 加えて。


「ほう、良い勘だ。その調子で防いでみろ」


 監督官の魔剣から放たれる魔法がやっかいだ。

 監督官の右手に握られている紅い魔剣は火を司り、左手の蒼い魔剣は水を司る。

 戦ってわかった魔法の剣。

 その魔剣の性能は厄介の一言に尽きる。

 使い手が一流以上になるとその厄介さに拍車がかかって止まることを知らない。

 さっきの一連の流れは、火の魔剣の下からの切り上げを肩の盾で上に逸らしたが、左手の水の魔剣が横薙ぎに放たれたかと思う前に上空から火の魔法が放たれた。

 二刀流に加えて、魔法という手数。

 倍の倍で四倍の手数に、圧倒されっぱなしだ。

 自分の手数は魔力で強化した斬撃のみ、己の手数の少なさに嘆きたくなる。


「っくそ」

「悪態つく暇があるなら考えろ、自身の力不足を嘆く前に頭を回せ」


 教官ならとかヒミクならとか、俺以上の強者ならこんな現状鼻歌交じりで潜り抜けるだろうなと思いつつ、体は動き続ける。

 つらいからと言って距離を取るわけにはいかない。

 監督官の叱責には行動で示す。

 常に体は現状打てる最善を模索し。

 限界を引き出せと言わんばかりに、鉱樹に魔力を送り出しさらに高純度の魔力を生み出し、それを身体強化に上乗せする。

 ここまでくると誤差と言えるような強化具合が重要になってくる。

 一歩、一呼吸、そのごくわずかな時間の一手一手が重要になる盤面。

 そして、鉱樹の斬撃の届く範囲が俺の間合いである。

 一応遠距離でできる飛ぶ斬撃もあるが、あれはためる動作が必要だし、攻撃速度も監督官と比べたら遅い。

 対する監督官の間合いはその倍以上。

 いや、オールレンジと言い換えるべきか。

 フシオ教官の言っていた通りの巧みな剣術、魔剣の能力を使った多彩な魔法。

 そんな相手に仕切りなおすために距離を取るのは愚策。

 もし離れてもう一度接近するとなると至難の業だろう。

 だからこうやって、近接戦で踏み込むことに専念している。

 前みたいに遠距離戦に持ち込まれたら勝ち目が無くなるのは明白、一パーセント以下でも勝つ可能性のあるこの間合いに居座らなければならない俺は神経を削りつつも、活路を探す。


「攻撃力は及第点だ。その攻撃なら確かに私たちにも傷をつけられる。だが、致命傷にはならん。もっと動きを速くしろ、もっと手数の幅を増やせ、そして」


 ドクンと鉱樹が脈動し、さらに一段階純度の上がった魔力を燃料に身体強化を上乗せし、瞬き一つが隙になると理解している本能は目を見開き、世界が遅くなっていると知覚しているのにもかかわらずなお速い監督官の一挙動すべてを見逃さんと躍起になっている。


「無駄を省け」

「っつらぁ!!」


 監督官の斬撃と俺の斬撃。

 片手対両手だというのにもかかわらず、打ち負けたのは俺だ。

 鉱樹に負担がかかるが、それを気にするよりももっと鋭く、もっと重く。

 斬撃を回転させろと脳が体に指令を出す。


「そうだ、それでいい」


 だが、俺が必死に歯を食いしばり、体の限界に挑戦しているのにもかかわらず、監督官は涼しい顔で両手にある魔剣でそれを捌く。

 そして。


「……」


 激しく動いていた時間は、ほんの一瞬で静寂に戻る。

 タラリと目の前に突き付けられた剣先に冷や汗を流す。


「なるほど、我流では良い部類か。これは磨き甲斐がありそうだ」


 上段切りを流されてからのカウンター。

 徒手空拳を使う暇もなく、即座に決着をつけられた。


「かはっ、はぁはぁはぁ」


 そこまでされて俺はようやく肺にまともな空気を送り込んだ。

 全身汗ばみ、どれくらい戦っていたかはわからないが、それでもたった一戦でここまで疲れるとは思わなかった。

 疲労を顔に出すことはないが、それでもこれが続くとなると正直厳しいと思う。


「不死王、貴様の目から見てどうだ」

『カカカカ、なんとも成長著しい。昨年、鬼王の一撃で死にかけた者と同じとは思えんわ』

「手を抜いているとはいえ、わずかな時間で私たちとまともに打ち合えるだけマシなのは確かだな。成長の速度には感嘆する」


 その甲斐あってか、一応俺は監督官に合格点を貰えたようだ。

 褒めているような、褒めていないような二人の評価であったが、俺の中では確かな成長の成果だった。


「喜ぶな戯け、この程度で満足するな」

「はい!」

『カカカ、なんとも手厳しい』


 そんな俺の内心を見抜いてか監督官から叱責が入るが、それは俺からすればまだまだ成長の余地があると言われているようで逆に活力になった。

 監督官の口調に反して、目元が嬉しそうに緩んでいたのも活力になった理由だ。


「さて次郎、戦って思った貴様の評価だが、近接能力に偏りすぎだ。それが必要とされていたのは理解するが、他をないがしろにしていいわけではない。初級でも魔法を覚えれば貴様の魔力なら牽制程度にはなっただろう」


 その目元もあっという間に厳しくなってしまったわけだが。


「不死王、貴様もだ。なぜ、次郎に魔法を教えなかった」

『なに、教えるのはやぶさかではなかったが、その時ではないと思ってただけよ』

「ふん、そういうことにしておいてやろう」


 監督官の評価は悪くはないが良くもないと言ったところか。

 改善点が目立ちすぎているというのが評価を下げているのだろう。


「貴様の能力は大体わかった。やはり魔法を覚えさせてからの鍛錬になりそうか」

『そのことだが、エヴィア。ワシに一つ考えがある』

「考えだと?」


 最初の一戦はやはり俺の能力把握だった。

 ステータスが数値で確認できるからと言ってその存在の強さを把握できるわけではない。

 ステータスはあくまで身体能力を数値化しただけだ。

 身体能力が高くても活かしきれていないという事例は多々あるらしい。

 だからこそ直接戦い、俺の改善点を洗い出したという。


『然様、一つ試してみたい魔法があっての』

「試してみたい魔法ですか?」

『なんだ次郎、興味があるのか?』

「ええ、まぁ。これから覚えるかもしれない魔法ですし」

『なに、至って簡単な魔法じゃ。エヴィア、ワシはこいつに装衣魔法を覚えさせることを勧めるぞ』

「そういまほう?」

「……なるほど、そう来たか」


 聞き覚えのない魔法の系統に俺は首を傾げるも、監督官は納得したかのように頷く。


「それって、どんな魔法なんですか?」

『理屈的には、遅延魔法ディレイマジック付与魔法エンチャントマジックを混ぜたような魔法じゃ』

「その場に攻撃魔法を待機させ、その身に纏う。攻撃に使えばその魔法の属性恩恵を得られるうえ、防御にも使える。咄嗟にその魔法を解放し放つこともできる」


 教官と監督官の説明を聞き、なんとなくではあるがどのような魔法かは理解できた。

 ようは攻撃魔法を身に纏うような魔法ということか。

 だがそれは。


「それって、普通の魔法も覚えないと使えませんよね」

「そうだ、基本的には属性魔法を使った応用魔法だ。装衣魔法の神髄は魔法の多様性を生かした戦術に使えることだ。半端な数では使い物にならん」

『最低限でも六種、各属性に対応しておらんと使い物にならんからのぉ』


 体に纏うということで属性相性がもろに影響してしまうこの魔法。

 相手の放つ攻撃に適応していれば攻撃を軽減させたり、攻撃力を上乗せしたりできる使い勝手のいい魔法なのだが。

 その反面、相性が悪いとその効果はほぼゼロとなって魔力を無駄にしてしまう。

 なのでこの魔法を使う際は使える魔法の多様性を求められる。


『しかし、覚えられれば次郎の戦いに幅ができるのも事実。ただ普通に魔法を仕込むよりもやる価値はあると、ワシは思うがのぉ』

「……基礎を叩きこむことくらいはできるか」


 そして、フシオ教官の提案に監督官は少し考えるも。

 可能だと判断したのか、ゆっくりと一度頷き。


「それでいく」

『カカカ、ならここからはワシの領分じゃの』


 同意した監督官はフシオ教官に魔法を指導するように指示を出す。

 俺はと言えば、北宮や南のように魔法の詠唱や構成の仕方を覚えるものだと思ったのだが。

 教官は法衣の中から羊皮紙が丸められたものを取り出した。


「教官、それはなんですか?」

魔法紙スクロールじゃ、ここにワシが封印した魔法が入っておる。次郎、この封を解いてみろ』

「はい」


 手渡された羊皮紙を言われるがままに中央の紐をほどきそのまま広げてみると。


「っつ!?」

『カカカ、覚えたかの?』

「こうなるなら、前もって言ってくださいよ」

『習うよりも慣れろ、この国の言葉じゃったな』


 突如として頭痛が襲ってきた。

 それと一緒に魔法の仕組みも頭に刻み込まれた。


「さすが異世界、便利な代物もあるんですね」

「戯け、そんな安々と使えるものか」

「え?」

『そのスクロールはワシが手掛けたものだが、魔法と言う技術は基本的には秘伝、おいそれと出回る代物ではない。初級魔法一つでもその術士のやり方に差は出る。そのスクロールは術者の技術をそのまま教え込む代物じゃ、便利である反面、技術の漏洩には細心の注意を払う』

「術理を知られるということは魔法使いにとっての手の内を明かすことに等しいことだと覚えておけ」

「そんな代物を」

『カカカカ、時間短縮のためじゃ。気にするものではない。さて、火の次は水じゃな』


 そして、次から次へとスクロールを渡され魔法を覚えていった俺であったが、ここで一つ問題が発生した。


「……頭が痛い」


 都合のいい話など、早々に存在しない。

 これなら簡単だと思っていた俺は、ガンガンと頭を何かに殴られているかのような感覚を味わっている。

 倒れるようなことはしないが、さっきの戦闘の疲労と相まって吐き気すら感じる。


「ふむ、十二か、思ったよりは覚えられたな」

『カカカカ、それでも火、水、土、風、氷、雷の初級魔法を二つずつ覚えさせたにすぎん、まだまだ道のりは長いのぉ』


 そんな俺の様子を見て、広げられたスクロールの数と合わせて感心したような監督官とフシオ教官。


「い、いったいいくつの魔法を覚える必要が」


 ゆっくりと頭痛は収まっているが、耐えられるというだけで治まったわけではない。

 この先もこれが続くとなると正直厳しいと思いつつあとどれくらいの道のりになるかと聞くと。


「各種魔法最低十種類だ」

『なのであと四十八種類じゃ、ただ、途中から中級魔法が混ざってくるから先ほどよりもつらくなるがの』


 スクロールは簡単に魔法を覚えられる代物だが、その欠点としてひどい頭痛に襲われるのがわかった今、その言葉はある意味で悪夢だ。

 一回一回は大したことはなかったが、それが重なればひどい頭痛にもなる。

 そんな俺の様子を見て監督官と教官は予想よりは頑張ったとほめてはくれているが、最低のボーダーラインを見せてくれてまだまだ先が長いことを知らせてくれている。


「不死王、上級の方も用意しているな」

『ワシに抜かりはない。じゃが、そうなるともう二十本は追加になるぞ?』

「あんな無駄な魔力の使い方を見せられたのだ。そのまま放置するならここで多少無理をした方がいい」

『そうじゃな』


 そして、どこか見覚えのある光景が目の前で起きる。

 目をギラリと光らせ、楽しそうにスクロールを取りだす教官と監督官。


「ハハハハ、お手柔らかにできますかね?」


 そんな光景に対して俺は苦笑し空笑いを漏らし、淡い希望を口にするも。


「善処はしよう」

『じゃが、止めはしないがの』


 やる気に満ちた二人相手にはあまりにも儚い希望であった。


 今日の一言

 チャンスは逃すなとよく聞くが、そのチャンスをしっかりと見極めろ。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

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これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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