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246 こんな自分だったかと、自分の変化に気づくと地味に凹むことってありません?

 職場の女性を異性だと認識することは度々あった。

 俺も男だ。

 年も年だったので、結婚のことも考えていた時期もあった。

 前の会社は忙しかったが、それでもそこら辺の感覚は一応残っていた。

 そして誰が見てもブラック企業なせいで、出入りの激しい前の会社ではあったが、一定の容姿、いわゆるかわいい女性や綺麗な女性に対してはホワイト気味な業務になる贔屓な暗黙のルールが男社員の中で出来上がっていた。

 数少ない出会いの期間を少しでも延ばそうという男どもの欲望が各々の残業時間を延ばし、女性とのコミュニケーションの時間を増やそうとした涙ぐましい努力が垣間見えていた。

 おかげで、ブラック企業なのに男よりも女性社員の方が長く勤めているケースが多かったのは努力の結果と言えよう。

 しかし、そんな努力も無残な結果を生む方が多かった。

 努力を積めば積むほど男性社員が立ち去る。

 なぜなら異性を射止める時間を確保するための努力が実を結ぶ前に体を壊したり精神的に限界に達し、異性への渇望よりも生命の危機が上回ってしまったからだ。

 そんなこんなで、ふとした拍子で同僚の女性を異性とみることはそれなりに経験している。

 ただ俺の場合、いいなと思った女性がいても、その異性との触れ合いよりも明日の仕事の納期が大事というタイプの人間だったから、あいにくと前の会社では彼女はいなかった。

 と言うよりも作れなかったというのが正確だろう。

 いいなと思うような女性に粉をかける時間を確保するよりも、明日の会議の資料作りのために時間を作るという社畜の悲しい性だ。

 そんな日々を送り、半ば異性への感情は薄れ結婚はできたらいいなと思う程度の平凡な男であったはずの俺が、今では三人の女性から好意を寄せられ、そして三人同時に付き合うという荒業を成し遂げている。

 人生何が起きるかわからない。

 世間ではそれを三股と言うのだろうが、俺の場合は女性同士で関係があり、公認でこの関係を続けられているから日本の世間でいう浮気や三股には当たらないと思う。

 そんな女性関係に関して昔の俺があり得ないと思うような状況で、さらにあり得ない悩みを持っていた。


「俺って、こんなに女に飢えてたか?」


 あの日、ダンスの練習の最後。

 監督官の背中を見て、その背中に上司としてではなく女性として見てしまった自分がいた。

 スエラにメモリア、ヒミク、タイプの違う女性三人と付き合っているにもかかわらず、さらに他の女性を求めた俺の思考に戸惑いを感じ、講義中は授業に集中するからいいものの一人になるとあの光景がよぎり、欲望が漏れている自分の思考を思い出し、時元室で与えられた自室の窓を開け煙草を吹かしへこんでいた。

 ただ、幸いなのかはわからないが、女性に対しての感情が溢れていたのは多少なりとも自覚症状はあった。

 この会社に来て、いや、正確には戦うようになってからだろうか。

 女性のぬくもりに安心感を求め、それに比例するかのように子孫繁栄のための生存本能も活発化していたように女性を求めていた気がする。

 前の会社ならそこまで元気じゃなかっただろうという息子も、今では若さを取り戻したと言わんばかりの活発具合だ。

 スエラとの最初の日は、結ばれたことも相まってまさに互いを貪りあうかのような獣のような時間だった。

 それから何度も肌を重ねて、メモリアが加わってもその勢いは収まるどころかむしろ俺の場合は増えていった。

 今ではヒミクも加わっているが、それでも勢いが衰えることはない。

 むしろたまに彼女たちから激しすぎると恥ずかしがられながら文句を言われる始末。


「……俺の中で何が起きてる?」


 それ自体は男として自慢できることなのだが、問題なのが女性に対しての価値観が変わりすぎてそれが当たり前になり始めているということ。

 昔の俺ではそれを当たり前だとは思っていなかったはず、そんな昔の俺と今の俺を比べ、俺ではなくなるのではと不安になり始めている自分がいることだ。

 もともとそういった感覚が強い方だったかと過去の自分を思い返すもそうではなかったはずだと自己診断も出ている。

 しかし、こういった話の男性平均はあやふやなもので、あまり参考にならない。

 なので今の俺が成人男性として正常なのか異常なのかが判断できない。

 ただこれだけは言える。

 誰彼構わず女性に手を出し始めたら終わりということ。


「……」


 こういった事態、自分に対して疑問を抱いたときの解消方法は客観的な意見を募り、自己分析をすること。

 自分の中のルールという価値観で解決しないことがベスト。

 ハーレム野郎と揶揄される自分が何を今更と思わなくはないが、そろそろストッパーをかけるべきだ。

 さて、そのストッパーの問題だが。


「問題はだれに相談するべきか」


 仕事の相談だったら迷わず誰かしらに相談できる。

 だが、今回の相談事は明らかにプライベートという話。

 加えて言えば内容が内容だ。

 まず女性陣は却下だ。

 いや、真っ先にスエラたちに相談することも視野に入れるべきだろうが、今は環境的に相談できない。

 当たり前だが、北宮達パーティーの女性陣などもってのほか。

 当人である監督官やその側付きであるタッテさんに相談などできるはずもない。

 となると範囲は自然と男性陣に絞られるが……


「海堂と勝はないな」


 前者は申し訳ないが、何か問題が? とハーレム推奨、リア充爆発しろという流れが見え客観的意見を貰えないというのがわかる。

 後者に至っては、プライドの問題かもしれないが年下の未成年に何を相談すればいい。


「そうなると、教官二人が妥当なんだが……」


 この二人もこの二人で異世界の常識が基準だ。

 参考になるかどうか、その点の問題になるが。


「背に腹は代えられないか」


 相談しないという選択肢はない。

 もし仮にこの価値観の変化がなんらかの要素が絡み精神異常につながっているなら問題を放置し手遅れになる前に対処しなければならない。

 そう思い、タバコの火を消すために灰皿に押し付け、今日の講義で疲れた体と悩みで精神的に疲れたという二つの意味で重くなった腰を上げ俺は部屋を出た。



『カカカカ、なるほど、そうしてワシのところに来たわけか』

「夜分にすみません」

『なに、夜は皆寝静まる。眠れぬワシなら退屈しのぎだと思えば存外に悪くはないのう』


 そして、俺が相談役に選んだのはフシオ教官だった。

 フシオ教官は監督官とのやり取りも見ていたので、相談相手にちょうどいいと思ったからだ。

 時元室で用意された自室で安楽椅子に座り、片手にワイングラスを握るフシオ教官の姿は骸骨でなければ優雅な貴族に見えたかもしれない。

 ワイングラスに入っているのはワインではなさそうだが、鼻孔をくすぐる香りは酒の匂いだった。

 講義も終わりのんびりしていたプライベート時間に尋ねるのも申し訳なかったが、教官は快く迎え入れてくれた。

 ちなみに、なぜキオ教官を頼らなかったかと言うと……

『そんなもの押し倒しちまえば一発よ!!』

 というなんとも男らしい言葉を賜りそうな気がしたからだ。

 その想像は胸に秘め、フシオ教官に事情を説明し、教官は納得したようにいつものように顎を鳴らす。


『なるほどのう、価値観の変化か。それ自体はなんらおかしなことではあるまい。だが、次郎たちの常識からすればその変化は異常であるか……難儀よの。素直にその感情に従ってもワシらは咎めんぞ?』

「よほどの大金持ちか、よほどのタラシでもない限り複数の女性と付き合うのを許されるような環境ではなかったですからね。付き合っている女性がいるというのに自然に他の女性を欲しがるという感覚は戸惑いますよ」


 そして、魔法で運ばれてきたグラスに酒を注がれ俺に差し出される。

 相談に乗ってやるから付き合えという意思はわかり、氷と酒の入ったグラスを受け取りそれを口にする。

 仄かに香る風味は、量を味わうような酒の味ではなく、チビリチビリと飲むような濃厚さを舌に感じさせる。

 近い酒で言えばウイスキーが近いだろう。

 どこかほっとさせるような味わいに感謝しつつ、どうすればいいかという話ではなく俺の変化を見てフシオ教官はどう思うかという方針で聞く。


『なるほど、ワシは人からこの身へと転じた存在じゃ。次郎の言う価値観の変化に関しては理解できる。ワシから見ればその価値観はこちらの世界では当たり前のような感覚であると答えるが……そういう答えを求めているわけではなさそうじゃな。人としてという話で次郎の言う常識に当てはめた答えを返すのなら、生存本能を刺激された人が子孫を残そうとしているというにしか見えんが、となると次郎の気にしているのは理性の問題か』

「そういうことです。世間体を気にするサラリーマンの性って奴ですよ」

『何を今更、ダークエルフに吸血鬼、堕天使と綺麗どころを並べた人間が言う言葉ではない。そこに悪魔が並んでも問題ないじゃろう』

「まったくもってその通りです。耳が痛い話ですね」


 教官の言う通り何を今更気にする必要があるという俺の現状。

 客観的に見れば、増やすこと自体またかという話になるのかもしれない。


『次郎の話を聞く限りでは注意するべき点は自制心じゃろう』

「それ以外ないですよね」


 そんな俺の状態に対して教官が示したのは基礎中の基礎だった。

 その点に関しては俺も同意するほかない。

 シンプルイズベスト、我慢するのが一番の解決策になる。


『然様、他の女にうつつを抜かすのは男いや雄としての本能じゃ。ワシはこの身になってからは縁のない話ではあるが経験と知識はある。そこから答えを出すとしたら自制心を持ちその気持ちに蓋をするのが解決策じゃろう』

「確かに、そうですね」


 まったくもってその通りだ。

 誰かに監視してもらうと言った反応が返ってこない分まだいいか。


『そして、次郎が気にしている価値観の変化はおそらく環境の変化のせいじゃろうな』

「環境の変化、ですか」

『今まで平和な環境にいた人間が戦いの場にいる。これだけで精神的負荷はかかるじゃろう。それに耐えていれば生存本能を刺激する環境は十分に整う』

「それは、すなわち根本から改善する方法は職場環境を変えるしかないと?」

『じゃろうな、戦いから離れ危機感を覚えないような環境に身を置くしか無かろう。少なくとも今のままでは収まることはないじゃろう』


 そして、もう一つ懸念していた価値観の変化の話であったが、そもそも環境が変わりすぎて俺の中の常識が変化したというのが教官の意見。

 元の価値観に戻したいのなら、それ相応の環境を整えるしかない。


『幸いにして、お主には相手が三人もいる。その余った衝動をその三人にぶつければよかろうて』

「気を付けるのは余所見をしないという自制心ってことですか。なるほど」


 転職する気のない俺からすれば、気を付ける箇所さえわかればいい。

 そして、この考え方の変化は外的要因ではあるが、問題なのは自分自身。

 十分に対処可能だ。

 そう思って安心していると。


『じゃが、相手がエヴィアだと言うのなら少し、話は違うかもしれんのう』

「? なぜ監督官だと話は違うのですか?」

『説明する前に一つ聞く、次郎、お主はダークエルフの娘たち以外でエヴィアのような感情を抱いたことはあるか?』

「いえ、ないと思いますが」

『この会社は綺麗どころは多い。それでもか?』

「……ええ、ないと思います」


 スエラと付き合い始めた段階からそういった感情は彼女に向けられていた気はする。

 なんだかんだで俺の方から粉をかけるケースはない。

 メモリアとヒミクは向こうから思いを告げてきてくれた。

 教官の言う通り、俺の眼から見てもこの会社は美人が多い。

 知り合いで言うのならケイリィさんもスエラとは違ったダークエルフの美人だろう。

 ただ彼女を異性として恋愛対象として見たことがあるかと言われればないと言える。

 仕事場の先輩、あるいはスエラの友人というのが俺たちの関係だろう。

 他の女性社員も似たようなものかもしれないし、パーティーメンバーもそうだ。

 そう思うと、自制心は利いているような気はする。

 念を押すような教官の言葉に俺は疑問符を浮かべつつも俺は同じ答えを返した。


『なれば、エヴィアに対してお主が惹かれる部分があったということになるの』


 その答えに対して、フシオ教官は心当たりがあると言わんばかりに言葉を紡いできた。

 それは監督官が俺にとって何か特別な存在だということかのように。

 安楽椅子を揺らし、ふわりと立ち上がり、窓際に移動する教官の続きの言葉を待つために俺は黙る。


「…………」

『さて、次郎が感じた部分があれだとすればなかなか面白いという話になるが……』


 監督官に何かあると知っている教官は話すべきか、話さないべきかと悩み。


『うむ、その話は当人から聞いた方が良かろう』


 あっさりと話さないと宣言した。


「教官」

『情けない声を出すな。仕方なかろう、この話はおいそれと話せる内容ではない』


 肩透かしを食らった俺の出した声があまりにも力がなかったせいで呆れられてしまった。


『しかし、何も助言を与えずこのまま帰すのもまた面白みに欠けるか……ふむ』


 しかし、俺の反応から前言を少しだけ教官は翻す。


『……なれば、そのエヴィアの雰囲気に気づいた褒美として一つだけ助言を送ろう』


 考えること数秒、教官の中で納得したのか一度頷き、ゆっくりと俺の方に振り向き青い炎を灯すその両目が俺を見て。


『お主がエヴィアに向けた感情、その感情は何からくるか考えてみるとよい。それがきっかけになるじゃろう』

「感情が何からくる?」

『カカカカ、よく考えよ。じゃが、明日も朝が早い。今日はここまでとして休むがよい』

「はい、時間を割いていただきありがとうございます」

『なに、後半の研修でワシを楽しませてくれればそれでよい』

「高い授業料になりましたね。精進します」

『うむ、楽しみにしておる』


 あやふやな言葉で助言をもらったが、自然とその言葉は無意味ではないというのはわかった。

 それだけでも十分な成果だと思い。

 クイっと注いでくれた酒を煽り、一礼して明日に備えるために今日は休むことにする。

 今回の相談のおかげで気がさらに抜けなくなってしまったが、必要経費として割り切ろう。



 今日の一言

 価値観の変化というのは意外と気づきにくいし、気づいたとしてもどう扱うか悩む。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍がハヤカワ文庫JAより出版されております。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

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これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。

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