241 先入観を捨て、冷静に考えれば確かにそうかもしれない。
さて、世にも珍しい光景を見たのだが、この状況をどう収拾つけたものか。
監督官としてはさっきみたいな光景を見られるのは不本意であったはず。
だが、あいにくと今更見てませんでいたというわけにもいかない。
しっかり目撃もし、さらには会話にすら参加してしまった。
その現状でどの口がそんなことを吐けるかという話だ。
加えて言えば、今は監督官の側付きメイドのタッテさんにぜひとも詳しい話を聞かせてほしいと言わんばかりに俺と話したいオーラをぶつけられている始末。
もう一つ加えれば。
「タッテ、下がれ」
「下がりません! ええ、今下がってしまったらこのタッテ一生後悔するのがわかりきっているのですから!!」
今は絶賛、俺を置いてきぼりで主従で言い争っていたりもする。
それにしてもタッテさんはすごいな。
監督官の絶対零度で猛吹雪な視線の中で、秋葉原にいそうなメイドであるタッテさんは一切引くことなく、ここが私の関ヶ原と言わんばかりに引く様子を見せない。
勇猛果敢に挑みかかる姿は勇者のようにも見えると、ダンジョン攻略対策をしているダンジョンテスターが言うのは皮肉になるだろうか。
さて、一時的にだが蚊帳の外に置かれた今のうちに現状を少し整理するとしよう。
最初の言い争いの原因は監督官の生活態度の問題だったと会話の内容で予測できるが、今は話が変わっている。
監督官の態度と雰囲気的に俺とタッテさんを会話させるのは面倒だと思っているのだろう。
タッテさんの態度が見るからにお節介焼きのおばさんのような態度に見えなくもないから監督官の態度もわからなくはない。
対するタッテさんは俺に何を聞きたいかわからないが、監督官に関わることを聞きたいのは間違いないだろう。
だが、この行動が好奇心だけかと言われれば何か若干違うような気がする。
問題は、俺がこの後どうするかだ。
普通に考えれば初対面であるタッテさんの事情よりも上司である監督官の事情を優先するべきだ。
食事に行くからと適当に断りを言ってこの場を去るのがベター。
聞いてはいけなかったような感じの内容は聞いてしまったが、これ以上傷を広げる心配はない。
「では貴様はこの後どうするつもりだ?」
「ええ、もちろん、次郎様に普段のお嬢様に関して根掘り葉掘りと」
「それを聞いて私が止めないと?」
「思いませんが、いかにお嬢様とて今の私は止められませんよ!! ええ、ついに来た春風、何が何でも捕らえてみせます!!」
いや、ベターではなくむしろその選択がベストなのでは?
この場合聞いてしまったのは仕方ないと諦め、教官たちのところに逃げ込めば一時の安全は確保できる。
明日の研修で地獄を見るかもしれないが、それはそれ。
一時の感情の冷却時間くらいは稼げ、俺も生き残れる。
ああ、これで問題ないはず。
「ええ、ですので申し訳ありませんが次郎様、少々お時間よろしいですか?」
問題ない、はずなのだがなぜだろう。
俺が逃げようと思った途端に退路を断たれた。
今ヌルリと動いたタッテさんの動きがヤバかった。
逃がしませんという感情だけが凝縮された瞳、あれは人を見る目ではなかった。
演出的に表現するのならホラー映画のようだと言えばわかりやすいだろう。
そして、よろしいですかと疑問形にしているのにもかかわらず、俺には選択肢がはいかyesの二択しかないような気がする。
「…すみませんが明日の研修に備えて早めに休みたいと思っているんですよ、なのであまり時間はないですね」
だが、それにビビりここで諦めてはだめだ。
社会人的言い訳法その一、仕事を理由にして誘いを断る。
社会人ならわかるだろうが、時に無理な飲みの誘いがあるが仕事を理由にすれば結構な確率で相手の心証を悪くせず断ることができる。
この断り方は乱発すれば相手の心証を悪くすることになるが、幸い今回は相手が初対面かつ目の前に今回の研修を計画した上司がいるのだ。
上司との利害が一致している今、ほぼこの話は通る。
「ええ、ですので、お食事はこちらの方で用意しますので、なんでしたら食後に疲れの取れるお茶などもいかがでしょう? その間少しばかりお話を聞かせていただけたら結構ですので、ええ、お時間はとらせませんので」
はずなのだが、このメイドその話を逆手に取ってきた。
そして、笑顔なはずなのに目の前にいるのは猛獣か何かを連想させるような雰囲気を醸し出している。
獲物を逃がさないという瞳が俺を捉えている。
さすが監督官のメイドと言ったところか。
一癖どころの話ではないくらい、とんでもないメイドのようだ。
遠回しの断りなどお構いなしにずけずけと話を進めてくる
「ははは、ありがたいお話ですけど、教官たちも待たせているので」
ならば社会人の言い訳法その二だ。
他の上司との待ち合わせを匂わせる。
これならさすがに大丈夫だろう。
加えて、負けずと営業スマイル添えて断ろう。
「それでしたら、幸いわたくしもお二方とは顔見知りですし、こちらの方でお断りの連絡を入れておきますので次郎様がお気になさることはありません。加えて、お嬢様もお仕事がおありのようなので別の部屋で食事をとられるようです。ですので、その場でご一緒という形でどうでしょう」
だが、回り込まれた。
打つ手打つ手がことごとく潰される。
意地でも監督官と一緒の食事の場を設けるつもりか。
何が彼女をそこまで駆り立てる? と疑問を挟む暇もなく段々と俺は追い詰められている。
流れが悪い。
ここは一つ、利害の一致している監督官に援護を求める。
社会人の断り方その三、上司を味方につける。
先ほどの監督官とのやり取りで視線でちらりと合図するのはタッテさん相手に無謀、ニコニコと笑う顔はかわいいが、その瞳が俺が肯定するまであきらめませんと言っているように見える。
なので。
「うれしい誘いですが、やはり先約の方を優先したいと思いますので」
強引に話を断ちに行く。
そうすればきっと監督官もその話に便乗してきてくれる。
「次郎もそう言っている。タッテ、これ以上は」
俺の予想通り監督官も乗ってきてくれた。
従者のこれ以上の行動は認められないと、さっきよりも強めな口調。
これなら問題なく。
『お嬢様?』
「「っ!?」」
終わると思ったのだが。
〝ゾク〟
その推測を断ち切るような、寒気が背筋に走る。
その声はさっきまでの幼くも凛とした少女らしい声には違いない。
だが、迫力が違った。
先ほどまでの会話が一歩引いた言葉であるのなら、さっきの一声は正しく彼女の本性。
従者である彼女が主をたしなめるための言葉であろう。
まさに不退転の意思。
タッテさんは監督官を呼んだだけなのにもかかわらず、俺には黙れと言ったように聞こえた。
それは主従関係ではありえない光景。
そして。
「次郎様、少しのお時間もいただけないでしょうか?」
監督官の言葉を遮ったタッテさんは、最後通告のように俺に問いかけてきた。
監督官の援護はもうない。
そして、俺にはこの迫力を跳ね返すことはできない。
「食後でしたら、少しは」
「ありがとうございます、でしたら食後にお迎えに上がります」
せめてもの抵抗で、夕食後を指定したがその抵抗も計算していたかのようにあっさりと俺の返事を聞き納得したように俺から視線を外し監督官の方を見ると。
「では、お嬢様参りましょう」
すっと監督官の手を誘導するかのようにその手を引き立ち去っていった。
嵐は去った。
そんなイメージを俺に植え付けたメイドであった。
その背を見送りぽつんと取り残された俺であったが、さっきまであったはずの食欲は今のやり取りで失せ、これから食堂に行くという気力は湧かない。
だが、何も食べないわけにはいかない。
「……遅れるか」
なのでもう一回気分転換がてら一服してから行こうと思ったが。
「いつからそこに?」
『カカカカカカ、主がエヴィアとタッテの会話を聞いて立ち止まったあたりかのう』
「最初からじゃないですか、いたなら助けてくれてもいいじゃないですか」
振り返ればいつものタキシードのような格好で悠然と佇むフシオ教官がそこにいた。
『気づかぬお主が悪い』
「そんなばっさりと。さっきの様子だと監督官も気づいていないですよね?」
『じゃろうな、でなければワシの前であのような醜態さらすわけなかろうて』
「それ、俺が気づけます?」
『さぁての、鍛錬次第では気付ける日も来るのではないかの?』
「今は無理ってことじゃないですか。まぁ、仕方ないことですけどね。それより教官はなぜここに? 食堂にいるのでは?」
堂々と覗いていたと宣言するフシオ教官にがっくりとしながら、なぜこの場にいるかと聞けば。
『次郎よ、わすれておらんか? ワシは不死者。そもそも食事は必要とせん。酒は嗜好品として楽しむがの』
「そういえばそうか」
教官たちと飲み食いしているときもキオ教官は食べるが、思い返せばフシオ教官は酒を飲んでいる姿しか覚えがない。
『貴様がいつまでたっても食堂に来ないというから迎えに来てみれば、なんとも面白い場に出くわした』
「まぁ、珍しいですよね。監督官が説教されている光景なんて」
人の不幸は蜜の味とこの教官ならいいそうだ。
普段の監督官の姿を見れば、なおのこと教官の言う面白い場面だろう。
同じ光景を見ていたからこそ、こぼれた言葉であったが。
『何を言っておる。あのような光景、昔から見ているワシからすれば何の面白みもないわい』
「は?」
だが、この教官は違うと言った。
『タッテはエヴィアが幼少のころの教育係じゃ。今でこそ側仕えになっておるが、長年エヴィアに仕え続けたことには変わりはない。タッテにとってエヴィアは実の娘か妹かそのような存在じゃろうて。だからこそ、あのように叱ることもできれば注意することもできる。逆にエヴィアからすれば数少ない頭の上がらない存在ということじゃ』
フシオ教官からすれば、あの光景は見慣れたものらしい。
現魔王軍の古株である教官が言うのだから、その話は本当なのだろう。
『カカカカカ、エヴィアは貴族の中でも少し特殊な生き方をしていてのう。そんな中でずっと側に仕え裏切ることなく忠義を尽くし、時には叱り、時には慰め、心の支えになったタッテに強く出ることができないのじゃ』
俺の知らない監督官の話。
何か事情があるからこそ、あんな特殊な主従の形ができているのだろう。
『まぁ、エヴィアがタッテに強く言えないのは、それだけじゃないがの』
「ほかにも理由が?」
だが、面白そうにその主従の形がそれだけで形成されているわけではないと教官は言葉をこぼす。
『カカカカ、エヴィアは貴族の出だと言ったであろう。貴族というのは輪にかけて他者を使うことが多い。それこそ、貴族としての責務を果たすために私生活の管理を他者に任せるほどにな』
それがどういう意味か分かるか? とフシオ教官は問いかけてくるが、俺にはいまいちピンとこない。
だからこそ疑問符を浮かべ首を傾げる。
『衣・食・住、この三つが知恵ある物の生活の基盤になる。だが貴族はこの三つの管理を一人でこなせるものが少ない。それがなぜかわかるか?』
フシオ教官は貴族は衣食住の管理ができないと言っている。
だが、それはおかしい。
大なり小なり差はあれど人間というのは衣食住の三つをうまくやりくりして生活している。
それが管理できていないというのは生活が破綻しているということになる。
あの仕事のできる監督官がそんなことありえるか……?
「仕事ができる……もしかして、貴族は仕事〝は〟できるってことですか教官」
『カカカカカ、そういうことじゃ。貴族というのは炊事洗濯といった下々の仕事は一切できない。すべて任せきりじゃ。じゃが、それなしでは生活できないのもまた真実』
それはそうだ。
服が汚れれば洗濯をしなければならない。
腹が減れば食事をとらなければならない。
家が汚れれば掃除をしなければならない。
社会人はこれを一人でこなし、生活している。
だが監督官は違う。
「まさか」
『そう、そのまさかじゃ、エヴィアの生活基盤はすべてあのタッテが支えておる。そしてエヴィアが一番信用しているのもタッテじゃ』
「ライフラインが握られているじゃないですか」
『カカカカカ、だからこそ強く言えないんじゃよ。それでも比重的には昔からの忠臣ということで信を置いているという部分の方が大きいかもしれんがの』
蓋を開けてみればまさかの真実とはよく聞くが、冷静に考えてみればそれはそうかと納得できる理由だった。
それならさっきの会話も理解できる。
「……いや待ってください教官。そんなタッテさんが俺と話したいってどういうことですか?」
『さての、ワシは何度か話したことはあるがその真意まではわからんよ。一つだけ言えるのはタッテはエヴィアの不利になるようなことはしない。ということだけじゃ』
だが、こちらも冷静に考えればそんな関係の存在が俺に興味を持っている段階でおかしな話ではないか。
『排除されなければいいがのう』
「不安になるようなこと言わないでください!!」
『カカカカカカ! さて、ワシは面白い話を肴にライドウと飲むとしよう』
「せめて不安を拭ってから行ってくださいよ教官!!」
これからどうなるかわからないまま。
研修初日の夜は更けていくのであった。
今日の一言
できる人間がなんでもできるというわけではない。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売しました。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




