239 ついにこの日が来たと覚悟を決めても、不安は残る
さて、うちの会社の中には様々な施設があるのをこの会社に入社したテスターたちは知っている。
海堂や南とどんな施設があるか探検感覚で探索したことがある。
だが、テスターが入ることを許されているエリアだけでもその広さは計り知れない。
南に至ってはダンジョンで培った経験から社内用の食べ歩きマップや遊戯施設マップを作っている始末。
随時更新されるそのマップはテスターのみならず、スエラやケイリィさんなどの社員やメモリアといった異世界人にも活用されている。
最近では勝に頼まれて安売りマップなんていうのにも着手していると聞いた。
そんな施設が豊富なわが社。
最初に日本では見れない施設と言えばダンジョンだ。
この会社の根幹となる施設で、その施設を完成させるために俺たちは入社している。
次に思い浮かべるのはと言われれば、やはり地下に配置された商店街だろう。
閑古鳥が鳴く店も多々あるが、テスターたちの武器防具、消耗品といったファンタジーな仕事に欠かせない道具を取り揃えているのは世界中を探してもここだけだろう。
おまけに商店街にある飲食街は異世界の酒や料理、あるいは異世界の料理人たちが作ってくれる現代日本の料理と様々なニーズに応えてくれる。
奥に行けば男の楽園と言える施設も充実、そして男性指向に傾倒しないように女性の美容施設もあるのも最初に配布された資料で見た。
もはやここに来れば娯楽に関しては揃わないものはないと言っても過言ではない施設群だ。
他にも様々な施設がある。
それは福利厚生に値するのか? と疑問が浮かぶほどのレジャー施設。
南国をイメージしたかの如き人工海岸が作られた水上レジャー観光施設。
日本の温泉旅館をイメージしたのか、山の中にひっそりと建てられた静養施設。
資料を読む限り、ほかにもまだまだ存在する。
さすがに飲食代や装備の購入代までは無料にはならないが、施設自体を利用するのは無料だ。
心技体万全の状態でダンジョンに挑んでもらいたい会社の取り計らいでここまで施設が充実している。
ダンジョンという異次元空間をふんだんに利用したからこそできる荒業の成しえた施設群だと言える。
さて、ここまで様々な施設を紹介したが、その中でも俺たちがかなりの頻度で使っている施設を挙げるのなら商店街と言うわけではなく訓練室と答える。
ダンジョンに入るのにも様々な訓練が必要だ。
剣技に魔法、連携に体力訓練。
ただ装備を用意しただけでダンジョンを攻略できるほど魔王軍が用意したダンジョンは甘くはない。
しっかり備えなければ何もさせてもらえない。
なので、俺を含めたパーティーはダンジョンや商店街よりもその施設を利用している。
模擬戦や技の確認、新しく買った消耗品の能力の把握、やれることは目白押しだ。
ダンジョンテスターとして広い空間で様々なニーズに応えてくれる訓練施設を使わないという選択肢はない。
ただまぁ、それは俺たちパーティーだけなようで他のテスターたちはここの用途はあくまで広い運動場程度でしか認識していない。
なので今のところ訓練施設で他のテスターとかち合ったことはない。
そんな奴らの話はいいか。
訓練室に通っている俺たちではあるが、あまり使わない施設というのがある。
一応言っておくが、男の俺がネイルサロン行かなかったり、女性テスターたちが男御用達の店に行かないといった話ではない。
あくまで訓練施設に限った話だ。
その施設は特殊性から許可を取らなければ使うことができず、そしてその施設使用時間にも制限がある。
時空次元特殊訓練室。
長いから、時元室とかの略称で言われることが多い。
この施設で何ができるか、それは至ってシンプルな話だ。
その施設内の時間は外の時間の何倍も長くできる。
外では一時間経過しているだけにもかかわらず、中では一日経過しているなんてことができる体感時間を増やせるどこか聞き覚えのある施設だ。
そんな魔法技術をふんだんに使った破格の性能を誇る施設は、使用する者が人間なら寿命が縮むのとその施設を使用する際に消費される大量の魔力さえ気にしなければまさに強くなるために特化している施設ともいえる。
何せ時間を増やせるのだ。
休む時間も含めても、長時間の訓練に従事できる。
そして、デメリットの部分もこの会社にとっては対処可能な範囲に収まっている。
寿命に関して言うのなら、寿命を気にしないほど長寿な種族ダークエルフや悪魔といった種族なら気にすることはない。
そもそも寿命という概念のない不死者ならデメリットはないと言っても過言ではない。
加えて言えばその老化効果もテスターに限って言えば魔力体になれば関係なくなる。
大量の魔力だって、さすがに無限とは言わないが魔力の宝庫であるダンジョンの中にある施設だ。
消費した分を補給することは朝飯前だ。
そんな時元室ではあるが、最大の特徴である時間操作以外で何ができるか。
当然そんな疑問が出る。
もちろん、ただ空間があってそこで時間操作ができるだけ、というつまらない結果なわけではない。
施設内ではダンジョンの力を応用した様々な戦闘体験をできる。
高原、荒野、砂漠、湿地帯、山岳、雪原、氷山、火山といったフィールド選択はもちろん、晴れから嵐までの天候操作、気温の操作もできれば湿度もいじれる。
そして何よりも訓練室と銘を打っているだけに、ダンジョン内に存在しているモンスターならなんでも呼び出すことができる。
対人戦だけではなく、対モンスター戦にも対応できている。
さて、ここまで話したところで一息を入れるために話を変えるとしよう。
魔王軍にはダンジョンを管理する存在である七将軍、いまでは一将欠け六将軍となっているが、魔王軍の幹部が存在する。
その存在は魔王軍の中でも当然上位に位置する。
そして、魔王の秘書でありダンジョンテスターを管理している監督官。彼女も魔王軍の中では上位者である。
そんな存在たちが必要だからと言って長時間一つのパーティーのために個別でも難しいのに三人同時に時間を割けるかという疑問だ。
答えはNO、誰がどうやっても逆立ちしたってNOと言う答えしか出ない。
スケジュール的に、そして、業務上無理だと言ってもいい。
シンプルに〝時間〟が足りないのだ。
ああ、時間がな。
さぁ、ここまでわかれば大体の人は察せると思う。
一時間を一日まで引き延ばせる空間をフルに使うことができる環境、そして時間に余裕のない教官二名と監督官一人が条件を満たし揃うことのできる。
それが引き起こす出来事と言えば。
「ハハハハハ! ここまで自由な時間は久しぶりだな」
『カカカカカカ、然様。なにぶん我らは多忙の身。こうやってたまには羽を伸ばすのも悪くはない』
「貴様ら、はしゃぐのは構わんが手加減は間違えるなよ」
「お、鬼がいるでござる」
「ついでに言うと悪魔も揃ってるっすよ」
「……死神も見えるネ」
『カカカカ、ホレ、手が止まっておるぞ』
会社側からすれば理想の教育体制、受ける側からしたら地獄の教育研修が完成する。
そんな研修に対して俺たちが何もしていないわけがない。
通達を受けてから準備し、正社員でないアルバイトメンバーも時間を作りこの研修に備えてきた。
それだけで万全だとは思っていなかったが、それでも苦戦程度で十分に乗り越えられると俺たちは踏んでいた今回の研修。
「……見通しが甘かった」
「しゃべる余裕があるとは良いご身分だな!! ほら次だ!!」
そう思っていたはずなのだが。
やはりあの三人が揃うと嫌な予感は現実となり、予想通り並の研修では済まなかった。
「「……」」
「ふん、威勢が良かったのは最初だけだったな」
研修が始まって早数時間、死屍累々、疲労困憊の俺たちがその惨状の結果。
俺たちが連れてこられたのは特殊な設定が施された時元室。
宿泊施設と訓練施設が併設設定された空間だ。
そして俺たちが何をやっているかと言うと。
「次の資料を開け、魔王軍での種族構成は――」
今までの会話で勘違いしているかもしれないが、俺たちがやっているのは戦闘訓練ではなく座学だ。
幹部研修をするにあたって何をするかと俺たちが真っ先に挙げたのが戦闘能力の向上だと決めつけていた。
だからこそダンジョンに挑み心身ともに鍛え上げてきた。
過去の経験則、俺たちの仕事はダンジョンをテストし改善するための資料を作り出す。
なので、改善策を出す方法イコール戦闘という図式が成り立っていた。
その幹部になるのだから当然戦闘能力が求められるはずと結論を出す。
だからこそ今日までダンジョンに挑み魔紋を鍛え、ステータスを上げてきた。
それでなんとかなると思い研修当日になったわけだ。
だけど、今になって冷静になり思い返してみればその判断は先入観によって視野狭窄になった結論だった。
普通に考えれば、上に立つ人間が脳筋でいいはずがない。
頭も使わなければ上には立てないのだ。
時元室に連れてこられて、俺たちがまずやったことそれは。
「席につけ、まずはお前らの知識を確認する」
テストだった。
装備を装着していた俺たちは『は?』っとそろいもそろって頭の上に疑問符を浮かべた。
てっきりキオ教官たちが揃っていることからいきなり戦闘訓練に入るものだと思っていたのだが。
「幹部になる存在が戦闘能力だけだと思うな。文武両道、それができて魔王軍の中で上位に立てる」
その疑問符を打ち払うかのように監督官がきっぱりと言い放ってくれた。
いや、先入観でそう思っている俺たちが悪いのかもしれないし、言われてみればその通りなのだが、直前の直前それこそ研修が始まる前まで詳細が語られなかった俺たちも悪くはないと思う。
それこそスケジュールが今配られるとは思いもしなかったよ。
いきなり戦うことになるかもしれないと思っていた俺たちからすれば拍子抜けだった。
そして現実時間で一日、時元室内では約一か月という期間の研修は一枚のテストから始まった。
俺達からすればなんとも穏やかなスタートを切ったと思った。
最初だけは。
「見事に偏ったな」
そのテストの結果によって俺たちは三つの班に分けられた。
『カカカカカ、まずは基礎からじゃの』
「う、知らないでござるよ。ダンジョン以外の業務内容とか」
「いやぁ、テストなんて久しぶりだったっすけど、どうにもならなかったっす」
「体を動かすのは得意だけド、勉強の方は……ネ?」
まずは赤点組。
興味のないこと以外が足を引っ張った南、順当でなんとなくそこにいるのが納得できる海堂、そして賢者の知識を手に入れたはずなのに赤点を取ってしまったアメリア。
この三人がフシオ教官と基礎からの指導。
「おう、お前は俺とマンツーマンだ」
「よろしくお願いします」
次に意外なことに座学の教習もいけるキオ教官のクラスは、平均的に点数を取った勝だ。
失礼だが、フシオ教官とエヴィア監督官はわかるが、キオ教官が座学を教えるのが想像できない組み合わせだ。
このクラスは基礎ができているから、少し細かい内容の研修になる。
そして。
「二人か、まぁ、順当に上がってきたと言ったところか」
「だ、大丈夫よね次郎さん」
「命の保証はしてくれるだろうな」
命だけはなと内心で思いつつ、順当にこの組み合わせになった北宮に頑張れと視線を送る。
スエラの手伝いなどをして魔王軍の情報を手に入れて事前知識のあった俺と、持ち前の勤勉さで高得点をたたき出した北宮。
そして俺たち二人を担当するのが監督官という編成だ。
やる内容は他二組と比べて高度になる。
フシオ教官、キオ教官、監督官と三班に分かれての座学講習。
いやな予感を感じつつ座学に挑んだが。
「貴様らは基礎はできている、ならあとは組織の運営に関する知識と態度、そして実践を与えれば十分だな。ほかにも礼儀作法や貴族との付き合い方も教えなければならないが、なに、安心しろ。魔紋で強化された体だ」
案の定、俺たちの地獄はここから始まったのだ。
頭がパンクするとはこのことか、知識を詰め込み馴染ませる工程。
「時間が足りないのなら多少スパルタでも問題ないだろう」
『カカカカ、ワシの方は少し早めにしておかねばな』
「なぁに、安心しろきっちり教え込んでやるよ」
短期研修。
本来であれば、とっかかりを作って今後様々なポジションで活躍する人員を育てるための土台になる研修であるはずなのだが。
この方々がやろうとしている研修は文字通り。
短期で魔王軍の中でも上位者として使える人材にする研修ということなのだろう。
「「「「「「…………」」」」」」
そのためにはどんなことも惜しまない。
怪しく笑い、怪しく目を輝かせる三つの存在。
俺はこの時、初めて物理的戦い以外で冷や汗を流したと思う。
よろしくお願いしますと口だけで言っているが、これから起こり得ることは戦いとはまた違った別の覚悟が必要ということは明白。
そして。
「ああ、スケジュールの後半には戦闘訓練も入れている。お前らの得意分野を伸ばすのはもちろんだが、弱点もここで解消してもらう」
座学はあくまで始まりでしかない。
真の本番はまだ控えているという事実が、この研修の険しさを俺たちに伝えているのであった。
今日の一言
先入観って怖えなぁ。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売しました。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




