238 落とされた爆弾の威力は、落とされた側が一番わかる
榛名の爆弾発言で表情が変わらなかったのは僥倖だ。
さすがの俺でもさっきの発言は予想できなかった。
内心では動揺しながらも、表情に出さなくなったのは俺の成長の一つだと思いポジティブに現状を捉える。
店内にいる全員が俺に注視する中、俺は必死にこの爆弾発言に対して思考をめぐらす。
この鬼少女は俺の背に映った鬼を紹介してほしいと言った。
そして、背に映ったというのはおそらくあの巨鬼を屠ったあの一撃の技から連想された面影のことだろう。
その鬼の対象と言えば俺の中で一人しかいない。
俺の中で最強の鬼で俺の教官。
鬼王ライドウ、俺はキオ教官と呼んでいるが、榛名はその面影からどういった根拠かはわからないが俺に鬼との関係があると判断し存在を所望している。
いや、少し訂正しておこう。
目の前の真剣な榛名の表情を見れば、第六感とかフィーリングめいた予感で確信しているようにも見える。
事実俺には繋がりがあるからシャレになっていない。
そんな彼女の発言に俺はどう答えるか迷う。
ここが社内で相手が身内であるのなら、正気かと相手の思考が正常かどうかを確認し、正常ならば命を捨てる覚悟や色々と常識を捨て去る準備はいいかと脅しかけるように問うてから紹介することはできる。
だがここは社外。
加えて言えば、相手は身内じゃない。
どういった経緯でこの言葉が出たかは俺にはわからないが、ここで分かったと安請け合いすることはできるが、その選択を取ることはできないというのは明白。
そして会話の流れ的には断ることが自然だが……
「……」
その否定の言葉もこの監視の中ではしづらい。
下手に否定すれば俺の繋がりに鬼がいるということがばれる。
よって肯定も否定もしづらい。
お袋もなんでこんな面倒な場でこんな発言をさせたって、視線で問いたいところだがその視線の動きも観察の対象になってしまっている段階ですることを許されない。
なので。
「なんの話か分からないんだが」
ここで打てる手は誤魔化すの一手。
否定も肯定もしない。
何も知らないと突き通すこれがベストだと判断する。
幸いあの事件現場に会社関係者はいなかった。
独断で動いたことによって会社の内容が他所に漏れていないといった条件がそろっているのが幸いした。
その状態なら俺だけがシラを切ればいいだけのこと、下手に変なことを口走らなければ、それだけでこの質疑は流せる。
相手は探りを入れず真っ向勝負で俺に協力を求めた素直さは認めるが、この場でその心意気に答えることは俺にはできない。
淀みなく震えることなく榛名の言葉に答えた俺はゆっくりと喉元にせりあがってきた真実を飲み降すようにコーヒーを口にする。
その際にちらりとお袋の方を見れば、合格とウィンクする要領で俺にしか見えない角度で伝えてくる辺り、さっきの榛名の言葉はお袋の指示ではないということだ。
「ですが、私は確かにあの時」
そして、その回答に不満が出るのも予想通りだ。
そんなはずはないと榛名は俺に詰め寄ろうとするが。
「はいはい、次郎は知らないって言ってるんだからそれくらいにしときな。それよりもこれからのことを話さないといけないからそっちを先に片づけてからね。私も歳だから最近休めなくて疲れがなかなか取れなくて、このあとホテルに帰って早く休みたいからねぇ」
これ以上変な話をされないうちにお袋は話の方向修正にかかった。それは俺にとってうれしい流れ、周囲の目が若干お袋に非難めいた視線の色を示すが、そんな視線榛名を含めて知るもんかと気づかないふりをするお袋。
だが、その時気になる仕草をした。
その仕草自体は事後処理で疲れているからと、肩に手を当て揉んでいるような何の違和感もないような仕草だ。
お袋ほどの年齢の女性なら一度や二度やったことはあるだろう肩をほぐす仕草。
一見おかしな行動ではないが、うっすらとお袋が笑った。
その笑みを俺は見逃さなかった。
瞬時に何か意味があると思いそのあとの仕草を注視すると案の定メッセージを送っていた。
肩を揉む際、肩に触れるとき人差し指がとある建物の方向を向き、少し揉む仕草の時に指が三本立ったことを。
それは俺が伝えられていた建物の監視の人員の位置と人数に該当した。
あの距離で気づくのかよ。
口元が引きつりそうなのを無理やり抑え込み、相変わらずのスペックに溜息をつきたくなる。
おまけに反対の肩を揉み首を回した際一瞬だけ外を見た。
恐らく店の前を回っている人員にも気づいていると伝えているのだろう。
最後にまだまだだと言うかのように笑いコーヒーを飲む姿、ここまでくると笑うしかないのだが、今この場で笑うわけにもいかずポーカーフェイスを維持しながら俺もコーヒーをすするしかない。
やられた、と思うのと同時にうまく互いの意見を通したとお袋の手腕に感心する。
榛名的には俺の繋がりによる力を借りたいが、俺的にはそのつながりを世間にさらしたくない。
だからこそ、お袋は一芝居した。
日本側にはあくまで俺の背後には何かがいるということだけを匂わせるだけで済ませ、俺の希望を通し、けれども榛名にあの言葉を言わせることで会社側にこちらがコンタクトを取りたがっていることを伝えた。
俺がこの場に来ることで監視がセットで来ることを予想してこの場を設けたということ。
回りの人員は榛名が逃げ出さないようにと監視するのが表向きで、俺のことを調べるための調査員でもあることは間違いないだろうがその目を掻い潜ってそれをやって抜けるお袋の手腕に脱帽する思いだ。
俺は一杯食わされた形になるが、この形で終わるならまだ許容範囲内だから文句を言うつもりはない。
「それで? 俺は彼女から恨まれていないというのは理解したが、俺は続きを聞いた方がいいのか? 彼女の話を聞く限り俺が手伝えることはなさそうなんだが」
その話に合わせるように俺は何食わぬ顔でお袋の話に合わせる。
これくらいしないと周囲は欺けないだろうなと下手な緊張の色は見せず、何食わぬ顔を維持する。
推測になるが、日本側からしたらお袋がなんらかの俺に関する情報を知っていると思っているようだが、のらりくらりと躱し続け俺の方からぼろを出そうと思っているのだろう。
「だろうねぇ、あたしも次郎の手には負えないって言ってあたしだけでなんとかするって言ってるんだけどねぇ。霧江からあんたにも話を通しとけって。じゃないと榛名の養子縁組を認めないって言うからこうやって来たわけ」
「となると無駄足になったな。俺個人で組織がらみの手助けになれるとは思えないな」
だがまぁ。
そこはそれ、わかっているのならボロを出すわけがない。
「そうだろうねぇ。あたしとしても、事件は収束に向かっていてこの子から恨まれていないって伝えられただけで今回の件は十分だと思ってるよ」
「そうしてくれ、こっちは休み返上で働いたんだ。これ以上働かされたらたまらんよ」
肩の力を抜き完全にお袋と世間話に興じる。
何も考えず自然に話している体を装い、何気ないワードをこぼさないか注目している周囲には悪いが。
「霧江から報酬預かってるけどいるかい?」
「税金に加算されるようなやつか?」
「されないよ、そういう風に手続しとけって言っといたから。なんだい。加算されるのならいらなかったかい?」
「いや、手続きが面倒だって思っただけだよ」
「そうかい、はいこれがあんたの分、これで嫁さんに服でも買ってやんな」
「そうさせてもらうよ」
そんなボロは出さない。
出したら出したで、監督官からの説教の予約が入ってしまう。
そんなものはごめんだと気を心の中で引き締め、お袋から手渡されたのは厚みのある封筒だった。
少なく見積もっても百万以上。
恐らく口止め料も入ってるだろう。
「まったく、霧江の奴もケチだねぇたった五百しか用意しないんだから」
「サラリーマンの年収になりそうな額をたったって言うなよ。悲しくなるだろうが」
「あれだけ体張ったんだよ。それならこの倍くらいはもらわないと割に合わないよ」
「八桁はとりすぎだろったく」
想像よりも入っていた中身に臨時収入としては良い方だなと、貯金するかと思っていた思考が少しだけ贅沢するかという方向に変わり何に使うかと思う。
ちょうどヒミクがこちらの高級な食材を食べてみたいと言っていたな、帰りに買っていくか。
だがその前に。
「そういえばお袋」
「なんだい?」
「お袋が言ってた、かたをつけるってどういうつもりだったんだ?」
お袋の口から真意を聞いておこう。
「後ろでだんまり決め込んでいる奴らのケツを蹴り上げるってとこかね。ただそれも身動きが取れるようになってからだけどね」
「おお怖い、精々巻き込まれないように俺は静かにしておくべきかね?」
お袋が動くとなれば嵐が来る。
その対象となっているだろう後ろの方々、重鎮や上役と呼ばれる方々にはご愁傷さまとしか言えない。
それを理解している俺は肩をすぼめ、怖いですとアピールする。
それを見てニヤリと笑うお袋は働けと発破をかけているように見える。
全くこんな形で息子をこき使う母親が他にいるだろうかと疑問に思いつつ、まだ話したそうな榛名に向かって。
「悪いが、俺〝は〟力になれそうにない。申し訳ないが他をあたってくれ」
そしてこれで話し合いは終わりだと席を立つ準備をする。
店内に入った際に脱いだコートに手を伸ばしそのまま着込む。
「はい……お時間をいただきありがとうございました」
謝意を込めてそう言い放った言葉に対して。
その言葉に気落ちしそうになる榛名であったが、少し陰りを見せるだけでゆっくりとお辞儀をして俺を見送ってくれる。
それを見て少し罪悪感にかられる。
しかし、一応布石は打った。
僅かにイントネーションを変えたのを彼女は気づいただろうか、気づいていなくてもお袋があとで教えるだろう。
こちらでも一応は動くとのメッセージ、お袋なら気づいただろう。
やれることと言うより、この話を聞いて魔王軍がどう動くかが問題だ。
お袋としては会社、魔王軍にも利益になる話だろうと踏んでいるからこそこんな話を持ってきたのだろう。
席を立ち、早めに会社に戻るべきだと思った俺はそのままレシートに手を伸ばすが。
「いいよ、ここは伊知郎に払わせておくから」
「お袋じゃないのかよ」
お袋にも臨時収入は入ったはずだろうが、減るのは親父の財布。
これがカカア天下かと現代日本の夫婦図を見る。
そっとそのレシートはさらわれ、ヒラヒラとお袋はレシートを揺らし親父の方を親指で差す光景がまさにそれだと実感する。
その行為に苦笑しながらごちそうさまといい、マスターに笑顔で見送られる。
「さて、どうしたものかね」
そのまま迷わず駅の方に向かう。
しかし、そのまま会社には帰らない。
おそらく俺がどこに勤務して、どこに住んでいるかは把握されているはず。
何せ相手は国家権力とつながりのある組織だ。
住所と職業くらいはある程度把握されているだろう。
なら、さらに情報を求めてくるだろうなぁと、何気なくショウウインドウのガラスを見てやればそれっぽい人影が二人ほど。
それと、少し怪しい動きの監視カメラが数台。
「やりすぎだろ、こちとら表向きはただのサラリーマンだぞ」
いや中身は別のもので、怪しまれてるからこそのこの対応なのだがな。
この量の追跡を人込みに混じって振り切ろうとする行動自体は無駄かもしれないが、この後のために一応やっておく。
コートを揺らし寒い道を進む。
暖かい喫茶店から出てきて魔紋の強化もない体はいくら鍛えていたとしても寒い。
そんな寒空の下、今後のことを考える。
一般の企業ならそこで終了だが、あいにくとこっちは特異性だけなら群を抜いて異常だと言える会社だ。
並の調査では尻尾を掴むどころか、その尻尾の陰すら見せないだろう。
表向きには貿易会社に勤める会社員という存在に俺は見えているはず。
相手側が想像する俺の組織的バックは海外に基盤を置く組織だと思われているかもしれない。
だれも異世界の組織だとはさすがに想像しないだろうな。
そんなことを考えつつ、駅に着けばその人の多さに紛れ込むように会社とは反対方向の電車に乗る。
そして。
「三番の黄色だ」
「了解」
短いやり取り。
俺の手元が人によって完全に遮られたタイミング、すれ違いざまに俺のコートのポケットに入れられた紙を差し込んだ人は一瞥もくれず電車を降りていった。
ここでそれを確認するようなへまはしない。
ゆっくりと三駅ほど進み、そこで降り改札を抜けそこで見かけた黄色い個人タクシーを捕まえる。
「どこまでですかい?」
「とりあえず、流してくれ」
「わかりました」
そのタクシーの運転手は、帽子を一回かぶりなおすように取り了解ですと言う。
そのとき隠れていた耳が尖っているのが見え、そしてその運転手の肌の色は薄い褐色であった。
それで彼がどこの所属か把握する。
「表はどうだい?」
「いろいろ物珍しいですけど、人混みが少し多すぎて酔いそうなのと、やはりないのが厳しいですね。向こうと比べて息苦しいですねぇ。あと、思いのほかお客さんのように見込みのありそうなお客さんもいないのもなかなか」
なるほど、タクシーを使っての適性者のスカウトかと、なかなか考えたなと思いつつ成果はいまいちなんだなと営業職のような運転手。
「早く仕事を終わらせて家に帰って子供と会いたいですよ」
「苦労してるな」
「お客さんほどじゃないですよ」
そんな彼が運転する車内でゴソゴソとコートから紙を取り出し、運転手であり隠蔽魔法で姿を変えたダークエルフの男と会話しながら覗き込んだ紙に書かれていたのは。
「おや、そんなにつらいことでも書かれてました?」
「この寒空じゃなければ、喜んで行ったんだけどな」
昔行ったケーキ屋でケーキを買ってこいと指示を出す監督官からのメッセージだった。
そして、今通っている道も偶然ではないだろう。
「行先、決まってたか?」
「さて、私は言われた通りにしか運転してませんよ」
この運転手なかなかユーモアが利いてるな。
今日の一言
発言には言う方も聞く方も気を付けた方がいい。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売しました。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




