233 鶴の一声を放てる上司は限られている。
Another side
「くくくく、本当に面白いね彼は」
魔王は新年早々やらかした男、田中次郎の報告書を見て笑っていた。
世間で言う三が日。
その二日目。
どんな激務な企業でも年末年始は休むだろうこの時期に、魔王は普段と変わりなく仕事に従事していた。
魔王という立場上、新年、それも異世界の日本という国の祝日に合わせ休んでいるかという疑問を魔王にぶつければどういった返答が返ってくるか。
答えはいたってシンプル。
『そんな暇はない』
その一言でぶった切られるだろう。
通常業務に、行事業務、身体能力の向上、部下とのコミュニケーションやるべきことは山積み。
分単位のスケジュールが基本の魔王に祝日という言葉はない。
そもそもこの魔王、強靭な肉体と強大な魔力で休むという感覚は人よりも薄い。
もちろん、すべての時間を充てて仕事をしているというわけではない。
眠気を感じれば睡眠を取るし、空腹を感じれば食事も取る。
ふと気分転換をしたいと思えば、部下の視察という名の人間観察、それもお忍びで部下を連れずぶらりと歩く時間もきっちり確保している。
だが、それは常人が想像するような時間スケジュールではない。
仮に日本の成人男性の平均睡眠時間を七時間と仮定しよう。
二十四時間という一日の使える時間の約三分の一を消費している。
残った時間は仕事なり食事なり娯楽なりに使うだろう。
人によってはその比率が仕事に偏ったり、既婚者なら育児に充てたりと様々な時間の使い方があるだろう。
この中で睡眠時間だけは削るのには限界がある。
どんなに眠気に強い人でも三日以上徹夜すれば倒れる可能性が出て。
かといって平均睡眠時間を四時間に減らして活動し続けることが可能かと聞かれれば、可能と言えるが、健康的とは言えない。
いずれ限界が来る。
魔王の場合この段階で違う。
そもそも、一日の時間の使い方からして常人とは違う。
この魔王、その強靭な肉体と魔力という反則染みたスペックでその常人の必要とする休憩時間を短縮し、他の時間に充てているのだ。
具体的に言えば。
三日に一度、一時間から二時間ほど仮眠を取れれば万全の体調を整えることが可能だ。
よって、常人の必要とする睡眠時間の四時間から五時間ほどを自由に使うことができる。
その分仕事をするのも自由、娯楽に興じるのも自由だ。
基本的にはこうやって朝方まで書類の確認と作成に費やしている。
仕事、仕事、仕事。
組織のトップだからこそ率先して仕事をこなしている。
それを知る周囲に疲れないかと聞かれても。
『勿論平気だよ』
と、疲れを感じさせない笑みで答える。
過去、鬼の将軍に同じような質問をされ、何日目かの徹夜明けだというのに笑顔で答え鬼の口元を表情を引きつらせ。過去、不安に思い仕事に付き合った不死者の王はそのスケジュールに先にダウンしてしまった。
一回二回なら将軍たちも普通な表情をしていただろう。
だが、あいにくとこれが魔王の、強大な力を持つが故の、そんな存在の平常運転なのだ。
以降その二人は魔王だからということで仕事に関しては深く考えないことにした。
そんな実績のある魔王であったが、自分ができるからと言って部下に押し付けるようなことはしない。
自分が特別の中の特別だという自覚があるからだ。
例外の中でも異端。
自分のできる水準は大半の存在ができないことだという事実を理解しているからこそ、魔王は時々こうやって一人で仕事に従事している。
「フンフンフン」
そこに寂しさとか孤独とかはない。
むしろ、この一人で仕事をする時間を楽しんでいる。
そもそも魔王クラスの存在になれば、式典やパーティーに呼ばれることは日常茶飯事、それらすべてに出席していては時間がいくらあっても足りないが、そのすべてに付き人ないし護衛が要る。
断るべきことは断り、しっかりとスケジュール管理をしている中にその護衛のスケジュールも組み込まれているのだ。
もちろん、休む時もだ。
なので、魔王が一人になる機会というのはこういった護衛が万全で、一人で仕事のできる空間だけなのだ。
普段なら秘書的なポジションのエヴィアがいるのだが、その彼女も魔王の指示で休んでいる。
なので魔王にしてみれば久しぶりの一人の時間というわけで、だからこそ、魔王は楽しそうに報告書を読んでいた。
あらかじめ断っておくが、魔王自身エヴィアのことを嫌っているわけではない。
むしろ嫌っている存在を傍に置くことをするわけがない。
だが、少し仕事ができすぎるのも問題だ。
彼女が優秀なのは承知して、この体が疲れ知らずというのも理解しているが、それでも羽を伸ばしたいという時はある。
エヴィアがまじめなのは美徳ではあるが、終始まじめな空気だというのは些か肩がこる。
堅苦しく報告書を読むよりは、こうやってのんびりと報告書を読んだ方が精神的にも肉体的にも負担は少なくなる。
特に、精神的負担は軽視できない。
いくら肉体が強靭でも、イコール精神も強靭というわけではない。
それ相応に鍛え並大抵の出来事では動じないようにはなっているが、それでも肉体と比べればと言えてしまうほど魔王は精神面の疲れに対して敏感になっている。
「まさかこんな形でこっちの世界の組織と接触できる機会を作ってくるとはね」
だからこそ、こういった刺激的で面白い話題は魔王の大好物だ。
一見、部下の独断で行動したように思える内容ではある。
場合によっては罰しないといけないような経緯。
頭の固い老人たちなら何事もなく処分されただろう報告内容であったが。
魔王からすればそれは宝の地図のような報告書だ。
「おもしろいよ、ああ、最高だ。こんなにも私の胸をドキドキさせてくれるんだから」
もともと魔王がこの会社を設立しようと考えたのは今の魔王軍の思想が凝り固まっていると幼少のときに思ったからだ。
ただ我武者羅にダンジョンを作り攻め入って、敗走して、そして力を付けたらまた攻め入る。
その繰り返し。
恨みは恨みを呼び、その恨みはこびりつき国という基盤を蝕んでいった。
魔王が子供のころ、ただの魔族であった時の魔王軍はただの暴力の権化だった。
昔うまくいったからという力だけが正義という最終的に破滅を迎える組織。
その長も似たような思想だ。
あの大地を手に入れるために力を使う。
ただ単純な思想に、皆酔いしれていたと魔王は覚えている。
だからこそ、これではだめだと思い小さな魔王候補は立ち上がった。
ただ力に頼るのではなく、工夫を凝らす。
体を鍛えるときもそうだ。
仲間を増やすときもそうだ。
組織を大きくするときもそうだ。
ただやるのではなく、なぜやるのか、何が必要なのか、そして最後にはどこに着くのかを考えそれを実践したからこそ魔王となった。
ただ否定するならだれでもできる。
自分と価値観が違うというだけで否定という言葉は出てくる。
それは経験に基づく判断なのだから間違ってはいない。
だが、魔王にとってそれは正しくもない。
たとえ誰もが鼻で笑い捨て去り忘れ去る泥のような経験でもその中を探せば金の塊が見つかるかもしれない。
だからこそ、魔王は情報の取捨選択能力を重要視し、情報の精査能力を鍛え上げた。
その経験が故に、田中次郎が挙げた報告書は彼から見れば宝の地図のようだ。
「ようやく、こちらの世界でなぜ能力が高い勇者が生まれるか。その一端を知れるかな」
魔王の天敵は勇者。
それは過去の歴史が教えてくれる。
歴代の強大な魔王たちが何度も煮え湯を飲まされている。
そんな敵の存在がなぜ魔力のないこの世界では生まれるか、それを知るためには環境を知るしかない。
だからこそ、その環境を情報を知る裏組織と接触し繋がりを持って帰ってきた田中次郎の行動を、魔王は高く評価した。
「でも、問題はないわけじゃないんだよね。う~ん、どうしよっか。あの頭の固い老人たちを納得させる方法はと」
だが、その評価はあいにくと改革が進む魔王軍の中でも全体には浸透していない。
人間もそうだが、たとえ種族が変わっても意識改革はそう簡単にうまくはいかない。
人間に対しての下等種族だという認識はいまだ拭えていない。
「彼が活躍しすぎているというのも不機嫌になる理由だろうし、う~ん、困った困った」
そもそも、魔王の対勇者用のダンジョンを作るという計画で人間を起用するという話すら反対意見を少々無視し強引に進めたのだ。
さらに困ったことに、反対意見を出し粗探しをしている老人たちは、この魔王軍の中でも地位も高く権力もあり力も持っている。
代々魔王軍を支えてくれた重鎮でもある。
反対するからと言って粛清するほど意見が噛み合わないというわけではない。
彼らもこの国の行く末を心配しているのだ。
権力だけにしがみつくような輩ではないのは魔王とて承知している。
今までどうにか努力してきた古株としての誇りが高いが故の反感である。
それがぽっと出の人間が成果を出し、評価されているのが気に食わないのだろうと魔王は理解していた。
仮に強引に話を進めて、敵対しても負けることはないだろうが、損失は大きい。
「老人たちの意見を尊重するならこの話は隠しておいた方がいいんだけどそれだともったいないよね」
今回の話はバランスが重要なのだ。
田中次郎が持ってきた話は将来魔王軍に大きな糧をもたらしてくれることは魔王の経験からして間違いない。
だが、それは先の話。
芽が出るまでは時間がかかるだろう。
頭の固い老人はすぐに結果を出さないと不満を漏らす。
加えて日本というよりこの世界は魔王からしても死地だ。
この世界の組織と接触するのは慎重に判断せざるを得ない。
おそらく老人たちもそのことを指摘してくる。
魔王とてそんなことはわかっている。
「一番の理想は次郎君をあの老人たちに認めさせることだけど……」
それでも、この話には価値があると踏んだからこそどうすれば老人たちを説得できるか、ほかの書類を処理しながら考えていた。
もし仮にあの老人たちが田中次郎という存在を許容すれば、これほど簡単な話はない。
多少やり方でもめるかもしれないが、日本の組織との接触は現実的な話になる。
だが、そのためだけにいったいどれほどの準備をしなければいけないのかと考えれば気の遠くなるような話になり、非現実的な判断だと言わざるを得ない。
「となると、別の方法を考えた方がいいだろうね」
左手には次郎が書いた報告書が握られ、空いた手は魔法で操作しているペンを複数動かし順調に書類を処理している。
それをしている魔王の表情はとても楽しそうで、まるで冒険の話を聞かされている小さな子供のように無邪気だった。
「うん、ならこちら側に引き込むのが手っ取り早いね。未だテスターと我々には距離感がある。同じ組織にいるのにそれは問題だ。彼はそれなりに我々に近いけど、それではまだ足りない。なら手助けをしようじゃないか」
そして数分間の、魔王の中での長考の末、一つの結論に至った。
すべては魔王軍の未来のため。
組織のためには犠牲が必要だと、一般人の感覚が抜けきっていない次郎には思いつかないようなことを、魔王は己の常識で問題ないと判断し実行に移した。
「それに今はエヴィアもいないから都合もいい」
すでに頭の中にインプットした報告書を一旦手放し、魔王は秘書の代わりをしてくれている彼女に黙って行動できるいたずら心に似た感覚にそっとワクワクしながら、彼女の代わりに魔王を補佐してくれる悪魔に念話を送る。
「ああ、私だ。至急手配してほしいことがあってね。うん、極秘の命令だ。使っていい人材と内容は追って伝える。なので君は今から言う場所をまず確保してくれ、わかっていると思うがこれは極秘事項だ。今後の我らの進退にも関わっていると言っても過言ではない。他の者には悟られないように気を付けるように。ああ、期待しているよ」
念話の先の悪魔はエヴィアには劣るが優秀な悪魔だ。
それこそ、彼女がいなければ魔王の側近になれたほどの実力を持っている。
そんな彼に任せたのだ。
失敗はないだろうと判断し、魔王は次の仕事に取り掛かる。
「ああ、私だ」
次の念話の先はいったい誰なのか。
それを知っているのは魔王のみ。
そして、この話がどんなことになるかを知っているのも魔王のみ。
ただ言えるのは。
「ん~、エヴィアには怒られるかもしれないけど、彼女ももう少しプライベートに力を入れてもいいと私は思うんだよ」
魔王の行動は、どうやらエヴィアにかかわることだということだけ。
「さて、楽しくなってきたね!」
そんなことを休んでいる社員たちは知らず。
彼はどんどん仕事を進めるのであった。
Another side End
今日の一言
仕事は、楽しんでやるものだよ?
今回で今章は終わりになります。
次回から新章に入ると思います。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売しました。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。
これからもどうか本作をよろしくお願いいたします。




