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229 資材が少なくたって、やりようはある

 最悪だと言いたい。

 連戦に続く連戦、おかげでスエラたちが用意してくれたペンダントに込められた魔力はガス欠一歩手前だ。

 なのに妙に落ち着いている。

 緊張で体がこわばることもない。

 思考が暴走していることもない。

 それどころか。


「笑えるってことはまだ余裕がある証拠か」


 現状を楽しんでいる。

 魔力が切れれば体を鍛えただけの人に成り下がり。


 オオオオオオ


 目の前で動き始めている巨鬼に殺されるかもしれないという状況なのに俺の口元は笑みを浮かべている。

 これも限界への挑戦なのだろうか。

 本当なら苦しく、何度も挑戦したいと思うような代物ではないはずなのに俺の心はその時間を渇望している。

 この苦境を乗り越えれば更なる先に進める。

 そんな可能性に期待をしている。

 だからだろうか。


「カッカッカ」


 口から出るのは、あの鬼と不死者から移ったカラっとした笑い。

 そして胸に抱くワクワクとした高揚感。

 ああ、気分がいい。

 新年早々にこんなことの後始末をしているのにもかかわらず、ついさっきまでは鬱憤をため込んでいたのにもかからわらずにだ。

 それを晴らせると分かったとたんにこの気分。

 さっきまで鬱陶しいものを見ていた分、つもりに積もったものを今から相手にぶつけられると思うと本当に気分がいい。


「強敵、大物、いいな。ああ、実に良い」


 さっきまで早く終わらせようと思っていた思考なのにもかかわらず、今は楽しむことを考えている。

 鼻歌を口ずさむように、そしてゆっくりとだけどしっかりとした足踏みで前へと進む。

 そんな俺の姿を捉えたのか鬼はゆっくりと俺の姿を見る。


「おうおう、睨むな。って言っても仕方ないか。俺とあんたは敵同士、そんな目で見られるのも道理。まぁいいか手間が省ける」


 敵意、いや、防衛本能か。

 害のある相手を倒そうとする本能か。

 巨体に見合う音を出しながら、金属ではない別のナニカで構成された鎖はその見た目通りの重さを感じさせる音を発し、俺の方に体を向ける。


「それで? あんたはどうする、そこにいると死ぬぞ」


 そんな中、戦いが始まるであろうタイミングで俺はふと思い出し、少しだけ振り返る。

 口元で火のついたタバコを揺らしながら振り向いた先には、さっきの触手騒動の際助け、騒動が一時的に収まった際に後ろに放り投げた鬼の少女がいた。

 鬼の少女、たしか青の鬼には榛名と呼ばれていた思ったが名乗られたわけではない。

 鬼女でいいかと失礼なことを考えつつ、一応助けた手前最後のお節介として声をかけた。

 その鬼女は腰が抜けたのか、あるいはこんなことになるとは思わなかったのか、ただそこに座り込み愕然として巨鬼を見ている。


「なぜこんな、こんなことに、こんなこと、これでは我らの今までの努力はいったい……」


 うわ言のように何かを嘆く鬼女、その言葉がこの現実が目的の結果でないことを示している。


「……」


 ハラハラと涙が出ていないのにもかかわらず泣いているように見える鬼女を見て、俺はどうするかと一瞬悩むも、結局何も言えず、せめてこの戦いに巻き込まないように前へ出る。

 心優しい男であればここで一つや二つ優しい言葉をかけるのだろうが、テロ行為に加担し、ついさっきまで敵だった相手にかける言葉を俺は持っていない。

 心が狭いなぁと言われるかもと内心で苦笑する。

 おまけに精神的に弱っている異性ときた。

 正義感ある者なら慰めたりして、欲に素直な男なら下心を潜ませて優しい言葉をかけただろうが、俺はそのどれにも当てはまらない。

 正義感というものは理解するが共感はしない。

 下心を働かせる前に、俺には種族の違う美女と言っても差し支えない婚約者が三人いる。よってその方面でも言葉をかける理由がない。

 なので警告だけ飛ばし、あとは好きにしろと言わんばかりに手を振る。

 そんな俺を薄情だと言う人もいるかもしれない。

 だが、そんな俺の態度にも一応は理由はある。

 

 「ふぅ……」


 慰めも叱責も、相手をある程度知っていて関係が構築されているからこそ言える言葉だ。

 今の鬼女が表面上の慰めなど求めているとは思えない。

 何も知らずお前は悪くないとかがんばれと言うのは簡単だ。

 何も理解せず努力しろ立ち止まるなと口にするのは偽善だ。

 そんな上っ面な言葉を言ってなんの意味がある。

 慰めになる? 罪悪感が薄れる? どちらも自己満足でしかない。

 そんなことをするくらいなら無言で立ち去ることを俺は選ぶ。

 だから俺は無言で前に進み俺のできることをする。

 言葉で語るよりも、行動で示した方がこの場では正しいと信じているから。

 このまま暴れるかもしれない鬼を放置すれば明日の一面は現代によみがえったオカルト話で決まりだ。

 そんな一面を見たくはない。

 霧江さんとかが対処するかもしれないが、だからと言ってその可能性に甘えて放置していいわけではないからな。

 そもそも、そんなものを放置すれば会社の方にも飛び火するかもしれない。


「おい」

「?」


 ただ一つだけお節介・・・を焼くとしたら。


「よく見とけ」


 この心が折れそうになっている鬼女に。


「俺の知る鬼が教えてくれた喧嘩のやり方を」


 教官が背で語ったように、俺もその背をまねて語れるように努力することだ。

 自然と出てきたこの言葉に口元が緩むが、それは気恥ずかしさといった羞恥心ではない。

 本音ではあるが内心を語ってはいない。

 いろいろと並べてみるが本心はこんな敵と戦うことができることにワクワクしている。

 時間制限があることに残念だと思う部分もあるが

 面倒だ面倒だと口にする日々があるが、その心も嘘ではない。

 だが、それと両立するように楽しんでいる自分がいる。

 おかしなことになったと思いつつ、将来この感情の比率がどうなるか楽しみだと思う。


「さてと、ヤルカ」


 これも俺の中でできた感情の切り替えだと思う。

 あえて口にすることで、思考の中に日常を割り込ませない。

 だが、その思考に余計なものが飛び込んできた。


「あ、あなた何をするつもりですか?」

「あ?さっきも言っただろう」


 さっきまで呆然としていた鬼女が俺に声をかけてきた。

 理解できない。

 いや理解したくない光景の中、俺の行動が目を引いたのだろうか。

 逃げるなら理解できる。

 呆然とするのも納得できる。

 諦めるのもわからなくはない。

 だが、立ち向かうという選択肢を取った俺の行動を信じられないという目で鬼女は見てきた。


「喧嘩だよ。まっすぐ行って相手をぶっ飛ばす馬鹿のやる。最高の時間だよ」


 だからこそ目の前の現実が受け入れられない鬼女にわかりやすく俺は強気の笑みを添えて振り返り答えてやる。

 暗に俺の楽しみを邪魔するなと伝えるように獰猛なやつを。

 その言葉を聞きなおのこと信じられないという表情を鬼女は浮かべる。

 その感情は理解できるし、共感できる。

 何せ昨年の俺は間違いなくそっち側の人間だったからな。

 一回だけ苦笑し、再び意識を切り替え闘志を滾らせる。


 グオオオオオオオ


 その雰囲気を感じ取った巨鬼は俺を睨みつける。


「よう、ずいぶんとでかブツになったな鬼」


 グルオオオオ


「なんだなんだ、その首輪のせいで会話もできなくなったか? 寂しいじゃねぇか」


 見上げ声をかけている間もだんだんと俺の鼓動は速くなっていく。

 ゆっくりと俺の間合いにするために歩み寄る。

 その間にも一歩また一歩と進む間に鼓動は高まる。

 巨鬼と俺の距離は約五十メートルほどか。


「さっき悲願悲願と言ってた口が今じゃうなり声しか出せない口になった気分はどうだ? 自分の願いをかなえられない状態になった気分はどうだ?」


 グラァァァ!!


 煽りに煽り、そしてついに攻撃が来た。

 自由に動けない体を暴れさせ、動けないことを煩わしく思い、それでも俺を殺さんと言わんばかりに拳を振り上げその巨大な拳を地面にたたきつける。


「ったく、なんでこうもでかブツと縁があるのかね? 今度本気でお払いに行った方がいいか?」


 最近と言うか、ことごとく最後の締めにデカい相手と戦っているような気がする。

 そしてここまでくると最早慣れたもので、たかが大きいだけで怯む理由はない。

 巻き起こる暴風と砕け散った岩石が俺を襲っても涼しい顔で俺は受け流す。

 目の前に岩が落ちようが、顔のわきを銃弾と変わらぬ速度で飛んでこようが微動だにしない。

 そんな適当に振るった拳の攻撃が都合よくあたるはずもない。

 見えていて反応できる攻撃など放置しても問題ない。

 仮に当たる軌道でも攻撃はせいぜいが小石が体に当たる程度、顔といった致命傷になる場所には来ず、巨大な岩に石は俺に当たらず後方に飛び去り、そして生み出された暴風が体を吹き飛ばそうとしても。


「っち、タバコの火が消えた」


 精々が咥えていた煙草の火が風で折れて火が消えてしまったくらいだ。

 もったいないと思いながら口元から煙草を離し握りしめて火を確実に消す。

 喫煙者のマナーとして持っている携帯灰皿にその吸い殻を入れ、巨鬼の方を見れば先ほどの惨状を生み出したことを満足そうに笑っていた。

 そしてその惨状に向かっていた視線は次に俺の方に向く。

 見下すように、そして小さく貧弱だと嘲笑うようにその口元に笑みが浮かぶ。


「……わかりやすいな」


 その視線はもはや見慣れたもの、あいつは自分が上の存在であることを疑わない。

 そして自分の勝利を疑っていない。

 舐めろ舐めろ。

 その怠惰、傲慢、油断すべてが。


「そしてありがたい」


 相手が油断すればそれだけこっちが安全になる。

 そしておごりが焦りに変わればさらにこっちは勝てる要素が増える。


「それじゃさっそく」


 まずはその慢心。


「その舐めた面、殴らせてもらう」


 ふっ飛ばす。

 タンと軽く地面を蹴り、相手が油断し、意識の隙ができたわずかな瞬間を狙い相手の顔付近、立ち膝の状態だからさほど高くはないと言っても二十メートルはあるか?

 その高さなら問題なく相手の顔面付近まで飛べる。


「オラァ!!」


 さっきまで浮かべていた笑みは、なんでそこにいるという疑問に変わり、そして瞼は大きく見開かれ瞳に俺の姿が映る。

 咄嗟に防御しようとするが遅い。

 本当ならこんなテレフォンパンチなどしないのだが、今は当てやすさよりも威力を優先する。

 大きく振りかぶり、そのまま瞬間的に魔紋を活性化させる。

 振りかぶる瞬間足元に魔力で足場を作り威力を倍増させ、今の俺が無手で出せる全力の一撃。

 巨鬼の頬が衝撃で湖面を叩いたときのように波紋を呼び。

 バァンっと衝撃に一瞬遅れるように打撃音がその場に響く。

 巨鬼の首はギュルリと無理やりひねられたように吹っ飛び、姿勢は崩れそのまま。

 ズダダダダと巨体が地面を滑り、四肢をつなぎ陣から伸びる鎖がピンと張ることでその巨体がそれ以上滑らせるのを止める。

 おかげで変な姿勢になり、巨鬼は何が起きたのか理解していないように一瞬呆然とするも、そのあと何が起きたか理解したのかその表情を怒りに染めて起き上がる。


 グオオオオオオオオオオオオオ!!


 世界に響けと言わんばかりの怒りの咆哮。

 チリチリと肌をなでる咆哮ではあるが、それに対して俺はむしろより獰猛に笑うだけ。

 それが気に食わないのか起き上がり駆け出し全体重をかけて踏みつぶそうとした巨鬼の足を避けるように飛びもう一発お見舞いする。


「おら、どうしたでくの坊、すごいのはその図体だけか?」


 その光景はさっきの焼き回し。

 再び地面に倒れることになった巨鬼は信じられない、否信じないと言わんばかりに勢いよく起き上がり気合を入れるように雄叫びを上げた。

 それに対して今度は俺が挑発するようにクイクイと手招きするような仕草を見せてやれば怒髪衝天と言わんばかりに怒りを表す。

 今度は地面を割らんと言わんばかりに叩きつけるようにその巨大な拳を降り下ろしてくるが。


「軽いな!」


 こっちも気合一発今度は避けず、真っ向勝負でその拳を打ち返す。

 拳の大きさで一体何倍の差があるのだろうか、その拳の大きさだけで俺の体の半分以上を隠せるほどの大きさの拳を俺はグキリと何かを折る音とともに弾き返してみせた。


「どうしたどうした!! 俺はまだここにいるぞ!!」


 その現実を信じない信じたくない巨鬼はそのまま一発二発と折れた指など自然治癒で構わないと言わんばかりに連打してくるがそのことごとく、地面が割れ足場が悪くなろうとも構わず正面から打ち返す。


「もっと気張れや!!!!!!」


 一発一発、避けることなど考えない。

 相手の攻撃を上回り、自分の方が強いと誇示し、相手が上回るのを楽しみにする行為。

 正しく喧嘩だ。

 巨体をなぎ倒すという行為、そして戦いという行為、戦闘狂の特有の癖が出たのかもしれない。

 だが、これでいいのだと言い聞かせるように、俺は残りわずかとなった魔力をどう使うか熱い体の中で冷静な部分である思考は結論を出す。

 その構え、過去に蟲王のダンジョンに挑んだ時教官が見せてくれた必殺の構え。

 いや、構えなどではないのかもしれない。

 ただ本能に従い、ただ打ちやすく、ただ威力が出て、ただ相手を倒すのに最適なだけの一撃を繰り出すだけの行為。

 俺の目に焼き付いている、最強の鬼の一撃。

 その構えを取ったとき巨鬼には俺はどう映っていたのだろうか。

 ただ、人間が攻撃をしようとしているだけに映ったのだろうか。

 それとも……いや、そんなことを考える必要はないか。


「さて、名残惜しいが終わりだ」


 スエラ、メモリア、ヒミク、三人に託された魔力を使い魔紋の全力稼働。

 正真正銘最後の一撃。

 何度も何度も打ち返された巨鬼はいったいおまえはなんなんだと言わんばかりに困惑し、この構えを取ったときあからさまに恐怖した。


「覚悟はできたか? 何、安心しな。これからやるのはただまっすぐ行ってぶん殴るだけだ」


 そんな相手の事情など知るかの一言で内心で切り捨て。


「ただし、教官直伝だ」


 呼吸、足運び、関節の使い方、足元から腕への連動、それを洗練させ、それに加えて魔紋の能力を最大限に活かす。


「感謝しろよ。お前らのその捻くれた根性を、この一撃で叩き直してやるんだからな!!」


 人間が鬼から習った一撃で鬼を倒す。

 それはなんと皮肉が利いたことか。

 笑顔でその一撃にすべてを投じる。

 風を貫く? そんな生優しいものではない。

 潰す、拳が生み出す事象はすべてを潰しながら前に突き進み相手の厚い胸板に突き刺さる。

 その一点に集約された衝撃が放たれる。


「ああ、すっきりした」


 すべてを終わらせる一撃。

 心臓のある部分に巨大な風穴を開けた俺はそんなことを思いながら。

 教官の放った一撃に比べればまだまだだなと思いつつ。


「うし、及第点」


 着地と同時に魔力が底をつき、巨鬼は倒される。

 その巨体は二度と起き上がることはない光景を脇目に仕事終わりの一服のためにたばこに火をつけるのであった。



 今日の一言


 やりくり次第では、資材の残りが少なくてもどうにかなる時がある。


今回は以上となります。

毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売しました。

 2019年2月20日に第三巻が発売されました。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。

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[一言] 次の嫁候補はテロリストかー。 なんか共感はできないとかすでに嫁がいるとか考えてるけど、どうせ絆されるんだろうなって思うと結局女かよって微妙な感じ。 鬼はもう教官の娘がいるからヒロインではない…
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