230 現状を確認するということは相手の事情も知るということ
Another side
今のはなんだと、鬼女、いや榛名は目の前の人間の男が成し遂げた光景を信じられないように見ていた。
人であるはず。
あれは人間であるはずと思うも、今までの男の行動が人間であるということを確信させない。
今は暢気にたばこを吸ってはいるが、つい先ほど人間とは思えないほどの力を榛名に見せつけていた。
だからこそ。
「なんなのですかあなたは」
あの鬼は姿だけ見てもその強さは明らかだった。
榛名の一族の中でも比べるのもおこがましいほど群を抜いて強い存在だったはずだ。
それこそ榛名の中で最も強いと思っていた榛名の兄、猛など足元も及ばないような存在だったはず。
鬼の中で妖力を扱うことに長けている榛名が直接見てその力の大きさを感じ絶望したのだ。
それは間違いない。
あれは正しく、災害と呼ばれた鬼本来の姿だと、榛名は感じ取った。
なのに、結果から見ればその鬼はもういない。
その巨大な鬼を目の前の人間は苦戦するどころか、笑いながらいともたやすく倒してしまったからだ。
その事実に榛名は身震いする。
榛名の一族が束になっても叶わないと思わせた巨鬼。それが目の前で倒されたということは、目の前の男はそれよりも強いということ。
そしてその榛名の呟きが聞こえたのか人間の男が榛名の方を振り向いた。
榛名の脳裏には先ほどの男が放った一撃の光景が目に浮かぶ。
人間の背後に見えた気迫。
守護霊とも違う何か。
ただ漠然として、おぼろげにしか見えなかったが、榛名は間違いなくそのおぼろげな気迫が鬼だという確信を持っていた。
笑いながら勇ましく堂々とした鬼を背負う人間がいるのかと戸惑っている榛名を他所に、人間の男、次郎は何かをやり切った感覚に浸っていたが、それを邪魔する彼女の声に気だるげにしながらも振り返り、たばこを咥えながら答えた。
「しがないサラリーマンだよ」
その言葉に榛名が納得できるわけない。
彼女たちは世間から隔離され、情報が制限されてるとはいえ社会常識がないというわけではない。
サラリーマンがどんな存在かも知っている。
少なくともあんな戦闘能力を持っているような職種ではないことくらいはわかる。
そんな次郎の言葉に対して嘘ですと叫びたい。
だが、最後に見た気迫と戦闘力を目の当たりにして、目の前の人間が何よりも恐ろしいと思っている故に、その否定の言葉が出てこない。
「……っ」
だから、彼女ができるのはきゅっと胸元で両手を握り歯を食いしばるしかなかった。
白くなるほど握った手から伝わるのは後悔か、それとも悲しみか。
元々計画が成功しなければ明日はない身。
「……兄様、不甲斐ない私を許してください」
すっと、この計画に賭けていた榛名はあらかじめ決めていた覚悟を改めて決める。
このまま生き恥を晒すなら、その覚悟に殉じようと。
懐に隠していた短刀を取り出し、喉元に突き立てようとするが。
「アホか、死んで何になる」
その前に彼女の手元から短刀が消える。
それをやった張本人は面倒だと言わんばかりに顔をしかめ、足を振り切った姿勢のまま、たばこを悪態を吐いた口元から離し、煙を吐いていた。
「ならどうすれば良いと言うのですか!?」
「少なくとも生きていた方がどうにでもなることの方が多い」
その身勝手で無責任な振る舞いに榛名は感情に任せて訴える。
死ぬことも叶わない。ならこの後に待つのは、こんな大事件を引き起こしたものへの処罰。
やったことに対して一族のためと覚悟を決めた榛名に後悔はない。
だが、里に残してきた力が弱まった一族まで巻き込むわけにはいかない。
ならば首謀したものが生きていることは避けねばならない。
なのに目の前の人物がそれを許してくれない。
その事実に絶望し、それを望むような行動を取る目の前の人間に何もできない自身の不甲斐なさに榛名はうつむく。
その姿を見て目の前の人間が白煙とともに深くため息を吐き、どうするかと悩む時のいつもの癖で後頭部を荒っぽく掻いていたことにも気づかずに。
話は変わるが彼女たち鬼は人より優れた身体能力を持つ。
巨大な岩を持ち上げ、特殊な術を使う力、人は神力、鬼たちはこれを妖力と呼んでいる。その力は人のそれを軽く上回る。
鬼が来れば人は逃げ惑い、鬼が力を振るえばそこは自然災害かと間違われるほどだ。
心技体ともに人間に劣る部分はないと言われる鬼。
しかしその話は、枕詞に昔はという言葉がつく。
人間が歴史を紡いで現代に至ったように、鬼も鬼の歴史を紡いできた。
だが、人間と鬼の歴史の綴り方は大きく異なっていた。
栄枯盛衰。
栄えて衰える。
万象の理とも言われるある意味では当たり前な事実。
人間ならいくら鍛え上げてもいずれ老いて朽ちる。
だが次世代に残すことで、その意思を技術を知識を蓄えた。
人はこれを波のように上っては下がってを繰り返して発展してきた。
それに対して鬼はこの言葉を現在進行形で続けている、いわゆる山のような状態だ。
上り頂にいるときはまだよかった。
人間と比べて強大な力を持ち、寿命も長かった。
故に驕った。
鬼は人間よりも優れている。
この長所を維持すれば問題ないと。
だが、それは大きな間違いだった。
いくら強くても、大軍を相手に立ち回れる強大な身体能力があろうとも無敵ではない。
不滅でもない。
化け物と人間から言われても、倒せぬ存在ではなかった。
多大な犠牲と労力を支払えば倒せる存在だったのだ。
なのに鬼は学ばなかった。
千を超える人間を屠った。
立派な鎧を着た名のある将を倒した。
高名な陰陽師の術を受けても平気だった。
ただその事実だけを信じたばかりに。
そのことを信じ同じことを鍛え上げ同じ行動をとれば相手が学習するとも露ほども知らずに。
そんな驕っている間に人間はその力に対策を重ねてきた。
もし仮に、イフの話をするのなら、魔王軍の鬼のように常日頃から闘争に明け暮れ、その力と対等に戦え脅威を人間が鬼に植え付けられれば鬼の歴史もまた違っただろう。
だが、その話はあくまでもしもの話。その過程は遥か過去に存在しなくなった。
故に鬼は歴史の流れに置いていかれた。
神秘が薄れ、妖力も神力も日陰のもとに送られ、知名度は年々下がり、そして代わりに科学が表舞台に上がってきた。
そしてその歴史の流れは鬼に一つの弊害をもたらした。
原因不明の出生率の低下。
まるで世界が鬼を必要としていないかのように、鬼同士の配偶がうまくいかなくなったのだ。
千を超えた鬼の数は、万に届く前に下降し、そして今では百を切る。
鬼はある一時の栄えた時期を境に、今も下降の一途を進んでいる。
人間の歴史が波だとするなら鬼の歴史は山だ。
それも下山中の山。
このまま谷底に降り、鬼という存在が無くなるのに鬼の一族は危機感を抱いた。
だが、すべては遅すぎた。
年々鬼の数が減り、鬼という脅威を人が忘れ始めた。
そのタイミングまで鬼は驕り続けてしまった。
気づけばこのままいけば鬼族は滅びるしかないという段階まで行ってしまった。
鬼族の高齢化。
いくら長寿とは言え不老不死ではない。
寿命はせいぜい、長くて五百年。
そこまで長生きする鬼族も珍しい、精々生きて三百年が限度。
出生率が低下したせいで、若い世代が少なくなってしまった。
今まで問題なく繁栄してきたのにそれが急転、調査に乗り出すも原因を究明する技術も鬼たちにはなかった。
そんな鬼たちがとった行動は苦肉の策としか言いようがない。
それが鬼と人の配偶。
昔から鬼は人をさらうことはあった。
それがどんな目的でさらうかはその都度違ったが、今回の目的は鬼子を生み出すためであった。
鬼の血は強い。
多少薄くなって問題ないという鬼たちの発想が破滅を延命するだけの策でしかなく、解決策にはならないことをわかりながらもそれをするしかなかった。
しかし、ここでも誤算が出た。
確かに鬼の血を引く子供は生まれ、一時的には鬼族の人口も増加の傾向になった。
けれども代わりに力が弱まった。
最初はほんのわずかな減少。
優秀な鬼が生まれなくなった程度の違い。
だが、世代を重ねるたびにその減少幅は増え、いまでは過去の鬼の強さなど足元にも及ばない鬼たちしかいない。
中には角を持たずして生まれた者もいる。
次第に人間の社会に埋もれていく鬼という種族。
時代が進むにつれ、表舞台に立てなくなり、淘汰されるのも時間の問題であった。
その環境のなかで純血を保ってきた鬼が猛と榛名。
この兄妹は現代まで生き残った数少ない純血の鬼。
その二人が一族をまとめ、長として仕事をしている中、先代からの悲願、鬼族の出生率の減少の原因を長い月日をかけて突き止めた者がいた。
それは鬼族との交流のある陰陽師の一族であった。
いわゆる鬼族の配偶者の相手側ということ。
その陰陽師の一族が言うには、鬼族の出生率の減少は地球での妖力の減少が原因ではないこと。
昔の文献から、日本ならではの鬼やほかの人ではない種族がいればその場所に妖力が漂い、その力が滞留しその種族の力を増していた。
だが、なんらかの原因で年々その空気中の妖力は減少し取り込む力が少なくなったから、新たな子供が生まれないのではとその陰陽師の一族は言った。
そしてその一族は言った、はるか昔から交流のある親族の一族として協力し鬼族の地位を復権させると。
Another side End
Side 次郎
『ということがありまして』
「要はそちら側の組織のごたごたに巻き込まれたということでいいですかね?」
『有体に言えばそうなります』
「勘弁してくださいよ」
これでいったい何本目になるか、青木ヶ原樹海でまさかの初日の出を迎えるとは思わなかった俺は携帯灰皿が満杯になるほど、そして持ってきた一箱のたばこがもうじき切れるというタイミングで霧江さんから今回のことの顛末を聞いた。
いわゆるお家騒動だ。
とある陰陽師の一族は、平安時代にはかなり名のある一族であり、その権力も国家に影響するほどの物であったが、とある時代から落ち目になり力を失ってきた。
力のある陰陽師も輩出できなくなってきていよいよまずいという時に、同じく滅びの道をたどっていた鬼族に目を付けた。
鬼の血はいわゆる、純度の高い力の源。
それを取り込み、鬼も配下にしてしまえば将来は安泰だと考えた奴がいた。
しかし、鬼の力は当時ではかなり強く、とても人間で御せるものではない。
ならば御せるくらいまで弱体化させればいいと判断したその一族の頭首は搦め手を選んだ。
周囲の陰陽師を敵に回さないように気を配り、そして鬼族の味方だと振舞ったようだ。
目的は鬼の血と力を手に入れるため。
霧江さんはその事後処理のために現場にはこれず、そして俺は霧江さんと連絡しながらついに尽きたたばこを見て溜息を吐くと、そっと近くにいた陰陽師らしき恰好をした女性がたばこを差し出してきた。
ご丁寧なことに持ち運べる缶タイプの灰皿も一緒に。
苦笑一つそれを受け取りそのたばこに火をつける。
「それで? この後はどうします? 俺、帰っていいですかね?」
『報酬を支払えば、あとは守秘義務を守っていただければ結構ですと私は言いたいのですが』
「……言いたいことは理解できました」
『ご理解していただき感謝します。あれが、実の姉だということがこんなにも苦労させられる日が来るとは』
「俺のお袋でもあるんですがねぇ」
「『はぁ』」
電話口の先で霧江さんと溜息がかぶさる。
事件は解決、本来なら外様の俺はこのまま報酬を支払ってもらって、余計なことには首を突っ込まずさようならとなるはずだった。
むしろ、後処理は任せましたよといきたいところだったのだ。
それに待ったをかけた奴がいた。
ああ、霧江さんとも話したが俺のお袋だ。
何を考えたのか、今件にかかわった陰陽師を締め上げて、そこに裏の事情を知る輩がいて全部吐いちまったらしい。
曲がったことと言うか、人を騙して自分だけ得をしようとする輩が気に食わないお袋は鬼族に最大限の配慮をするという霧江さんの言葉にかみついたのだ。
おかげで。
「この娘は私が引き取る!!」
「い、いえそれは困ります」
「あたしはいいんだよ!!」
このまま放置すれば、俺に義理の妹ができそうな雰囲気だ。
「これって大丈夫なんですか?」
『なんとか筋を通せそうな方法がありまして、姉がそれを直感で理解しているから余計始末に負えないんですよ』
呆然としていた鬼女を抱きしめているお袋と、通話をしている俺の方とを、鬼女捕縛のために派遣された陰陽師たちが困った顔で交互に見ている。
「どうなるんですか?」
『神のみぞ知るとしか今は言えませんね』
「勘弁してくださいよ」
もう疲れたとこぼしたい気持ちをぐっとこらえ、初日の出を眺めるのであった。
今日の一言
明日は明日の風が吹くってか? どうなることやら。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売しました。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。




