227 相手の目的を把握し的確に対応せよ
「くるな!? くるな!?」
「化物がぁ! 死ねぇ!!」
誰が化け物か!?と言いたいところだが……
「否定できないのが悲しいところだ」
撃ちだされる銃弾を躱しながら接近戦を挑めている時点で常人からしたら十分化け物的な要素はあるか。
銃弾が放たれてから反応して避けるなんて芸当普通はできないからな。
加えて言えば避けながら接近してくるなんてなんの悪夢だよ。
ついさっき、それこそまだ拳に残った感触。
全力で振り切った拳の先に生まれた光景を見て、苦笑一つこぼしてその言葉を受け入れる。
普通に考えて銃を装備した人間をパンチで倒すことは可能かという疑問は湧く。
可能か不可能かと聞かれれば条件付きで可能と言うのが普通だ。
遮蔽物がある、相手の銃が弾切れを起こす、あるいはトラブルを起こす。
仲間がいるかどうか、距離が近いかどうか、ほかにも銃を装備していない側に好条件がそろわなければ実現はしない。
接近できる要素、そして銃に撃たれない要素それが重要になる。
だが、そんなものは現実にはあり得ない。
銃を前にして逃げたりするならともかく前に進むなんて考えは異常だ。
さらに言えば徒手空拳だけで倒すなんてナンセンス通り越して頭がおかしいと言われても仕方ない。
加えていえば、どこのバトル漫画だと言えるような拳を受ける側の人間の吹っ飛び方もおかしいと言える。
普通考えられて倒すというのはせいぜいが地面に倒すといった感じのイメージだ。
決して大地をえぐり、振るった拳が突風を生み出し、人間をボーリングのようになぎ倒すなんてできなかっただろう。
それが現実になったら相手はどう思うだろうか?
一回や二回ならまだ偶然や目の錯覚、あるいはワザと吹っ飛んでいるんじゃないかと勘繰る人もいるだろう。
だが……
「これで十人目ッと」
さっきから俺はそれくらいの力を常時振り回し、今も手近な男の頭をヘルメット越しに掴み振り回してぶん投げた。
「「「「……」」」」
その光景を見て相手の口元が引きつって、なんの悪夢かと言わんばかりに目の色に恐怖の色が見える。
今の俺は悪鬼羅刹かと言えるような存在に見えていることだろうさ。
でなければ、人間を軽く殴り飛ばし、片手で大の大人を投げ、地面を割り、その行為を当たり前のような表情で口元に笑みを浮かべるような奴は普通の人間にはいないだろう。
おそらく、そんな相手が敵で、俺が向こう側の存在だったら俺も同じことを言っていそうだ。
ヤバいぞこいつってな。
真夜中ということと俺の姿が不鮮明であるのも相手の恐怖の感情を助長させる役に立っているのかもしれない。
まぁ相手が恐怖するということはこちらにとっては都合がいい。
怖がれば怖がるほどこっちは動きやすくなる。
相手の光源は均等に設置されている篝火のみ、暗視スコープも装着できない現状、視界は見にくいはず。
だが今の俺には関係ない。
むしろ昼間のように見えている。
こちらの世界で魔力を所持するというのがここまでのアドバンテージになるとは思わなかった。
暗視スコープを使っていた時よりも明瞭に、そしてはっきりと見通せる。
おかげで暗闇は俺にとっての追い風になってくれている。
視界が悪いというのは俺を見失いやすくなってくる。
「そっちに行ったぞ!!」
「どっちだよ!!」
「南の方だ!!」
「馬鹿野郎! 反対だ!!」
「どこにいったんだよ!?」
明るいところから暗い場所に、その動きを人間では出せないと思わせるような速さで行き来してやるだけで相手は混乱してくれる。
そしてできた隙は見逃さない。
高速で近づき、肉眼では捉えられない獣のような俊敏性を発揮し敵に肉薄する。
「ング!?」
「あ、おい、何があった!?」
振り向きざまに口を押さえそのままみぞおちに一発、空気すら出させないように工夫をしたが近くにいたメンバーは何が起きたかわかっていないよう。
そんなことができるこの身体能力も相手からすれば悪夢以外何者でもないだろう。
「お、おい、冗談はよせよ、ひぃ!?」
「……」
無言でこの戦いを終わらせるために重火器を握り潰したのも相手の恐怖を掻き立てるのかもしれない。
教官たちと比べればまだ俺なんて人の範疇に収まっていると呑気に思いながら、ヘタリ込み愕然と俺を見上げる男を蹴り飛ばし意識が飛んだのを確認したら次の標的に移る。
次の標的は割と近いな。
そっと走り出しただけで、敵と肉薄できる。
「儀式を優先しろ!! 味方を巻き込んでいい!! なんとしても相手を仕留めろ!!」
一人、また一人と仕留めているうちに指揮官の指示が広場に響く。
「おいおい、ソレは」
順調に事を収めようと努力しているこちらの苦労も知らずにお気楽な指示だ。
多勢を無勢で倒すのも一苦労だというのに、まだどうにかなると思っているのか。
まぁ、このまま何もしなければそうなってしまうのだがな‥…
あいにくとこの力にも時間制限がある。
スエラ、メモリア、ヒミクの三人が込めてくれた魔力が切れれば俺はただの人に逆戻りだ。
決められた制限時間は、どこかの星雲から来た巨大なヒーローよりは長いが、それでも余裕があるわけではない。
そんな制限がかかっていた状態での蹂躙劇。
「人としてやっちゃいかんだろ」
だから無駄な時間は一切ない。
殴れば三人まとめて吹っ飛ばし、蹴りを放ち撃ち出されたグレネードを足に接触させることなく払い除ける。
跳べば十メートル以上離れていた距離を一足で踏破し、攻撃を受ければその手で銃弾を弾き、目の前で引き絞られた引き金から放たれた無数の銃弾の嵐は雨粒一つ一つを数えられる視力がその隙間を提示しその空間に体を滑り込ませる。
銃弾の弾幕をすり抜けたようにやってのけた俺はさっきも言われた通り化け物と呼ばれるにふさわしい行動だ。
ただまぁ、それができてしまうのが俺で、それができてしまうような環境に身を置いているのも事実。
武器を使うことなくやってのけた俺が言うのもどうかと思うが、味方は大事にしろ。
たとえ敵が強敵でも協力できれば倒せるかもしれんだろう。
「まぁ、敵の俺が言うのもどうかと思うがな」
「ひぃ!?」
協力を促すような言い方で悪かった。
おまけにこんな光景を生み出しておいてどの口が言うという話か。
ガタガタと震え、俺のことを人間だと思っていないような視線。
向けられて気分のいいものではないが、こんな視線を向けられても仕方ない。
「これに懲りたらまともな仕事を探すんだな」
ぐしゃりと俺の手の中にあるものを握りつぶす。
生物的な硬さではなく、金属の硬さ。
潰したのは大きなものではなく、小さなもの。
いや、正確に言えば大きかったものだろうな。
もっと正確に言えば装甲車だったものだ。
二台あった装甲車、その二台ともが煙を上げ、その装甲はあちらこちらに穴が開き、さっき潰したのは装甲車に取り付けられた機銃だ。
「すうぅ」
辺り一面死屍累々。
まだ敵はいて、そんな中で煙草を吸う俺の神経もどうかと思ったが、こんなことをしていてさすがに疲れた。
正面切って銃撃の嵐に飛び込み、RPGや手榴弾を躱し、妨害兵器のスタングレネードの光やスモークグレネードの煙を耐え、一人一人ちぎっては投げちぎっては投げと繰り返し。
敵の数が減ったら大物狙いだと装甲車に肉薄。
跳び蹴りで装甲車の装甲をへこましながら横転させ後は乱打。
絶対に拳の方がいかれるだろうと常人なら言われるような行為を文字通りべこべこになるまで殴り続け、そしてその中から人を引きずり出した。
機関銃を二つに折り無効化したらもう一車両も同じ要領で終わらす。
結果的に穴だらけになり、装甲車? と疑問符を浮かべるような代物が完成したわけだ。
普通ならできないことをやってのけたのだからこの一本くらい許してほしい。
肉体的には疲れていないが、精神的には疲れたんだよ。
この惨状を成したのが現代兵器の対戦車ライフルやRPGを装備し他にも色々と装備した熟練の兵士ならまだわかる。
だが、そのどちらも装備せず無手でやり遂げた人間が目の前にいたら相手からしたらどう映るだろう。
「教官たちならうれしそうに笑うんだろうなぁ」
少なくとも俺に向かって恐怖の表情を見せることはなかっただろうな。
むしろ嬉々として戦いを挑んでくることが手に取るようにわかる。
そんな存在を知る身として、そしてこんな恐怖に支配されてしまっているような醜態をさらしている相手を見て、こっちの方が普通だよなと今更常識を再確認する。
「ま、相手が悪かったってあきらめて」
「た、頼む命だけは」
相手にとって俺はそれだけ非常識な存在だってことだ。
鬼や不死者に教育された人間が現代日本にいるかと聞かれれば、大半の人はいないだろうと言う。
まず間違いなく非常識なのは俺という存在。
そんな相手、しかもケタケタと笑っているわけではないが、戦いの興奮で笑っている自覚のあった俺を見ていては相手も怖がるだろう。
しかし、命乞いされるのは初めてだ。
「とりあえず、脇で寝とけ」
なんとも微妙な気持ちにされる言葉だなと思いつつも、俺は快楽殺人者ではないと心の中で突っ込む。
そして、快楽殺人者ではないと心の中で否定はしても敵を見逃す理由はない。
敵には容赦するな、ダンジョンに挑むにあたっては鉄則の掟だ。
なので、仮面が欠けて顔の右上付近が見えるようになった男を広場の端まで蹴り飛ばす。
多少は手加減するが、プロの格闘選手よりは断然威力は上だ。
無事では済むまい。
人間が放物線を描き飛んでいく光景は海堂や俺で見慣れ受け慣れているが、ついに俺も受ける側からやる側になったかと感慨深くなる。
「さてと、本命はこっちか」
これで警備は排除完了した。
一緒にいたはずの陰陽師は遠くで聞こえる爆発音から察するにお袋がうまく誘導してここから引き離したのだろう。
戦いの音から察してゲリラ戦をしているのはなんとなく察することができるが、優勢なのはお袋だろうなと確信めいた予感がする。
心配するだけ無駄かと、苦笑しつつ目的の物を見るために視線を爆発音のする方向からずらす。
咥えたばこのままそっと視線を変えればさっきまで遠目に見ていた物体がさっきよりも近くで見える。
ドクンドクンと鼓動し、脈動する物体。
「近くで見るとさらにグロいなぁ」
内臓と言う見た目が生々しい。
パッと見の第一印象がそんな感じの所為でさらに気持ち悪く見えてしまうのだろうか。
「さて、これをどうするかねぇ」
見るからに触れたら危険そうな物体、ただ殴ればいいってわけではないのはわかる。
爆弾をぶん殴れば壊れるだろうと判断して殴るようなバカはいないだろう。
それと一緒で物理的に特化した俺はこんな代物を前にしてできることは実はあまりない。
だが、観察することで何か気付けることがあるのではと、じっと見ているとふと気づくこともある。
「……なんか鼓動が速くなってないか?」
さっきまでドクンドクンとゆっくりと鼓動していたと思ったが今はドクドクドクとリズムが速くなっている。
「勘違いじゃなさそうだ」
このままいくと爆発するんじゃないかと思うくらい鼓動が速くなっている。
どうするか殴るか?
と少し短絡的な行動をしようとし、鼓動の音が広場を占めようとしたとき。
場違いな音が響く。
「笛?」
風の音色と言えばいいだろうか。
最初は一つの音色がだんだんと増えて聞き、笛の合唱を響かせる。
そして。
「……」
その笛の音色の出先はすぐにわかる。
音の出ている方向に顔を向ければすぐにわかった。
場違いだと言えればよかった。
だがその集団はある意味でこの場に合っているともいえた。
黒子のような布で顔を覆い、白い和装に身を包み、横笛を構え笛を吹きながらこちらに歩いてくる。
その周りは踊り子とでも言えばいいのだろうか、笛の吹き手と一緒に顔を覆い派手な和装に身を包み笛の拍子に合わせてゆっくりと舞う女たち。
こんな場所で、その行為。
異常染みたその光景が違和感を感じさせなかった。
「ああ、なるほどな」
そしてその行為を見て、理解はできなかったが納得できた。
相手の思惑はわからなかったが、何をしているか分かった。
そしてそれに対応できるのは俺だけだというのも察した。
「ああ、面倒なことになった」
煙草を握りつぶし火を消しつつ、普段だったら守っているマナーをこの時ばかりは休みを休みじゃなくしてくれたアホどもに怒りをぶつけるように地面に捨て足ですりつぶす。
本当なら偵察やらかく乱で終わるはずの仕事だった。
なのに今はそれで終わらなかった。
お袋は今頃陰陽師たちと戦っているだろう。
そっちをどうにかすると言ったのだから、どうにかするのだろうさ。
なら、俺は俺のやるべきことをやるだけだと思いつつもその集団に向けて声をかける。
「なぁ? そうは思わないかい」
俺の問いかけに答えるはずもなく笛の音と舞は止まらない。
ああそうさ、答えるはずもない。
〝答えられる〟はずもない。
何せ相手は。
「鬼ども」
人間ではないのだから。
ゆらりと揺れる布の中。
そこから生える角と牙。
ゴブリンとオークとは違い、キオ教官と似て非なる日本の鬼がそこにいた。
今日の一言
まさか、おとぎ話の住人に会えるとはな。
今回は以上となります。
毎度の誤字の指摘やご感想ありがとうございます。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売しました。
2019年2月20日に第三巻が発売されました。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。