208 日常というのは昔を振り返ると、だいぶ変わっていると思う時がある
新章開幕です。
今回は現代と織り交ぜた章にしようと思っています。
楽しんでいただければ幸いです。
「向こうの世界の飯もうまいっすけど、こっちの飯もやっぱうまいっすね先輩」
「ああ、食べ慣れてるってのもあるんだろうがな。食べたくなる時は食べたくなるな」
ここは社内の食堂でも、寮の中の自室でもなく都内にある一軒のラーメン屋。
俺と海堂、男二人がカウンターに並んで座り、冬の寒さで冷えた体を温めてくれるかのように湯気を漂わせる麺をすする。
「それにしても、あんなことがあったっすけど、世間じゃだれも知らないっすよね」
「警察沙汰にはなったが、逆に言えばそこまでだ。対外的な対処をしっかりすれば情報は洩れんだろうさ。うちの会社の特殊性を考えるなら社外秘に対して神経質になるのもわかる。なら今回の対応も当然だろうよ」
つい先日に起きた勇者となったカーターが引き起こした騒動、いまでは下火になり魔王軍内でも警戒レベルが徐々に下がっているとのこと。
それでも終結したというわけではないので、年内は後始末に追われると教官や監督官から聞いている。
そんな日の最中、異世界の料理も旨いが、こういった日本の外食料理もやはり恋しくなる。
通常業務が徐々に再開され、幾日か。
テスターとしての仕事をしている中での休日。
今日は久方ぶりに海堂と休みが重なり、用事もあったしどうせならと外に出てこうやって昔行きつけだったラーメン屋に顔を出した。
変わらぬ味、最近食べてきた食材を思い出すと一年も経っていないのになんとなく懐かしくなるラーメンのスープの味にほっとしつつラーメン屋に設置されているテレビに目を向ける。
夏の日は、集団で高校生が失踪したと騒いでいたニュースキャスターは、今ではもうすぐ来るクリスマスの話題で盛り上がっている。
「そういえば、もうすぐクリスマスだったっすね」
「今更だな」
「去年までは俺たちには関係ないイベントだったっすからね。特にこの時期は追い込みで、だからっすかね。こんなにのんびりとラーメンすすっていると違和感を感じるっす」
「わからんでもないなその感覚は、去年の俺たちには関係なかったなクリスマスなんてイベントは」
画面の向こう側では、どこかのケーキがおいしい。
夜景の見えるレストラン。
恋人と過ごしたいデートスポット特集。
と、ずいぶんと穏やかな内容に満ち溢れていた。
「クリスマスって言語が思い浮かぶ時間があるなら、少しでも数字を計算する効率を上げる方が優先だったっすからねぇ」
「それと並行して、上司の頭をどうやったら合法で殴れるかって考えていたな」
「あ、俺もっす」
去年のクリスマスは、それはもうメリー苦しみますと誤字変換できそうなくらい忙しかった記憶がある。
何本飲んだかわからない栄養ドリンク。
減らない書類。
暖房のせいかわからないが、換気もしていない室内の空気は淀んでいて、その室内にいる住人の顔色なんて察しろと言わんばかりの悪さだ。
「正直、こうやってのんびり年末を過ごせるとは思っていなかったっすよ」
「ああ、ごたごたがあってもしかしたら今年の年末も忙しいと思っていたからな」
そんな会社とおさらばした俺たちは、こうやって昔話を笑い話にできている。
そんな状態にしてくれた今の会社に感謝しつつ、まだざわついている他部署のことを考える。
内乱と言っても過言でなかった今回の出来事の余波はまだ残っている。
そんな事件が起き、騒動にかかわった身としては、こうやって穏やかに過ごせる日がとても大事に感じる。
「麺が伸びるぞ」
「うっす」
物思いにふけ、少し長く見ていたテレビ画面から視線を外し、残ったラーメンを食べる。
体を動かしているから食欲も去年より増して、大盛りを頼んでいたが気づけば食べ終わっている。
それぞれの伝票片手に暖簾をくぐって外を出れば。
「うう、寒いっすねぇ」
「十二月だからな。雪はめったに降らんが寒さはどうしようもない」
冬の寒さがラーメンであったまった体を冷やしにかかる。
海堂は手をこすり暖をとろうとし、俺も俺でロングコートの襟を寄せる。
普段の暖かい社内とは違い、東京の冬は冷える。
このままここにいる用事のない俺たちは何も言わず、そのまま駅に向かって俺たちは歩き出す。
「なんて言うか、変わったっすよね」
「あ?そんなに変わってねぇだろ」
「いや、建物は変わってないっすけど、なんて言うんっすかね? ほら、見方っていうか、感受性っていうか? ほらあれっす」
「意識の差か?」
「それっす。今の会社で知ったことを思うと、この景色もなんか違って見えるっすね」
「……そうかもな」
なんの変哲もない東京の町並み。
人が大勢いて、高い建物があって、ガヤガヤと騒がしい。
俺たちにとっては見慣れている光景なはずで、昔ならいつものことだと何も感じなかっただろうが、今は違うように見える。
何気ない人の流れ、そして、争いとは無縁なこの平和な光景。
そもそもの話、前の俺なら平和イコール退屈と認識していたように感じていた。
それが今ではこの景色がとても貴重なように感じる。
今年の春に転職してから確かに認識が変わったかもしれない。
人が大勢いて、煩わしい人間関係はあるがここは確かに法律に守られ、平和を維持している国だ。
そんな今更なことを再認識する。
「らしくないな」
「なんか言ったっすか先輩?」
「何も言ってねぇよ」
せっかく大きな仕事をかたづけた後なのに、なに感傷に浸ってんだと苦笑一つで頭の中に流れた言葉を笑い飛ばし、止まりかけていた足を進める。
「そういえば、南ちゃんがクリスマスパーティーやろうって言ってたっすね。俺はいいと思うっすけど、先輩はどうっすか?」
「いいんじゃないか? イブと当日、どっちも休みにするつもりだったしな」
「お。ならできそうっすね! それならあれしましょうよあれ!」
「主語忘れんな主語、あれじゃわからん」
俺の感傷など知らんと言わんばかりに元気に海堂は思い出した内容を口にし、俺が好意的な回答を返せば嬉しそうにやりたいことを口に出す。
「そりゃクリスマスって言ったらプレゼント交換に決まってるじゃないっすか!」
「決まってんのかよ」
学生気分かとも、思ったがスエラたちはこっち側の行事はあまりやっていないことに気づく。
それならたまにはそういうことをやるのもいいだろう。
クリスマスパーティーがあるのなら、機会的にもちょうどいいかと思う。
「まぁ、いいかもな。あんまり日にちがないからな参加者には早めに言っておかないとな」
「そうっすね! 向こう側の人たちが何を用意するか楽しみっす!」
「その前に、俺たちは俺たちで用事を済ませるぞ。まだ予定の半分も終わってないんだから」
「うっす!」
こうやって雑談をしながらも俺たちは目的地を目指して人込みの中を歩く。
東京の町並みはクリスマスムード一色。
イルミネーションで彩られ、その下ではアルバイトや正社員がサンタクロースの格好をしそれぞれの業種にあった看板を振っている。
そんな町並みを俺ならスエラ、メモリア、ヒミクと歩くならともかく海堂と二人で歩いているのは他でもない。
「この先だったか?」
「確かこの辺だったような気がしたっすけど」
俺と海堂はそれぞれ女性に贈るクリスマスプレゼントを買いに来たのだ。
スエラたち異世界組には馴染みがないかもしれないが、俺たち日本組からすればメジャーな行事だ。
俺はスエラたちと付き合い始めた最初の年、仕事が忙しくプライベートの時間が取れなかった去年とは違いしっかりと今年は行事ごとに参加すべく、彼女たちに贈るプレゼントを探しに来たのだ。
海堂も、受け入れるかどうかはさておき好意を寄せてもらっているのだと思いこうやって一緒に買い出しに来ている。
クリスマスパーティーでプレゼント交換をしようと言っておきながら個人に贈るプレゼントを探しているのもどうかと思うが、それはそれこれはこれと割り切って真剣に探す。
「ここだな」
「へぇ、結構いろいろあるっすね」
「そういう場所を選んだからな」
そのために来たのが複合雑貨店。
まぁ、ようはいろいろな店が集まったショッピングモールに来たわけだ。
駅に近く、様々な店が立ち並び、人でにぎわっている。
衣服や小物、アクセサリー、本にと一般的なものは一通り揃っているだろう。
「悪いな海堂、先に俺の方を済まさせてもらうぞ」
「問題ないっすよ。俺の場合、秋葉原行けばほとんど揃うっすから」
本当ならスエラたちを連れてきて一緒に探したいところだが、魔力のないこの世界に彼女たちを連れていくのはいろいろと問題がある。
特に身重のスエラは魔力がないこの日本が子供になんの影響が出るかわからないので特に連れ出すことができない。
なのでこうやって暇な男二人そろっていろいろと店を巡る。
「ヒミクさんに買うものは決めてるんっすよね?」
「ああ、エプロンでいいのがあればいいんだがな」
まずは決めやすいヒミクから。
彼女にはいつも料理や掃除といったことで助けられている。
日ごろの感謝も含めて俺はエプロンを贈ろうと思う。
専門店というわけではないが、エプロンも豊富にあると聞いた店はその宣伝文句に偽りなく、色や形、刺繍などのデザインとエプロンだけでもこれだけ種類がある。
その中から候補を絞り込み、いくつか選ぶ。
ちなみに、何が欲しいかという質問は南や北宮に頼み調査はしているが、それぞれ違う理由で贈り物をもらうという機会がほとんどなかった三人から聞き出すのはそうとう苦労したようだ。
なので、そのわずかな情報からどうにか選ぶ。
「意外とシンプルなやつを選ぶんっすね。もっとかわいらしい奴いっぱいあるっすよ?」
「ヒミクは動き回ることが多いからな、装飾が多い奴は動きにくくなると思ってな」
手に取ったのは色違いのシンプルな形をしたエプロン。
黒、青、黄色の三色で、黒には白い刺繍で猫の家族が描かれ、青にはイルカ、黄色には鶏。
と動物がワンポイントで丁寧に描かれかわいらしくていいと思った。
生地もしっかりといいもので作りも丁寧。
まずはこれをと思い店員に頼み包装してもらい次の店に向かう。
「次は、ワインショップすか?」
「ああ、メモリアがこっちの酒を飲んでみたいって言ってな」
俺の偏見かも知れないが吸血鬼と言ったらワインと安直な発想だ。
と言っても、ワインをメモリアに贈るのではなく、このワインショップはどちらかというとプライベート、四人で飲む時用のやつだ。
本命は、このワインショップの隣にあるグラスを作っているガラス工房。
「綺麗っすねぇ」
「ああ、どれにするか」
酒を飲みたいと言うのならグラスにこだわってみたらどうだと思いこの店を選んだ。
事前調査でイスアルや大陸の方のグラスを見たが、こっちのようにガラスが薄く細かく装飾が施されているのはなかなかないらしい。
デザイン的にもこっちのものを贈った方がいいなと思ったが故の判断だ。
ワイングラスをメインにしているが、それ以外のものもきちんとある。
棚に飾ってあるものから、ショーケースに入っているもの、安いものから高級品かなりの数が揃う中、何かいいものはないかと探していると箱に入った一つの商品を、見つける。
「これは」
少し話が逸れるが俺の中でメモリアのイメージカラーは青だと思っている。
そんなイメージを持っていたためか。
うっすらと青みがかった対のグラスが目に付く。
しっかりと木箱の中に入っており、値段もそこそこするがいいと俺の中の直感が言っているので迷わず手に取る。
「待たせたな」
「いいのあったっすか?」
「ああ、次行くか」
「うっす」
そのまま会計し、店の中で物色していた海堂と合流し次はスエラの分を買いに行く。
「それにしても、先輩の買い物内容って思えばすごいっすよね。なんせ、それぞれ違う女性に贈るものっすから、常識的に考えておかしいっすよ」
「お前が言うな、お前も人のこと言えないだろう。人数も変わらん」
「いやぁ、俺はまだ違うっすよ? 今回のはあくまでお礼ってことで」
「目を合わせてその下手な口笛をどうにかできてから言うんだったな」
俺をからかうように公認の三股用のプレゼントを買っている内容を口にする海堂であったが、その言葉は自分に返ってくるブーメラン。
このあとのことを考えていれば、そんなセリフは出なかっただろうに。
下手な口笛を吹きながら顔をそらす海堂の後頭部を軽く小突き、目的の店を目指す。
ヒミク、メモリアと順調に進んでいるが、じつは一番悩んでいるのはスエラだったりする。
彼女へのプレゼントの情報は南と北宮も調べられなかったのだ。
「さて、ここからはフィーリングだな」
商業施設の見取り図を前にどんな店があるか確認する。
「いやぁ、大変っすねぇ。もうほしいものはもらっていると真剣に言われていると」
「そうだな」
「照れてるっすか?」
「うっせぇ」
ニヤニヤと俺の顔を見ようとする海堂の顔を押し戻し、海堂に言われたせいで北宮と南から言われた恨み節を思い出す。
『まったく、なんで私が惚気話を聞かないといけないのよ』
『今回ばかりは拙者も同意でござる。久しぶりにブラックコーヒーかゴーヤチャンプルが欲しくなったでござるよ』
北宮は呆れながら、南は今の海堂と同じようにニヤニヤしながら俺に何が欲しいか調査してもらった結果を伝えてきた。
『子供を授かれただけで、私は満足しています』
そう伝えられ、つい顔が赤くなったのを俺は思い出し、熱くなった顔を扇ぐ。
「あ、やっぱり照れてるっすね」
「行くぞ海堂」
「ちょ、待つっすよ先輩!」
そんな顔を見られないように俺は足早に歩きだすのであった。
今日の一言
変化というものは過去を振り返るとよくわかる。
今回は以上となります。
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※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売となります。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。