表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
205/800

201 残業をしても、仕事が終わるのなら達成感はあるのだろうな。

投稿が遅れて申し訳ありません。

一日遅れましたが、投稿します。

『カカカカ、違えどまさか二度も魔王様と戦える機会があるとは思わなかったのぉ』

「ずいぶんと楽しそうで。こっちはボロボロですよ」


 相手を拘束する結界は使えなくなったが、実戦経験豊富な後衛が味方に付いてくれるのはある意味じゃ、結界よりも断然助かる。

 魔王の魂の魔法とフシオ教官の魔法の影響で接近戦が長時間続けることができず、ヒット&アウェイを繰り返し、今は教官の防御内に身を隠す。

 ふぅと溜息を吐きつつ、地面から一メートルほどの場所で宙に浮き楽しそうに魔法戦をする教官に話しかければ、カラカラと顎骨を鳴らしながら教官は一瞬でもこの楽しみを見逃さないように視線を正面に固定しながら俺の言葉に答えてくれる。


『次郎、主もまだまだ、青い。生きることそれすなわち刺激を受け続けること、それに疲れ足を止めていては生きることを止めていると同義。常に刺激を楽しめてようやく生きていると言える。ワシほど長生きしていると刺激の方を探すのに苦労する。それもこれほどまでに極上なもののとなればまた見つけるのにも苦労するというものよ』


 いったいいくつの魔法を同時に処理しているのかわからなくなるくらい魔法を使っていながらも、楽しそうに人生観を語る姿は言っている言葉に偽りを感じさせず。


「長生きしているとそうなるんですかね? 俺も将来のために参考にしておきますよ」


 まとめれば人生いや、生とは楽しんでこそ生だと教官は言っているように思えた。


『カカカカ、然り然り。その心構えでいい。人間は長く生きることに執着する存在が出てくる。それは権力者だけではない。有限であるからこそ出てくる欲求だ。それに満足できるのならそれでいいのかもしれないが、主の場合は妻が長寿。これから長き時を生きる準備もした。いずれワシの言葉を理解できる日も来るであろう』


 俺の返答にフシオ教官は満足そうに笑いながらまた一段と魔法の操作を緻密に、そして強大にしていく。


「不死者よ、主と楽しそうに話すのは構わんが、私を巻き込むような雑な魔法を放つな」

『カカカカ、天使とは無粋よのぉ。あの程度の魔法を避けられぬと申すか、貴様が言うあるじはこうやって無事に帰ってきているのにのぉ』

「貴様」

「教官、楽しいからってうちのヒミクを挑発するのはやめてくれませんかね? 一応戦闘中なので、ヒミクも帰ったらお前の好きな店のどら焼き買ってやるから、今は仲良くしてくれ」

「ふくろう屋の粒あんのどら焼きを所望するぞ」


 前線から帰ってきて、教官に向けてついさっきまで嫌悪感を隠そうとしてなかったヒミクであったが、どら焼きという単語を聞いたとたんにその感情はなくなり、キリッとした表情で店名を出してきた。


『堕天使を菓子で買収するのは、次郎くらいじゃのぉ』


 それになんとも言えない表情を見せる教官であったが、深くは言わない。

 少し値は張るが、破格といった値段ではないがどら焼きでご機嫌が取れるのなら安いものだ。


「ひぃぃぃぃぃ、俺生きてるっす!? なんでかしらないっすけど生きてるっすよ!! って、どんな空気っすかこれ?」


 そんな微妙な空気が漂う中にヘッドスライディングで飛び込んでくる海堂、勢いよく出て行って結構いい時間まで粘ったようだが、顔面は汗だくで息は荒く、顔色は真っ青。

 鎧越しでは意味はないと思うが、心臓を押さえ生きていることを実感していた。

 見た感じ、擦り傷やかすり傷こそ多いも致命的なダメージはなさそうに見える。


「知るか、お前は少し休んでろ、俺は出てくる。ヒミク行けるか?」

「主が赴くなら、どこへでも」

「ああ、見た感じ向こうさんも余裕がなくなってきたようだからな」

『カカカカ、次郎もよく見ておる。然り、魔力こそまだ余裕はあれど、じり貧なのは向こうも理解している。そして何より、奴は獅子身中の虫を飼う身。時間が経てば経つほど不利になるのは明白、加えて』


 最後に一つ深呼吸をし、遠目で北宮と南がフシオ教官に混じって魔法で攻撃や妨害を繰り返し、教官の援護をしている戦場を見る。

 先ほどから自由に動き回れず、固定砲台と化している魔王の魂を見れば、最初の余裕はどこに消えたのか。

 それもそうか、いかに強大な魔王と言えど、だいぶ時間が経過している。

 体感で測ることはできないが、さっき教官のところに逃げ込んだ際に見た腕時計の時間は六時間は経過したことを伝えていた。

 いくら魔王の魂が強靭でも、アメリアの体はまだ発展途上、精神に対して体が追い付いていない。

 短期戦なら問題なかっただろうが、長期戦となっている今では、精神と体の誤差がだんだんと相手を蝕んでいる。

 顔に焦りこそないが、苛立ちが見えてきた。

 そして、こっちにとってはかなり都合いい誤算もあった。


『次郎、貴様の剣は正に魔法使いの天敵よ。魔法を吸収するどころか、その身に打ち込めば体内の魔素すら吸収して見せる。なんとも、相手からしたらやり辛いことこの上ないだろう。いくら狂おうとも精神的に辛くなってきたことまでごまかすことはできん。カカカカ、いっそのこと魂だけの存在になればまだ結果も違ってこようが、肉体という枷がそれを妨害しているようじゃ。鉱樹、魔素を吸収し育つ樹木だからこそできる芸当、よく育てたものじゃ』


 そう、新たな姿を現した鉱樹は、対魔力に関して特化していた。

 打撃武器という面で物理ダメージにこそ変化はないが、斬撃という面では威力は落ちる。

 だが、その真価は魔法、もっと言えば対魔力に関しては刃を出していた時には比べられないほどの効力を発揮している。

 まるで野球の球を打ち返すように魔法に刀身が当たり、切り払うのではなく打ち払う。

 威力によって切るときよりも抵抗があるが、その分魔力が回復する。

 使い分ければ、遠距離攻撃で悩まされた点が一気に解決できる姿だ。

 加えて、戦っている最中に一度であるがアメリアに接近攻撃を加えられる機会があった。

 刀身が覆われ、打撃武器となった今の鉱樹であれば骨折程度で抑えられると判断し、腕を狙った。

 案の定、相手は腕付近に障壁を張り防御を図ったが、わずかな抵抗ののち切ったときよりも簡単にその障壁を突破し、魔力を吸収、そして鉱樹は手首へと当たった。

 その際、確かに骨を砕く感触を感じた。

 そして同時に、アメリアの体から魔素も吸収できた感覚があったのだ。

 樹木は根から養分を吸収する。

 それと同じように鉱樹は根から魔素や魔力を吸収して育つ。

 その性質が表面化するだけでここまでの性能が出るとは。


『さて、赴け次郎、その刃を何度も叩きつければ然しもの魔王様の魂と言えど無事ではすまぬであろう。何安心しろ、ワシらはしっかりと仕込んだつもりじゃ、このような惨状の中でも死にはしないだろう』

「否定できないことがつらいところですね」


 目前で広がる魔法の嵐に遠目ではなく、渦中に入るとなればそれ相応の恐怖心というのがついてくるのだろうが、それを感じているが体がすくむほどではない。

 いつの日か教官たちは言った。

 恐怖は攻撃を感知する感覚だと、あの言葉が的確に機能しているということだろう。

 加えて。


「主、私もともに」

「おう、頼りにしてるぞ」


 ヒミクもいるとなれば、怖いと言っている場合ではない。

 姿を変えた鉱樹を肩に担ぎ、ゆっくりと教官の守護下から出る。

 ここから先は声掛けは最低限になる、一回目配せでヒミクと頷きあう。

 そして、歩くが早足に、早足が走るに、走るが疾走へと変わる。

 この数時間で繰り返してきた疾走。

 豪雨のように降り注ぐ魔法はもはや見慣れた。

 そして、俺への警戒心が増えた相手は最初とは比べても殺意が高まっている。

 火の玉や氷の槍といった魔法から、雷雨のように天から常時降り注ぐ文字通りの雷の雨、さらには不可視の風の刃、蛇のように迫りくる砂鉄の槍。

 バリエーションが豊富だと笑うしかない光景が繰り広げる場所を俺は突き進む。

 何せ俺は剣士、前に行って戦うのが仕事だ。

 ここを踏破せねば職務を全うできない。


「逃がすか!!」

「主、回り込む!」

「おう!」


 そんな俺の進撃に対して、フシオ教官の攻撃を捌きながら俺から距離を取ろうとする。

 そうはさせまいと俺はそのまま直進し、ヒミクは右から回り込もうと進路を変える。


「はいはい、こっちは通行止めでござる!」

「行かせないわよ!!」


 そして、少しでもその動きを止めようと障壁と氷の槍がその進路を阻む。

 煩わしいように一払いで砕けるような魔法であったが、その一瞬を稼げるだけで大金星なのだ。

 今の俺ならその一瞬で五歩は進める。

 五歩も進めれば、十メートルは進める。

 鬱陶しい羽虫を見るように魔王の魂は南と北宮を睨むが。


「余所見は寂しいなぁ!!」


 そんなこと関係ないと言わんばかりに背後から教官の魔法が飛んでくることを気にせず、あと二歩で俺の攻撃圏内に入る位置まで歩を進める。

 相手の動きが後手後手になっているのがわかる。

 俺とヒミク、海堂、南、北宮で押され気味だが拮抗できていた力の天秤が、教官という存在が加わったことで反対に傾いた。

 それは牛歩よりも遅いかもしれないが、勝利という結果を俺たちに届けようとしているようにも見える。

 そして終わりが見えれば、人間というものは現金だ。

 沈みかけていた気持ちはラストスパートをかけるタイミングを見計らい、どんどん気分を高めていく。


「人間!!」

「だから何だって言うんだよ!! 居候はおとなしくしてろってんだ!!」


 俺の間合い、それすなわち鉱樹で攻撃を通すことのできる間合い。

 振り降ろしから手首返しの燕返しに繋げ、障壁を無効化し、後ろ回し蹴りに移行、体に横回転を加え、軸足をブレさせず、浮いている足を踏み込み足に変え、地面が割れんばかりに沈みこませ鉱樹の薙ぎ払いの三撃目へと繋げる。


「オノレ、オノレェ!!」


 接近した俺を憎しと睨んでくるのはいい。

 だが、俺は俺の本分を全うするだけだ。

 迷いなく、少しでもダメージを与えるその意思を強める。

 三撃目を放つタイミングは相手よりも早いかどうかは正直ギリギリだ。

 当てられるか、どうかの勝負の軍配は俺を迎撃する魔法と鉱樹が打ち合うという引き分けになるかと思われた。

 ゆっくりとスローモーションの光景の中で、相手は砕かれた左手首を無理やり動かし、俺の方へとむけるのが見え。

 それよりも先に当てると顎に力を加え、百分の一秒でも早くと念じながら鉱樹の一撃を速める。

 だが、俺の努力は届かず、俺の鉱樹が当たる数瞬前に魔法が完成され、迎撃されると分かった瞬間、即座の離脱をするルートを算出する。


「!?」


 そうなるはずであった。

 そうするつもりであった。

 その左手の先にあった魔法陣から白い鎖が飛び出し、左手に絡みつき片腕だけでも動きを封じるまでは。

 そして、その動きに魔王の意志ではないと証明するかのように、アメリアの顔が驚愕の色に染まるのを見た。


「ぬらあああああああああああああああああああああ!!!!」


 自分でも無理だというのはわかる。

 だが、やらねばならないというのは直感で分かった。

 無理やり体を傾け、鉱樹が当たる位置を変える。

 その努力は、まるで自分の意志で動いたわけではないという左腕を切り落とそうとする魔王の魂が放った風の刃を打ち払った。


全力攻撃フルアタック!!」


 そして、俺は気づけばそう叫んでいた。

 足は無意識にスタンスを広げ、ヒット&アウェイからその場でのインファイトに切り替えていた。

 走り去るということを捨て去った俺はその場で動き回ることを重点として、白い鎖が絡まる左腕を守るように動き回る。


「ヒミク!!」

「承知した!!」


 俺だけでは足りないところは。


「南!! 北宮!!」

「わかってるわよ!!」

「いくよ!!」


 他の奴らが。


「海堂!!」

「うっす!!」


 埋めてくれる。

 左手を封じられ、動きがさらに鈍くなり攻撃の手数も減った。

 その間に俺たちは包囲を完成させ、休む暇を与えないように戦う。

 その判断は正解であった。


「忌々しい!! コノ光! コノ術! ヤツカ!? ヤツメ! 賢者!! オマエカァ!!」


 今度は左足に魔法陣が展開され、同じように鎖が絡みつく。

 その術に覚えのある魔王は、その魔法を誰が使っているか見当をつけたようだ。

 だが、俺たちには関係ない。


『カカカカカ、好機、またとない好機!!』


 フシオ教官は攻撃の手数が減った隙を逃さず、地面から巨大な骨の腕を生やし、アメリアの両足をつかみ。


『マナドレイン』


 不死者の本領発揮である生命吸収関係の魔法を放ってきた。


『カカカカカカカカ!! これが魔王様の魔力の味! なんとも黒く、滾っている!! 甘美、なんと甘美か!!』


 掴んだ骨を経由して魔力ごとその魂を取り込む教官は恍惚な笑みを見せる。


「我ハ、負ケヌ、負テハナラヌノダ!」


 それに抗おうとしているが、もう無理だろう。

 再び現れた白い鎖は全身を拘束し、動けなくし、その間にも教官の吸収作業は続く。


「……」


 もがき、その拘束から抜け出そうとしているアメリアの中にいる魔王の魂を俺は黙って見つめる。

 そしてゆっくりと、俺は近寄り。


「アア、我は、マダ!」

「あんたの仕事は終わってんだよ」


 いまだあふれる黒い瘴気のような煙を切り払うように、左肩から斜めに一閃した。


「ア」


 それが止めになったのだろうか。


「後任に任せて、ゆっくり、休めや」


 先ほどみたいに嫌な感じはせず、足を拘束していた骨はその足首を手放し、ゆっくりとその体を倒す。

 それを俺は受け止める。


『終わったのぉ。もはやこの娘の中に魔王様の魂は存在しない』

「その代わり、教官の中に移ったとかはないですよね?」

『カカカカカ、そのようなことはありえん。ワシが吸収したのは魔王様の持つ魔力、意思も何も持たないただの魔力のみよ。ワシが乗っ取られることなどありえん』


 静かに倒れてきたアメリアを覗き込むようにフシオ教官が診察し、その青く光る炎のような空虚な髑髏の瞳はもう問題ないと言う。

 ようやく終わった。

 結果的に言えばだれも殺さず、それで済んだ。

 最良に近い終わりとなった。


『それとも、ここで演技をし、乗っ取られたかのようにして次郎と戦う方がよかったかのう? ワシはそれでもかまわんが』

「勘弁してください。もう、身も心もボロボロですので」


 最後にこうやって冗談を言い合えるという終わりで締めくくられるのならいいのだろうと俺は思う。




 今日の一言

 終わるのに時間がかかっても、事後処理が残っているとしても、終わるのならよかったと思える。


今回は以上となります。

面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。

※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。

 2018年10月18日に発売しました。

 同年10月31日に電子書籍版も出ています。

 また12月19日に二巻が発売となります。

 内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。

 新刊の方も是非ともお願いします!!


また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ