200 待ちわびた、なんて言葉を吐く日が来るとは思わなかったよ
ニタリと笑う魔王の魂が放った魔法によって残業は始まった。
当然、そのまま当たってやるなんてことはなく、横に飛び、そのまま奴を中心に円を描くように飛びこむタイミングを探りながら走り出す。
飛んでくる魔法を避け、俺の後方へと飛び去った魔法の爆発で、ヒミクや海堂、北宮に南はまだ戦いが終わっていなかったことを知っただろう。
爆風を背に受け、俺は他人事のようにそんなことを思いながら、無駄なことを思考から排除し、目の前の敵に集中する。
わずかな小休憩後の戦い。
集中が増すにつれて、視界の動きが遅くなり、相手の攻撃も見やすくなってくるが
「っ!」
それでも、すべてを躱しきるのは難しい。
風の刃が俺の腕を切り裂き、痛みが走るも視線をそらさず、わずかにできたギリギリで躱して作った突入のタイミングを生かすべく足を緩めることなくその隙に飛び込むように突き進む。
俺の攻撃の間合いに入り込もうとするタイミングに、ちらりとアメリアの表情が見える。
いつもなら花が咲いたかのような表情には、薄気味悪く三日月のような笑みを口元に浮かべ、目はその口元の色をさらに色濃く表すかのように深く濁りきっている。
黒く濁り、狂気に近い憎悪。
憎しみという感情がこうもはっきりと映っているのは初めて見る。
その感情が俺に向けられているわけではないのに、少し背筋が寒くなる。
「カハ」
だが、その感情を笑い飛ばす。
狂気なんぞに尻込みしていては、この機会に挑んではいない。
本来であれば、勇者が来た段階で俺たちの役割は終わっていたんだ。
それを無理やり引き延ばし、アメリアを助けるというロスタイムみたいなこの機会を作り出したんだ。
この機会は俺が望み、俺がやると決めたこと。今更引くことなどできはしないし引くつもりもない。
この残業に終わりがあるとすれば、なんらかの結果が出た時だ。
願うなら、その結果がいい結果であるようにと祈る。
だから、無理にでも一歩前に出る、この一歩がいい結果につながると信じて。
そんな戦いに身を投じた俺の背後、それもかなり離れた場所で爆発が起きた。
戦いに集中していてもはっきりと聞こえる爆音、それは一発や二発で収まることはなく立て続けに鳴り響いている。
きっとそれは勇者と魔王の戦いの音だろうと考えることもなく判断する。
王道の組み合わせの戦い。
そんな組み合わせのことなんて気にする必要もないししている暇もない。
だが、少しだけ笑えてくる。
何せ俺とアメリアの戦いも似たようなものだからな。
勇者になりえる素質を持った俺と魔王の魂に憑依されたアメリア。
なんとなくではあるが、似ていると思った。
ただそれだけのことと、深い意味はない。
心の中で笑いながら、勇者にでもなった気分で囚われの姫となったアメリアを助けに行くかと心を引き締める。
「いい加減、息切れの一つでもしていいんじゃねぇかね!」
愚痴と気合を同時に吐きながら突き進むも。
魔法の嵐はいまだ勢いを劣らせる気配を見せず、魔王と勇者という厄介な組み合わせから離れた魔王の魂は勢いを取り戻さんと言わんばかりに、相手の行動は先ほどまで見ていた光景の焼き回しのようだ。
こっちは一呼吸を置いたといっても疲労が取れたわけではない。
呼吸こそ落ち着いていても、体は重く、関節は軋み、魔力は底を見せ始めている。
かろうじてイエローゲージまで回復していた体力は瞬く間にレッドゲージに突入している。
それでも体は動く。
万全とは程遠い状況でも、あきらめるわけにはいかない。
手を伸ばせば、まだ届く距離にいるのだ。
それに、
「主、無茶をするな。私が前に出る」
「漢、海堂ここが見せ場っすよ!!」
「明日は絶対に寝るでござる! 勝がなんて言おうと、絶対に起きないでござるよ!!」
「今だけは、あんたと同じ気持ちね!! 絶対明日は起きられないわよ!」
こんな非常識的な戦いなのにもかかわらず、助けてくれる奴らがいる。
あいつらもあきらめていない。
終わっていないと分かったとたんに、ガス欠寸前なのにもかかわらず、残りの体力、魔力を絞り出すかのように最後の輝きを見せてくれる。
鎧があちらこちらに傷や破損が目立つ中、きっと体にも影響が出ているのにもかかわらず前に迷いなく飛び出すヒミク。
空元気なのがまるわかりにもかかわらず、それでも元気を見せようと前に飛び出す海堂。
働いたら負けだと豪語していた南が率先して動き状況を改善しようと走り回ってる。
北宮だって、口元を引きつらせながら見栄を張り戦っている。
なら、俺がここで引き下がるわけにはいかないな。
俺を追い越すように飛んで前に出るヒミクに続き駆け出し、俺の後ろに今度は前に出てきた海堂が続く。
北宮と南はさっきと同じポジションでいるかと思ったが。
「拙者、補助魔法使いのはずなのに、なぜ走っているんでござろうな。そこのところどう思うでござる北宮」
「知らないわよ。それより、しっかりかく乱しなさい! 今の私たちじゃ、あの子の障壁抜けないんだから!」
「わかっているでござるが拙者最近走ってばかりの気が。こんなに走り回っているのなら帰ったらマラソン大会にでも出てみるでござるよ、北宮を道連れにして」
「あらいいじゃない! 帰ったらマラソン大会やってるか調べてみるわよ。案外、いい成績出るかもしれないわね!」
「藪蛇でござったか」
俺たちが戦っている場所を中心に牽制しながら円を描くように動き回っている。
注意を少しでも自分たちに向けようとしている行為は、しっかりと効果を発揮している。
さっきまでは固定砲台だったために防御魔法で魔力を消費していたが、移動することによって何割かの攻撃を回避できるようにしてその魔力を節約。
注意を惹くための魔法は威力を必要最低限にして、魔力消費を抑えつつ相手にダメージが通るか通らないかのギリギリのラインを見極めている。
北宮と南、それぞれ攻守を分担するのではなく、二人は互いの隙を埋めるように魔法を駆使している。
北宮が攻撃しようとしているときは南がサポートに回り。
南が発光魔法や障壁で動きを妨害しようとしているときは、北宮がサポートに回る。
普段はいがみ合うことの多い二人であるが、こういったときは阿吽の呼吸といえる連携を見せてくれる。
後衛としての火力は期待できないが、前衛である俺たちは幾分か動きやすくなった。
その努力に報いるためにも、さらに接近することを試みる。
「主、この戦いが終わったら、甘味を所望する」
「ヒミクさんそれ、フラグって言うんっすよ!?」
「? なんのことだ、労働には対価がいると主は言っていた。この窮地の場面、少しでも生きるための活力を得ることは重要な局面だ」
「今言うとシャレにならないんっすよ!?」
「海堂は、おかしなことを言うんだな。こんな言葉はよく聞いているぞ。大抵の願いはかなっていなかったが」
「だから地雷だって言っているんっすよ!?」
まったく、緊張でカチコチに固まるよりはマシだが、もう少し緊張感を保てないのかこいつらは。
北宮と南もそうだが、ヒミクと海堂のやり取りもなんだかんだで、肩の力が抜けるような気がする。
結界から抜け出され、さっきよりも激しくなった攻撃なのにもかかわらず、こんな会話をしている余裕があることに笑うしかない。
「ハハハハ!! いいじゃねぇか、海堂! フラグ上等!! へし折って、んなの関係ねぇって笑い飛ばしてやろうぜ! ちなみに俺は帰ったらビール飲みてぇよ!!」
「先輩まで!? じゃ、じゃぁ俺は帰ったら、いつもの店でワンランク上のサービスを」
「あ、それやめとけ、本当にお前死ぬぞ」
「なんで俺はダメなんっすか!? しかも真顔っすね先輩!」
とても戦いながら、剣を振るいながらする会話ではない。
今も顔の横や、目の前に魔法が迫ってきているのに、緊張していた気持ちは気づけば軽くなり、その気持ちが影響したのか体も少し軽くなった気がする。
キオ教官やフシオ教官が笑いながら戦うのはこういうことなのだろうか?
だが。
「やっぱりきついなぁ!!」
「そうっすねぇ!!」
たとえ気分が軽くなったといってもそれは焼け石に水。
気持ち楽になった程度で、実際には現状は変わっていない。
率先して前に出てくれているヒミクは、方天画戟を振り回し、風を押しつぶすような轟音を響かせながら戦っているが、一番ダメージをくらっているのも彼女だ。
俺と海堂は彼女のおかげで、ダメージを最小限に抑えられている。
それでも、きついのだ。
どうにかしなければ、と焦る気持ちが湧き出てくる。
時間の猶予も、戦いを仕切りなおす機会もない。
袋小路に追い詰められたように、打てる手がない。
ただただ、惰性に時間を稼ぐしかないというのに無力感を感じる。
『カカカカカ、いつものように生きの良い魂で安心したぞ。次郎』
そんな時だった。
ここで聞くはずのない声が響いた。
ズンと目の前の景色が歪み、アメリアの体が前のめりになる。
「重力魔法!? って、フシオ教官!!」
なぜここにと聞く余裕はあったが、それよりも先に。
『魔王様の命で手助けする。遅参したが、これより助太刀に入ろうぞ』
魔王の魂が展開する魔法に勝るとも劣らず。
将軍という役職についているのは伊達ではないのを見せつけるような光景が公開される。
宙に浮き、その場での魔法の乱打戦。
まるでボクサーがインファイトで足を止め、ただひたすらに相手を倒そうとするかのように、ただ魔法を撃ち続ける。
『次郎、手を緩めるな。主が求めている魂はまだあきらめておらん。小さきものなれど輝く魂はそこにある』
「はい!」
ちらりと、こちらを見て、まだ助かる見込みがあると断言する髑髏紳士。
教官は不死者、それも高位の存在。
魂を見分けるその分野において右に出る者はいないといわれている。
その教官がはっきりとアメリアはまだ助かるというのならこれ以上にないほど気合が入る。
今度はあの魔法の嵐に飛び込むことになるが、それも承知の上だ。
それに、さほど心配していない。
何せ。
『初代様と言えど、ワシが仕える主君ではあらず、それに弟子の前でもある。容赦はご期待されるな』
とても頼りになる教官が味方になってくれたのだから。
なぁアメリア、お前を助けるためにここまでの人たちが動いてくれたんだ。
そろそろ、起きねぇとな。
「切り込むぞ!!」
「うむ!」
「ええ、あの中に飛び込むんっすか?」
「はいはい、拙者たちが援護するでござるから、海堂先輩もゴーでござるよ」
「少しはあんたも活躍しなさいよ」
少し、荒っぽい起こし方になるぜ。
風向きが変わる。
いや、変えたといった方がいいだろうか。
そんな気になったとき手元の鉱樹がドクンと脈動する。
それは普段の魔力循環の時のような感覚ではない。
この感覚を俺は知っている。
「お前」
まさかこのタイミングで来てくれるとは思わなかった。
あの時は鉱樹との接続ができるようになった。
なら今度は、何を魅せてくれる?
手元の鉱樹を見てやると、やっていいかと答えを確認するかのように魔力の光で明滅する鉱樹に俺はうなずく。
そうすると、鉱樹は根の一部を伸ばし、刀身を覆うようにその根を巻き付ける。
三本の根が螺旋のように捻じり巻き付いたその姿はさっきの大太刀という姿から一転打撃武器に姿を変えた。
その姿は刀を鞘に納めた状態のように見え、切れ味は期待できそうにはないように見えた。
「うわ、武器の形が変わったっす!? なんすかそれ!?」
「わからん」
「いや、わからんって、いいんっすか?」
「ああ」
海堂の言う通り、いきなり姿が変わったことに不安はなくはないが、それでも大丈夫だと思う。
根拠はない。
だが、鉱樹が意味もなく姿を変えるとも思えない。
何か、意味があるのだと思い。
そのまま戦闘を続行しようとした。
「主!!」
そんな折に一つの流れ玉ならぬ、流れ魔法がこっちに飛来してきた。
教官が打ち漏らした一つの火球。
それはまっすぐにこっちに向かってくる。
タイミング的に俺でも対処できる。
ヒミクの警告に大丈夫だとうなずき、鉱樹でその火球を打ち払うと。
「え、消えたっすよ」
火球はまるで吸い込まれたかのように、鉱樹が魔法を消し去った。
いや、消し去ったんじゃない。
「吸収しやがった」
鉱樹が循環し、俺に流し込む魔力の量が若干量増えた感触から、さっきの現象で何が起きたかを察した。
「土壇場で、これかよ」
このタイミングで鉱樹は対魔法の能力を目覚めさせた。
なんのご都合主義だよと言いたくはなるが、都合がいいのはいいことだ。
「最高だぞ!! 相棒!!」
この能力に加え、教官の参戦。
勝ちの目が見えてきたぜ!!
今日の一言
どうにかなりそうだってのがわかるのは、安心できる。
今回は以上となります。
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※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売となります。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。




