199 決めるときに決めてくれる責任者ってのは、本当に頼りになるな
監督官はアメリアの中に封印された魔王の魂を鎮静化させアメリアを助ける方法はあるといった。
それが魔力の消耗からくるアメリアの魂の覚醒であった。
そしてそのあとに教えられた、万が一、鎮静化に失敗し魔王の魂が暴走した時の対処方法を教えてくれた。
これは、あくまで俺たちや戦場にいる兵士たちの被害を最小限に抑えるための配慮だ。
その内容は機密ゆえに、こっそりと教えてくれたが、その時の言葉は耳を疑った。
『魔王城を召喚し魔王様にその場で鎮圧してもらう』
組織のトップが、ファンタジーのラスボスの居城と共に出陣すると聞けば普通なら驚く。
たとえこの後魔王城が出てくるのだと知っていたとしてもこの光景を見れば俺はたぶん驚いただろう。
百聞は一見に如かず、とはよく言ったものだ。
あまりの光景に俺は脱帽しそうになり、自分の想像力のなさに苦笑するほかない。
俺が渡された魔道具はこの城を召喚するためだけの道具だ。
特殊な魔石、特殊な召喚陣、と様々な特別な処置の施された魔道具は正常に起動し、魔王の代名詞ともいえる存在をこの場に顕現させた。
その魔王城から魔法によって放たれたスポットライトは、さっきまで暗かった渓谷を明確に照らし、俺たちに周囲はまぶしいといわんばかりにしっかりと見えている。
それを行なう魔王城は、空中要塞と名乗っても問題ないくらいにその荘厳な姿を空中に浮かべている。
「これが、魔王城」
監督官が秘策というだけあり、思わずこの場の雰囲気があっという間に表れた魔王城に持っていかれた。
勇者であるカーターの登場など前座だといわんばかりの登場にこれほどのものだったのかと、俺は思った。
まぶしい光など気にすることなく、俺が呼び出したその者の姿を目に焼き付ける。
ここから見てもだいぶ離れた上空に姿を現したのにもかかわらず、その姿は壮大だと認識させられる巨大な黒い城。
その大きさは小さな山ほどの大きさがあり、俺の位置からはその全容は見えないが、その巨大な物質を浮かばせる作用を施している周囲のリングは見えた。
まるで城を守る外壁のようなリングは三重になり、一番外のリングと一番内のリングは同じ方向に回り、真ん中のリングだけは反対に回っている。
ゆっくりと、その黒い城から飛行できる存在たちが整然と編隊を組み飛び立つ中央に、見覚えのある姿が加わる。
「社長、自ら出陣ってか」
今まで見てきた儀礼的な姿ではなく、おそらくはあれが社長、魔王の本来の戦装束。
「なんとも、魔王らしい格好だこと」
その姿に素直な感想を送る。
臨戦態勢こそ解いていないが、さっきまでの緊張感は一切ない。
引っかかる部分こそあるが、アメリアが正気に戻ったという点がまず一つ。
そして、それよりも安心できる要素が、魔王が出陣し精鋭が投入されたここはもう危険地帯ではないということだ。
この場は、今から戦場で一番安全な場所に変わった。
その根拠たる魔王は今はもう目視でもその姿をはっきりと捉えられる距離まで下りてきている。
一定のラインから空中戦力であろう魔族たちはそれ以上は魔王の戦場だといわんばかりに降りてくることなく、空中で待機している。
その魔王は、黒いマントをたなびかせ、黒く、加飾のない鎧を身にまとい、腰に何やら古い剣を差し、右手には真紅の杖を持っている。
「やぁ、勇者。待たせたかい?」
「…………」
その魔王はまるで喫茶店で友人と待ち合わせをしているかのように気安い態度で地面に降り立つとともに、カーターに話しかける。
これから戦うであろう相手にかける口調ではない。
それだけに、さっきまで余裕の表情をしていたカーターにとっては有効だといえる。
沈黙を貫くカーターの表情は無、なにも悟らせないように取り繕っているかのように無表情だった。
魔王と勇者の戦い。
偶然に偶然を重ねたような結果だが、俺たちはアメリアを救出し、カーターのやつにこっちの出せる最高戦力をぶつけることができたという最良の結果を出すことができた。
「アメリア、下がるぞ」
「うん」
戦いは間もなく始まる。
それがわかっているがゆえに俺はじりじりと、この場の空気を刺激しないようにゆっくりとアメリアと下がる。
その間に俺は監督官に言われたことを整理した。
今回の俺たちの行動、いやアメリアの救助に当たって俺たちが動けるようにするために監督官はいくつかの制限、いやいくつかの条件を課していた。
その条件は大きく分けて三つ。
『一つ、アメリアを戦場に到達させてはならない。
これは戦場に狂気に飲まれた魔王の魂が乱入することによる被害を抑えるための処置だ。
二つ、勇者をおびき寄せなければならない。
これは、今回の騒動の主犯をとらえるためにアメリアを囮にするための内容だ。
三つ、勇者と接敵した場合即座に魔王城を召喚しなければならない。
これは、勇者を確実に倒す機会を逃さないためだ』
細かい内容も監督官には指示されていた。
だが、あくまでこれは俺たちが魔王軍として戦場で行動するための免罪符のようなもの。
詳細はおまけのようなもの。
重要なのは、この条件を守るからこそ、軍人でない俺たちが戦場に侵入するのが許されたことだ。
本来であれば、魔王軍の予備戦力を絞り出し、アメリアの足止めを行なってもよかったのだ。
そちらのほうが、より確実にカーターをおびき寄せる段取りが取れた。
それを捻じ曲げ、戦力的に条件がそろっているというだけで、リスクを背負ってもアメリアの救助の機会を監督官は設けてくれた。
監督官は一つ目の条件と二つ目の条件の間に、わずかな可能性に賭けアメリアを救出してみせろと言った。
チャンスとしてくれた時間。
そして、その時間を生かすも殺すも俺たち次第。
そんな状況下、カーターの登場というタイムアップ。
三つ目の条件に該当してしまった瞬間に俺たちは役割が終わる。
無謀といってもいい、そんな条件でしかアメリアを救うという機会を作れなかった。
それを許せる環境ではなかった。
それだけ、魔王軍は切羽詰まっていた。
魔王軍にとってアメリアはもちろん、初代魔王の魂というのも必ず助けないといけない存在ではない。
むしろ現政権にとっては、邪魔だという見方をする存在もいる。
魔王城を召喚し、カーターを捕らえる、あるいは倒す。
そのためにアメリア、暴走した魔王の魂を救う行為など余計な手間でしかない。
より効率的に、現在の反乱を鎮静化するに最も効率的なのは、勇者もろともその魔王の魂を葬ること、勇者を呼び出し用の終わった餌を、いつこちらに牙をむくかわからない餌をいつまでも残しておくわけにはいかない。
タイムアップまでにアメリアを助けられなかったら、アメリアは、この勇者と魔王の戦いに巻き込まれその存在を消されていただろう。
それを避けるために最後、勇者が現れたあの時少しでも時間を稼ごうと皆は覚悟を決めたのだ。
だが、その覚悟も必要なくなった。
「……なるほど、ずいぶんと豪華な囮を用意したようだね。魔王。さすがの僕も魔王が二人いるとは思わなかったよ」
「そうかい? そうなら私としては満足だよ。危険を冒してまで取り込んだ甲斐があったようだ」
アメリアは知らぬ間に意識を取り戻し、今は俺と一緒に後方に下がっている。
そして、カーターは考える限り最悪な相手と対峙する羽目になっている。
空気は完全にこの後二人が戦うのだと語っている。
皮肉を言い合っている二人の言葉を最後に、距離にして百メートルほど離れたら俺とアメリア、そしてヒミクは一気に距離を離し、小高い丘の上に到達する。
その場には誰もいないということは俺たちが先についたということになる。
ここに、南や北宮、そして海堂がくるはずなのだが。
「あ? なんか騒がしいな」
その丘の上に登ってくる三人の姿を見つけると何やら北宮が騒いでいる。
いや、正確には海堂に向けてなにやら騒いでいるようだ。
「あんたねぇ、今は緊急時なのよ! なんで敵を助けてるの!?」
「いや、さすがにあのままあの場所に放置っていうのはまずいと思ったっすから」
「海堂先輩だからと言ってその行動は賛成できないでござるよ? さすがの拙者も海堂先輩の行動は擁護できないでござる」
北宮の雰囲気は敵意に近いが、それも海堂の行動を心配しての発言だというのは言葉の節々に感じる。
南の言葉も呆れが混じっているが、海堂の行いそのものを否定するような雰囲気は感じない。
「敵を助けるねぇ、俺の目が正確なら、海堂の背負っているのに見覚えがあるのだが、ヒミクどう思う?」
「主の目に間違いはない。妹たちだ」
おそらく、日本人としてのお人よしが発動してしまったのだろう。
気絶した二人の天使をあの場で放置できないという良心を働かせた海堂は、剣を腰に差し、小柄な体躯の双子の天使を無理やり背負って丘を登ってきていた。
あのまま勇者と魔王の戦いの場に放置すればきっと巻き込まれると良心に従っての行動だというのは理解できる。
だが、ヒミクとの戦闘で気絶しているからと言って、それは無謀な行為だといってもいい。
起きたらどうするつもりだったのかと口にしそうになったが、代わりに出てきたのは
「はぁ、ヒミク、起きても暴れないように拘束しておいてくれ」
「いいのか?」
「仮にも、お前の妹なら、俺の義妹にもなるわけだからな。やれることはやってみるよ。だから、そんな顔すんなよヒミク」
海堂の行為を肯定する言葉であった。
感情を押し殺す女の顔など見ていて気分のいいものではない。
それが、惚れてくれて、俺も好意を持っている女であるのならなおさらだ。
監督官になんと言い訳するかと、考えつつ、兜越しでも雰囲気が明るくなったヒミクは。
「うむ! まかせてくれ!! 指どころか、瞬きもできないほど拘束しておくからな!!」
なにやら不安になるような発言をして、海堂のほうに向かっていってしまった。
ちょくちょくポンコツ具合を披露してくれるヒミクであるので、あの発言の後の行動に大丈夫かと不安になるが、その心配も。
「もう少し、あとだな」
さてと、と言い。
ゆっくりとポーチを探りいつものパッケージの箱を取り出し、その中から一本、煙草に火をつけ、深く吸い込み吐き出す。
煙草の成分が体に染み込み、熱かった思考を少しだが冷却してくれる。
そして冷却した思考は、さっきからちらつく問題点を注意してくる。
こっちはこっちで不安の解消をせねばならない。
さっきから妙に静かで、俺の後をおとなしくついてきたアメリアの方に振り返る。
「それで? そろそろ、本性を出したらどうだ。魔王様」
ゆっくりと、振り返りながら見た先にいたのは、さっきまで知っていた雰囲気から一転。
俺の言葉にニタリと笑うアメリアの顔を使う、魔王の魂と相対するのであった。
「キヅイテイタカ、ニンゲン」
本当なら外れてほしかったと願った淡い希望は、俺が直球に伝えた言葉をそのまま返されたかのようにそのまま返ってきた。
ああ、やはりかと嫌な予感、そして、その嫌な予感の根拠を肯定するかのように再び嫌な魔力があふれてきた。
理性では無事意識を取り戻してくれたのかと思っていたが、本能では向こうの時間稼ぎに付き合うという選択を自分自身で選んでいたことに、魔王城の光に照らされた口元から漂う紫煙を見ながら笑う。
ああ、本当に嫌になる。
仕事がすべて順調にいくなんて思ってもいない。
そんな、自分の仕事や他人の行動に疑心暗鬼になるなんて本当ならしたくない。
だが、心の底で、ご都合主義なんてありえないと言っている俺がいて。
まるで俺を援護するようにアメリアが動いた時から、違和感が纏わりついていたことに苦笑するほかない。
魔王の魂を制御し、その魔力を扱えるようになった。
アメリアは奇跡を成し遂げたと、思った。
だが、腹の底で捻くれていた俺の性格は、それはないと断言していたようだ。
だからこそ、最後のチャンスを求めた。
「半分は勘だよ。だけど、その勘は最近やたらと鍛えられていてな、これが案外馬鹿にできないんだよ」
わざわざ、ヒミクを遠ざけ、一人なら御しやすいと思わせ本性を引っ張り出すという行為自体は成功した。
おそらくだが、社長は俺の勘に従った行為に気づいている。
それでも、見逃してくれたというのは、放っておいても平気だと思ったのか、それとも俺の意を汲んでくれたのか。
それは、生き残ればきっと教えてくれる。
「さて、残業時間の開始だ。ああ、ここまで楽しくなる残業は初めてだよ」
正真正銘、アメリアを助けられる最後の時間。
俺が倒れるか、社長が勇者を倒すかどちらかが先になったら終わりの残業にニタリと笑みを携え、鉱樹を握りゆったりと歩みながら挑む。
今日の一言
頼りになる上司をだますような形で申し訳ないが、結果で示すから許してほしい。
そして、さっさと起きてこい。寝坊助娘。
今回は以上となります。
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※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売となります。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。




