195 たとえ予定通りにならなくても、段取りは組んでおいたほうがいい
『いいか次郎。宮川の魂はまだ初代様の魂に取り込まれていない』
監督官はこちらに渡ってくる前に、アメリアはまだ助かるといった。
『不幸中の幸いだ。宮川はわずかな期間だが初代魔王様の魂と同じ肉体で同居していた。それも主導権を握った状況でだ。これが宮川の魂に耐性を与えた』
本来であれば、魂の格でアメリアの魂は魔王の魂が暴走した段階で飲み込まれて消失してもおかしくはない。
いや、むしろ消えていないことのほうがおかしい状況だと監督官は言った。
『それが時間稼ぎ程度にしかならないのは分かっているが、逆を返せば時間があるということだ。いいか次郎。貴様がやることは至極簡単だ』
アメリアと魔王の魂のしのぎ合い。
いやこの場合は一方的な鏖殺といえばいいのか、放置すればするほどアメリアの魂は消失する。
時間は何も解決してくれない。
なら、外部から干渉するしかない。
『徹底的に魔力を消費させろ、中に意識が向かないように相手の魔力を外部に引きずり出せ、相手が消耗すれば消耗するほど宮川が体の主導権を握り返せる確率が高まる。なに、安心しろ』
監督官。
言うはやすし、行うは難しって言葉を知っていますかね。
『並大抵の攻撃では傷一つつかん。全力でやれ』
説明の最後を締める言葉に安心する要素がいったいどこにあるのかと問いただしたい。
攻撃が通らず、こっちは当たれば致命傷。
ここまで無理な状況も聞いたことがない。
装備は出来得る限り最高の代物を用意してもらい、対魔王の魂用の装備も渡された。
そして、おまけに監督官いわく俺たちが戦いを始めれば上位天使と勇者は引きずり出せるとありがたいお言葉もいただいている。
「正直言えば、相手が身内じゃなければ今すぐ帰りたいって思うぞ」
もろもろの状況を加味した俺の本音が溢れる。
「理解も同意もするけど、いざ飛び込むって前になんで言うかしら」
ため息こぼさなかっただけマシだろと言いたかったが、北宮の言うとおり今言うべき言葉ではなかった。
「場を和ましたいという建前で本音をぶちまけただけだ。ということにしてくれ」
「それ、言ったらダメなやつよね」
「だな、だがまぁ、緊張はほぐれただろ?」
崖の上から覗き込めば、月明かりに照らされた渓谷を歩くアメリアの姿が見える。
こちらに気づいた様子はないが、気づいていて放置されている可能性もあるためなんとも言い難い。
角度的にアメリアの表情も見えない。
「そうね、そういうことにしとくわ」
「そうしてくれ、海堂たちは配置についたか?」
「ええ、ついたみたい」
対岸を見ればヒミクによって連れて行かれた海堂たちが手を振っている姿が見える。
「さて、やるか」
準備完了。
あとは行動に起こすのみ。
「北宮、魔道具を起動しろ」
「わかったわ」
北宮たちが背負っていた細い円柱状の魔道具は今は形を変え、天体望遠鏡のような姿になっている。
ただし、本来星を見るべき方向にアメリアがいる。
俺の指示に北宮が魔道具に魔力を流し起動させる。
魔道具は次第にその魔力に反応しその機能を発動させる。
それは。
「光精霊結界、起動できたわ」
魔王にとっては天敵とも言える、光の精霊による捕縛結界。
本来であれば、これである程度は押さえ込むことができるが。
「行くぞ」
「ええ」
相手は魔王。
この程度の結界などものの数分あれば突破してしまう。
事実何も影響がないかのように再び歩き出した。
場を整えた俺たちはついにアメリアの前に躍り出た。
織田信長が桶狭間の戦いで崖を下った時と同じように、俺たちは身体能力に任せ崖を駆け下りた。
対岸の南たちも結界を発動させ、二重にすることにより結界の強度を増してから降りてきている。
「こっからは根比べだ!!」
ヒミクが先陣を切っているのを脇目に俺も鉱樹を抜き、アメリアに挑みかかる。
のそりと顔をあげたアメリアの瞳はこの暗さだけのせいではないとわかるくらいに澱んでいる。
そんなアメリアがこちらを見ただけで数十の魔弾が生成される。
「闇が効果薄いとわかってほかの属性を用意してきたか」
相手が弾幕を用意してきたが、走る速度は緩めない。
狙いはまずは一番近いヒミクか。
低空で飛び装飾が少なく実用性重視の黒い全身鎧に身を包んだヒミクにめがけて魔弾の嵐が襲いかかるが、ヒミクは冷静に方天画戟で自分に当たる分だけ弾き、一気に距離を縮めた。
「だけど、そっちの方も」
流れ弾のように俺の方に来たが、それくらいなら弾速が速くても俺でも対処できる。
鉱樹で斬り払い、武器の間合いを生かし戦うヒミクの戦場に参戦する。
「対処してきてるんだよ」
アメリアの肉体を使う魔王の魂の戦闘スタイルは魔法職。
障壁や攻撃魔法を駆使し距離を保ち、相手を倒すオーソドックスなスタイル。
だが、言ってはなんだが俺の目から見ても動きは速く、判断も早いが精細を欠いている。
それもそのはず、そうなるように仕組んだのだから。
光精霊結界は、太陽神と同じ力を及ぼす結界だ。
言わば、月の眷属である魔王軍の面々にとっては力を下げる効果を持っている。
それは魔王であっても例外ではない。
元々は力のある犯罪者を封じるために使用してきた代物であるが、今回持ち出してきたのは普段使用しているものではなく特注品でかなり効力が強いものだ。
人間である俺たちや、堕天使ではあるが光属性の影響を受けないヒミクに影響はないが。
ただの悪魔などがこの結界内に入ればたちまち地面に倒れこむほどの一品。
それを二重で展開しても、相手の動きが多少鈍る程度だというのはさすが魔王の魂というべきか。
だが、肉体はアメリアのおかげで平気でも魂の方はだいぶ影響が出ているようで、魔法の威力が格段に落ちている。
それでも当たれば致命傷なのは変わりない。
違いを挙げるとしたら。
弱体化しない状況なら当たれば消滅といった状況から、あたってもかろうじて死なない程度の威力まで落とせたということだ。
「ふん!」
ガキンと鉱樹を振るった先で障壁とぶつかる。
それでもそう簡単に切り裂けるような甘い障壁は張らないか。
ちらりとアメリアの顔が一番警戒すべきヒミクから俺へと向く。
「とっとと起きろ!! アメリア!!」
お約束かもしれないが、こういった呼びかけは効果があると言われている。
届いているかどうかなんて関係ない。
やらないといけないのだ。
「っ!?」
当然いきなり返事など返ってくるわけがない。
返事代わりの魔法を躱し、距離を取る。
「主」
「反応は?」
「まだない」
フルフェイスの兜をしたヒミクも一旦距離を取り俺の隣に立った。
彼女自身も声をかけ反応を窺っていたが、さすがに序盤で好転するわけがないか。
「ったく、思ったよりも長丁場になりそうだな」
「そういう想定だからな」
「頼りにしてるぞ」
「ああ、頼ってくれ」
何も言わず左右に分かれ挟み込もうと駆け出し、魔王の魂もさせまいと魔法で弾幕を張ってくる。
だが。
空から降ってくる氷の槍がその魔法を迎撃した。
ちらりと見れば、北宮と南が合流し、その前に立つ海堂が陣地の作成に成功している。
海堂が背負っていた魔道具により防御ができるようになり、あいつらは動かずに攻撃に専念できる。
固定砲台とサポート魔法が飛んでくる。
それだけでもかなり戦いやすさは変わってくる。
「ありがたい」
ちらりと俺の周りを浮遊する盾のようなものが設置されるのを見ると、陣地の周りにも同じようなものが浮遊している。
南の盾魔法だ。
自由に動かすことができ他人にも装着することができる。
強度もそれなり以上にある。
背後から死角をつこうと回り込んできた魔法をその盾が防いでくれる。
初撃で全滅や実力が拮抗できないなんてことは起きず膠着状態に持ってこれた。
敵の弱体化、俺らの装備による強化、相手の不慣れな肉体、戦闘ブランクといった様々な要因が実を結んだ結果だ。
相手の魔力が落ち着きを見せているというのもこの状況を形成している要因でもあるだろう。
監督官は暴走状態でなりふり構っていない状況で、周囲の被害を抑え込もうとしたが故に不覚をとっている。
それがなければまだ多少は結果が違っただろうが、今はそれを言っている場合ではないか。
「無駄口を叩く暇はないか」
目の前をそれこそ鼻先をかするかかすらないかの距離で風の刃が過ぎ去りヒヤリとしながら気を引き締める。
ここからは時間と体力との戦い。
時間はアメリアの魂が消滅かカーターたちが来るかの問題。
体力は文字通りこちらの力が尽きるかどうかの問題だ。
どちらかの行き止まりに達する前に、どうにかしてアメリアの魂を引き上げねば。
「カハ、負けるわけにはいかねぇな!!」
打てる手は打った。
ならばあとは分の悪い賭けだとしても勝利をもぎ取るしかないよな!!
いつもどおりの悪い笑みを浮かべ、不安を心から追い出し、ただ勝ち筋を掴み取るために気合とともに一歩踏み込んでいく。
時間が有限なら一分一秒を無駄にしないために、今は余計なことなど考えずただ戦う。
そこからはただひたすら魔法を撃たせ、障壁を割り、相手の魔力を消耗させることに比重をおいているが相手は無尽蔵とも言える魔力を持つ魔王の魂。
大魔法を使わせないために間断なく責め立てるも一向に改善の兆しが見えない。
温存という言葉は今の俺たちには使えない。
鉱樹と接続し、全力稼働を始めていったいどれくらい経っただろうか。
ヒミクの余裕はまだある。
俺もまだ継戦できる。
だが、後ろの三人はいったいどれくらいもつか。
ポーションでごまかしているが、体の負担が徐々に増え始めている。
北宮の魔法の頻度が減り始め、南の補助魔法の精細さが衰え始めている。
海堂だって、二人を守るため魔道具に負担をかけないために飛来する魔法を防ぎ続け、体は傷だらけだ。
終りのない作業は精神的に応える。
だが、方法がこれしかないというのならやるしかない俺らは持久戦を続けるしかない。
渓谷に形成された光の結界。
それは、一見すれば一種の闘技場のようなものだろう。
そこで延々と戦い。
いつ来るかわからない終わりを警戒しながら戦うというのは神経をすり減らすのに十分な要素となっている。
そして。
「主!!」
「っち、来ちまったか」
舌打ち一つ、上空に見える二つの光。
そしてその輝きから感じる魔力の量はヒミクと同等。
タイムアップではないが。
王手をかけられた。
魔王の魂もその光に手を止め空を見上げる。
同じ顔の双子の天使、その背中には白く輝く三対の翼。
熾天使がこの場に来てしまった。
今日の一言
状況は悪化しても、まだ終わりではない。
今回は以上となります。
面白いと思って頂ければ、感想、評価、ブックマーク等よろしくお願いいたします。
※第一巻の書籍化がハヤカワ文庫JAより決定いたしました。
2018年10月18日に発売しました。
同年10月31日に電子書籍版も出ています。
また12月19日に二巻が発売となります。
内容として、小説家になろうに投稿している内容を修正加筆し、未公開の間章を追加収録いたしました。
新刊の方も是非ともお願いします!!
また、講談社様の「ヤングマガジンサード」でのコミカライズも決定いたしました。




